抱擁レインドロップ

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二話 疑うとか、信じるとか

04

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 ガチガチに和装の二人がスプーンでドリアを掬っているのはなかなかにギャップがあったが、とおるは美形なせいで何をしても絵になってしまうからズルいし、森田は森田で年齢こそ推測が難しいが上品な所作のせいでやっぱり絵になってしまう。
 それと比較したらしょうもなく芋臭い女子高生がひとり、と思うとなんとも居た堪れない気持ちがモヤモヤと胸の内で燻った。

 見た目通りドリアは美味しくて、具材ひとつひとつの品質の高さが全体のレベルを上げている。
 それだけではない。ご飯もただの白米でなく何かひと手間加えているような気がした。

「森田さん、これ……お米、バターライス……でも、ないですよね」
「あら、お解りですか。あさりを下ごしらえでワイン蒸しした時の汁と、あとはブイヨンを混ぜたもので炊いてあります」

 手間。
 家庭料理の域を超えた手間。
 家事をするプロと言われたらそうなのだろうが、めちゃくちゃ美味しいのでこれは本当に絶賛せざるを得ない。
 味についてはもちろんだが、昼食ひとつにそこまでのコストをかけることに対して言葉を失った。
 その衝撃を誤解したのか、森田が少し不安そうな顔をする。

「申し訳ありません、もしかして、ワインの風味がお口に合いませんでしたか」
「いえ全然! むしろ逆です。美味しくてびっくりしちゃって」

 わたわたと手を振りながら訂正すると、森田はほっとしたように息を吐いて微笑んだ。
 まるで母親のような顔をして、柔らかな声色で言葉が紡がれる。

「まあ、それなら安心致しました。確かにご家庭の味と違うと違和感もおありでしょう。何かリクエストがあれば気兼ねなく仰ってくださいね」

 そう言われて、ふと思う。
 母の手料理を最後に食べたのは、いつだったかな、なんて。
 レトルトとかインスタントとか冷凍ものとか、自力で適当に作ったやつとか、そんなのばっかりだった。
 母に対して『わたしは大丈夫』って、何回くらい言ったっけ?

「……泉さん?」
「大丈夫、です。なんでも……ないです。すみません、変な空気にしました」

 とおるに見抜かれたので、仮面の笑顔で繕う。
 ここでホームシックなんて見せたら、二人には迷惑だし失礼だろう。
 しかしとおるは深海の双眸でじっと泉を見つめて、真剣なトーンで訴えた。

「良いんですよ、何でも仰ってください。辛いこと、困ったこと、苦しいこと……全て、私は受け止めます。受け止めたい……です」
「……」

 なんだか何かがこみ上げてきて泣きそうになる。
 よくよく考えたら、父が亡くなって以来ずっと母のフォローに回っていた気がした。
 結局自分の弱音はどこにも吐けないで、弱音を吐かずに頑張る母に頼ることも出来なくて、もしかしてずっと、無理をしていたのではないだろうか。

 辛いのなんて、全員そうだった。弱音を吐いたらそこからドミノ倒しに瓦解することくらい、未熟なりに察していた。早熟であらねばならなかった。
 だから誰もネガティブなことは言わないように努めて、負の感情に蓋をして、行き場の無いまま内側で渦を巻くそれが蓄積され続けて。

 誰かのせいになんてしたくない。誰のせいでもない。
 起きてしまったことはどうしようもないし、そこから前を向こうと――いや、後ろを向くことが怖くて誰も出来なかったのだと気が付いた。
 父の事故の話が家庭内でタブーとなって、貧乏暮らしの母子家庭として歪んだ姿をギリギリで保っていただけに過ぎないということを。

 それを受け止めると言ってくれるなら、吐き出しても良いんだろうか。

「母が……とても忙しくて。母の料理とか、家庭の味とか、最後に食べたの相当前だなって思ったら、なんかちょっと、こう、いろいろと」

 全然整然性がないな、という自覚はあった。
 だが、感情の吐露なんてそんなものだろう。
 俯いてしまって、とおるの顔も森田の顔も見られない。

「お母様が……そうだったのですね。泉さんは、ずっと堪えてきたのですね。あの……私で良ければ、泉さんの家族になれますから。ずっとそばに居ます。寂しい思いもさせません。……と言うより、そうなりたいとお願いしているのは私のほうなので妙な話……ですけれど」

 そこでようやくとおるの顔をちらと伺うことが出来た。
 下手くそなフォロー。
 だけど、精一杯言葉を探して、考えて、寄り添おうとしてくれているのは伝わってくる。
 部屋の説明の時などはきっとあらかじめ考えていた台詞で、本来の話し方はこちらなのかなと思った。

「ありがとうございます。はい……せっかくのドリアがこんな話で冷めちゃうの勿体ないから、食べちゃいましょう!」

 やっと、自然な笑顔が浮かぶ。
 神様だけど不器用で、優しいけど下手くそで、訳が解らないけど求婚してくるこのひとを、もうちょっとだけしっかり見てみようと思った。
 彼の繕った態度ばかり見てきていたのかもしれないのなら、もっと、本来のとおるを知ることで何かが変わるような、そんな予感がした。
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