この要らない悪縁、誰か切ってもらえますか

のぎく

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巡りの始まり 4

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「なあエリス、お前服縮んでね?」
「そう?でもそれを言うならユーリもじゃない?」
「そうか?」

 二階に上がる階段を上がって真正面に位置する談話室でユーリと共に昨日貰ってきた課題を片付けている最中のこと。

 最初は黙々と進めていたのだが、集中力が途切れてきたのかユーリは一言そう言った。

 服が縮んだ、というよりも多分背が伸びたんだと思う。
 今までは全然背が伸びなくて、もしかして私ってずっとチビのまま!?と焦っていたのだが十四歳の誕生日を迎えてからというものぐんぐんと伸びてきた。

 それは私だけではなくユーリもで、こいつも大分背が伸びたと思う。遅すぎる成長期というやつだ。

「服って十二の時から新調してないかも」
「確かに。全然背が伸びなかったからなあ」

 なんだかしみじみとする。やっと伸びてくれたか我が身長よ。待ちわびたぞ。

 しかし困った。

「服ってどこに買いに行けばいいの?」

 ここは私達の知らない土地。公爵邸にきてまだ日が浅かった頃に一度ここを抜け出して以来街へは一度も行ってない。だから服をどこで買えばいいのかなんて分からない。分かるのは屋台のバードが非常に美味しいことだけ。そして更に言うなら服を買いにいく場所を知らないどころか買うお金さえない。

「四ラゾンで服って買える……」
「わけないな」

 残りの所持金でも無理。さてどうしたものか。

「抜け出す前提ですか」

 いきなりかけられた声に肩が跳ねた。

「小さくなったなら買いに行きますか?」
「あれ、オーリーさん」

 いつからいたのか。オーリーさんが談話室の扉前に立っていた。

 その服装は最近では見慣れてきた侍女服ではなく、以前一緒に暮らしていた時のような簡素な私服。
 この邸に来てからずっと見てなかったので随分と久しぶり。でもどうしたのだろうか。

「今日はお休みをいただいたんですよ」

 私ってそんなに表情に出てるのかな。

「ですから今からでも行きましょう。」
「とこに?」
「ですから服を買いにです」

 なんで?だってオーリーさんは今日お休みなんだよね?私達の面倒なんか見なくていいと思うんだけど。

「ほらほら片付けてください。早く行かねば夕食までに戻れません」
「え、ちょっと」

 きびきびと広げていた課題を隅にまとめると座っていた私達の手をとり立ち上がらせる。
 なんかこういうのも久しぶりだ。

「あら、どこかにお出掛け?」
「おそようシゼル。もうすぐお昼だよ」

 談話室から出ればシゼルが丁度部屋から出てきたところだった。
 朝私を起こしたのと入れ替わりで彼女はベットに潜ってしまったので、きっと昨夜は一睡もせずに本を読んでいたのだろう。読みたい本が届いた、と昨夜騒いでたから。
 それで今の今まで寝てたんだろうな。まあだからこそ寝てるシゼルを起こさないように部屋から出たのだが。
 彼女の整った顔には今まで寝ていたと一発で分かる跡がついており、髪もところどころ跳ねていた。

「お嬢様、わたくしどもは夕刻まで外に出てまいりますので。では失礼いたします」
「ふーん、いってらっしゃーい。気をつけてー」

 私達は寝起きのシゼルに手を振って見送られ、オーリーさんに手を引かれたまま邸を出た。



「これもいいですね。いやでもこっちのほうが……」

 邸から随分と離れたアーケード街ヴィダ・キャルにやってきた。もちろん貴族御用達の高級店が立ち並ぶところではなく、庶民御用達のお店が並ぶ古き良きアーケード街ヴィダ・キャルだ。

 そこにある小さな洋服店に連れてこられた私達はかれこれ三十分ほどだろうか、オーリーさんに着せ替え人形にされていた。

 村にいた時から不思議だったのだが、どうして女性はこうも子供にあれこれ服を合わせたがるのだろう。
 あっちでは服屋に行くのがどんなに億劫だったか。どんどんと通りすがりの主婦達が集まってきてあれじゃない、これじゃない、と着せては脱がせ着せては脱がせ、合わせては戻し合わせては戻し、を有り得ない回数も繰り返す。ああ恐ろしい。

 彼女達はこの子供のうんざりした顔が見えないのだろうか。あとちょっとだから、と言われて小一時間も待たされる子供の気持ちが分からないのだろうか。

 ………分からないんだろうな。その耳には聞きたくないことは聞こえないのだろうし、その目には見たくないものは映っていないに違いない。

 それでも行かなければいけないのが服屋の恐ろしいところ。私達子供はすぐに服の大きさが変わるし、子供の体を見て服の大きさが分かる、なんて超能力はただの主婦は持ち合わせてない。
 それに貴族でない私達の元にお店側が出向くことはないし、だから私達は自分の足で向かわねばならない。

 分かる?行きたくないところに自分の足で向かわねばならないこの気持ち!店が近付くにつれ足が重たくなっていくこの現象!

 服の大きさが分かったらすぐに店を出ればいい、と思ってる奴。甘いな。入ってしまったが最後、主婦軍団は逃しちゃくれない。あの人達は草食獣の皮を被り世に紛れる肉食獣なのだから。

 ので、私達子供にとって服を売っている場所は洋服店と書いて苦行の場と読む。

 しかも、だ。私達双子の場合は、だ。長時間苦行を強いた挙句に『やっぱりいつものでいいわね』とか言っていつも着ているような服を選ぶのだ。似たり寄ったりなのを選ぶのだ。
 じゃあ今までの時間はいったいなんだったんだ、と付き合わされた時間の分だけこんこんと問い詰めたい。

 まあすぐ小さくなって着られなくなるとはいえ愛着はあったのだから似たような服を買ってもらえるのは嬉しい。でも、だ。それでもこれはあんまりじゃないか。
 私達子供が報われなくないか?そうは思いませんか皆さん。

 おやユーリ、あんたこの短時間でけっこうやつれてません?え、私もだって?

 ハハハ………乾笑いしかでないや。

 と、そこでオーリーさんの手が止まり、彼女はじっと私達の顔を凝視した。

 え、っと、どうかしたのか?
 …………はっまさかついにこの嫌だって気持ちが伝わった!?

「こっちの方が似合いますかね」

 涙がこぼれそうだ。

「ふふっ」

 そろそろ本気で泣こうかな、なんて考えていたらオーリーさんが何故か小さく笑い声をあげていた。

「こんな風に三人で買い物に来るのも久しぶりですね」
「あー、そうだね」
「一年半ぶりくらい?」

 もうそんなに経つのか。

「懐かしいですね。やはり貴方達といるのは楽しい」

 なんだそれは。いきなり言われたら照れてしまう。
 それに私だってこうやってオーリーさんと三人で出掛けられるのは嬉しい。退屈だけど。

「いつのまにか大きくなりましたね」

 以前は少し見上げなければオーリーさんの顔が見えなかったのに今ではほぼ同じ目線。改めて意識すると今更ながら新鮮な気分だ。

「もう少しすれば追い越されてしまいますね。……嬉しいですが少し寂しくもあります」
「そういうもん?」
「そういうもんです」
「ふーん」

 ユーリに服をあてているオーリーさんには見えていないだろうが、オーリーさんの後ろに立つ私には横にそらしたユーリのその顔が丸見えだ。よく見えるぞ、その真っ赤な顔。でも多分私も同じようなことになってる。さっきから顔が熱い。

 こういうのって言われたことがないからなんか変な感じ。ちょっとだけしんみりとするというか。

「でもこうやって成長を感じられるのはやはり嬉しいです。こんな事はあと数回しかないんでしょうから……」

 そうだ。公爵邸を出る頃には私達は十八歳の成人。もうオーリーさんとこうして出かける事はおろか一緒に住むことさえ出来ない他人となってしまう。私達が大人になるとはそういう事。
 オーリーさんはずっと仕事として私達の面倒を見てくれていたから私達が成人するのを今か今かと待ちわびているのだと思っていた。けど、違うのだろうか。少しでも私達が大人になるのを寂しがってくれているのだろうか。

「ですから今日は目一杯楽しまねばですね!」
「ん?」

 グッと力強く拳を握るオーリーさんに目が点になる私達。

 なんかおかしな方向に話が飛んだぞ。目一杯ってなんだ。どういう意味だ。

「ほかにもう二件程いいお店を知っているんです。是非とも足を運びましょう。」
「待って」
「いいえ待ちません。こうやって服を選べるのはあと数回しかないでしょうから、今楽しまなくていつ楽しむんです!」

 珍しく声に熱がこもっている。こんなオーリーさんは初めて見た。

 ユーリは先程までの赤面はどこへやら。頬が引きつってる。きっと私も同じ表情だ。

 しんみりを返せ。





 オーリーさんがシゼルに言った通り屋敷に戻ったのは夕刻だった。今の季節日が長いとはいえどっぷりと暮れてしまった時間帯。

 まさか服を選ぶだけでこんなに時間がかかるとは。村にいた時の倍以上だぞ、とげっそりした。

 オーリーさんは一度本邸の方へ戻ると言ったので裏門の辺りで別れ、私とユーリは重い足取りで離れへと向かっていた。もうしばらくは洋服店になんか足を踏み入れたくない。

「君達も今帰りですか」
「え?あ、女男じゃん……」

 後ろから声をかけられた。

 相手の顔を見ていつもなら本人を目の前にして言わない単語が疲れからかうっかり口をついて出てしまい、私は瞬時に顔を片手で鷲掴みにされた。ミシミシと頭蓋が悲鳴をあげる。

 あダダダ、割れる割れる、脳味噌が飛び出すぅ!だって仕方ないじゃんか!いっつも心の中ではそう呼んでるんだから!!

「随分とお疲れのようですがどうかしましたか?」
「ああ、最近背が伸びたから服を買いに連れてってもらったんだよ」

 そこ、呑気に会話してないで助けてよ。

 私は一刻も早く頭蓋を解放してもらうべく奴の脛に思い切り蹴りをお見舞いする。するとすぐに手が離れた。

「いっつう……本当に手を出すのが早いですね」
「お互い様でしょ」

 痛さで疲れなんか吹っ飛んでしまった。相手がかかってくるなら応戦くらいは出来そうだ。

「ん?あんたって香水つけてたっけ」
「あ、本当だ。なんかきつい花の匂いがする」

 すんすん鼻をひくつかせると女男からきつい花の匂いがすることに気付いた。

 女男はしかし私達の言葉に首をかしげる。
 うへえ、なんか気分悪くなってきた。

「僕にはよく分かりませんが……もしかしたら匂いが移ったのかもしれませんね」
「よく飽きもせず女の子とベタベタできるよね」

 今日女の子と出かけていたなんて本人の口から聞いたわけではないが、言いがかりでもなんでもなく確信だ。だってこんな香水つけるのは女の人、いや貴族女子くらいなもんでしょ。

 私はこの匂い嫌い。香水の匂いってなんでか好きになれないんだよね。気分が悪くなる。

「匂うから早くシャワー浴びてよ」
「帰ったら浴びるつもりですよ。というか他に言い方はないんですか」

 鼻をつまんで手で風を仰ぐ仕草を繰り返す。うう、匂ってくる。最悪。

 そんな私に女男は器用に片眉をあげ顔をしかめた。美形はそんな表情も似合うから理不尽だ。世の中は理不尽と不公平で溢れかえっている。

 ああ、せっかく吹き飛んだ疲れがぶり返してきた。疲れに加えて嫌な匂いが鼻について………はあ、最悪な一日の終わりだ。

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