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第1章
かつての栄光
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中学三年の夏、富山県大会、北信越大会をどちらも優勝した僕は、前年度の100m走優勝者の肩書きとともに全国大会に出場した。
全国大会は、予選、準決勝、決勝の3回走ることになる。予選の第4組にエントリーされた僕はスタートリストを見たときに誰一人知っている選手はいなかった。
選手の呼び出しが行われる招集所で、去年の決勝で一緒に走った千葉の小野寺に会った。「今度は決勝で勝つから」と言う小野寺に「どうかな」と笑う余裕があるぐらい僕は調子がよかった。
最終コール前に軽く柔軟をしているときだった。
背の高めの男が僕を見ていることに気がついた。目が合うと軽く会釈されたので、僕も会釈を返した。
「相沢くんと同じ組なんて光栄です」
それが藤枝だった。
身長は僕より数センチ高く、色白で色素の薄めの髪をしたどちらかといえば穏やかそうな雰囲気の男だった。
「同級生なんだし、敬語いらないって。お互い頑張ろうぜ」
そう僕が言うと藤枝は「そうですね」と微笑んだ。
第3組が終わり、次の組である僕と藤枝はスタートラインに立った。
今日も1位を取ってみせるつもりだった。油断していたなんてことはなく、集中もできているはずだった。
「位置について」
その声で僕がスタートブロックに向かった。
そのときだった。
僕は背筋に寒気が走ることを感じた。僕の左隣に何かがいる。
隣を見ると、そこにはついさっき僕に挨拶してくれた藤枝がいた。
先ほどとはうってかわって鋭い目をしていた。
思わず息をのんでいると「そこ、早くついて」という声で僕は慌ててスタートブロックに足をつける。この時点でもう僕は冷静さを完全に失っていた。
なんだこいつは? さっきまでの優男はどこにいったんだ?
「用意」
左隣から感じる寒気に僕は混乱したままスタートを知らせるピストルが鳴った。
スタートブロックを蹴った瞬間、僕より前に藤枝が出た。スタートダッシュから先行して逃げるスタイルの僕より前に誰かがいるなんて想像もしていなかった。
「なっ!?」
心の中でそう叫んでいる時点で僕はもうレースに集中していなかった。
藤枝は中盤からグングン加速していく。圧倒的な加速度だった。呆然としているうちに藤枝が遠ざかっていく。
「ああ、こいつには勝てない」
胸の中に重いものを感じたまま僕はそう思った瞬間、僕はレースの途中だというのに足を止めてしまった。周囲がざわめく声が聞こえた。審判の人が僕へと駆け寄ってきた。どうしたんだ、怪我をしたのかと。
怪我なんてしているはずもなかった。
でも、僕はゴールラインを通過することができなかった。もうあの向こうへと進む気力がなかった。
ただ、僕の心は折れてしまっただけだった。
自分よりも「上」である圧倒的な才能の波に僕は飲み込まれ、力尽き、僕はトラックの上に膝から崩れおちた。
次のレースがあるからと審判二人に僕は運び出され、トラックを去った。
藤枝はそのまま全国大会を前年の僕を上回るタイムで優勝した。
大会が終わり、僕は富山に帰った。
周囲から自分が嘲笑われているような気がした。嘲笑の対象として見られているような気がした。
それまでのように走ることができなくなった僕は、夏の終わりに行われた国体予選にも参加することはなかった。
レースの途中で立ち止まり、記録上は「途中棄権」となった全国大会、あれが中学最後のレースとなった。
それからはただぼんやりとしているうちに、あっという間に残りの中学生活は終わってしまった。
高校生となった僕は、もう陸上競技をやっていない。
中学三年の夏、富山県大会、北信越大会をどちらも優勝した僕は、前年度の100m走優勝者の肩書きとともに全国大会に出場した。
全国大会は、予選、準決勝、決勝の3回走ることになる。予選の第4組にエントリーされた僕はスタートリストを見たときに誰一人知っている選手はいなかった。
選手の呼び出しが行われる招集所で、去年の決勝で一緒に走った千葉の小野寺に会った。「今度は決勝で勝つから」と言う小野寺に「どうかな」と笑う余裕があるぐらい僕は調子がよかった。
最終コール前に軽く柔軟をしているときだった。
背の高めの男が僕を見ていることに気がついた。目が合うと軽く会釈されたので、僕も会釈を返した。
「相沢くんと同じ組なんて光栄です」
それが藤枝だった。
身長は僕より数センチ高く、色白で色素の薄めの髪をしたどちらかといえば穏やかそうな雰囲気の男だった。
「同級生なんだし、敬語いらないって。お互い頑張ろうぜ」
そう僕が言うと藤枝は「そうですね」と微笑んだ。
第3組が終わり、次の組である僕と藤枝はスタートラインに立った。
今日も1位を取ってみせるつもりだった。油断していたなんてことはなく、集中もできているはずだった。
「位置について」
その声で僕がスタートブロックに向かった。
そのときだった。
僕は背筋に寒気が走ることを感じた。僕の左隣に何かがいる。
隣を見ると、そこにはついさっき僕に挨拶してくれた藤枝がいた。
先ほどとはうってかわって鋭い目をしていた。
思わず息をのんでいると「そこ、早くついて」という声で僕は慌ててスタートブロックに足をつける。この時点でもう僕は冷静さを完全に失っていた。
なんだこいつは? さっきまでの優男はどこにいったんだ?
「用意」
左隣から感じる寒気に僕は混乱したままスタートを知らせるピストルが鳴った。
スタートブロックを蹴った瞬間、僕より前に藤枝が出た。スタートダッシュから先行して逃げるスタイルの僕より前に誰かがいるなんて想像もしていなかった。
「なっ!?」
心の中でそう叫んでいる時点で僕はもうレースに集中していなかった。
藤枝は中盤からグングン加速していく。圧倒的な加速度だった。呆然としているうちに藤枝が遠ざかっていく。
「ああ、こいつには勝てない」
胸の中に重いものを感じたまま僕はそう思った瞬間、僕はレースの途中だというのに足を止めてしまった。周囲がざわめく声が聞こえた。審判の人が僕へと駆け寄ってきた。どうしたんだ、怪我をしたのかと。
怪我なんてしているはずもなかった。
でも、僕はゴールラインを通過することができなかった。もうあの向こうへと進む気力がなかった。
ただ、僕の心は折れてしまっただけだった。
自分よりも「上」である圧倒的な才能の波に僕は飲み込まれ、力尽き、僕はトラックの上に膝から崩れおちた。
次のレースがあるからと審判二人に僕は運び出され、トラックを去った。
藤枝はそのまま全国大会を前年の僕を上回るタイムで優勝した。
大会が終わり、僕は富山に帰った。
周囲から自分が嘲笑われているような気がした。嘲笑の対象として見られているような気がした。
それまでのように走ることができなくなった僕は、夏の終わりに行われた国体予選にも参加することはなかった。
レースの途中で立ち止まり、記録上は「途中棄権」となった全国大会、あれが中学最後のレースとなった。
それからはただぼんやりとしているうちに、あっという間に残りの中学生活は終わってしまった。
高校生となった僕は、もう陸上競技をやっていない。
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