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バイバイしたい、させてくれない
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ジギルド王国。
広大で豊かな国土を持ち、温和で近隣国とも仲が良好なことで有名な大国である。
そんな国を支えていると言っても過言ではないのが国の中枢にいる二大公爵家、アデル公爵とレインワーズ公爵である。
そんなニつの公爵家はとても仲が悪い。
もともとは仲の良い家同士だったのだが、何故か数年前からその関係は険悪になってしまっていた。
直に両家の間で内乱が起こるのではないか、そんな噂がまことしやかに囁かれ、国民たちは戦々恐々としながら日々を送っていた。
そんなある日、両家の次期当主とされていた二人が実は思い合っていたことが発覚。
当初反対していた両家も、しかし二人の熱意により和解し、国には久方ぶりの平穏が訪れた。
両家の仲を和解させたとして二人は国公認の恋人となり、国民たちは皆ニ人を祝福し、永遠の幸せを願った。
そんな幸せ絶頂の二人は国が平和になった今、ある思いを抱えていた。
二人が抱えている思い、それは……
「別れてぇ……」……というものだった。
ジギルド王国学園。国中の貴族子女が通う伝統と誇りある学園に私、アタリー・レインワーズとシャルル・アデルは通っている。
ニヶ月前、犬猿の仲となっていた両家からやっと認められ、晴れて恋人となった私たちはぶっちゃけて言えば国民たちの憧れの的。
それは学園の生徒達も同様で、二人で歩くだけで誰もが羨望の眼差しを向ける。
しかし私はただ彼といるだけで幸せで、周りの目などないものとしてきた
彼は女生徒達の憧れの的で、いつか彼が他の子のものになってしまうかもしれない、とヒヤヒヤしてきた日々も終わり、彼の隣にいられる毎日の幸せを噛み締めていたある日、私は気づいてしまった。
『あれ、何か違う。』と。
私は確かに彼を愛していたが、今もそうかと聞かれればはっきりとは答えられない。
…………いや、正直に言おう。今は彼に対してこれっぽっちも恋愛感情なんか抱いていない。
というか、今すぐにでも別れたいくらいである。
「ちょっと、どうするのよ」
お昼休み、人気のない中庭のベンチにて私はシャルルと並んで腰掛けていた。
ベンチは噴水を取り囲む様にして設置されている。
そして、その周りには多種多様な季節の花が咲きほこり、とても心安らぐ空間となっている。
「どうするって、こっちが聞きたいくらいだ」
「仕方ないでしょう、穏便に別れられる方法が思いつかないんだもの」
そんな景色に目を向ける事なく縮こまり、こそこそと小声で作戦会議し合う私達。
一見怪しい二人組だが、『国の危機を救った素敵な恋人』というフィルターのかかった人々の目には『寄り添い合う仲睦まじい恋人』って映るから大丈夫。そうじゃなきゃこんな場所で堂々とこの話はしない。
さて、もう察していただけているとは思うが、別れたいと思っているのは私だけではなくシャルルも同じ気持ち。
なんでも彼も私と同じく、『なんか違う。』と思ったらしい。
つい先日、互いがもう好き合っていないと気付いた私達は同盟を結んだ。
私達は日々うふふあははしているわけではなく、おおよそ恋人の会話とは思えない『別れるにはどうしたらいいか』について話し合っているのだ。
同盟の名はずばり「別れよう同盟」。
……そのままじゃないか、という言葉は受け付けませーん。
分かりやすくていいじゃないか。
私は気に入っている。
「やっぱり普通に別れました、って周りの人達に言えばいいんじゃないかしら」
「馬鹿かお前は!そんなこと言ったらどんなめに合うか…」
「わかってるわよ! でももうそれしか思いつかなくて……」
やけっぱちな自覚はある。頭を抱えながらそう言う私にシャルルも遠い目になる。
アデル家とレインワーズ家の仲は私達が恋仲になったから修復されたと言っても過言では無い。
だから普通に「別れちゃいました」なんて言った日には今度こそ両家は火を吹くだろう。
そうなったら私達は「両家の中をこじらせた原因」として、周りから白い目で見られるだけでは済まない。つまり、今との立場は真逆になる。そうすると後ろから刺される可能性もなくはない。原因として、と、シャルルを捨てた女として、と。私は絶対にこいつ関係で体に傷を負いたくなんかないし、傷なんか負った日には嫁の貰い手が無くなる。それはマジで困る。
だから何かそれっぽい理由をつけて別れなければならないのだ。
そんなことを話していると、人が近づいてくる気配がした。
私は即座に姿勢を正し、シャルルは目にも留まらぬ速さで私の膝に頭を置いて目をつぶる。
上品なドレスに身を包んだ二人の女生徒が会話を弾ませながら近づいてきた。
そのうちの一人が私達に気づいたのだろう、きゃあ、と可愛らしい小さな悲鳴をあげる。
私はいかにも今気づきましたよ、という風を装って女生徒の方を向き、右手でしー、と合図した。ついでに柔らかな微笑みをつけ足しておく。
目を合わせた二人は両手で口を押さえると、無言でコクコクと頷き足早に去っていった。なんともまあ可愛らしく初々しい反応だ。残念ながら今の私には持ち合わせていないもので、少し虚しくなる。
姿が見えなくなったのを確認してからふー、と大きく息を吐き出し、視線は女子生徒が去っていった方向に固定したまま右肘をシャルルの顔めがけて勢いよく振り下ろした。
肘が顔に見事ヒットしたシャルルは勢いよく体を起こし、顔を押さえて悶えている。
「おい!ふざけるなよおまっ」
「ごめんなさい、あまりの気色悪さに思わず手が出ていたわ」
本当にごめんなさい、無意識にやってしまっていたのよ。
口に手を当て本当に驚いています、と表現すれば側頭部を抑えたままシャルルは舌打ちをし、吐き捨てる。
「ったく、大体俺のとこが悪いんだよ。自分で言うのもなんだが容姿、家柄といいとこしかないと思うけどねぇ」
本当に自分で言うのはどうかと思うが、まあその言い分には納得だ。
確かにシャルルはその甘いマスクで女の子たちに絶大な人気を誇っているし、二大公爵家の長男で将来は公爵様になることが決まっている将来有望株でもある。
一見逃したらたまらない魚ではある、が!
「それよ!しかも成績も学年トップで運動神経も抜群。悪いところを挙げろ、と言われてもすぐにはあげられないような完璧さ。そこなのよ! 」
「褒められてるようにしか聞こえないなぁ」
「実際褒めてるのよ!でもね、私はそこが嫌なのよ。完璧な奴なんて私が一番苦手な人種よ!もっと、ぽやーっとしている人がいいの! 癒される人がいいのよおお!」
思わず両手で顔を覆う。押さえてないとまじで泣きそうだから。
「それに、さっきの言葉貴方にそっくりそのままお返しするわよ!この美貌に抜群のスタイル、それに加えて運動神経も抜群で勉学もトップクラスの、この私のどこに文句があるわけ!?」
「うわ、自分で言ったよ」
「言うわよ!」
軽く奴が引いているが知ったこっちゃない。事実を言って何が悪い。
別に貴方に嫌われようが引かれようが困ることなんて何もないもの。
「じゃあ言わせてもらうけどなぁ、俺はお前が暴力女だとは知らなかったんだよ。しかも今の態度と普段の態度の差!俺はもっと表裏がない素直で優しい子がタイプなんだ!」
「はっ、何言ってるの、女なんてみんな多かれ少なかれ裏の顔を持っているに決まっているじゃない。現実的な理想を持つことを勧めるわ」
裏表のない女なんているわけないじゃない。
馬鹿なの?阿保なの?どんだけ夢見てんのよ。
そんな言い合いをしていると、またしても誰かがこちらに向かってくる気配がした。
私達は即座に言い争いを止め今まで人一人分空いていた距離をさっと縮め、ピタリと寄り添い合う。
「あ、会長ここにいましたか」
「ああ、レイム君か。どうしたんだい?」
シャルルが猫をかぶりながら目の前の同い年くらいの少年……レイム・ギーに話しかける。
今までの言い争いなど知る由もないレイムさんは「お邪魔しちゃったみたいですみません…」と華奢な体を更に縮こまらせ謝罪する。
「いいのよ、気にしないで?それよりレイムさんがシャルル様を探していらしたということはもしかして生徒会のお話かしら」
「はい」
「それならば副会長の私もご一緒してもよろしくて?」
にっこり微笑みながらそう尋ねれば頬を赤らめ、もちろんです!、と何度も頷く。
なんていうか、これは見ていてとても癒される。
どこかの誰かさんとは違って素直だし、優しいし、初々しいし、素直だし。
私とシャルルは生徒会の会長、副会長の座についている。
レイムさんは秘書で、よくこうして緊急の用事ができた時にはわざわざ私達を探して用件を伝えに来てくれる働き者。彼がいなければ生徒会もたちいかないだろう有能っぷりだ。
私達は大体休み時間を一緒に過ごしている。二人きりで、だ。(周りの目があるからせざるをえない)
なのでその会話中には一緒にいることの八つ当たりであるかのように互いの口から罵詈雑言が飛び交うのだが、こうして誰かが来てくれることで一度思考をリセットすることができ、冷静になれる。
もしあのまま誰もこなかったら言い争いはますますヒートアップして、私達は周りが見えなくなり、別れたいどころか裏の顔を周りの生徒達に知られてしまうところだったよ。多分そのうち手も出始めていたろう。
本当に、今回も良いタイミングで来てくれたね、レイムさん。ありがとう。
脇に抱えていた紙の束を淡々と読み進めていくレイムさんを見ながら感謝を心の中で述べる。
「……面の皮が厚いってよく言われない?」
「……猫飼ってるってよく言われない?」
前言撤回。冷静になどなれていなかったようだ。
レイムさんに気づかれぬように小声で罵り合いながら、話が終わるまで互いが互いの脇腹を抓り合っていた。
放課後、私は今までのように自分たちで解決しようとはせずに周りの意見を聞いてみることにした。
もちろん、別れたいなどと思っているとは悟られぬように。
「ザサ、お疲れ様」
「アタリー、お疲れ様です」
柔らかな黄色のドレスを揺らしながら満面の笑みで振りかえったのは私の友人のザサ・マリー。
ふんわりとした見た目の印象と同じく性格もふんわりおっとりしていて、一緒にいて癒される少女だ。
シャルルに片思いしていたころからひっそりと私を応援してくれていた子でもある。
「?どうしましたアタリー。今日はなんだか元気がないみたいですが……」
そう言ってトコトコと心配そうに駆け寄ってきてくれるザサは本当に可愛い。
思わず自分よりも背の低い友人の体を抱きしめる。
ああ、本当に日々の疲れが癒されるわ。
っと、和みかけて本題を忘れるところだった。
私はザサの体から離れると、実はね、と言いながらまさに悩みがあります、困ってます、といった表情を作る。
「実はね、昨日変な夢を見ちゃったの」
「夢、ですか?」
「そう、シャルル様が私に別れよう、って言って離れていく夢を見たの」
「ええ?!」
真っ赤な嘘である。そんな夢は見ていないし、というか奴の夢など見ていない。見たいとも思わないが。
安眠でしたよ昨夜は。
「私、本当にシャルル様に別れようって言われるんじゃないか、と心配で心配で…… 」
「大丈夫、夢ですからね」
「ええ、分かってはいるんだけど落ち着かなくて、怖くて……」
嘘である。
別れよう、なんて言われた日には淑女の仮面なぞ投げ捨てて踊り狂う自信がある。
というか嬉しすぎて発狂するかも。
胸元を握りしめる私の背をそっと撫でてくれる優しい友達。作っている私よりも痛ましい表情を浮かべてくれていて、そのことにチクリと胸が痛む。
ザサを騙していることに罪悪感はあるが仕方がない。
ごめんなさい、ザサ。嘘つきの友人を許してちょうだい。
両手で顔を覆えばザサが私の手をそっと取り、自分の手で私の手を包み込む。
「安心してくださいアタリー。シャルル様は貴女のことを愛してくれていますよ」
いや、暴力女は嫌とか言ってたわ。
私はタイプじゃないんですって。
「ザザ……」
「もし、もしですよ。例えばの話ですから安心して聞いてください」
天使の微笑みを向けてくるザサの言葉に耳を傾ける。
ああ、すごく愛らしい笑みね。
可愛すぎて私、貴女に惚れちゃいそうよ。
「アタリーをシャルル様がふった日には、まずその生皮をーーーーからーーーーーーなーーでーーーーーをしてーーーーーたーーーしてあげますっ」
その天使の口から出てきた言葉を可愛くなかった。......凄まじ、かった。
え、何?なんかすごい恐ろしい言葉を発さなかった、今?
例え話だってわかっていても冷や汗が止まらないんだけれど……
え、例え話よね?そうよね?
「ですから安心してください、私の愛しい友人。何も心配することなど無いのです」
安心できない、無理無理無理!心配ばかりが募ったよ!
「さぁ、シャルル様の所へ行きましょう!きっとアタリーのそんな心配なんて吹き飛ばしてくれますよ!」
ふわり、と花咲くように笑って私の手を引く友人の後ろ姿を見つめながら私達の向かう先にいるであろう愛してもいない恋人を思った。
マジでどうしよう……。
そのあと合流したシャルルに本気で心配されるほど、この時の私はひどい顔だったという。
これはどうしても別れたい二人のどうしても別れられない話。
広大で豊かな国土を持ち、温和で近隣国とも仲が良好なことで有名な大国である。
そんな国を支えていると言っても過言ではないのが国の中枢にいる二大公爵家、アデル公爵とレインワーズ公爵である。
そんなニつの公爵家はとても仲が悪い。
もともとは仲の良い家同士だったのだが、何故か数年前からその関係は険悪になってしまっていた。
直に両家の間で内乱が起こるのではないか、そんな噂がまことしやかに囁かれ、国民たちは戦々恐々としながら日々を送っていた。
そんなある日、両家の次期当主とされていた二人が実は思い合っていたことが発覚。
当初反対していた両家も、しかし二人の熱意により和解し、国には久方ぶりの平穏が訪れた。
両家の仲を和解させたとして二人は国公認の恋人となり、国民たちは皆ニ人を祝福し、永遠の幸せを願った。
そんな幸せ絶頂の二人は国が平和になった今、ある思いを抱えていた。
二人が抱えている思い、それは……
「別れてぇ……」……というものだった。
ジギルド王国学園。国中の貴族子女が通う伝統と誇りある学園に私、アタリー・レインワーズとシャルル・アデルは通っている。
ニヶ月前、犬猿の仲となっていた両家からやっと認められ、晴れて恋人となった私たちはぶっちゃけて言えば国民たちの憧れの的。
それは学園の生徒達も同様で、二人で歩くだけで誰もが羨望の眼差しを向ける。
しかし私はただ彼といるだけで幸せで、周りの目などないものとしてきた
彼は女生徒達の憧れの的で、いつか彼が他の子のものになってしまうかもしれない、とヒヤヒヤしてきた日々も終わり、彼の隣にいられる毎日の幸せを噛み締めていたある日、私は気づいてしまった。
『あれ、何か違う。』と。
私は確かに彼を愛していたが、今もそうかと聞かれればはっきりとは答えられない。
…………いや、正直に言おう。今は彼に対してこれっぽっちも恋愛感情なんか抱いていない。
というか、今すぐにでも別れたいくらいである。
「ちょっと、どうするのよ」
お昼休み、人気のない中庭のベンチにて私はシャルルと並んで腰掛けていた。
ベンチは噴水を取り囲む様にして設置されている。
そして、その周りには多種多様な季節の花が咲きほこり、とても心安らぐ空間となっている。
「どうするって、こっちが聞きたいくらいだ」
「仕方ないでしょう、穏便に別れられる方法が思いつかないんだもの」
そんな景色に目を向ける事なく縮こまり、こそこそと小声で作戦会議し合う私達。
一見怪しい二人組だが、『国の危機を救った素敵な恋人』というフィルターのかかった人々の目には『寄り添い合う仲睦まじい恋人』って映るから大丈夫。そうじゃなきゃこんな場所で堂々とこの話はしない。
さて、もう察していただけているとは思うが、別れたいと思っているのは私だけではなくシャルルも同じ気持ち。
なんでも彼も私と同じく、『なんか違う。』と思ったらしい。
つい先日、互いがもう好き合っていないと気付いた私達は同盟を結んだ。
私達は日々うふふあははしているわけではなく、おおよそ恋人の会話とは思えない『別れるにはどうしたらいいか』について話し合っているのだ。
同盟の名はずばり「別れよう同盟」。
……そのままじゃないか、という言葉は受け付けませーん。
分かりやすくていいじゃないか。
私は気に入っている。
「やっぱり普通に別れました、って周りの人達に言えばいいんじゃないかしら」
「馬鹿かお前は!そんなこと言ったらどんなめに合うか…」
「わかってるわよ! でももうそれしか思いつかなくて……」
やけっぱちな自覚はある。頭を抱えながらそう言う私にシャルルも遠い目になる。
アデル家とレインワーズ家の仲は私達が恋仲になったから修復されたと言っても過言では無い。
だから普通に「別れちゃいました」なんて言った日には今度こそ両家は火を吹くだろう。
そうなったら私達は「両家の中をこじらせた原因」として、周りから白い目で見られるだけでは済まない。つまり、今との立場は真逆になる。そうすると後ろから刺される可能性もなくはない。原因として、と、シャルルを捨てた女として、と。私は絶対にこいつ関係で体に傷を負いたくなんかないし、傷なんか負った日には嫁の貰い手が無くなる。それはマジで困る。
だから何かそれっぽい理由をつけて別れなければならないのだ。
そんなことを話していると、人が近づいてくる気配がした。
私は即座に姿勢を正し、シャルルは目にも留まらぬ速さで私の膝に頭を置いて目をつぶる。
上品なドレスに身を包んだ二人の女生徒が会話を弾ませながら近づいてきた。
そのうちの一人が私達に気づいたのだろう、きゃあ、と可愛らしい小さな悲鳴をあげる。
私はいかにも今気づきましたよ、という風を装って女生徒の方を向き、右手でしー、と合図した。ついでに柔らかな微笑みをつけ足しておく。
目を合わせた二人は両手で口を押さえると、無言でコクコクと頷き足早に去っていった。なんともまあ可愛らしく初々しい反応だ。残念ながら今の私には持ち合わせていないもので、少し虚しくなる。
姿が見えなくなったのを確認してからふー、と大きく息を吐き出し、視線は女子生徒が去っていった方向に固定したまま右肘をシャルルの顔めがけて勢いよく振り下ろした。
肘が顔に見事ヒットしたシャルルは勢いよく体を起こし、顔を押さえて悶えている。
「おい!ふざけるなよおまっ」
「ごめんなさい、あまりの気色悪さに思わず手が出ていたわ」
本当にごめんなさい、無意識にやってしまっていたのよ。
口に手を当て本当に驚いています、と表現すれば側頭部を抑えたままシャルルは舌打ちをし、吐き捨てる。
「ったく、大体俺のとこが悪いんだよ。自分で言うのもなんだが容姿、家柄といいとこしかないと思うけどねぇ」
本当に自分で言うのはどうかと思うが、まあその言い分には納得だ。
確かにシャルルはその甘いマスクで女の子たちに絶大な人気を誇っているし、二大公爵家の長男で将来は公爵様になることが決まっている将来有望株でもある。
一見逃したらたまらない魚ではある、が!
「それよ!しかも成績も学年トップで運動神経も抜群。悪いところを挙げろ、と言われてもすぐにはあげられないような完璧さ。そこなのよ! 」
「褒められてるようにしか聞こえないなぁ」
「実際褒めてるのよ!でもね、私はそこが嫌なのよ。完璧な奴なんて私が一番苦手な人種よ!もっと、ぽやーっとしている人がいいの! 癒される人がいいのよおお!」
思わず両手で顔を覆う。押さえてないとまじで泣きそうだから。
「それに、さっきの言葉貴方にそっくりそのままお返しするわよ!この美貌に抜群のスタイル、それに加えて運動神経も抜群で勉学もトップクラスの、この私のどこに文句があるわけ!?」
「うわ、自分で言ったよ」
「言うわよ!」
軽く奴が引いているが知ったこっちゃない。事実を言って何が悪い。
別に貴方に嫌われようが引かれようが困ることなんて何もないもの。
「じゃあ言わせてもらうけどなぁ、俺はお前が暴力女だとは知らなかったんだよ。しかも今の態度と普段の態度の差!俺はもっと表裏がない素直で優しい子がタイプなんだ!」
「はっ、何言ってるの、女なんてみんな多かれ少なかれ裏の顔を持っているに決まっているじゃない。現実的な理想を持つことを勧めるわ」
裏表のない女なんているわけないじゃない。
馬鹿なの?阿保なの?どんだけ夢見てんのよ。
そんな言い合いをしていると、またしても誰かがこちらに向かってくる気配がした。
私達は即座に言い争いを止め今まで人一人分空いていた距離をさっと縮め、ピタリと寄り添い合う。
「あ、会長ここにいましたか」
「ああ、レイム君か。どうしたんだい?」
シャルルが猫をかぶりながら目の前の同い年くらいの少年……レイム・ギーに話しかける。
今までの言い争いなど知る由もないレイムさんは「お邪魔しちゃったみたいですみません…」と華奢な体を更に縮こまらせ謝罪する。
「いいのよ、気にしないで?それよりレイムさんがシャルル様を探していらしたということはもしかして生徒会のお話かしら」
「はい」
「それならば副会長の私もご一緒してもよろしくて?」
にっこり微笑みながらそう尋ねれば頬を赤らめ、もちろんです!、と何度も頷く。
なんていうか、これは見ていてとても癒される。
どこかの誰かさんとは違って素直だし、優しいし、初々しいし、素直だし。
私とシャルルは生徒会の会長、副会長の座についている。
レイムさんは秘書で、よくこうして緊急の用事ができた時にはわざわざ私達を探して用件を伝えに来てくれる働き者。彼がいなければ生徒会もたちいかないだろう有能っぷりだ。
私達は大体休み時間を一緒に過ごしている。二人きりで、だ。(周りの目があるからせざるをえない)
なのでその会話中には一緒にいることの八つ当たりであるかのように互いの口から罵詈雑言が飛び交うのだが、こうして誰かが来てくれることで一度思考をリセットすることができ、冷静になれる。
もしあのまま誰もこなかったら言い争いはますますヒートアップして、私達は周りが見えなくなり、別れたいどころか裏の顔を周りの生徒達に知られてしまうところだったよ。多分そのうち手も出始めていたろう。
本当に、今回も良いタイミングで来てくれたね、レイムさん。ありがとう。
脇に抱えていた紙の束を淡々と読み進めていくレイムさんを見ながら感謝を心の中で述べる。
「……面の皮が厚いってよく言われない?」
「……猫飼ってるってよく言われない?」
前言撤回。冷静になどなれていなかったようだ。
レイムさんに気づかれぬように小声で罵り合いながら、話が終わるまで互いが互いの脇腹を抓り合っていた。
放課後、私は今までのように自分たちで解決しようとはせずに周りの意見を聞いてみることにした。
もちろん、別れたいなどと思っているとは悟られぬように。
「ザサ、お疲れ様」
「アタリー、お疲れ様です」
柔らかな黄色のドレスを揺らしながら満面の笑みで振りかえったのは私の友人のザサ・マリー。
ふんわりとした見た目の印象と同じく性格もふんわりおっとりしていて、一緒にいて癒される少女だ。
シャルルに片思いしていたころからひっそりと私を応援してくれていた子でもある。
「?どうしましたアタリー。今日はなんだか元気がないみたいですが……」
そう言ってトコトコと心配そうに駆け寄ってきてくれるザサは本当に可愛い。
思わず自分よりも背の低い友人の体を抱きしめる。
ああ、本当に日々の疲れが癒されるわ。
っと、和みかけて本題を忘れるところだった。
私はザサの体から離れると、実はね、と言いながらまさに悩みがあります、困ってます、といった表情を作る。
「実はね、昨日変な夢を見ちゃったの」
「夢、ですか?」
「そう、シャルル様が私に別れよう、って言って離れていく夢を見たの」
「ええ?!」
真っ赤な嘘である。そんな夢は見ていないし、というか奴の夢など見ていない。見たいとも思わないが。
安眠でしたよ昨夜は。
「私、本当にシャルル様に別れようって言われるんじゃないか、と心配で心配で…… 」
「大丈夫、夢ですからね」
「ええ、分かってはいるんだけど落ち着かなくて、怖くて……」
嘘である。
別れよう、なんて言われた日には淑女の仮面なぞ投げ捨てて踊り狂う自信がある。
というか嬉しすぎて発狂するかも。
胸元を握りしめる私の背をそっと撫でてくれる優しい友達。作っている私よりも痛ましい表情を浮かべてくれていて、そのことにチクリと胸が痛む。
ザサを騙していることに罪悪感はあるが仕方がない。
ごめんなさい、ザサ。嘘つきの友人を許してちょうだい。
両手で顔を覆えばザサが私の手をそっと取り、自分の手で私の手を包み込む。
「安心してくださいアタリー。シャルル様は貴女のことを愛してくれていますよ」
いや、暴力女は嫌とか言ってたわ。
私はタイプじゃないんですって。
「ザザ……」
「もし、もしですよ。例えばの話ですから安心して聞いてください」
天使の微笑みを向けてくるザサの言葉に耳を傾ける。
ああ、すごく愛らしい笑みね。
可愛すぎて私、貴女に惚れちゃいそうよ。
「アタリーをシャルル様がふった日には、まずその生皮をーーーーからーーーーーーなーーでーーーーーをしてーーーーーたーーーしてあげますっ」
その天使の口から出てきた言葉を可愛くなかった。......凄まじ、かった。
え、何?なんかすごい恐ろしい言葉を発さなかった、今?
例え話だってわかっていても冷や汗が止まらないんだけれど……
え、例え話よね?そうよね?
「ですから安心してください、私の愛しい友人。何も心配することなど無いのです」
安心できない、無理無理無理!心配ばかりが募ったよ!
「さぁ、シャルル様の所へ行きましょう!きっとアタリーのそんな心配なんて吹き飛ばしてくれますよ!」
ふわり、と花咲くように笑って私の手を引く友人の後ろ姿を見つめながら私達の向かう先にいるであろう愛してもいない恋人を思った。
マジでどうしよう……。
そのあと合流したシャルルに本気で心配されるほど、この時の私はひどい顔だったという。
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