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地鳴り編
第21話 子どもはただ守られてりゃいいんだよ
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「話を聞きながら、魔法を使っても? レオに造血魔法をかけたいの」
おじいさんが喋り出す前に、ロザリーが言った。おじいさんは「もちろんじゃ」と頷き、ロザリーがお礼を言って手を動かし始める。
レオは、地面に横たわったまま治療を受ける。
「さて、どこから話そうかの」
「そ、いえ、ば、ルイがいなかった、か?」
「ルイは魂だけの姿で、お前さんの胸の上におるぞ。まずは大人の話じゃから、ルイの時も止まっているがの」
おじいさんの指摘にレオは自分の胸の上に視線を向け、目を見開く。
半透明のルイがキノコモグラと同じくぴくともせずレオの胸の上に頬を寄せていた。丁度、目をつむって居た瞬間らしく、まるで眠っているかのようだ。なんとか手を伸ばして触れてみるが、通り抜けて自分の体に触れただけだ。
「わしは、そうさなぁ、とりあえず『賢者』とでも名乗っておこうかのぅ。とある女神様の遣いを現世でしておるものじゃ」
おじいさんは、ほっほっほっと笑う。
「まあ、わしのことはさておき。お前さんたちのお察しの通り、瑠偉とポンタは、異世界から召喚された、聖者と聖獣じゃよ」
よっこいせとおじいさんがいつのまにか存在していた椅子に腰かけながら告げた。その椅子に手にしていた切り出した枝のようなロッドを立てかける。
レオも造血魔法をかけてくれているロザリーも、やっぱり、と腑に落ちるばかりで、おじいさんの言葉に驚くことはなかった。
「なら、さっき、ルイがレオにくれたお薬は……」
「お前さんが瑠偉に渡した治癒ポーションに、あの子が聖魔法を付加したんじゃ。瘴気を浄化する効果が付加されておる」
「だから、効いたのね……」
ロザリーの視線がレオの脇腹に向けられて、レオも視線を向ける。傷口を覆っていた黒い靄は消えて、傷口もポーションの効果でほとんどふさがっている。
「本人は、わしが教えた『特別なおまじない』だと思っているがな」
「ポンタが巨大化したのはどういうことなの?」
「巨大化?」
「わん!」
にゅっと突然、レオの視界にポンタのどでかい頭が入り込んでくる。はっはっとかかる生暖かい吐息の向こうに、黒いキラキラしたポンタの目があった。
「え? これが、ポンタ??」
レオが知っているポンタとは、大きさが大分違っている。
「そうじゃ。ポンタは聖獣で瘴気の影響を一切受けない。そして、ポンタ個人の能力として大きくも小さくもなれるんじゃ。あと瑠偉を守りたいという気持ちに特化しておったので女神様が防護魔法の加護を与えておる。レオが全力で殴ってもポンタの本気の結界はひび一つはいらんぞ」
「……だから初めて会った時、森狼たちはポンタに攻撃ができなかったのか」
また一つ疑問がほどける。
初めて会った日、レオの手のひらに余るような小さなポンタに、どうして森狼たちが二の足を踏んでいたのか、謎が解けた。
「とはいえ、瑠偉もポンタもまだ幼く、自分の力をよく分かってはおらん。ポンタは少しわしが手伝ったので大きくなったり、小さくなったりは自由にできるだろうが、結界はまだまだ修練が必要じゃ」
「この国で行われた召喚……一回目は、やはりルイとポンタだったのか?」
「ああ。わしもその場におった。あちらさんに気づかれんようにだがな。女神様の遣いで見届け役を仰せつかってのう。やつらは、レオが想像していた通り、見た目でこの子を拒んで転移魔法でこの子を追い払ったのじゃ。そして二度目の召喚でやってきた瑠偉と同じ世界からやってきた青年と犬を今代の聖者と聖獣として迎え入れたんじゃ」
「ルイと同じ世界? 親戚とかなの?」
ロザリーの問いにおじいさんは首を横に振った。
「世界は広いでのぅ。同じ世界ではあるが、国が違った。瑠偉は日本人という人種で、向こうはイギリス人。年代も十年ほどずれておるが、十年は誤差の範囲か。向こうは十七歳の青年。力もそれなりにあるが、瑠偉のほうが聖者としての力は大きい。そもそも瑠偉は、女神様が見つけた迷い子だからな」
「まよいご?」
「迷子、ではないのよね?」
「規模の大きな迷子じゃよ。……生まれる世界を間違えたんじゃ。瑠偉は本来、こちらの世界で生まれるはずの存在だった。だが、なんの因果かいたずらか、もといた地球という世界に生まれてしまった。そこは本来、瑠偉の魂があるべき世界ではなかった。ゆえに親との相性も悪く、恵まれない日々を過ごしてきた。……寒い寒い雪が降る夜、ベランダで凍死寸前の瑠偉をとある神様が見つけ、迷い子だと気づいて、こちらの世界に移した。その時、瑠偉に寄り添って必死に小さな体を守っていた、ポンタも一緒に」
「それが異世界召喚、なの?」
「異世界召喚は本当に偶然行われていたことで、強い力に引っ張られてしまったんじゃよ。だが、不合格で転移魔法を使われた際、こちらの世界の女神様のお力が作用し、レオのそばに転移した」
「どうして、俺の傍に?」
おじいさんの夜空のようなキラキラした瞳が優しく細められた。
「それが、瑠偉にとっての『正解』だったからじゃよ」
「は?」
「ねえ、おじいさん。なら私のルイに対する気持ちも『正解』なのかしら」
「そうじゃな。『正解』じゃ。お嬢さんは、レオの番だからな」
その『正解』とやらが全く分からないレオの頭上でロザリーとおじいさんは、会話を続けているし、ロザリーはおじいさんの返答に非常に満足げだ。
「さて、次の話じゃ。瑠偉のこれからについてじゃ」
神妙な表情でおじいさんが告げ、レオは体を起こす。ロザリーがそっと支えてくれた。瑠偉の半透明の体は、レオの膝に寄り添う形になった。
「お前さんたちは、どうしたい。……瑠偉の力を」
「どうしたいって……無くせねえのか?」
「必要ない、と?」
おじいさんが小さく首を傾げた。長い髭が揺れる。
「聖魔法が使える聖者なんてバレりゃ、教会やら神殿やら、これから行くだろう国々が黙ってねえだろ。もし、二度目に呼び出された、そのいぎりす人とやらが魔獣王の討伐に失敗したら、今度は瑠偉が担ぎ出されるかもしれねえ。てめぇで厄介払いしたくせにとは思うが、それが理不尽な大人の世界ってやつだ」
「そうじゃな。力としていえば瑠偉のほうが聖者としては上じゃからな。得てして世の中の愚か者は、自分が選び取らなかった選択肢をいつまでも嘆くものじゃ」
「まあ、そんな身勝手を押し通すなら、私、うっかり国ごと消滅させちゃうかもしれない……困るわぁ」
ロザリーが深刻そうにつぶやいた。おじいさんが「この人、本気で言ってる?」と目で問うてくるので、レオは深々と頷いた。ロザリーはやるったらやるのだ。マジで。
おじいさんは、ちょっと引き気味に悩むロザリーを見ながら、ごほんと咳ばらいを一つして、彼女の悩みには答えず、先を続けることを選んだ。
「女神様が与えた力じゃから、全てを無くすことはできんが……力の大半をお前さんたちに移してしまうことはできるぞ」
「じゃあ、頼む」
「あら、お願いします」
レオとロザリーが悩むことなく同時に答えたので、おじいさんは瞬きを一つ、二つと繰り返した。
「子どもってのはよ、起きて飯食って、遊んで、飯食って、昼寝して、時にはまあ勉強もしてよ。だらだらしたり、遊んだりして、シャワー浴びて、夕飯をたくさん食って、そんでなんの悩みもなく寝る、そうあるべきだと俺ァ思ってる。世界を護るだとか、瘴気を浄化するなんて、面倒な仕事は大人がすべきことであって、大人が守るべき存在の子どもにやらせるようなことじゃねえ。子どもってのは、守られる側の生き物だ」
「私もそう思うわ。それに私とレオなら、使いこなすことも、隠すこともできると思うの。これまでの人生経験値があるから。……五歳の可愛いルイに背負わせることじゃないわ。世界のことなんて。まあ、私も背負う気はないけど」
「それな。俺たちの生活に今回のように影響があるなら話は別だけどよ。今代の聖者様だって、ちゃんと力はあんだろ?」
「ああ。瑠偉が強すぎるだけで、歴代の聖者や聖女と同じだけの力はある」
「んで、傍には彼のための聖獣もいるし、なんだったら俺が育てたルディがいんだろ? なら魔獣王の一匹二匹、任せちまって大丈夫だ。ルディが、どーしてもってんなら、あいつは弟分だし、手を貸してやるけどよ。な、ロザリー」
「ええ。ルディにはね。あの厚顔無恥の小娘と狡賢い狐は論外だけど」
うふふっと笑うロザリーは、ララとガアデのことを許す気はさらさらないようだ。こうなった彼女には何を言っても無駄なので、レオは口を噤む。
「そ、そうか。ふむ、では、瑠偉の力を二人に分けよう。レオには聖魔法〈攻撃特化〉、お嬢さんには聖魔法〈浄化特化〉、そして、瑠偉に残るのは聖魔法〈付加特化〉。……今回のように薬や武器なんかに、聖魔法の加護の力を付与できる力じゃ。女神様が与えた聖者と聖女の持つ唯一無二の力じゃよ」
「それは、普通の聖水とは違うの?」
「あれは、お嬢さんと同じ聖魔法浄化特化の使い手が付与しておるが、永続的なものではないじゃろう? 現に服用したことのあるお嬢さんも、付加してもらったレオの剣もその力は失っておる。だが、瑠偉の祈りは、瑠偉が生きている限り、効果は続き、そして、願えば願うだけ強くなる。それが女神様が与える聖者の力なんじゃ」
「わんわん!」
ポンタが話に割り込んでくる。自分の力はどうなるのか気になるのかもしれない。
「ポンタは、ルイを護るために一緒に来たんだろ? その力を俺たちと訓練して使いこなせるようになろう。そうすりゃ、ポンタが護ってくれんなら、どんな冒険だってルイと一緒に行ける」
「わんわん!」
ポンタがぶんぶんと尻尾を振りながら元気よく返事をした。
おじいさんがポンタの鼻先を撫でた。ポンタは大人しく撫でられている。
「よしよし、聖者を護る、それが、女神様から与えられた聖獣の役目じゃからな」
おじいさんは、うんうんと頷くと、椅子に立てかけてあったロッドを再び手にして立ち上がる。
「では、もうそろそろ時間切れが迫っておる。瑠偉の力を二人に分けよう」
その言葉にレオとロザリーは背筋を正す。
「本当にいいんじゃな? 一度分けた力は戻すことはできんぞ。それで将来、全てを知った瑠偉に怒られるかもしれん」
「それでもかまわねえよ。俺ァ、ルイにはうまいもんいっぱい食って、良く寝て、元気に育ってくれってなぐらいのことしか望んでねえ」
「私もよ」
ロザリーが半透明のルイの頭を優しく撫でる。
「……悲しみはこの子の上を通り過ぎ、苦しみはこの子を見つけることもできず、寂しさをこの子は知ることもなく。ひたすらに、朗らかに健やかに、そして、ただ幸せでありますようにと心から願っているの」
ああ、まさにその通りだ、とレオもルイの背中を撫でた。この小さな背に背負うのは、誰かのための、ましてや世界への責任ではなく、未来への希望や夢であってほしいのだ。
「ふむ、やはり『正解』のようじゃ」
ほっほっほっとおじいさんは満足そうに笑って、レオとロザリーの頭上でロッドを振りかざした。
瑠偉の体が白く輝き、そこから強く清らかに輝く光の球が出てきた。空中で二つに分かれたそれは、それぞれレオとロザリーの体の中に飛び込んできた。
全身を新鮮な空気が巡るような感覚、そのあとに続く爽快感はあまりに強すぎて、わずかに体が力んでしまう。レオの膝に添えられたロザリーの手にも力がこもった。
「レオは、瘴気を貫通させる攻撃ができるが浄化は出来ん。お嬢さんは瘴気を浄化することは出来るが攻撃は出来ん。それをよくよく理解しておくように。……そして、もう一つ。女神様からのご加護じゃ」
「女神様からの?」
「ねえ、その女神様のお名前は……」
「内緒じゃ。とても位の高い御方故な、名前を発したところで、まだお前さんらには聞き取れんよ。だが、とても心優しいお方だ」
そう言いながら、おじいさんはロッドで椅子をこんと叩いて消した。
「瑠偉はわしとポンタが責任をもって、体に戻しておこう」
「ああ、頼む」
「お願いします。しくじったら……分かりますね?」
笑顔ですごんだロザリーにおじいさんがぷるぷるしながら頷いた。レオはやはりロザリーに逆らう術は知らないので、黙って成り行きを見守るしかない。
おじいさんが瑠偉を抱えてポンタに乗るのをレオとロザリーも立ち上がって手伝う。
「三分後、時は動き出す。時が止まっている間は、その空間で動けるもの以外には干渉できんから攻撃も浄化も意味はない。すべては動き出してからじゃ。頼むぞ」
「任せてくれ」
「ルイをお願いします。ポンタもね」
ロザリーがポンタの大きな頭を撫でれば「わん」と力強い返事が返って来た。
レオとロザリーがルイの頬を順番に撫でるとおじいさんがもう一度「頼むぞ」と告げ、ポンタが町のほうへと走り出す。
「じいさん、魔力と体力も回復していってくれたみたいだな」
「ええ。おかげさまで、キノコモグラちゃんを今度こそ、はく製にしてあげられそうだわ」
うふふと笑うロザリーが可愛くて、レオはぽんぽんとその頭を撫でた。背伸びをしたロザリーがキスをねだって来るので、レオもキスを返し、二人はキノコモグラに向き直る。
キノコモグラの時はまだ止まったままだ。
「キノコの胞子まみれで、あんまり素材としてはどの部位も役に立たんかもなぁ」
「そうねぇ、キノコが生えてきたら嫌だし。でも、これだけ大きいんだもの。きっと何か役に立つ部位があるはずよ」
「そう信じるしかねぇか。キノコも毒性だしなぁ……牙も生えてねえし。せめて角でも生えてりゃな」
「あ、爪! 爪なら結構、良い素材じゃない?」
「……確かに。俺の腹を傷つけるぐらいだしな、よし、爪は無傷の方向性で行こう」
「ええ。……今度こそ、大丈夫よね?」
不安そうにレオを見上げるロザリーにレオは笑って頷く。
「おう。絶対にな。一緒に帰ろうぜ。ルイとポンタのところに」
ロザリーが花開くような笑みを浮かべて「うん」と頷いた。
可愛いロザリーを堪能したいのに「ギィィィィ」と鼓膜を揺らすその鳴き声にレオは眉を寄せた。
「ほんとに、うるせぇなぁ……」
「レオ、もうポーションはないから、ほどほどにね」
「わーってる。んじゃ、行くか」
レオは剣を抜き、ロザリーはロッドを構える。
キノコモグラが横向きになって起き上がり、四つん這いになる。ギィギィと耳障りな声で鳴きながら、また土をえぐる攻撃前の動作を見せ始める。
だが、もう魔獣に対する恐怖はなかった。身の内にある新たな力が全身を駆け巡り、恐怖さえも薙ぎ払っていく。
アレはもう、レオの敵ではない。
「瘴気は任せて」
「おう頼むぜ、ロザリー」
「ギィィィッ!」
振り上げられた大きな手にレオは、何のためらいもなく駆け出した。
「『清き風よ 守れ』!」
ロザリーの声が高らかに響いて、聖魔法の込められた風がレオを包み込んだ。レオを飲み込もうとしていた瘴気がレオに触れようとした瞬間に消えていく。
鋼鉄製と思われる長い爪は、鍛冶屋が喜びそうな素材にしか見えなくなっていた。
「なあ、ロザリー! どこ突けばいいと思う!?」
レオは暴れるキノコモグラの上をぴょんぴょんと飛び回りながら、どこで仕留めようかと悩む。大牙猪と同じ眉間でもいいが、もし毛皮が素材として扱えるなら腹からのほうがいいだろうか。
「目はやめて! 魔法薬に使えそうだから! 喉からがいいんじゃないかしら!」
「やっぱ、そこかぁ。んじゃ、陽動頼む!」
「任せて! 『風よ 遮断せよ』『土よ 球体となれ』」
ロザリーがロッドをかざし、レオの匂いを封じて、先ほどまでの戦闘でレオの血が染み込んだ土を操る。形は別になんでもいいので、いくつかの球体になったそれをキノコモグラの鼻先に持って行く。
「ギィギィギィ!」
目が悪いキノコモグラは、それをレオだと思い込んでばっちり攻撃をした。割れた土があたりに散らばる。それが囮になると分かれば、ロザリーがたくみに操り、キノコモグラは無我夢中でそれを追いかける。
レオは静かに音もなく暴れるキノコモグラがまき散らす瘴気や土や岩を避けるように移動し、息をひそめ、その時を待つ。
ロザリーの視線が一瞬、レオに向けられた。それだけで十分だ。
「『身体強化・脚力』『聖なる力よ 宿れ』」
レオは口の中だけで呪文を唱え、剣の柄に手をかけ、身を屈め脚に力を込める。聖魔法による聖なる力をレオの愛剣がまとい、白く輝く。
レオの剣は、ダンジョン産の特殊な剣だ。相手をする獲物によって、その大きさを変える。
目の前にいる巨大な魔獣にとどめを刺すため、剣もそれにふさわしい大きさへとレオの魔力と纏い変化し、光は強くなっていく。
その眩しさにレオはわずかに目を眇めながら、一気に地面を蹴った。
「ギィィ!」
キノコモグラが囮を追いかけて立ち上がった。
「『氷よ 拘束せよ!』」
ロザリーの鋭い声が響き、キノコモグラの両手が氷の鎖によって拘束されて動きが止まる。
レオは剣を抜き、そしてがら空きのキノコモグラの喉に思いっきり、剣を突き刺した。
「ギィィィィィィィ……!!!!!!」
キノコモグラの断末魔が響き渡った。
喉に刺さっていた剣が役目を終え、元のサイズに戻れば、そこから滝のように鮮血があふれ出す。
「『風よ 全てを浄化せよ』!」
ロザリーの声が高らかに響き渡って、爽やかで清々しい風があたり一帯を吹き抜け、キノコモグラがまき散らした瘴気を浄化していく。
「無茶すんなって言ったの、お前だろうが」
その荒業にレオは驚いて下を見る。ロザリーが座り込んで腕だけこっちに伸ばしている。
「レオ、抱っこ」
「おう! 今行く!」
レオは地上へ戻り、魔力切れですでに自力で動けないロザリーを抱えて一気にキノコモグラから距離を取る。
ドッシーンと再びすさまじい音を立てながらキノコモグラが斃れた。土埃が舞って、余韻のようの大地が揺れる。
「大丈夫か?」
「聖魔法、魔力の消費が激しいわ……」
ロザリーの声はくたびれ切っている。正直なところレオも魔力はもうほとんど残っていなかった。聖魔法を用いた攻撃は、魔力の消費があまりに激しかった。
「『身体強化・聴力』」
レオは耳をそばだてる。
血のあふれ出す音、かすかに死に足掻いて、もがく音、そして、ゆっくりと呼吸が短くなり、最後に心臓が止まった。
キノコモグラを覆っていた瘴気がほどけるように消えて、未だに吹き続ける風の中に消えていく。
レオはロザリーを抱きしめるようにして背中からその場に倒れ込む。
「あー、討伐完了、確認」
「も、限界……」
ロザリーはレオをベッドにそのまま眠ってしまう。レオも仰向けで寝ころんだまま長く息を吐き出す。
少し前からレオの耳には聞こえていた十数頭の馬の蹄の音が待機場所の方角からもうすぐそこに来ている。きっとバージたちがこちらに来てくれたのだ。
案の定、その数秒後に「レオ! ロザリー!」と叫ぶバージの声が聞こえてきた。
「おー」
レオは鞘に戻す気力もなく持ったままの剣を持ち上げれば、まだかすかに光っていたそれを目印にバージたちがこちらへやって来た。
「おい、レオ! ロザリー!」
やかましいぐらいの大声でバージが叫び、馬から飛び降り、こちらにやって来た。
「大丈夫か!? 治癒ポーションか何か飲むか!? ロザリーは!?」
「うるせぇよ、聞こえてっから、大声出すなって……こんだけ近いんだからよぉ……」
レオはあわあわうるさいバージに眉を寄せる。
「討伐は終わってる。ロザリーは魔力切れで寝てるだけで怪我はねぇ」
ロザリーからはレオの血以外の匂いはしないので間違いない。
「俺ももう、体力も気力も魔力もすっからかんだ……血も流しすぎちまったしよぉ」
「そういえば、怪我をしたと報告が……! どこだ!? ここか!?」
「声がでかいんだよ……」
レオは力の入らない手で彼の膝をはたいた。
「ちっと寝りゃ回復すっからよぉ……バージ、あとは頼んだ。寝る」
無理矢理に回復した体も魔力もとうの昔に限界は突破していて、体が休息を猛烈に求めるままレオは目を閉じた。
「レオ! 死ぬな、レオ!!」
「だから、うるせぇ!」
レオは閉じたばかりの目を開けて唸る。バージがびっくりしてのけぞり後ろに転んだ。
「回復のために寝るだけだっつってんだろ! 俺の話を聞け! 日が昇ったら起きる! 以上! おやすみ!」
そう叫んで、今度こそ、レオは目を閉じて眠りの世界に飛び込んだのだった。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
申し訳ありませんが、
30日、31日、1日は更新をお休みさせてください。
現在、このお話はストックがゼロになり、毎日書いていたんですが……
春志乃が夏風邪を引き、夏恒例の胃炎になり、そしてなぜか昨日、突き指をしてしまい、
執筆が少し難しく……
もうこの地鳴り編のラストまでは、あと少しなので、一度お休みいただいて、
8月2日(土)朝7時より、更新再開いたします。
その間、読み返したりしつつ、お待ちいただければ幸いです。
何卒、よろしくお願いいたします。
おじいさんが喋り出す前に、ロザリーが言った。おじいさんは「もちろんじゃ」と頷き、ロザリーがお礼を言って手を動かし始める。
レオは、地面に横たわったまま治療を受ける。
「さて、どこから話そうかの」
「そ、いえ、ば、ルイがいなかった、か?」
「ルイは魂だけの姿で、お前さんの胸の上におるぞ。まずは大人の話じゃから、ルイの時も止まっているがの」
おじいさんの指摘にレオは自分の胸の上に視線を向け、目を見開く。
半透明のルイがキノコモグラと同じくぴくともせずレオの胸の上に頬を寄せていた。丁度、目をつむって居た瞬間らしく、まるで眠っているかのようだ。なんとか手を伸ばして触れてみるが、通り抜けて自分の体に触れただけだ。
「わしは、そうさなぁ、とりあえず『賢者』とでも名乗っておこうかのぅ。とある女神様の遣いを現世でしておるものじゃ」
おじいさんは、ほっほっほっと笑う。
「まあ、わしのことはさておき。お前さんたちのお察しの通り、瑠偉とポンタは、異世界から召喚された、聖者と聖獣じゃよ」
よっこいせとおじいさんがいつのまにか存在していた椅子に腰かけながら告げた。その椅子に手にしていた切り出した枝のようなロッドを立てかける。
レオも造血魔法をかけてくれているロザリーも、やっぱり、と腑に落ちるばかりで、おじいさんの言葉に驚くことはなかった。
「なら、さっき、ルイがレオにくれたお薬は……」
「お前さんが瑠偉に渡した治癒ポーションに、あの子が聖魔法を付加したんじゃ。瘴気を浄化する効果が付加されておる」
「だから、効いたのね……」
ロザリーの視線がレオの脇腹に向けられて、レオも視線を向ける。傷口を覆っていた黒い靄は消えて、傷口もポーションの効果でほとんどふさがっている。
「本人は、わしが教えた『特別なおまじない』だと思っているがな」
「ポンタが巨大化したのはどういうことなの?」
「巨大化?」
「わん!」
にゅっと突然、レオの視界にポンタのどでかい頭が入り込んでくる。はっはっとかかる生暖かい吐息の向こうに、黒いキラキラしたポンタの目があった。
「え? これが、ポンタ??」
レオが知っているポンタとは、大きさが大分違っている。
「そうじゃ。ポンタは聖獣で瘴気の影響を一切受けない。そして、ポンタ個人の能力として大きくも小さくもなれるんじゃ。あと瑠偉を守りたいという気持ちに特化しておったので女神様が防護魔法の加護を与えておる。レオが全力で殴ってもポンタの本気の結界はひび一つはいらんぞ」
「……だから初めて会った時、森狼たちはポンタに攻撃ができなかったのか」
また一つ疑問がほどける。
初めて会った日、レオの手のひらに余るような小さなポンタに、どうして森狼たちが二の足を踏んでいたのか、謎が解けた。
「とはいえ、瑠偉もポンタもまだ幼く、自分の力をよく分かってはおらん。ポンタは少しわしが手伝ったので大きくなったり、小さくなったりは自由にできるだろうが、結界はまだまだ修練が必要じゃ」
「この国で行われた召喚……一回目は、やはりルイとポンタだったのか?」
「ああ。わしもその場におった。あちらさんに気づかれんようにだがな。女神様の遣いで見届け役を仰せつかってのう。やつらは、レオが想像していた通り、見た目でこの子を拒んで転移魔法でこの子を追い払ったのじゃ。そして二度目の召喚でやってきた瑠偉と同じ世界からやってきた青年と犬を今代の聖者と聖獣として迎え入れたんじゃ」
「ルイと同じ世界? 親戚とかなの?」
ロザリーの問いにおじいさんは首を横に振った。
「世界は広いでのぅ。同じ世界ではあるが、国が違った。瑠偉は日本人という人種で、向こうはイギリス人。年代も十年ほどずれておるが、十年は誤差の範囲か。向こうは十七歳の青年。力もそれなりにあるが、瑠偉のほうが聖者としての力は大きい。そもそも瑠偉は、女神様が見つけた迷い子だからな」
「まよいご?」
「迷子、ではないのよね?」
「規模の大きな迷子じゃよ。……生まれる世界を間違えたんじゃ。瑠偉は本来、こちらの世界で生まれるはずの存在だった。だが、なんの因果かいたずらか、もといた地球という世界に生まれてしまった。そこは本来、瑠偉の魂があるべき世界ではなかった。ゆえに親との相性も悪く、恵まれない日々を過ごしてきた。……寒い寒い雪が降る夜、ベランダで凍死寸前の瑠偉をとある神様が見つけ、迷い子だと気づいて、こちらの世界に移した。その時、瑠偉に寄り添って必死に小さな体を守っていた、ポンタも一緒に」
「それが異世界召喚、なの?」
「異世界召喚は本当に偶然行われていたことで、強い力に引っ張られてしまったんじゃよ。だが、不合格で転移魔法を使われた際、こちらの世界の女神様のお力が作用し、レオのそばに転移した」
「どうして、俺の傍に?」
おじいさんの夜空のようなキラキラした瞳が優しく細められた。
「それが、瑠偉にとっての『正解』だったからじゃよ」
「は?」
「ねえ、おじいさん。なら私のルイに対する気持ちも『正解』なのかしら」
「そうじゃな。『正解』じゃ。お嬢さんは、レオの番だからな」
その『正解』とやらが全く分からないレオの頭上でロザリーとおじいさんは、会話を続けているし、ロザリーはおじいさんの返答に非常に満足げだ。
「さて、次の話じゃ。瑠偉のこれからについてじゃ」
神妙な表情でおじいさんが告げ、レオは体を起こす。ロザリーがそっと支えてくれた。瑠偉の半透明の体は、レオの膝に寄り添う形になった。
「お前さんたちは、どうしたい。……瑠偉の力を」
「どうしたいって……無くせねえのか?」
「必要ない、と?」
おじいさんが小さく首を傾げた。長い髭が揺れる。
「聖魔法が使える聖者なんてバレりゃ、教会やら神殿やら、これから行くだろう国々が黙ってねえだろ。もし、二度目に呼び出された、そのいぎりす人とやらが魔獣王の討伐に失敗したら、今度は瑠偉が担ぎ出されるかもしれねえ。てめぇで厄介払いしたくせにとは思うが、それが理不尽な大人の世界ってやつだ」
「そうじゃな。力としていえば瑠偉のほうが聖者としては上じゃからな。得てして世の中の愚か者は、自分が選び取らなかった選択肢をいつまでも嘆くものじゃ」
「まあ、そんな身勝手を押し通すなら、私、うっかり国ごと消滅させちゃうかもしれない……困るわぁ」
ロザリーが深刻そうにつぶやいた。おじいさんが「この人、本気で言ってる?」と目で問うてくるので、レオは深々と頷いた。ロザリーはやるったらやるのだ。マジで。
おじいさんは、ちょっと引き気味に悩むロザリーを見ながら、ごほんと咳ばらいを一つして、彼女の悩みには答えず、先を続けることを選んだ。
「女神様が与えた力じゃから、全てを無くすことはできんが……力の大半をお前さんたちに移してしまうことはできるぞ」
「じゃあ、頼む」
「あら、お願いします」
レオとロザリーが悩むことなく同時に答えたので、おじいさんは瞬きを一つ、二つと繰り返した。
「子どもってのはよ、起きて飯食って、遊んで、飯食って、昼寝して、時にはまあ勉強もしてよ。だらだらしたり、遊んだりして、シャワー浴びて、夕飯をたくさん食って、そんでなんの悩みもなく寝る、そうあるべきだと俺ァ思ってる。世界を護るだとか、瘴気を浄化するなんて、面倒な仕事は大人がすべきことであって、大人が守るべき存在の子どもにやらせるようなことじゃねえ。子どもってのは、守られる側の生き物だ」
「私もそう思うわ。それに私とレオなら、使いこなすことも、隠すこともできると思うの。これまでの人生経験値があるから。……五歳の可愛いルイに背負わせることじゃないわ。世界のことなんて。まあ、私も背負う気はないけど」
「それな。俺たちの生活に今回のように影響があるなら話は別だけどよ。今代の聖者様だって、ちゃんと力はあんだろ?」
「ああ。瑠偉が強すぎるだけで、歴代の聖者や聖女と同じだけの力はある」
「んで、傍には彼のための聖獣もいるし、なんだったら俺が育てたルディがいんだろ? なら魔獣王の一匹二匹、任せちまって大丈夫だ。ルディが、どーしてもってんなら、あいつは弟分だし、手を貸してやるけどよ。な、ロザリー」
「ええ。ルディにはね。あの厚顔無恥の小娘と狡賢い狐は論外だけど」
うふふっと笑うロザリーは、ララとガアデのことを許す気はさらさらないようだ。こうなった彼女には何を言っても無駄なので、レオは口を噤む。
「そ、そうか。ふむ、では、瑠偉の力を二人に分けよう。レオには聖魔法〈攻撃特化〉、お嬢さんには聖魔法〈浄化特化〉、そして、瑠偉に残るのは聖魔法〈付加特化〉。……今回のように薬や武器なんかに、聖魔法の加護の力を付与できる力じゃ。女神様が与えた聖者と聖女の持つ唯一無二の力じゃよ」
「それは、普通の聖水とは違うの?」
「あれは、お嬢さんと同じ聖魔法浄化特化の使い手が付与しておるが、永続的なものではないじゃろう? 現に服用したことのあるお嬢さんも、付加してもらったレオの剣もその力は失っておる。だが、瑠偉の祈りは、瑠偉が生きている限り、効果は続き、そして、願えば願うだけ強くなる。それが女神様が与える聖者の力なんじゃ」
「わんわん!」
ポンタが話に割り込んでくる。自分の力はどうなるのか気になるのかもしれない。
「ポンタは、ルイを護るために一緒に来たんだろ? その力を俺たちと訓練して使いこなせるようになろう。そうすりゃ、ポンタが護ってくれんなら、どんな冒険だってルイと一緒に行ける」
「わんわん!」
ポンタがぶんぶんと尻尾を振りながら元気よく返事をした。
おじいさんがポンタの鼻先を撫でた。ポンタは大人しく撫でられている。
「よしよし、聖者を護る、それが、女神様から与えられた聖獣の役目じゃからな」
おじいさんは、うんうんと頷くと、椅子に立てかけてあったロッドを再び手にして立ち上がる。
「では、もうそろそろ時間切れが迫っておる。瑠偉の力を二人に分けよう」
その言葉にレオとロザリーは背筋を正す。
「本当にいいんじゃな? 一度分けた力は戻すことはできんぞ。それで将来、全てを知った瑠偉に怒られるかもしれん」
「それでもかまわねえよ。俺ァ、ルイにはうまいもんいっぱい食って、良く寝て、元気に育ってくれってなぐらいのことしか望んでねえ」
「私もよ」
ロザリーが半透明のルイの頭を優しく撫でる。
「……悲しみはこの子の上を通り過ぎ、苦しみはこの子を見つけることもできず、寂しさをこの子は知ることもなく。ひたすらに、朗らかに健やかに、そして、ただ幸せでありますようにと心から願っているの」
ああ、まさにその通りだ、とレオもルイの背中を撫でた。この小さな背に背負うのは、誰かのための、ましてや世界への責任ではなく、未来への希望や夢であってほしいのだ。
「ふむ、やはり『正解』のようじゃ」
ほっほっほっとおじいさんは満足そうに笑って、レオとロザリーの頭上でロッドを振りかざした。
瑠偉の体が白く輝き、そこから強く清らかに輝く光の球が出てきた。空中で二つに分かれたそれは、それぞれレオとロザリーの体の中に飛び込んできた。
全身を新鮮な空気が巡るような感覚、そのあとに続く爽快感はあまりに強すぎて、わずかに体が力んでしまう。レオの膝に添えられたロザリーの手にも力がこもった。
「レオは、瘴気を貫通させる攻撃ができるが浄化は出来ん。お嬢さんは瘴気を浄化することは出来るが攻撃は出来ん。それをよくよく理解しておくように。……そして、もう一つ。女神様からのご加護じゃ」
「女神様からの?」
「ねえ、その女神様のお名前は……」
「内緒じゃ。とても位の高い御方故な、名前を発したところで、まだお前さんらには聞き取れんよ。だが、とても心優しいお方だ」
そう言いながら、おじいさんはロッドで椅子をこんと叩いて消した。
「瑠偉はわしとポンタが責任をもって、体に戻しておこう」
「ああ、頼む」
「お願いします。しくじったら……分かりますね?」
笑顔ですごんだロザリーにおじいさんがぷるぷるしながら頷いた。レオはやはりロザリーに逆らう術は知らないので、黙って成り行きを見守るしかない。
おじいさんが瑠偉を抱えてポンタに乗るのをレオとロザリーも立ち上がって手伝う。
「三分後、時は動き出す。時が止まっている間は、その空間で動けるもの以外には干渉できんから攻撃も浄化も意味はない。すべては動き出してからじゃ。頼むぞ」
「任せてくれ」
「ルイをお願いします。ポンタもね」
ロザリーがポンタの大きな頭を撫でれば「わん」と力強い返事が返って来た。
レオとロザリーがルイの頬を順番に撫でるとおじいさんがもう一度「頼むぞ」と告げ、ポンタが町のほうへと走り出す。
「じいさん、魔力と体力も回復していってくれたみたいだな」
「ええ。おかげさまで、キノコモグラちゃんを今度こそ、はく製にしてあげられそうだわ」
うふふと笑うロザリーが可愛くて、レオはぽんぽんとその頭を撫でた。背伸びをしたロザリーがキスをねだって来るので、レオもキスを返し、二人はキノコモグラに向き直る。
キノコモグラの時はまだ止まったままだ。
「キノコの胞子まみれで、あんまり素材としてはどの部位も役に立たんかもなぁ」
「そうねぇ、キノコが生えてきたら嫌だし。でも、これだけ大きいんだもの。きっと何か役に立つ部位があるはずよ」
「そう信じるしかねぇか。キノコも毒性だしなぁ……牙も生えてねえし。せめて角でも生えてりゃな」
「あ、爪! 爪なら結構、良い素材じゃない?」
「……確かに。俺の腹を傷つけるぐらいだしな、よし、爪は無傷の方向性で行こう」
「ええ。……今度こそ、大丈夫よね?」
不安そうにレオを見上げるロザリーにレオは笑って頷く。
「おう。絶対にな。一緒に帰ろうぜ。ルイとポンタのところに」
ロザリーが花開くような笑みを浮かべて「うん」と頷いた。
可愛いロザリーを堪能したいのに「ギィィィィ」と鼓膜を揺らすその鳴き声にレオは眉を寄せた。
「ほんとに、うるせぇなぁ……」
「レオ、もうポーションはないから、ほどほどにね」
「わーってる。んじゃ、行くか」
レオは剣を抜き、ロザリーはロッドを構える。
キノコモグラが横向きになって起き上がり、四つん這いになる。ギィギィと耳障りな声で鳴きながら、また土をえぐる攻撃前の動作を見せ始める。
だが、もう魔獣に対する恐怖はなかった。身の内にある新たな力が全身を駆け巡り、恐怖さえも薙ぎ払っていく。
アレはもう、レオの敵ではない。
「瘴気は任せて」
「おう頼むぜ、ロザリー」
「ギィィィッ!」
振り上げられた大きな手にレオは、何のためらいもなく駆け出した。
「『清き風よ 守れ』!」
ロザリーの声が高らかに響いて、聖魔法の込められた風がレオを包み込んだ。レオを飲み込もうとしていた瘴気がレオに触れようとした瞬間に消えていく。
鋼鉄製と思われる長い爪は、鍛冶屋が喜びそうな素材にしか見えなくなっていた。
「なあ、ロザリー! どこ突けばいいと思う!?」
レオは暴れるキノコモグラの上をぴょんぴょんと飛び回りながら、どこで仕留めようかと悩む。大牙猪と同じ眉間でもいいが、もし毛皮が素材として扱えるなら腹からのほうがいいだろうか。
「目はやめて! 魔法薬に使えそうだから! 喉からがいいんじゃないかしら!」
「やっぱ、そこかぁ。んじゃ、陽動頼む!」
「任せて! 『風よ 遮断せよ』『土よ 球体となれ』」
ロザリーがロッドをかざし、レオの匂いを封じて、先ほどまでの戦闘でレオの血が染み込んだ土を操る。形は別になんでもいいので、いくつかの球体になったそれをキノコモグラの鼻先に持って行く。
「ギィギィギィ!」
目が悪いキノコモグラは、それをレオだと思い込んでばっちり攻撃をした。割れた土があたりに散らばる。それが囮になると分かれば、ロザリーがたくみに操り、キノコモグラは無我夢中でそれを追いかける。
レオは静かに音もなく暴れるキノコモグラがまき散らす瘴気や土や岩を避けるように移動し、息をひそめ、その時を待つ。
ロザリーの視線が一瞬、レオに向けられた。それだけで十分だ。
「『身体強化・脚力』『聖なる力よ 宿れ』」
レオは口の中だけで呪文を唱え、剣の柄に手をかけ、身を屈め脚に力を込める。聖魔法による聖なる力をレオの愛剣がまとい、白く輝く。
レオの剣は、ダンジョン産の特殊な剣だ。相手をする獲物によって、その大きさを変える。
目の前にいる巨大な魔獣にとどめを刺すため、剣もそれにふさわしい大きさへとレオの魔力と纏い変化し、光は強くなっていく。
その眩しさにレオはわずかに目を眇めながら、一気に地面を蹴った。
「ギィィ!」
キノコモグラが囮を追いかけて立ち上がった。
「『氷よ 拘束せよ!』」
ロザリーの鋭い声が響き、キノコモグラの両手が氷の鎖によって拘束されて動きが止まる。
レオは剣を抜き、そしてがら空きのキノコモグラの喉に思いっきり、剣を突き刺した。
「ギィィィィィィィ……!!!!!!」
キノコモグラの断末魔が響き渡った。
喉に刺さっていた剣が役目を終え、元のサイズに戻れば、そこから滝のように鮮血があふれ出す。
「『風よ 全てを浄化せよ』!」
ロザリーの声が高らかに響き渡って、爽やかで清々しい風があたり一帯を吹き抜け、キノコモグラがまき散らした瘴気を浄化していく。
「無茶すんなって言ったの、お前だろうが」
その荒業にレオは驚いて下を見る。ロザリーが座り込んで腕だけこっちに伸ばしている。
「レオ、抱っこ」
「おう! 今行く!」
レオは地上へ戻り、魔力切れですでに自力で動けないロザリーを抱えて一気にキノコモグラから距離を取る。
ドッシーンと再びすさまじい音を立てながらキノコモグラが斃れた。土埃が舞って、余韻のようの大地が揺れる。
「大丈夫か?」
「聖魔法、魔力の消費が激しいわ……」
ロザリーの声はくたびれ切っている。正直なところレオも魔力はもうほとんど残っていなかった。聖魔法を用いた攻撃は、魔力の消費があまりに激しかった。
「『身体強化・聴力』」
レオは耳をそばだてる。
血のあふれ出す音、かすかに死に足掻いて、もがく音、そして、ゆっくりと呼吸が短くなり、最後に心臓が止まった。
キノコモグラを覆っていた瘴気がほどけるように消えて、未だに吹き続ける風の中に消えていく。
レオはロザリーを抱きしめるようにして背中からその場に倒れ込む。
「あー、討伐完了、確認」
「も、限界……」
ロザリーはレオをベッドにそのまま眠ってしまう。レオも仰向けで寝ころんだまま長く息を吐き出す。
少し前からレオの耳には聞こえていた十数頭の馬の蹄の音が待機場所の方角からもうすぐそこに来ている。きっとバージたちがこちらに来てくれたのだ。
案の定、その数秒後に「レオ! ロザリー!」と叫ぶバージの声が聞こえてきた。
「おー」
レオは鞘に戻す気力もなく持ったままの剣を持ち上げれば、まだかすかに光っていたそれを目印にバージたちがこちらへやって来た。
「おい、レオ! ロザリー!」
やかましいぐらいの大声でバージが叫び、馬から飛び降り、こちらにやって来た。
「大丈夫か!? 治癒ポーションか何か飲むか!? ロザリーは!?」
「うるせぇよ、聞こえてっから、大声出すなって……こんだけ近いんだからよぉ……」
レオはあわあわうるさいバージに眉を寄せる。
「討伐は終わってる。ロザリーは魔力切れで寝てるだけで怪我はねぇ」
ロザリーからはレオの血以外の匂いはしないので間違いない。
「俺ももう、体力も気力も魔力もすっからかんだ……血も流しすぎちまったしよぉ」
「そういえば、怪我をしたと報告が……! どこだ!? ここか!?」
「声がでかいんだよ……」
レオは力の入らない手で彼の膝をはたいた。
「ちっと寝りゃ回復すっからよぉ……バージ、あとは頼んだ。寝る」
無理矢理に回復した体も魔力もとうの昔に限界は突破していて、体が休息を猛烈に求めるままレオは目を閉じた。
「レオ! 死ぬな、レオ!!」
「だから、うるせぇ!」
レオは閉じたばかりの目を開けて唸る。バージがびっくりしてのけぞり後ろに転んだ。
「回復のために寝るだけだっつってんだろ! 俺の話を聞け! 日が昇ったら起きる! 以上! おやすみ!」
そう叫んで、今度こそ、レオは目を閉じて眠りの世界に飛び込んだのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
申し訳ありませんが、
30日、31日、1日は更新をお休みさせてください。
現在、このお話はストックがゼロになり、毎日書いていたんですが……
春志乃が夏風邪を引き、夏恒例の胃炎になり、そしてなぜか昨日、突き指をしてしまい、
執筆が少し難しく……
もうこの地鳴り編のラストまでは、あと少しなので、一度お休みいただいて、
8月2日(土)朝7時より、更新再開いたします。
その間、読み返したりしつつ、お待ちいただければ幸いです。
何卒、よろしくお願いいたします。
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