禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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8.バレてしまった失恋談

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 次の土曜日、源蔵がリロードの厨房でフライパンを振るっていると、この日も早菜が元気一杯の勢いでドアチャペルを鳴らして入店してきた。

「こんにちは~。今日はカレーが食べたい気分でーす」
「いらっしゃいませ長門さん。いつもありがとうございます~」

 厨房からちらっと顔を覗かせて笑顔を送る源蔵。
 早菜は嬉しそうに手を振り返しながら、冴愛に案内されてカウンターのストゥールへと腰を落ち着けた。

「あー、そういえば楠灘さん……最近社内で変な噂が飛び交ってますね」

 曰く、源蔵が過去に三度告白してこっ酷くフラれた挙句、女性不信に陥っているとかどうとか。
 早速あのふたりが、そこら中に喋りまくったのか――源蔵はオムライスをプレートに盛りながら、内心で苦笑を滲ませた。

「ホントに、無責任な話ですよね。誰がそんな根も葉もない噂、ばら撒いてんでしょう」
「いやー、それ嘘やなくてホンマですよ。僕が会社のひとにポロっと喋ったことですから」

 その瞬間、カレーライスに手を付けようとしていた早菜の動きがピタッと止まった。その美貌が、愕然と凍り付いている。
 否、早菜だけではない。
 操も冴愛も、本当に本当なのかと驚きの色を浮かべて、厨房の中を半ば唖然と凝視していた。
 しかし源蔵は仕事の手を止めること無く、そんなに驚く様なことではないとかぶりを振った。

「まー、女性不信ってのは流石にいい過ぎですけどね……こうして神崎さんや冴愛ちゃんとは一緒に気分良ぅ仕事させて貰ってますし、長門さんに御贔屓頂いているのも、ホンマに嬉しい限りですから」

 源蔵は、だからそこまで気にするなとバンダナの上から頭を掻いた。

「僕は別に女性を敵視してる訳やないですよ。ただ僕の場合は恋愛とか結婚のチャンスは完全に無くなったからもう諦めた、ってことをいいたいだけで」
「えー、そんなの分かんないじゃん。実はオーナーのこと好きだってひと、居るかも知れないよー?」

 冴愛が納得しかねるといわんばかりの表情で頬を膨らませた。

「じゃあさ、じゃあさ……もしオーナーに告ってくるひと居たら、どーする? それでもカノジョ作らないつもり?」
「そーゆーのはまず間違い無く、嘘告かドッキリやわ。僕はそんなんには騙されへんよ」

 陽気に笑いながら、源蔵は現在までに通っているオーダーの品をひと通りカウンターに並べ終えて、一服入れ始めた。
 操と冴愛は尚も納得がいかない様子で、それでも一応仕事はこなす。ふたりは何とか笑顔を作って、来店客に料理やドリンクを運んでいった。

「でも楠灘さん、ホントに恋愛も結婚もしないつもりですか? たった三人にフラれたぐらいで?」
「僕にとっては三人で十分です。イケメンや美人さんには、僕らみたいな不細工がどんだけ狭い門で生きてるのか想像もつかんでしょ?」

 源蔵は自分自身の経験に則って結論を下しているのだ。
 例え早菜であろうとも、彼の持論を覆すことは出来ない。
 それは操であろうが冴愛であろうが、同じであろう。

「そーゆー風に括られちゃうと、何もいい返せなくなりますね……」
「いい返さなくて良いんです。皆さんは皆さんの本来の権利と舞台の中で、幸せに生きてったらエエんです。僕らはそのステージには立てんかった。単純に、それだけの話です」

 これはもう、自分の中では結論が出ている。
 今更議論する気にもなれなかった。
 すると接客を終えた冴愛が戻ってきて、依然として不満そうな顔を源蔵に向けてきた。

「だったらさー、ウチがオーナーの彼女になる! それでイイじゃん」
「それはあかんて。僕が警察の御用になってまうわ」

 未成年者略取で捕まってしまうから勘弁してくれ、と源蔵はからからと笑った。
 しかし冴愛は尚も食い下がってくる。ならばと今度は、操を指差してとんでもないことをいい出した。

「それじゃー、操さんは? 操さんなら絶対、イヤっていわないと思うけど」
「そらぁいわんやろ。オーナーと被雇用者やねんから。でもそれはな、パワハラとかモラハラとかセクハラっちゅうやつやねん。神崎さんは僕に抵抗出来る立場ちゃうから、そんなんは絶対、やったらあかんのよ」

 源蔵は子供に諭す様な調子で言葉を並べた。
 冴愛はまだ、高校生だ。大人の世界のハラスメントについては、余りよく分かっていないのだろう。
 すると、カレーライスを綺麗に平らげた早菜が、何故か深い深い溜息を漏らした。

「はー……どうしたら楠灘さんの冷え切った心を溶かしてあげられるんでしょう……」
「冷え切ったっちゅうか、もう粉々に砕けてますから、今更どうにもなりませんよ」

 ここでも源蔵は冗談めかして軽く笑い飛ばした。
 が、実際のところはかなりの部分で本音でもあった。兎に角もう、自分には何の希望も残されていない。だからこそ、自分の周りに居るひとびとには幸せになって欲しかった。
 自分が掴めなかった人生の幸福を、親しくして貰っているひとびとには等しく掴んで欲しい。
 その為の支援や手助けならば、幾らでも力になろうと本気で思っていた。

「それは幾ら何でも、楠灘さんが可哀そうすぎませんか? 楠灘さんは、その、とっても良いひとですし、十分魅力的だと、思います、けど……」

 何故か操が顔を真っ赤にして俯きながら、いい淀んでいる。
 しかし源蔵は、悪い冗談だと苦笑を返した。

「元カレにお金持ち逃げされる様な、男を見る目の無いひとにいわれましてもねぇ……」
「あ、うぅ……そ、その件については全く、反論の余地も御座いません……」

 完璧に撃退された操は、そそくさと客席テーブル方向へと足を向け、お冷を注いで廻った。

「はいはい、僕の失恋談はもうおしまい。仕事やりますよ、仕事」
「はぁ~い」

 ドアチャイムが鳴り響き、新たな来店客の対応へと廻る冴愛と操。
 一方、カウンターで食後の熱いコーヒーをすすっている早菜は、未だに納得いかない様子で厨房内の源蔵をじぃっと見つめていた。
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