見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第7章

彩夏の存在 2

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 彩夏の家、正確には彩夏の祖母の家は、夜に地区センターから帰るときに何度も送ったことがあるので、道に迷うことはなかった。
 しかし、いざ彩夏の家の前に立つと迷いが生じる。「僕は何と声をかければよいのか」と。

「でかい図体でウダウダしないの。ベル鳴らすからね」

 と僕の迷いに構うことなく、美咲はインターホンを押した。しばらくして、彩夏の祖母らしき女性が出てきた。
 美咲はしっかりとした口調で、自分はクラスメイトの杉下美咲であること、今日、学校を休んだ彩夏にプリントを届けにきたことを伝えていた。

「まぁ彩夏のお友達。わざわざすいませんねぇ、ありがとうございます」
「いえ。それで……彩夏の様子はどうですか? 体調不良って聞いたんですが」

 美咲はいつもと違う丁寧な口調で質問した。

「頭が痛いって言っててね。熱はないんだけど、起きられないって言うから、1日休めば大丈夫って思ってるのよ」
「頭痛の原因は……風邪じゃないってことですか?」
「そうよ。風邪じゃないみたいだから、上がって話してあげて。彩夏を呼んでくるからね」

 と彩夏の祖母は家の中に戻っていった。
 僕たちを家の中に入れてくれるらしい。

「美咲も彩夏ん家は初めてなのか?」
「うん。家の前まで来たことはあったけど」

 少し美咲と話していると、頭上から窓の開くような音が聞こえた。美咲と僕が顔を見上げると、窓から顔を覗かせている彩夏の姿が見えた。

「え、なんで佑までいんの?」

 と彩夏は僕と一瞬だけ目が合うと、すぐに顔をひっこめた。
 そんなに僕の顔は見たくないのか、成績の結果のせいなのかと思っていると、

「大丈夫だから! 佑は女子の髪型とかどうなってても気にもしてないからー」

 と美咲が大きな声を出した。それを聞いて、僕は彩夏が顔をひっこめた理由が理解できた。一日、寝ていたぼさぼさであろう髪や作っていない顔を見られたくなかったという女子の心情だったのだ。

「私が気にするっつーの!」

 今度は顔を見せず、開いている窓から彩夏の声が聞こえた。
 
「じゃあ3分だけ待つよー」
「3分って短くない?」
「佑相手にかっこつけなくていいってば。寝ぐせ直すぐらいで十分だよー」
「せめて5分! 佑はともかく私の問題として!」

 なんだか僕がひどい扱いだ。
 
 しかし、美咲がいなかったら僕は彩夏に会うこともできなかった気がする。
 結局、それから15分近くかかって美咲と僕は家に入れてもらうことができた。

*
「入っていいよ。」

 玄関先に出てきた彩夏は髪を後ろで一つに縛っていて、薄手のパーカーを羽織っていた。

 彩夏の部屋に美咲と僕は入れてもらった。

「適当に座って」

 と言われて僕はドアのそばにカバンを置いた。
 勢いで来てみたものの小学生の頃は、美咲やさくらの家に行ったことがあったが、中学生になってから女子の部屋に入るのは初めてだった。
 玄関や室内は和室の雰囲気だったが、彩夏の部屋は洋室に見えた。美咲がそれとなく聞いてみると、
 
「あ、この部屋も元は和室で、改造して洋室っぽく見せているだけなんだ」

 と彩夏は言った。絨毯の下は畳で、木目調に見える引き戸型のクローゼットと思えるものも襖にリメイク用のシートを貼っただけで中身は押入れらしい。ダンスチームで出場したときの写真だろうか、横浜のスタジオで見た唯音や優凪も映った写真が飾られていた。写真の中の彩夏はいまとは少し違うような弾けるような笑顔だった。
 
 美咲は部屋の内装にいろいろ興味がわいたらしく、

「こういうのいいなぁ。私も部屋を改造したい!」
「美咲の家って行ったことないね。今度,行ってみたいな」
「いつでもいいよ! ……ってそんな話をしにきたわけじゃないんよね」

 美咲は自分で部屋のことを質問したのに、自分で話を切った。ちょっと驚いた表情の彩夏に、

「なんで学校休んだん? 全然、元気そうだけど?」

 と美咲が切り込んだ。「うーん……」と彩夏がたじろいでいると、

「佑に成績で負けちゃったから?」

 ど真ん中すぎるストレートで美咲は投げ込んだ。
 美咲は真剣な思いで聞いているのだろうけど、急すぎる切り込みにしか僕には思えなかった。いきなりそんなことを聞いて大丈夫なのかと僕は冷や汗が浮かんだ。
 
 彩夏は、少し俯いたかと思うと、ゆっくりベッドに頭だけもたれかかった。

「そう……だね。うん……ショックだった。いまも……ね」

 低いトーンの声だった。さっきの美咲とのやりとりは空元気だったんだろうか。その心中はまだショックを引きずっているといことか。
 
 彩夏を目標にして頑張ってきたことが、彩夏を苦しめてしまうことになった。

 僕は彩夏の表情を見ることができず目を逸らすことしかできなかった。

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