見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第8章

文化祭 当日(Chase the Girl) 2

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 額から流れる汗が目に入らないように僕は腕で拭った。

 前方からこちらへ近づいてくる女子の制服姿が見えた。それが誰かわかったとき、僕はまた鼓動が早くなったような気がした。

「ゆ、佑くん、どうしたの? そんな息を切らして……なんでこんなとこに……?」
 
 女子生徒が僕の名前を呼んだ。
 薄っすらと茶色の入ったサラッとした長い髪が風で揺れる。最近、茶髪っぽいなと思っていた。
 
「絵理沙、オマエこそなんでここに?」

 前から歩いてきたのは絵理沙だった。

「え……ゆ、佑くん……? 怖いよ?」

 美咲とさくらは僕と一緒に教室でクラスイベントに参加していた。柚葉と千尋は体育館で準備をしていた。
 さっきのカメラマンが「二人」と言っていたその一人は絵理沙だったのか。

「もう一度、聞くぞ? こんなとこで何を?」

 絵理沙はゆっくりと後ろを振り返る。向こうにあるのはいろんな部活動の部室がある部室棟だ。

「ちょっと、忘れ物を」
「忘れ物? 絵理沙があっちに何を忘れるんだ?」
「それは……言えないかな。女子っていろいろあるんだよ」
「へぇ……。まぁいいや。オレはそっちに用があるからさ」

 僕が前に進もうとすると、絵理沙が立ちはだかった。口元に笑みこそ浮かべているが、ここは通さないという意志が伝わってきた。

「……彩夏は、こっちに来てないよ。私、見てないし。体育館にいるんじゃない?」

 その言葉を僕は聞き逃さなかった。

「いま、なんて言った?」
「え……?」

 なんのことだと絵理沙は首を傾げる。

「『彩夏は、こっちに来てないよ』と言ったよな? オレは彩夏のことなんて聞いてない。そっちに用があると言っただけだ」

 僕は部室棟を指さしながら言った。

「あ……」

 絵理沙の表情が文字どおり青ざめていく。
 敢えて、僕はいま絵理沙の前で、彩夏の名前を出していなかった。彩夏がいなくなったということは伝えていなかった。

 それなのに、絵理沙は自分から彩夏は来ていないと言った。

「彩夏がいないことを、なぜ知ってるんだ?」
「れ、連絡をもらってて。彩夏がいないんだけどって」
「誰から? 絵理沙、スマホを持ってきてないだろ?」
「えーっと……柚葉だったかな?」
「そうか。じゃあ今、柚葉にたしかめてみてもいいかな? オレと柚葉は今日はスマホを持ち込みOKなんだよ」

 僕はポケットからスマホを取り出して見せた。ディスプレイには何の通知も見えなかった。彩夏はまだ来ていないということだろう。

「え、あー……違ったかも。誰だっけかなぁ……」

 道を譲る気がなさそうに立ちはだかったまま絵理沙が言った。

 別に僕は探偵をしているわけではない。確固たる証拠はいらない。
 絵理沙の様子が明らかに変だ。絵理沙は何か知っている。絶対に知っている、そこまでわかればあとは問い詰めてしまいたい。ただ、もう一押しできるものが欲しい――、

「ああ、いたいた。さっきの少年」

 のんびりした口調の声が聞こえた。
 振り返るとそこにいたのはさっき廊下で会ったカメラマンの男性がいた。
 男性は顎髭をさすりながら立っていた。

「もう目的は果たしちゃったのかな? さっき君が言ってた女の子と一緒にいたのは、いま君の前にいる子だよ」

 その言葉で僕はまた絵理沙に向き直った。
 絵理沙の目は、うつろになりながら僕を見ていた。

「何その人、私が誰と一緒にいたって? そんなのその人の勘違いかもしれないじゃん」
「勘違い? ここに写真もあるよ。なんか慌ててる感じでリアルだなぁって思ってさ」

 男性は一眼レフのカメラを僕に見せてくれた。女子生徒が二人、小走りしているような後ろ姿だった。クラスメイトだからすぐにわかった。一人は彩夏、そしてもう一人は光に当たって一段と茶色に見える髪の女子だった。
 

 最近、髪の茶色が濃くなってきたクラスメイトを僕はよく知っている。
 
 
 絵理沙だった。
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