称号は神を土下座させた男。

春志乃

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黒猫と収穫祭編

第十話

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「あらあら、大きな方。こんなに立派な方なら、モーちゃんもポーちゃんも安心ねぇ」

 先触れを出しておいたので、出迎えてくれた雪乃がリギュウを見上げて、ぱちぱちと拍手を送る。ちなみにモーちゃんとポーちゃんは、我が家のポヴァンの名前だ。命名はもちろんミアである。
 リギュウは恐縮した様子でペコペコと頭を下げ「とんでもないです」と返している。

「雪乃、世話番のリギュウだ。リギュウ、俺の妻の雪乃。その後ろにいるのが執事の充だ」

 マヒロの紹介にユキノとミツルはにこやかに、リギュウは再び緊張した様子で頭を下げた。

「まずは人間を紹介しよう」

 そう言ってマヒロが歩き出し、中へと入っていく。マヒロは妻の手を取り、自分の腕に導くと談話室へと歩き出した。リックとサヴィラもその背に続き、その後ろからリギュウとミツルがついてくる。

「住んでいる人間は全部で二十九名だったか?」

「どなたかおひとりお忘れでございます。正確には三十名、内、六名は期間限定でこちらに住んでおられます」

「誰を忘れたかは分からんが……そうか、そんなに住んでいるのか」

 マヒロが静かに驚いている。リックも改めて数を確認するとそんなに住んでいるのか、と今更実感する。

「期間、限定?」

「一人はサヴィラの妹分で手伝いを頼んでいるんだ。残り五名は俺たち夫妻の友人で、どうせ後で知ることになるから先に言うが、領主様から預かっている妻と子、その侍女と護衛だ。夫婦喧嘩をこじらせて、現在、仲直りの真っ最中だ。ちなみにカマルは知っているというか、彼にも協力してもらっている」

 驚こうにももたらされた情報が間抜けすぎたのか、リギュウは何とも言えない様子で「そうですか」と小さな声で返事をした。
 もしもリックがリギュウの立場だったとしても同じことしか言えなかったか、或いは押し黙るしかできなかったと思う。

「談話室には誰がいる?」

「皆に集まってもらっているの。でも一路くんと海斗くん、エドワードさん、ティナちゃん、ジョシュアさんとレイさんはお仕事に行っているからいないけれど」

「急なことだから仕方ない。探し歩かなくていいだけで十分だ」

 談話室が見えてくるとヴァイパーが待っていてくれ、ドアを開けてくれた。
 中へ入るとマヒロは真っ先に「パパ、おかえりなさい!」と駆け寄って来た愛娘を抱き上げ、頬にキスをする。そしてそのままゆりかごの下へ行き、中をのぞき込む。

「起きてるな」

「あとちょっとでミルクなのよ。パパ、この大きいお兄ちゃん、だぁれ?」

 ミアの言葉に本来の目的を思い出したらしいマヒロは「ああ」とこぼすとこちらに戻って来た。

「皆、今度から我が家で魔物たちの世話番として働いてくれることになった、リギュウだ」

 おおーと皆から拍手が送られる。

「リギュウくんだ!」

 ジョンが駆け寄って来て、リギュウに抱き着いた。リギュウはひょいと片腕で抱き上げて「ひさしぶり」と笑った。

「久しぶり、帰ってきたのね」

 プリシラもゆったりとこちらにやって来た。リースはプリシラが知らない人に近づいてしまったので、クレアのスカートの後ろに隠れている。いや、ジョンの容姿からしてリースも面識はあるのだろうが、人見知り故、まだ慣れていないのだろう。

「はい。戻りました」

 リギュウも知っている人間にほっとしたのか、口元を緩めた。

「リギュウ、先ほど、住んでいるのは三十人といったが、もう二人、足しておいてくれ。ひとりは、あそこの箱の中に入っている赤ん坊のホープ。捨て子でな、しばらく我が家で預かることになっているんだ。それでもう一人は……」

「ここよ」

 プリシラが優しくお腹を撫でた。

「おめでた、ですか?」

「そうだよ! あのね、春に生まれるんだよ!」

 ジョンの言葉にリギュウは少年に向けた顔を再び、プリシラに向けた。

「おめでとうございます……!」

「ふふっ、ありがとう」

「リースは隠れてしまっているが、ジョシュア一家はこれでいいな。では、左周りに順に紹介するぞ」

 マヒロの言葉にリギュウがそちらに顔を向けた。

「彼はルーカス、我が家の庭師だ。それで隣はその妻のクレア。植物関係の相談は全部、彼にしてくれ」

 ルーカスとクレアが「よろしく」と笑う。

「そして、次がナルキーサス。我が家の治癒術師だ」

「獣術師は五十年くらい前に免許を取っただけだが、一応、知識はあるからな。必要があったら呼んでくれ」

 リックはナルキーサスが獣術師の免許まで持っているのを、今日、初めて知った。

「さて、次は領主夫人のアマーリア様、息子のレオンハルト様、娘のシルヴィア様、侍女のリリーと護衛のアイリス、今日はいないがダフネという護衛騎士もいる」

「俺も抱っこしてほしい!」

 無邪気に駆け寄って来たレオンハルトにリギュウが勢いよくマヒロを振り返った。

「君が良ければ抱っこしてやってくれ」

 突然、領主の息子を抱っこするという課題を押し付けられたリギュウはそれでも軽々とレオンハルトも抱き上げた。

「うわぁ、高い!」

 どうやらレオンハルトはその高さを堪能したかったようだ。

「よし、次だ。君と同じ使用人の仲間たちだ。左からフットマンのヴァイパー、メイドのリラ、マリー、カレン。カレンは現在、療養中でな。横にいるネネが彼女の世話をしてくれているんだ」

 ヴァイパーは紳士らしく一礼し、メイドたちはスカートを摘まんで淑女の挨拶をする。
 指導が行き届いているのが分かったらしく、その美しい挨拶にマヒロが満足げに頷いている。
 もともとが大きな商家の息子らしい主は、部下を教育するという点において妥協がない。リックも剣術や体術以外のマナー面もかなり厳しく指導してもらっているおかげか、団長に褒められたこともあった。

「ねえ、マヒロさん。リギュウほどの体格だと、使用人部屋は狭くないかしら? レイですら狭そうだし……」

「馬小屋の傍に小屋を建てたから、心配ない」

「まあ、いつ?」

 プリシラが目を丸くし、ユキノも「あったかしら?」と首をかしげている。

「例の馬車を作る過程で、箱型の家を大工に作ってもらっていてな。その試作品を物置小屋にぶち込んである。とはいっても初期の試作品だからリビングと寝室、シャワーだけの簡易の部屋だがな。……もっと欲しい部屋とかあるか?」

 多分、話についていけていないのだろう。リギュウが数拍の間を置いて慌てたように首を横に振った。
 可哀そうに。いきなり物置小屋に部屋をぶち込んだと言われて理解できるのは、ナルキーサスのような専門家のごく一部の中のさらに一握りの人間だけだというのを主は分かっていないのだ。

「なら、そのままでいいな。案内するから、確認をしてくれ」

「は、はい」

 リギュウがおそるおそる頷いた。

「ねえ、あなた」

「ん?」

 ユキノが案内のために歩き出そうとした夫を止める。

「今夜、おでかけになる時の服を選んだの。もし時間があれば確認してほしいのだけれど……」

「かまわん。ヴァイパー、すまんが馬小屋のほうに案内してやってくれ。リギュウ、困ったことがあればヴァイパーたちに相談してくれ」

「分かりました。あの、色々とありがとうございます」

 ぺこぺこ頭を下げるリギュウに「改善してほしい部分は早めに言ってくれ」と告げると「パパのおようふく、ミアもいっしょにえらんだの」と告げる娘を腕に抱えたままユキノとともに部屋を出て行った。
 とりあえずまだ騎士団に戻るには時間があるので、リックは親子水入らずを邪魔はするまい、とその背を見送るにとどめた。

「もうすぐ双子たちのミルクの時間だし、俺は残るよ」

「僕も手伝うよ!」

「俺も!」

 サヴィラの言葉を皮切りにリギュウの抱っこされたままの二人も手を挙げた。リギュウが慎重に二人を下ろすと、彼らはゆりかごのほうに行ってしまった。アマーリアも立ち上がり、ホープに声をかけている。
 リックには分からない感覚なのだが、双子は可愛いのはもちろんだが、新生児であるホープには新生児にしかない魅力があるらしく、ホープの世話の権利も皆で奪い合っているらしい。
 子どもたちの代わりにヴァイパーがこちらにやって来る。

「リギュウさんとお呼びしていいですか? 改めまして、ヴァイパーです。僕も先日、入ったばかりなので至らぬ点もあると思いますが、よろしくお願いします」

「リギュウと、呼んでください。さんはなんだかむずがゆい」

「では、リギュウと。案内しますよ、こちらへ。リック様はどうされますか?」

「私も行こうかな。私の愛馬を紹介します」

「ふふっ、リックさんの愛馬は、おじさんが選んだと聞きました。楽しみです」

 リックたちは「行ってきます」と声をかけて談話室を後にする。

「せっかくだから裏口の案内をしますね」

 そう言ってヴァイパーが歩き出し、リギュウとリックは厨房のほうへ行き、そこから裏へと出る。
 裏庭もなかなかの広さがある。馬が増えるのにあたって、余分な物置と作業小屋を撤去して、枯れた木も伐採し、広くしたのだ。
牧草が植えられた柵の中でポヴァン二頭と馬たちがのんびりと過ごしている。

「今日はマヒロさんの愛馬のハヤテが馬車を曳いてくれていたので、この子はお留守番で…………エーデ!」

 リックが声をかけると草を食んでいた黒鹿毛の馬が嬉しそうに駆け寄って来た。

「リギュウ、この子が私の相棒のエーデです。エーデ、この人はリギュウ。新しく君たちの世話をしてくれる人だよ」

「……良い馬だ。さすがはおじさんの目利きだなぁ」

 リギュウが口元を綻ばせながらつぶやく。エーデもリギュウが自分たちに良い人だと分かるのか、素直に顔を差し出した。リギュウの大きな手が優しくエーデを撫でる。
 もちろんリックの大切な愛馬であるから、全てを任せるわけではないがリギュウに頼ることは多いだろう。だから、エーデが良い人だと感じ取れるなら、リックとしても安心だ。愛馬を愛してやまないエドワードは嫉妬するかもしれないが。

「魔物たちとの交流はあとでゆっくりするとして、今はリギュウの住居を見に行きましょう。マヒロ様はお忙しい方ですから、要望は早めに伝えないといけませんから」

「そうですよ。それに何されるか分かりませんからね……見てわかる通り破天荒で大金持ち基準で生きているので、要望は事細かに伝えないと、ただ『狭い』と言っただけでマヒロさん基準の少し広い家、我々で言う――豪邸が用意される可能性があります」

 リックは大まじめに告げた。ヴァイパーもうんうんと頷いている。
 なにせ息子に国宝レベルのアイテムボックスを、護衛騎士に豪邸が立つ程度のアイテムボックスをぽんぽん渡す男である。使用人のヴァイパーにさえ、共用とはいえとんでもないアイテムボックスを渡し、日用品感覚で宝石を買い、値段も聞かずに家を買う。それがマヒロだ。

「……すぐに確認します」

 リギュウが表情を引き締めて頷き、ヴァイパーが「こちらです」と歩き出す。
 リックも物置小屋に家を突っ込んだことは、実は今日初めて知ったので、ドキドキしながらヴァイパーの後についていく。
 馬小屋の横に確かに物置小屋があった。リギュウほどの体格だと、彼が入っただけでみちみちになりそうな大きさの、ごく一般的な物置小屋だ。

「ここです。鍵を預かっていますから」

 そう言ってヴァイパーが鍵を差し込み、ドアを開けた。

「うわ、すごい……」

 リギュウが驚きの声を上げた。
 中はログハウス風のこぢんまりとした家だった。リギュウほどの体格ではないにせよ、高身長のリックとヴァイパーが入っても、狭苦しさは感じない、ほど良い広さだった。

「こちら、入ってすぐ、この右手の廊下の奥がシャワー室です。リギュウの仕事柄、汗や泥なんかで汚れてしまうと思うのですが、屋敷に入る際は緊急事態でない限り、必ずシャワーで綺麗にしてからにしてください」

 こくこくとリギュウが頷く。

「シャワー室は出入り口が二つあって、もう一つはリビングの隣の寝室に繋がっています。そして、リビングはこちらで小さなキッチンもあります。火の始末は気を付けてくださいね」

「家具は、そんな立派なものを持っていないけど、大丈夫ですかね……」

「ここはお客様が来るところではなく、貴方の私的な空間ですから大丈夫ですよ」

 ヴァイパーの言葉にリギュウがほっと息を吐く。

「必要な家具があれば用意してもらえるとは思いますよ……高級品ですが」

「いやいやいや、あの、普通のでいいんです。普通ので」

「マヒロさんの普通の基準が我々にとっての最高級品なんですよ」

 リックはその辺に関してはもうあきらめている。ユキノも含めて、どうやら生まれからして上流階級のようなので、そもそもが庶民であるリックたちとは生まれ育った課程で磨かれた感覚が違うのだ。
だが、案外、品物を見る目は一流だがミツルも感覚は庶民寄りのようで、この間、どうすればマヒロの金持ち感覚に慣れるかと相談した際、「私も真尋様の感覚に慣れるまでは時間を要しました」と苦笑していた。なんでもマヒロに拾われた当時、自室をもらえることになったので選んだ部屋が物置で皆に慰められたらしい。だが、その物置が市民が暮らす小さなアパートメントの一室がまるまる入る広さで、こうも常識が違うのかと驚いたそうだ。

「そういえば、シャミネを飼っていると言っていましたが、その辺も大丈夫そうですか?」

「この広さなら問題ないと思います。庭も広いから散歩にも困らないでしょう」

 リックの問いにリギュウが頷く。

「シャミネを飼っておられるんですか? 僕も実家で飼っているんですよ。ワインの貯蔵庫の番人なんです」

 ヴァイパーの言葉にリギュウが嬉しそうに振り返る。

「シャミネがいれば、ラスリの被害が減りますからね」

「はい。おかげさまで、あの小さな害獣はろくなことをしませんから。我が家はシャミネの番がいて、今年の春先に子どもが生まれたんですよ。母親の狩りの腕が抜群で、きちんと子どもに継承して、子どもたちは村内の別の家の貯蔵庫を護っていますよ」

「それはすごい。俺の子は、二匹ともメスなんだけど、乳飲み子の時に保護して育てたから、狩りはしたことないなぁ」

「おや、リギュウの愛娘ですね」

「親馬鹿加減なら、神父様にも負けないよ」

 シャミネの話題で二人はすっかりと打ち解けたようだ。
 それからもう一度、馬たちの下に戻って、今いる馬とポヴァン、ついでにプーレたちも紹介して、この後出かける予定のエーデの馬具をつける作業を試しにしてもらってから、リックたちは屋敷の中へと戻る。
 談話室へ戻るとマヒロも戻っていて、息子を抱き上げていた。マチかマサキかは寝ているのでリックには分からないが。

「ただいま戻りました」

 リックが声をかけるとマヒロが振り返った。
 部屋にはマヒロとサヴィラ、そして、双子と保育箱の中にホープがいるだけだ。皆、それぞれ仕事に戻ったのだろう。

「ああ。どうだった?」

「は、はい。とてもよいお部屋で、申し訳ないくらいです」

「狭すぎやしないか? 大工はあれで二人用だと言うんだが……」

 まるで大工がおかしいとでも言いたげだが、庶民的な感覚からすると、子どもがいれば狭いが夫婦二人で暮らすなら十分な広さと設備である。

「いえ、全く、問題ないです。本当に……!」

 リギュウが必死で言いつのると、マヒロは「そうか」とどこか腑に落ちない様子ながらも納得してくれた。

「カマルはいつでもいいと言ってくれていたが、リギュウはいつなら来られる?」

「でしたら、明後日、俺は休日なので、そこで引っ越しをしてもいいでしょうか? 明日は店の魔物たちにちゃんとお別れを言いたいです」

「魔物は賢いからな。きちんと伝えるのは大事だ。明後日か……残念ながら俺はあれこれ予定が入っていて手伝いに行けないが」

 ここで横にいたサヴィラが「行かない方がいいよ」とぼそっと呟いたのがリックには聞こえた。掃除と片付けが一切できない男なので、息子の言う通り、引っ越しの手伝いなんて行かない方が余計な仕事が増えなくていいと思う。
 リックの思考を読んだらしいマヒロに少々睨まれたが、事実なので致し方ない。

「ヴァイパー、仕事の一環として手伝いに行ってやってくれ。ついでに屋敷のことも詳しく教えてやるといい」

「承知しました。……リギュウ、あとでアパートの場所を教えてくださいね」

「ありがとう、ヴァイパー」

 ヴァイパーの言葉にリギュウがほっとしたように返す。

「あら、良かった。リックさん、いたわ」

 その声に振り返れば、ユキノが中へ入って来た。ミアとミツル、リラも一緒だ。

「どうされました?」

「試着してほしいお洋服があるの、ちょっといいかしら?」

「かまいませんが……」

 リックが頷くとミツルが前に出て来て、リックに触れた。その瞬間、騎士服が深緑色の上等な服へと変わる。アイテムボックスを利用した着替えだというのは即座に理解したが、何をどういう理由で着せられたのかは分からなかった。

「まあ、やっぱり真尋さんの見立ては完璧ね。よく似合ってるわ」

「あの、これ」

「今夜の紳士倶楽部は騎士服は着用不可だ。お前がこういう服を一着も持っていないとのことだったので、最近、仕立てたんだが……袖はもう三ミリ詰めるか」

 腕に抱えていた息子をサヴィラに託してマヒロがこちらにやって来た。リックの全身に視線を走らせ、服の様子を確かめている。

「中のシャツはどれがいいかしら」

「ユキノ様、ぐっと引き締まるよう、濃灰色はいかがでしょう?」

「あら、良いかもしれないわね」

 リラの提案にミツルが再びリックに触れると中のシャツが濃い灰色のそれに代わる。

「髪型は後ろに流して、そうだわ。ラペルピンは、銀とサファイアにしましょう。真尋さんの色なんていかが?」

「やめてくれ、俺の瞳の色を身に付けていいのは、君と子どもたちだけだ」

 マヒロが心底嫌そうに顔をしかめた。
 別に確かな決まりというわけではないが、やはり瞳の色は恋人や家族が身に付ける者なのでリックも遠慮したかった。

「そう? なら、金とルビーがいいかしら。ねえ、クルトさんにそういうものがあるか、聞いてもらえる?」

「かしこまりました。他はいかがいたしますか?」

「夫の分も含めて、いくつか見せてもらえるといいのだけれど……タイはシルクの黒でいいわね。艶がアクセントになるわ。ラペルピンと合わせて、飾りも……」

「リラ、ここは三ミリ詰めて、襟周りは……このままでいいか。裾は五ミリ上げてくれ」

 マヒロの指示をメモに書き止め、リラが頷く。

「マヒロ様、ここに小さく金糸で刺繍はいかがでしょう? マヒロ様が選ばれたものと同じ植物の意匠で、マヒロ様のものより控えめに。そうすることで主従関係ながら信頼を置いているという証になります」

 リラがジャケットの襟の部分を指さして言った。

「それはいい提案だが、間に合うか?」

「はい。総刺繍となるとさすがにあれですが、小さなものなら今から取り掛かれば間に合います」

「なら私はズボンのほうの裾を詰めるわね。充さん、クルトさんが来たら呼んでちょうだい」

「かしこまりました。リック様、失礼いたします」

 ミツルが再びリックに触れると、リックは騎士服へと戻される。
 ミツルがアイテムボックスから取り出して手渡し、リラが上着を、ユキノがズボンを手に急ぎ足で部屋を出ていく。

「園田、一路と海斗はともかく、エドワードはきちんと確認したのか? あいつこそ、油断ならんぞ」

「エドワード様は、朝一番で確認してあります。少々、古い形でしたが、良いものでしたのでちょっと手直しをするだけで問題なく着られるものになりました」

「……あれも貴族だと過信せず、服をあつらえた方がいいな」

 エドワードは立派な貴族だが、何分、貧乏である。確認してもらったほうがエドワードのためにもなるだろうとリックは口を噤んだ。

「リギュウ」

「はい」

 赤ん坊の様子を見ていたらしいリギュウが振り返る。

「俺たちは仕事に行くが、送って行こうか?」

「いえ、歩いて帰ります。そんなに遠いところではないですから」

 ここへ来るときは馬車に乗って来た。ただ、大きな馬車ではなかったので大柄なリギュウが中に乗るのは難しく、御者も出来るというので彼がここまで御者を務めてくれたのだ。代わりにリックが中へ乗った。

「そうか? では、すまないがそうしてくれ」

「はい。あの、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしく頼む。行くぞ、リック」

 子どもたちが「行ってらっしゃーい」と手を振るのにマヒロとリックも手を振り返し、廊下へと出る。ミツルが見送りについて来る。

「マヒロ様、お手すきの際にこちらの確認をお願いいたします」

 歩きながらミツルが差し出した手紙を幾つか受け取り、一通を残してアイテムボックスにしまった。
 ミツルが執事としていてくれるおかげで、家のこと全て任せられるため、主の負担も大分、減ったと感じている。家に届く手紙もこれまではマヒロが全て目を通していたが、ミツルが全て先に確認し、緊急性の高いものや、大事なものなどをより分けてくれるのだ。

「……ふむ」

「何か、問題でも?」

 半歩後ろを歩いていたリックは問いかける。すると「読んでおけ」と手紙が渡される。慌てて受け取り、中身を確認する。
 それはエルフの里の族長からの手紙だった。
 里のほうは平和そのものだが、精霊樹がマヒロと話をしたいと言っているらしい。ポチの騒動で眠りについていた精霊樹たちだが、目覚めたのだろうか。

「精霊樹が話をしたいそうだ」

「え、今は予定を開けるのは、その、なかなかに」

「祭りが終われば、多少は予定にも余裕が出来る。そこで行けるように調整してくれ。どうせなら家族で行くから、一週間ぐらい滞在したい」

「はい。分かりました」
「承知ました」

 マヒロの予定管理は主にミツルとリックが担っているので、返事が揃う。
 家のことや私的なこと、教会関係はミツルが、騎士団の仕事関連はリックが情報を預かり、お互いに共有することで、ナルキーサスにとって代わってアルゲンテウス一忙しい男となった真尋の予定を管理しているのだ。

「ジークに放り投げたいが、俺ご指名だからな……変装させてもダメだろうか?」

「だめだと思いますよ……」

 領主に対して不敬すぎる気もするが、とにかく忙しい主なので致し方ない。それにマヒロがこう言うということは、手紙の内容から緊急性も低いと判断しているからだろう。
とりあえずリックは小鳥を取り出し、ウィルフレッドの事務官であるレベリオに会議の後にマヒロから話があること、ほんの少し時間を作ってほしい旨を伝言として吹き込んで、送り出す。青い翼を広げ、小鳥は飛び立っていく。
 エントランスホールから外へ出ると、マヒロがぐっと伸びをした。庭で草を食んでいた真尋の愛馬のハヤテとエーデがこちらにやって来る。この後は馬車ではなく、各々、馬で出かける予定だ。

「何時になるかは知らんが、遅くとも倶楽部に出かける一時間前には戻る」

「かしこまりました。ご夕食は……」

「倶楽部から帰ってからゆっくり食べる。ちなみに献立は?」

「今夜はクリームシチューでございます。お子様方から大人気でございますから」

「そうか。俺は白飯で食うから、飯も炊いておいてくれ」

「え? ごはんに合うんですか?」

「何事も実食してみるのが一番だ。お前も食ってみろ。さて、行って来る。後は、頼んだぞ」

 そう言ってマヒロがハヤテに跨った。リックもエーデに「よろしくな」と声をかけて鞍に上がった。

「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ああ」

「行ってきます」

 マヒロとリックは、ミツルに見送られて、庭を進んでいく。

「今日の会議こそ、中身がなければ、俺はもう二度と出んからな」

リックは、どうか今日の会議で中身のある報告を仲間たちがしてくれることを心から祈りながら、騎士団へと馬を走らせるのだった。



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