28 / 35
地鳴り編
第23話 どーすっかなぁ……
しおりを挟む
「パパ、おにく、すごいたべる」
「レオは肉食だからよ。ルイは生肉は食べちゃだめだからね」
血の滴る赤身の生肉を次から次へと食べるレオの横で、朝食のパンケーキを食べるルイとロザリーがそんな会話を交わしている。レオの足下でポンタはレオの足に小さな前脚を掛けて、よだれを垂らしながら瞬きも忘れて見ている。
一行がいるのは、冒険者ギルドの二階にある酒場だ。酒場とはいっても酒が提供されるのは夜だけで、朝から昼は普通に食事が楽しめる。
「怪我した時はよ、やっぱり生肉だよ」
レオたち獣人族の肉食系の者は、肉がとにかく大好きで、生肉など最高だと思っている。人族や花人族は生肉を食すと腹を壊すそうだが、レオたちには関係のない話だ。
肉こそ力、生肉はさらに力と元気を欲する時には最高なのだ。
「清々しいほど肉食獣だな」
苦笑交じりの声に顔を向ければ、バージがこちらにやって来た。
レオは肉を食う手は止めず、どうした、とだけ返す。
「目覚めたと聞いて、顔を見に来たんだ。よかったな、ルイ。心配していたものな」
「うん。あのね、マスターおじさん」
「なんだ?」
バージがレオたちの向かいの席に腰かけながら優しく聞き返す。
「あのね、あのね、おじさんとおねえちゃんがね、オレのパパとママになったんだよ。ずっといっしょなの。いっしょにね、ぼうけんするの!」
満面の笑みを浮かべてルイがバージに教える。
バージは、瞬きを、二度、三度と繰り返した後、破顔する。
「そうか。家族になったのか、よかったなぁ」
身を乗り出して、バージがルイの頭をわしゃわしゃと撫でた。ルイは「ずっといっしょなの」とその手の下で嬉しそうに言っている。
レオとロザリーは顔を見合わせ、ルイの可愛さに笑みをこぼす。ポンタは、清々しいほどいまだにレオの肉を見ているが。しょうがないので、小さな切れ端を一つやれば、がつがつと小さな牙で噛みついて食べ始めた。小さくても獣は獣である。
というか聖獣に血が滴る生肉はあげてもよかったのだろうか、と一瞬思ったが、あのじいさんも何も言ってなかったしなと早々に思考の外に放り投げた。
「レオとロザリー嬢も調子はどうだ?」
「私はばっちりよ。ありがとう」
ロザリーがバージの心配にお礼を伝える。
「俺も元気だぜ。肉も食ってるしな」
「肉はギュンターが是非君にと、お礼だそうだ」
「そりゃ、あとで礼を言わねえとな」
どうやらこの美味い生肉は、あの無口な騎士団長さんのおごりらしい。
「レオ、魔獣化したキノコモグラについて、あれこれ聞きたいんだが……」
「かまわねぇぜ。どうせ、この後様子を見に行こうと思ってたしな」
「さいしょのぼうけんなんだよ」
「そうかそうか」
バージがルイの言葉に相好を崩す。孫と爺さんかな、と思いながらレオは先を続ける。
「キノコモグラのほうはそのまま平原で解体してるって聞いたが……血の臭いにつられて肉食系が寄ってこないか?」
「それなら問題ない。レオが、討伐中も吼えただろ?」
「あー、そういえばそうだったな。さすがのキノコモグラもビビってたぜ」
ケタケタ笑いながら、最後の一切れを口の中に放り込んだ。
「そのおかげで安全に解体できているよ。……まあ、肉は食えそうにないがな。臭いがひどすぎる」
「魔獣の肉は基本、美味くねえからな。あいつら一番、価値があるのは魔結晶だけで、それもあったりなかったりだから、討伐費用に見合わねえんだよなぁ……」
「でも相変わらず一撃で仕留めているから、なにもかもが綺麗な状態で魔術師ギルドのギルドマスターが、君と内臓やらの買い取り価格を話し合いたいと申し込んできてるぞ」
「魔獣の内臓は、薬の効果が爆上がりするらしいからな。んだが、それはロザリーに任せてる」
「この人、いっつも言われたままの値段で売ったり買ったりするから、禁止してるの」
ロザリーが鼻に皺を寄せる。
「八年くらい前に希少な極彩鳥の卵を相場の五分の一以下の値段で売っちゃったのよ。それ以来、そういう取引はさせないの」
まだ根に持ってんのかよ、と言いたくなるのをぐっとこらえた。一言えば百は返って来るからだ。
「はっはっはっ、咆哮一つで肉食獣を追っ払うレオでもロザリーの尻に敷かれているんだな」
「可愛い尻だからいいんだよ、いてっ」
グーで肩を殴られた。バージは「仲良くてなにより」とまた笑った。
「じゃあ、体も大丈夫そうなら支度が整ったら平原に来てくれ。俺は一足先に戻る」
「おう。飯食ったらぼちぼち行く」
バージは「邪魔したな」と告げると、席を立ち、酒場のウェイトレスから弁当らしき包みを受け取ると忙しそうに出かけて行った。
「マスターおじさん、いそがしい」
「そうね。でも魔獣は冒険者ギルドの管轄だから、仕方がないわ。後処理が終われば落ち着くはずよ」
「だな。俺たちは今は飯食って、準備しないとな。さて、次は何食べるかな……」
メニューを手にレオは頭を悩ませる。
「まだたべるの?」
「俺はいっぱい食べるんだ。姉ちゃん、パンケーキセットと鶏肉のグリル、頼む。大盛りでな」
「はーい」
注文を受けたウェイトレスが厨房に伝えに行くのを横目にレオは口を開く。
「なあ、ロザリー、相談なんだが……」
「なぁに?」
フォークに刺したパンケーキを口に運ぶ手を止めてロザリーが首を傾げた。長い髪がさらりと肩から落ちる。
レオはきょとんとしているロザリーも可愛いなと思いながら、とある相談を持ち掛けるのだった。
「この大きな穴、どうしたんだ?」
到着して早々、レオはバージに連行され、大穴の前に立っていた。ロザリーとルイ、ポンタが遅れてやって来る。
平原は相変わらずキノコの匂いがすごい。
「これか? 俺のユニークスキルは『身体強化』なんだが、それで腕力を強化して、穴開きそうなところをぶん殴った」
「……嘘ですよね?」
こちらで作業をしていて、いつの間にやら傍に来ていたアベルが頬を引きつらせる。
「嘘じゃねえよ。こいつ、どういう仕組みなのか知らねえけどよ、尻のキノコと地面が癒着して、ここから動けなくなっててな」
キノコモグラ自体は、大分解体が進んでいるようで少し離れたところにかなり大掛かりな天幕が設けられ、仮設の解体所にいるようだ。
「でも、そうはいっても繋がってんのはキノコだろ? いつはがれるかも分かんねえからとりあえず転ばせておこうかと思ってな。穴開けて、キノコモグラを陽動して、風魔法で転ばせたってわけだ。尻がはまって動けなくなって、ギィギィうるさかったぞ」
がははと笑えば、バージとアベルはますます頬を引きつらせた。
「聖水の存在をもっと早く思い出せればよかったんだけど……」
おもむろにロザリーが言った。
「四年前にね、私たち、魔獣討伐をしたことがあったの。王都近郊に出たものだから、かなり大掛かりな討伐で、聖水もたくさん用意してもらえて、その中で使わなかった分を数本、ちょろまかし、……ゴホン、貰ったの、すっかり忘れたのよ」
「普段、聖水なんて必要ねぇからなぁ」
「その上、一応貴重品だからと思って魔法鞄の中に直接入れたわけじゃなくて、小袋に入れて、さらにポーチに入れてしまっていたからリストにも出ないし、思い出した後もどのポーチに入れたかが思い出せないし、モグラちゃんの攻撃は激しいからそればかりを考えてられないし……中のポーチ、減らさなきゃだめね」
「だから、直で入れりゃ全部リストに載るっていつも言ってるだろ」
「だって、入れすぎるとリストが長すぎて、それはそれで大変なんだもの」
ロザリーが唇を尖らせる。
「ママ、これなに?」
足下にしゃがみこんでいたルイがロザリーのローブを引っ張り、地面を指さす。ロザリーがしゃがみこんで、あら、と目をみはる。
「キノコの赤ちゃんね。これから大きくなるのだろうけど……」
レオも体を屈めて地面をよく見れば、そこかしこにキノコの小さな頭が見え隠れしている。
「魔獣がキノコモグラだった影響か、この近辺でとにかくキノコが生えてきているんだ。食用のものから毒性のあるものまで様々だ」
「食えるのか、これは」
「どうだろうな。瘴気の影響がないとも言えんし……問題は、キノコが大好物の牙猪たちが平原に集まってこないか、という点だ」
「あー……そもそも、多分だが、大牙猪も含めて、あの巨大なキノコモグラを追っかけてきたんだと俺は思ってんだ。キノコモグラの通った後は、キノコが生えるんだろ? 大牙猪も鼻がいいからな。地下のキノコの匂いを嗅ぎつけて来たんじゃねぇか」
「なるほど。地下でのことだから、平原自体に変化は見られないから、我々にとって大牙猪の出現は突然だったのか」
「多分な。匂いにつられて平原に出て来たら、人がいて襲ったんだろ。大牙猪は人間にも魔物にも容赦ねぇから」
レオは体を起こしながら答える。
「しばらくは警戒が必要だろうな」
「そうか」
バージの顔にあからさまに「困ったな」という感情が浮かぶ。
それもそうだろう。王都に言ったベテランたちは、まだ当分、戻らないのだ。森を警戒しようにも、大牙猪や他の強力な魔物たちが出てきた場合に対処できる者がいないのだ。
「なあ、バージ。これは相談なんだが……」
「なんだ?」
「Aランク以上の昇級試験を受けるには、試験を受けるギルドの管轄区域に二カ月以上の滞在期間が必要だろう?」
「あ、ああ。そうだな」
バージはレオの話の意図を掴みかねているようだった。
B以下のランクへの昇級試験は、その日訪れたばかりの冒険者ギルドで受けることができるが、AランクおよびSランクへの昇級試験は、試験を受けると決めた冒険者ギルドで二カ月以上の活動実績が必要になる。つまり、二カ月以上はそのギルドがある町や村で暮らさなければいけないのだ。
「俺ァ、バージは公平に物事を見てくれるやつだと思ってる。だから、俺とロザリーに、ここで昇級試験を受けさせてくれないか?」
バージの目がまん丸になって、その横でアベルの口がぽかんと開く。
「だ、だが、故郷に帰るんじゃなかったのか?」
「そんなに急ぐ里帰りじゃねぇよ。言ったろ、俺の親父はエルフ族で、俺より長生きなんだ。俺の故郷の王国は、行くにも年単位の時間がかかる場所だから、気ままに行くさ。ルイに色んなもんも見せてやりてぇし、うまいもんも食わせてやりたいからな」
レオはルイの頭をぽんぽんと撫でた。
「それに魔獣の後処理のこともあるから、しばらくは滞在しないとでしょ? だからどうせだったら試験を受けたいの。自分の実力に自信が欲しいのよ」
ロザリーが言った。
「お、俺は有難いし、全くかまわないが……いるならいるで、色々頼んでしまうぞ? 人手不足でBランク以上のクエストも溜まってしまっているし……」
「かまわねえよ。ここまでくりゃ、乗り掛かった船どころか、船に乗っちまってんだから」
「稼げるときに稼いでおかないとね」
うんうんとロザリーが頷く。
バージが別の意味で「うちのギルドで払い切れるか?」と呟いたのがレオの耳には届いた。
「あ、あの、レオさんとロザリーさんがしばらく滞在されるなら、ご指導いただくなんてことも……!?」
アベルが身を乗り出すようにして問いかけて来る。
「いいぜ、俺たちがいなくなっても大牙猪くれぇどうにかできるように、鍛えてやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
アベルが心底嬉しそうに言った。
「待ってくれ、ということは俺は、レオとロザリー向けにAランクへの昇級試験の内容を考えなきゃならないじゃないか……! 魔獣を斃した奴に、何を倒してもらえばいいんだ……?」
「お義父さん、一緒に考えますよ」
「まだお義父さんじゃない! だが、一緒に考えてくれ!」
「ははっ。採取でもいいぞ」
「採取、採取か……うーん、いや、だが、あれは……」
頭を抱えて悩み始めたバージを横目にレオは「周りを歩いてみようぜ」と声をかけ、ルイを抱き上げ肩車をする。
「僕が案内しますよ」
そう言ってアベルがバージを置いて、穴のふちに沿って歩き出した。
「この穴、どうすっかなぁ」
キノコモグラの尻がはまるくらいなので、直径が十メトル以上はありそうな大穴だ。
「そもそもなんで魔獣化したのかしら?」
「魔獣化ってのは仕組みが分かってねぇしな……」
牙猪や葉鹿、羽兎のように群れで暮らす動物たちが群れのリーダーをとなる場合、それぞれ大牙猪、枝鹿、角兎と魔物化する。他にも森の中で暮らしていたものが水辺で暮らすために魔物化したり、成長し、地上から空へ居を移す場合に魔物化するなど、魔物化は割と理由がはっきりとしている場合が多い。
だが、魔獣化はどうして起こるのか、全く分かってない。
ただ魔獣化すると基本的には巨大化し、瘴気をまとい、非常に凶暴で生きるもの全てに襲い掛かって来るようになる。
そして、魔物が持つ魔核はなくなる。魔結晶は魔獣特有のものだが、魔獣がそれを体内に有しているかいなかは、運次第だ。
「だが、この辺じゃ、魔獣なんで出たことないんだろ?」
「はい。魔獣は普通、山奥や谷底、洞窟の最奥といった人里離れた場所で出現しますから、こんな見通しの良い平原や、その周辺の浅い森で出現したことはこれまで一度も……」
レオの問いにアベルが答える。
「基本、魔獣の討伐依頼が出るのは、人里に近い場所で出現した場合だからな……瘴気は生命全てを蝕む。それは魔獣も例外じゃない」
だからこそ谷底や山奥で魔獣が出現しても、人里に来るまでに死んでしまう場合がほとんどなのだ。そもそも出現に気づかれることもない魔獣も、きっといるのだろう。魔獣自体は皮肉なことに短命な生き物なのだ。
「教会のほうでも人員を派遣してくれるそうですが、ここら辺は平和だったもので、あまり聖魔法に優れた方はいないそうで……魔獣に詳しい方も」
「まあ、いないっつーもんは仕方ねぇよ」
「パパ、あれなに? ちいさいひと」
「ん? ありゃ、ドワーフ族だな。小柄だが、あれで大人なんだよ」
大穴の傍に立てられたテントの近くにドワーフ族が数人いて、積み上げられたキノコモグラの爪を眺めていた。
「そうだ。レオさん、彼らは我が町の鍛冶師なんですが、キノコモグラの爪について話がしたいそうです。一本、欲しいそうで……」
「魔獣は希少だからなぁ。それはロザリーに相談してくれ。俺は牙と角専門だから、爪はあんまり興味ねえ」
「錫貨一枚だって、まけないわよ」
ロザリーが微笑みながら返す。
「というか、魔獣は私たちが引き取ってしまっていいの? 王都の時はギルドのものだからって、私たちは討伐報酬しかもらえなかったのよ」
「それ、本当か?」
いつの間にかバージが傍にいて、ロザリーとルイ、アベルの肩が跳ねた。レオはバージの足音が聞こえていた。
「マジだよ。黒虎の魔獣化個体でよ。あの美しい牙。惜しいことしたよなぁ。ギルマスの野郎、俺が自腹で買い取るっつっても無視しやがってよ」
「あれはむかついたわぁ。命賭けで討伐したのは私たちだって言うのに……もう時効でしょうけど、私、あのあとギルマスに一生痔に悩まされる魔法薬飲ませたのよね。嘘か本当か分からないレシピの上、高い材料費だったけど、ちゃんと効いたみたい」
「……お前が原因だったのかよ」
初めて知る真実にレオは頬引きつらせた。
魔獣討伐後、レオは偶然にも王都の中央冒険者ギルドのマスター・ケロースが酷い痔に悩まされていることを知ったのだ。
だが、同情はしなかった。むしろ、いい気味だとさえ思った。とはいえ、真実を知った今はレオの尻を守るためにも気をつけよう、と心に誓った。
「答えたくないなら、それでいいんだが、報酬はいくらだったんだ?」
「金貨五百枚だったか?」
「諸経費引いたら、三人で割って、一人百二十枚くらいだったわ」
「それって実質、たったの三百六十枚ってことですか?」
アベルが「少なすぎますよ」と怒ってくれるのが、なんだか嬉しくて、レオは青年の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「だが、魔獣なんて早々出るもんじゃねぇからな。前回は王都近郊だったから教会に強力な使い手が多くて、聖水は豊富に用意してもらえたがな」
「ええ。だから残りもすこーしいただけたんだけど」
うふふっとロザリーが笑った。
「だから、魔獣の素材をもらえるなら、今回使い切った治癒ポーションとか魔力回復ポーションとかの経費を差し引いても、懐がとっても潤うわ」
「だな。酒買っちゃおうかな」
「もー、ちょっとだけよ? ルイも何か欲しいものがあったら教えてね。上手におるすばんができたから、ご褒美を買ってあげるわ」
「ごほーび?」
レオの頭の上でルイが首を傾げた。
「ご褒美ってのは、良い子がもらえるんだ。何がいい?」
「…………あのね、オレ、剣ほしい。パパみたいに、つよくなりたいの」
レオの頭にぎゅっと抱き着きながら、もそもそとルイが言った。可愛さのあまりうっかりレオの喉がごろごろとなってしまった。ロザリーが「あら、珍しい」と笑う。
「じゃあ、最初は小さい木の剣から始めような」
「うん! パパ、おしえてくれる?」
「もちろん」
「やったぁ」
無邪気に喜ぶルイが可愛くて、ロザリーが「ママも魔法を教えてあげるから、ロッドを買いましょうね」と参戦してきて、ルイは「まほうも? やったぁ」とまた無邪気に喜んだ。
「ポンタには、旨い肉を食わせてやるよ」
「わんわんわん!」
ポンタがぴょんぴょんと足下で興奮気味に飛び跳ねて、喜びを全身で表す。
アベルが「よかったねぇ、ルイくん、ポンタ」と拍手をしてくれた。
「バージ、どうかしたか?」
報酬の話から、一言も発さず眉間に皺をよせているバージにレオは声をかける。ルイとポンタを愛でていたロザリーとアベルも、バージを振り返る。
皆の視線に気づいたバージがはっとしたように顔を上げた。
「ああ、いや、なんでもない」
バージの眉間のしわがほどけて、困ったように眉が下げられた。
「今、ベテランがいねぇならギルドの財布も厳しいだろ。しばらくはいるし、俺たち自身で上質な素材を提供してやっから、あんまり報酬に悩むなよ」
「それは有難い。サウロが『レオの獲物をもっと解体してぇ』とぼやいていたからな」
「私もルイがいるなら、魔法薬をあれこれ揃えておきたいから、採取に行きたいわ。ここ、自然豊かそうだし」
「ロザリーさんは、ご自分で魔法薬の調合もされるんですか?」
「ええ。魔法薬師の資格も持っているのよ。稼げるようになる前は、とにかくレオとルディが怪我をするたびにお金が買ってしょうがないから、自分でポーションを作るようになったのよ」
「ママ、おくすりつくれるの?」
「ええ。魔法をある程度、使いこなせるようになったらルイにも教えてあげるわね」
「ロザリーは器用だぞ。経理も得意だし」
「あなたとルディがザル過ぎて、得意にならざるを得なかったのよ」
じとりと睨まれ、口を噤んだ。レオとしては俺のロザリーはすごいんだぞ、と自慢したつもりだったのだが、どうやら蛇の潜む藪をつついてしまったらしい。
「と、ところで、レオ。ムース苔採取依頼の報酬の宴会、いつがいいだろうか?」
空気を読んだバージが話題の転換を試みてくれた。
「俺たちはいつでもいいが、一番、大事なのは肉が美味い状態で提供されることだ。だからベノワとかコックたちに聞いてくれ」
「ははっ、分かった。場所は冒険者ギルドで開催しようと思ってる。主役はレオたちだから、何か要望はあるか?」
「じゃあ、騎士団で協力してくれたやつらも呼んでやれよ」
「いいのか? 多分、そうなると一頭分、消費するぞ?」
「かまわねえよ。俺ァ、食べたくなったら自分で森に入って、狩ってくりゃいいんだからよ。騎士団のやつらにも世話になったし、この町の騎士団は気持ちがいい。だからうまいもんは、皆で食うに限るんだ」
「レオはいつもこんな感じよ。だから私がしっかりしなきゃいけないの」
ロザリーが苦笑交じりに言った。バージは「愛だなぁ」と笑いながらガリガリと髪を掻いた。
「パパ、えんかいってなに?」
「宴会ってのは、皆で楽しく、酒飲んで飯を食う集まりだ」
「オレもいっしょ?」
「おう。一緒だ。ただし、ルイは酒じゃなくてジュースな」
「わかった。ママとポンタも?」
「もちろんよ。美味しいお肉、食べましょうね」
「うん! たのしみだね、ポンタ」
「わん!」
ポンタは肉の話題の時だけは、ものすごく真剣に返事をする。
「さて、この後は解体所でも見に行くか?」
「レオは残ってくれ。君が穴をあけたんだから、この穴について話し合いたい」
「えー……」
「力業で解決ばっかりするからよ。いらっしゃい、ルイ」
ロザリーが風魔法でひょいとルイを下ろしてしまう。
「じゃあ、僕が案内しますよ、こちらへどうぞ」
「ポンタもいっしょにいこ」
「わふわふ」
ロザリーはルイと手を繋いでさっさと行ってしまった。アベルがポンタを抱き上げ、彼女たちを解体所へ案内する。
「で、どうする、レオ」
バージの言葉にレオは改めて大穴を見る。
直径もさることながら、深さも大分ある。キノコの残骸が散らばり、すり鉢型の穴は落ちたら上がって来るのは難しそうだ。
「どうするもこーするも……どーすっかなぁ」
キノコモグラはムース苔の匂いにつられて、徐々に地下から上がってきた様子だったので、もしかするとまだ石や砂の動く音がするので、これ以上に深くなるかもしれないし、下手をするとキノコモグラが掘った穴が土の重みに耐えられず、この穴を起点に崩落するかもしれない。
「町に行っても迷惑だし、転ばせてやろうと思っただけで、そのあとのことは、なーんも考えてなかったんだよなぁ」
レオがぼやくとバージが深々と溜息を吐き出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
あと2話程度で終わる予定なのですが、なんとまだ書きあがって居ません!
明日の更新分も書きあがっていないので、明日更新できるかどうかは今夜の私の頑張り次第です(´・ω・`)
頑張ります!!
「レオは肉食だからよ。ルイは生肉は食べちゃだめだからね」
血の滴る赤身の生肉を次から次へと食べるレオの横で、朝食のパンケーキを食べるルイとロザリーがそんな会話を交わしている。レオの足下でポンタはレオの足に小さな前脚を掛けて、よだれを垂らしながら瞬きも忘れて見ている。
一行がいるのは、冒険者ギルドの二階にある酒場だ。酒場とはいっても酒が提供されるのは夜だけで、朝から昼は普通に食事が楽しめる。
「怪我した時はよ、やっぱり生肉だよ」
レオたち獣人族の肉食系の者は、肉がとにかく大好きで、生肉など最高だと思っている。人族や花人族は生肉を食すと腹を壊すそうだが、レオたちには関係のない話だ。
肉こそ力、生肉はさらに力と元気を欲する時には最高なのだ。
「清々しいほど肉食獣だな」
苦笑交じりの声に顔を向ければ、バージがこちらにやって来た。
レオは肉を食う手は止めず、どうした、とだけ返す。
「目覚めたと聞いて、顔を見に来たんだ。よかったな、ルイ。心配していたものな」
「うん。あのね、マスターおじさん」
「なんだ?」
バージがレオたちの向かいの席に腰かけながら優しく聞き返す。
「あのね、あのね、おじさんとおねえちゃんがね、オレのパパとママになったんだよ。ずっといっしょなの。いっしょにね、ぼうけんするの!」
満面の笑みを浮かべてルイがバージに教える。
バージは、瞬きを、二度、三度と繰り返した後、破顔する。
「そうか。家族になったのか、よかったなぁ」
身を乗り出して、バージがルイの頭をわしゃわしゃと撫でた。ルイは「ずっといっしょなの」とその手の下で嬉しそうに言っている。
レオとロザリーは顔を見合わせ、ルイの可愛さに笑みをこぼす。ポンタは、清々しいほどいまだにレオの肉を見ているが。しょうがないので、小さな切れ端を一つやれば、がつがつと小さな牙で噛みついて食べ始めた。小さくても獣は獣である。
というか聖獣に血が滴る生肉はあげてもよかったのだろうか、と一瞬思ったが、あのじいさんも何も言ってなかったしなと早々に思考の外に放り投げた。
「レオとロザリー嬢も調子はどうだ?」
「私はばっちりよ。ありがとう」
ロザリーがバージの心配にお礼を伝える。
「俺も元気だぜ。肉も食ってるしな」
「肉はギュンターが是非君にと、お礼だそうだ」
「そりゃ、あとで礼を言わねえとな」
どうやらこの美味い生肉は、あの無口な騎士団長さんのおごりらしい。
「レオ、魔獣化したキノコモグラについて、あれこれ聞きたいんだが……」
「かまわねぇぜ。どうせ、この後様子を見に行こうと思ってたしな」
「さいしょのぼうけんなんだよ」
「そうかそうか」
バージがルイの言葉に相好を崩す。孫と爺さんかな、と思いながらレオは先を続ける。
「キノコモグラのほうはそのまま平原で解体してるって聞いたが……血の臭いにつられて肉食系が寄ってこないか?」
「それなら問題ない。レオが、討伐中も吼えただろ?」
「あー、そういえばそうだったな。さすがのキノコモグラもビビってたぜ」
ケタケタ笑いながら、最後の一切れを口の中に放り込んだ。
「そのおかげで安全に解体できているよ。……まあ、肉は食えそうにないがな。臭いがひどすぎる」
「魔獣の肉は基本、美味くねえからな。あいつら一番、価値があるのは魔結晶だけで、それもあったりなかったりだから、討伐費用に見合わねえんだよなぁ……」
「でも相変わらず一撃で仕留めているから、なにもかもが綺麗な状態で魔術師ギルドのギルドマスターが、君と内臓やらの買い取り価格を話し合いたいと申し込んできてるぞ」
「魔獣の内臓は、薬の効果が爆上がりするらしいからな。んだが、それはロザリーに任せてる」
「この人、いっつも言われたままの値段で売ったり買ったりするから、禁止してるの」
ロザリーが鼻に皺を寄せる。
「八年くらい前に希少な極彩鳥の卵を相場の五分の一以下の値段で売っちゃったのよ。それ以来、そういう取引はさせないの」
まだ根に持ってんのかよ、と言いたくなるのをぐっとこらえた。一言えば百は返って来るからだ。
「はっはっはっ、咆哮一つで肉食獣を追っ払うレオでもロザリーの尻に敷かれているんだな」
「可愛い尻だからいいんだよ、いてっ」
グーで肩を殴られた。バージは「仲良くてなにより」とまた笑った。
「じゃあ、体も大丈夫そうなら支度が整ったら平原に来てくれ。俺は一足先に戻る」
「おう。飯食ったらぼちぼち行く」
バージは「邪魔したな」と告げると、席を立ち、酒場のウェイトレスから弁当らしき包みを受け取ると忙しそうに出かけて行った。
「マスターおじさん、いそがしい」
「そうね。でも魔獣は冒険者ギルドの管轄だから、仕方がないわ。後処理が終われば落ち着くはずよ」
「だな。俺たちは今は飯食って、準備しないとな。さて、次は何食べるかな……」
メニューを手にレオは頭を悩ませる。
「まだたべるの?」
「俺はいっぱい食べるんだ。姉ちゃん、パンケーキセットと鶏肉のグリル、頼む。大盛りでな」
「はーい」
注文を受けたウェイトレスが厨房に伝えに行くのを横目にレオは口を開く。
「なあ、ロザリー、相談なんだが……」
「なぁに?」
フォークに刺したパンケーキを口に運ぶ手を止めてロザリーが首を傾げた。長い髪がさらりと肩から落ちる。
レオはきょとんとしているロザリーも可愛いなと思いながら、とある相談を持ち掛けるのだった。
「この大きな穴、どうしたんだ?」
到着して早々、レオはバージに連行され、大穴の前に立っていた。ロザリーとルイ、ポンタが遅れてやって来る。
平原は相変わらずキノコの匂いがすごい。
「これか? 俺のユニークスキルは『身体強化』なんだが、それで腕力を強化して、穴開きそうなところをぶん殴った」
「……嘘ですよね?」
こちらで作業をしていて、いつの間にやら傍に来ていたアベルが頬を引きつらせる。
「嘘じゃねえよ。こいつ、どういう仕組みなのか知らねえけどよ、尻のキノコと地面が癒着して、ここから動けなくなっててな」
キノコモグラ自体は、大分解体が進んでいるようで少し離れたところにかなり大掛かりな天幕が設けられ、仮設の解体所にいるようだ。
「でも、そうはいっても繋がってんのはキノコだろ? いつはがれるかも分かんねえからとりあえず転ばせておこうかと思ってな。穴開けて、キノコモグラを陽動して、風魔法で転ばせたってわけだ。尻がはまって動けなくなって、ギィギィうるさかったぞ」
がははと笑えば、バージとアベルはますます頬を引きつらせた。
「聖水の存在をもっと早く思い出せればよかったんだけど……」
おもむろにロザリーが言った。
「四年前にね、私たち、魔獣討伐をしたことがあったの。王都近郊に出たものだから、かなり大掛かりな討伐で、聖水もたくさん用意してもらえて、その中で使わなかった分を数本、ちょろまかし、……ゴホン、貰ったの、すっかり忘れたのよ」
「普段、聖水なんて必要ねぇからなぁ」
「その上、一応貴重品だからと思って魔法鞄の中に直接入れたわけじゃなくて、小袋に入れて、さらにポーチに入れてしまっていたからリストにも出ないし、思い出した後もどのポーチに入れたかが思い出せないし、モグラちゃんの攻撃は激しいからそればかりを考えてられないし……中のポーチ、減らさなきゃだめね」
「だから、直で入れりゃ全部リストに載るっていつも言ってるだろ」
「だって、入れすぎるとリストが長すぎて、それはそれで大変なんだもの」
ロザリーが唇を尖らせる。
「ママ、これなに?」
足下にしゃがみこんでいたルイがロザリーのローブを引っ張り、地面を指さす。ロザリーがしゃがみこんで、あら、と目をみはる。
「キノコの赤ちゃんね。これから大きくなるのだろうけど……」
レオも体を屈めて地面をよく見れば、そこかしこにキノコの小さな頭が見え隠れしている。
「魔獣がキノコモグラだった影響か、この近辺でとにかくキノコが生えてきているんだ。食用のものから毒性のあるものまで様々だ」
「食えるのか、これは」
「どうだろうな。瘴気の影響がないとも言えんし……問題は、キノコが大好物の牙猪たちが平原に集まってこないか、という点だ」
「あー……そもそも、多分だが、大牙猪も含めて、あの巨大なキノコモグラを追っかけてきたんだと俺は思ってんだ。キノコモグラの通った後は、キノコが生えるんだろ? 大牙猪も鼻がいいからな。地下のキノコの匂いを嗅ぎつけて来たんじゃねぇか」
「なるほど。地下でのことだから、平原自体に変化は見られないから、我々にとって大牙猪の出現は突然だったのか」
「多分な。匂いにつられて平原に出て来たら、人がいて襲ったんだろ。大牙猪は人間にも魔物にも容赦ねぇから」
レオは体を起こしながら答える。
「しばらくは警戒が必要だろうな」
「そうか」
バージの顔にあからさまに「困ったな」という感情が浮かぶ。
それもそうだろう。王都に言ったベテランたちは、まだ当分、戻らないのだ。森を警戒しようにも、大牙猪や他の強力な魔物たちが出てきた場合に対処できる者がいないのだ。
「なあ、バージ。これは相談なんだが……」
「なんだ?」
「Aランク以上の昇級試験を受けるには、試験を受けるギルドの管轄区域に二カ月以上の滞在期間が必要だろう?」
「あ、ああ。そうだな」
バージはレオの話の意図を掴みかねているようだった。
B以下のランクへの昇級試験は、その日訪れたばかりの冒険者ギルドで受けることができるが、AランクおよびSランクへの昇級試験は、試験を受けると決めた冒険者ギルドで二カ月以上の活動実績が必要になる。つまり、二カ月以上はそのギルドがある町や村で暮らさなければいけないのだ。
「俺ァ、バージは公平に物事を見てくれるやつだと思ってる。だから、俺とロザリーに、ここで昇級試験を受けさせてくれないか?」
バージの目がまん丸になって、その横でアベルの口がぽかんと開く。
「だ、だが、故郷に帰るんじゃなかったのか?」
「そんなに急ぐ里帰りじゃねぇよ。言ったろ、俺の親父はエルフ族で、俺より長生きなんだ。俺の故郷の王国は、行くにも年単位の時間がかかる場所だから、気ままに行くさ。ルイに色んなもんも見せてやりてぇし、うまいもんも食わせてやりたいからな」
レオはルイの頭をぽんぽんと撫でた。
「それに魔獣の後処理のこともあるから、しばらくは滞在しないとでしょ? だからどうせだったら試験を受けたいの。自分の実力に自信が欲しいのよ」
ロザリーが言った。
「お、俺は有難いし、全くかまわないが……いるならいるで、色々頼んでしまうぞ? 人手不足でBランク以上のクエストも溜まってしまっているし……」
「かまわねえよ。ここまでくりゃ、乗り掛かった船どころか、船に乗っちまってんだから」
「稼げるときに稼いでおかないとね」
うんうんとロザリーが頷く。
バージが別の意味で「うちのギルドで払い切れるか?」と呟いたのがレオの耳には届いた。
「あ、あの、レオさんとロザリーさんがしばらく滞在されるなら、ご指導いただくなんてことも……!?」
アベルが身を乗り出すようにして問いかけて来る。
「いいぜ、俺たちがいなくなっても大牙猪くれぇどうにかできるように、鍛えてやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
アベルが心底嬉しそうに言った。
「待ってくれ、ということは俺は、レオとロザリー向けにAランクへの昇級試験の内容を考えなきゃならないじゃないか……! 魔獣を斃した奴に、何を倒してもらえばいいんだ……?」
「お義父さん、一緒に考えますよ」
「まだお義父さんじゃない! だが、一緒に考えてくれ!」
「ははっ。採取でもいいぞ」
「採取、採取か……うーん、いや、だが、あれは……」
頭を抱えて悩み始めたバージを横目にレオは「周りを歩いてみようぜ」と声をかけ、ルイを抱き上げ肩車をする。
「僕が案内しますよ」
そう言ってアベルがバージを置いて、穴のふちに沿って歩き出した。
「この穴、どうすっかなぁ」
キノコモグラの尻がはまるくらいなので、直径が十メトル以上はありそうな大穴だ。
「そもそもなんで魔獣化したのかしら?」
「魔獣化ってのは仕組みが分かってねぇしな……」
牙猪や葉鹿、羽兎のように群れで暮らす動物たちが群れのリーダーをとなる場合、それぞれ大牙猪、枝鹿、角兎と魔物化する。他にも森の中で暮らしていたものが水辺で暮らすために魔物化したり、成長し、地上から空へ居を移す場合に魔物化するなど、魔物化は割と理由がはっきりとしている場合が多い。
だが、魔獣化はどうして起こるのか、全く分かってない。
ただ魔獣化すると基本的には巨大化し、瘴気をまとい、非常に凶暴で生きるもの全てに襲い掛かって来るようになる。
そして、魔物が持つ魔核はなくなる。魔結晶は魔獣特有のものだが、魔獣がそれを体内に有しているかいなかは、運次第だ。
「だが、この辺じゃ、魔獣なんで出たことないんだろ?」
「はい。魔獣は普通、山奥や谷底、洞窟の最奥といった人里離れた場所で出現しますから、こんな見通しの良い平原や、その周辺の浅い森で出現したことはこれまで一度も……」
レオの問いにアベルが答える。
「基本、魔獣の討伐依頼が出るのは、人里に近い場所で出現した場合だからな……瘴気は生命全てを蝕む。それは魔獣も例外じゃない」
だからこそ谷底や山奥で魔獣が出現しても、人里に来るまでに死んでしまう場合がほとんどなのだ。そもそも出現に気づかれることもない魔獣も、きっといるのだろう。魔獣自体は皮肉なことに短命な生き物なのだ。
「教会のほうでも人員を派遣してくれるそうですが、ここら辺は平和だったもので、あまり聖魔法に優れた方はいないそうで……魔獣に詳しい方も」
「まあ、いないっつーもんは仕方ねぇよ」
「パパ、あれなに? ちいさいひと」
「ん? ありゃ、ドワーフ族だな。小柄だが、あれで大人なんだよ」
大穴の傍に立てられたテントの近くにドワーフ族が数人いて、積み上げられたキノコモグラの爪を眺めていた。
「そうだ。レオさん、彼らは我が町の鍛冶師なんですが、キノコモグラの爪について話がしたいそうです。一本、欲しいそうで……」
「魔獣は希少だからなぁ。それはロザリーに相談してくれ。俺は牙と角専門だから、爪はあんまり興味ねえ」
「錫貨一枚だって、まけないわよ」
ロザリーが微笑みながら返す。
「というか、魔獣は私たちが引き取ってしまっていいの? 王都の時はギルドのものだからって、私たちは討伐報酬しかもらえなかったのよ」
「それ、本当か?」
いつの間にかバージが傍にいて、ロザリーとルイ、アベルの肩が跳ねた。レオはバージの足音が聞こえていた。
「マジだよ。黒虎の魔獣化個体でよ。あの美しい牙。惜しいことしたよなぁ。ギルマスの野郎、俺が自腹で買い取るっつっても無視しやがってよ」
「あれはむかついたわぁ。命賭けで討伐したのは私たちだって言うのに……もう時効でしょうけど、私、あのあとギルマスに一生痔に悩まされる魔法薬飲ませたのよね。嘘か本当か分からないレシピの上、高い材料費だったけど、ちゃんと効いたみたい」
「……お前が原因だったのかよ」
初めて知る真実にレオは頬引きつらせた。
魔獣討伐後、レオは偶然にも王都の中央冒険者ギルドのマスター・ケロースが酷い痔に悩まされていることを知ったのだ。
だが、同情はしなかった。むしろ、いい気味だとさえ思った。とはいえ、真実を知った今はレオの尻を守るためにも気をつけよう、と心に誓った。
「答えたくないなら、それでいいんだが、報酬はいくらだったんだ?」
「金貨五百枚だったか?」
「諸経費引いたら、三人で割って、一人百二十枚くらいだったわ」
「それって実質、たったの三百六十枚ってことですか?」
アベルが「少なすぎますよ」と怒ってくれるのが、なんだか嬉しくて、レオは青年の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「だが、魔獣なんて早々出るもんじゃねぇからな。前回は王都近郊だったから教会に強力な使い手が多くて、聖水は豊富に用意してもらえたがな」
「ええ。だから残りもすこーしいただけたんだけど」
うふふっとロザリーが笑った。
「だから、魔獣の素材をもらえるなら、今回使い切った治癒ポーションとか魔力回復ポーションとかの経費を差し引いても、懐がとっても潤うわ」
「だな。酒買っちゃおうかな」
「もー、ちょっとだけよ? ルイも何か欲しいものがあったら教えてね。上手におるすばんができたから、ご褒美を買ってあげるわ」
「ごほーび?」
レオの頭の上でルイが首を傾げた。
「ご褒美ってのは、良い子がもらえるんだ。何がいい?」
「…………あのね、オレ、剣ほしい。パパみたいに、つよくなりたいの」
レオの頭にぎゅっと抱き着きながら、もそもそとルイが言った。可愛さのあまりうっかりレオの喉がごろごろとなってしまった。ロザリーが「あら、珍しい」と笑う。
「じゃあ、最初は小さい木の剣から始めような」
「うん! パパ、おしえてくれる?」
「もちろん」
「やったぁ」
無邪気に喜ぶルイが可愛くて、ロザリーが「ママも魔法を教えてあげるから、ロッドを買いましょうね」と参戦してきて、ルイは「まほうも? やったぁ」とまた無邪気に喜んだ。
「ポンタには、旨い肉を食わせてやるよ」
「わんわんわん!」
ポンタがぴょんぴょんと足下で興奮気味に飛び跳ねて、喜びを全身で表す。
アベルが「よかったねぇ、ルイくん、ポンタ」と拍手をしてくれた。
「バージ、どうかしたか?」
報酬の話から、一言も発さず眉間に皺をよせているバージにレオは声をかける。ルイとポンタを愛でていたロザリーとアベルも、バージを振り返る。
皆の視線に気づいたバージがはっとしたように顔を上げた。
「ああ、いや、なんでもない」
バージの眉間のしわがほどけて、困ったように眉が下げられた。
「今、ベテランがいねぇならギルドの財布も厳しいだろ。しばらくはいるし、俺たち自身で上質な素材を提供してやっから、あんまり報酬に悩むなよ」
「それは有難い。サウロが『レオの獲物をもっと解体してぇ』とぼやいていたからな」
「私もルイがいるなら、魔法薬をあれこれ揃えておきたいから、採取に行きたいわ。ここ、自然豊かそうだし」
「ロザリーさんは、ご自分で魔法薬の調合もされるんですか?」
「ええ。魔法薬師の資格も持っているのよ。稼げるようになる前は、とにかくレオとルディが怪我をするたびにお金が買ってしょうがないから、自分でポーションを作るようになったのよ」
「ママ、おくすりつくれるの?」
「ええ。魔法をある程度、使いこなせるようになったらルイにも教えてあげるわね」
「ロザリーは器用だぞ。経理も得意だし」
「あなたとルディがザル過ぎて、得意にならざるを得なかったのよ」
じとりと睨まれ、口を噤んだ。レオとしては俺のロザリーはすごいんだぞ、と自慢したつもりだったのだが、どうやら蛇の潜む藪をつついてしまったらしい。
「と、ところで、レオ。ムース苔採取依頼の報酬の宴会、いつがいいだろうか?」
空気を読んだバージが話題の転換を試みてくれた。
「俺たちはいつでもいいが、一番、大事なのは肉が美味い状態で提供されることだ。だからベノワとかコックたちに聞いてくれ」
「ははっ、分かった。場所は冒険者ギルドで開催しようと思ってる。主役はレオたちだから、何か要望はあるか?」
「じゃあ、騎士団で協力してくれたやつらも呼んでやれよ」
「いいのか? 多分、そうなると一頭分、消費するぞ?」
「かまわねえよ。俺ァ、食べたくなったら自分で森に入って、狩ってくりゃいいんだからよ。騎士団のやつらにも世話になったし、この町の騎士団は気持ちがいい。だからうまいもんは、皆で食うに限るんだ」
「レオはいつもこんな感じよ。だから私がしっかりしなきゃいけないの」
ロザリーが苦笑交じりに言った。バージは「愛だなぁ」と笑いながらガリガリと髪を掻いた。
「パパ、えんかいってなに?」
「宴会ってのは、皆で楽しく、酒飲んで飯を食う集まりだ」
「オレもいっしょ?」
「おう。一緒だ。ただし、ルイは酒じゃなくてジュースな」
「わかった。ママとポンタも?」
「もちろんよ。美味しいお肉、食べましょうね」
「うん! たのしみだね、ポンタ」
「わん!」
ポンタは肉の話題の時だけは、ものすごく真剣に返事をする。
「さて、この後は解体所でも見に行くか?」
「レオは残ってくれ。君が穴をあけたんだから、この穴について話し合いたい」
「えー……」
「力業で解決ばっかりするからよ。いらっしゃい、ルイ」
ロザリーが風魔法でひょいとルイを下ろしてしまう。
「じゃあ、僕が案内しますよ、こちらへどうぞ」
「ポンタもいっしょにいこ」
「わふわふ」
ロザリーはルイと手を繋いでさっさと行ってしまった。アベルがポンタを抱き上げ、彼女たちを解体所へ案内する。
「で、どうする、レオ」
バージの言葉にレオは改めて大穴を見る。
直径もさることながら、深さも大分ある。キノコの残骸が散らばり、すり鉢型の穴は落ちたら上がって来るのは難しそうだ。
「どうするもこーするも……どーすっかなぁ」
キノコモグラはムース苔の匂いにつられて、徐々に地下から上がってきた様子だったので、もしかするとまだ石や砂の動く音がするので、これ以上に深くなるかもしれないし、下手をするとキノコモグラが掘った穴が土の重みに耐えられず、この穴を起点に崩落するかもしれない。
「町に行っても迷惑だし、転ばせてやろうと思っただけで、そのあとのことは、なーんも考えてなかったんだよなぁ」
レオがぼやくとバージが深々と溜息を吐き出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
あと2話程度で終わる予定なのですが、なんとまだ書きあがって居ません!
明日の更新分も書きあがっていないので、明日更新できるかどうかは今夜の私の頑張り次第です(´・ω・`)
頑張ります!!
502
あなたにおすすめの小説
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる