一夜の過ちを犯した男が最愛になるまでの話

待井 月

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朝。
まだ眠そうな目をこすりながらスーツに袖を通す遙を、悠真がキッチンから見ていた。
テーブルには簡単な朝食と淹れたてのコーヒー。

「今日も仕事か。」

「当たり前だろ。」
遙はそっけなく答える。

悠真はふっと笑い、近づいてきた。
ネクタイを結び終えた遙の顎を軽く持ち上げる。

「……行ってらっしゃい。」

そのままキスをしようと顔を近づけてきた。

「っ……!」
遙は慌てて顔を逸らす。

「な、何してんだ!」

「いや、恋人なんだから普通だろ?」

平然と言う悠真に、遙は耳まで真っ赤になる。
「そ、そういうのは……まだ、慣れてねぇ……!」

悠真は肩をすくめて笑い、軽く頭を撫でただけで引き下がった。
「それ以上の関係もっちゃったのに?」

恥ずかしくて顔を上げれなかった。俺は心臓の鼓動をごまかすように玄関を飛び出した。
「いってきます!!」


昼休み。
遙は職場の窓から、向かいのカフェを何気なく見下ろした。

そこには、悠真の姿。
しかも女と談笑している。

(……なんで女と一緒に……)

胸の奥がチクリと痛む。
笑いながら話す悠真の姿に、視線を逸らせなくなった。

「別に……関係ねぇだろ。俺は仕事中だし……」
そう自分に言い聞かせても、気づけば書類に書き込むペン先が震えていた。

初めて感じるこのざわつき。
――これが嫉妬なのだと、認めたくなかった。



夜。
帰宅した遙は、普段より少し不機嫌そうに靴を脱ぐ。

「おかえり。」
悠真が笑顔で迎える。

「……昼、女といたろ。」

思わず口から出た言葉に、自分で驚いた。
悠真は一瞬きょとんとし、それからニヤリと笑う。

「遙……妬いた?」

「ち、違う! ただ……気になっただけだ!」

耳まで真っ赤になって否定する遙に、悠真は堪えきれず吹き出した。
「可愛いな。俺、ちゃんと遙のもんだよ。昼は買い物行ったら同僚に会ってお茶しただけ」

そう言って背中を抱き寄せられる。
胸に顔を押し付けられ、遙は苦しくなるほど鼓動を早めた。

(俺……本当に、こいつが好きなんだな……)

「そもそもお前、何の仕事してんだよ。」
そういえばと、聞いていなかった悠真の仕事を聞いたら。
世間に疎い遙でも知ってる企業の役員だった。
在宅ワークを続けているそうでいつの間にか部屋にパソコンを置いていた。

「エリートかよ…」
遙の拗ねた声は小さく消えた。




テーブルの上には昼悠真が買い出しに行って作られた手料理と酒が並んだ。
二人きりで過ごす静かな夜。

「……っはぁ。飲みすぎた。」
遙はソファに沈み込み、手にしていた缶をテーブルに置いた。

悠真は隣で笑いながらグラスを軽く揺らす。
「飲めるくせに、弱音吐くなよ。」

「お前がどんどん勧めるからだろ……」
ぼやきながらも、妙に心地よかった。
人と一緒に飲む酒が、こんなに温かいものだと知ったのは初めてだった。



時計の針が遅く回り、酔いが回るにつれて遙は言葉が重くなる。
ソファにだらりと身体を預け、目を細めた。

「……なぁ、悠真。」

「ん?」

「俺……恋愛とか、愛とか……わかんなかったんだよ。ずっと。」

掠れるような声。
「女と付き合っても、結局振られてさ。
 “愛されてるかわからない”って言われて……。
 俺だって、どうしたらよかったか……全然……」

言葉が途切れ、部屋の静寂に缶の置く音がカランと鳴った。
遙は視線を逸らし、唇を噛む。

「……でもな。」
その声は震えていた。
「お前といると、ちょっとだけ……わかる気がするんだよ。
 “愛される”って、こういうことなのかって……」



悠真はグラスを置き、隣の遙を覗き込む。
濃い青の瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。

「やっと自覚してくれたな。」

そう言って、隣に寄り、額にそっと唇を触れさせた。
「俺は最初からずっと、お前を愛してるよ。」

酔いで火照った頬に、さらに熱が広がる。
遙は目を閉じ、ソファに沈むように肩の力を抜いた。

「……変なやつだな、お前……」
小さな呟きが零れる。
でも心の奥は、確かに満たされていた。

隣には悠真の気配。
静かに座っているはずなのに、その存在がやけに近く感じた。

気づけば、遙の手が勝手に動いていた。
シャツの裾を、ぎゅっと掴む。

「……離れんなよ。」
かすれる声が零れた。

悠真は一瞬黙り込み、すぐに穏やかに笑った。
「離れないよ。俺は。」

その言葉に、遙はほんの少しだけ肩の力を抜いた。
二人はそのまま寄り添い、夜の静けさに身を委ねた。



翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、遙は目を覚ました。
ソファの上、肩にはブランケットが掛けられている。
隣では悠真がコーヒーを飲んでいた。

「……起きた?」

低い声に顔を上げると、悠真の目が笑っている。
どうやら遙の寝顔を見ていたらしい。

「……なんだよ。」
寝ぼけた声でぼやくと、悠真がふっと口角を上げた。

「昨日の本音、覚えてる?」

一瞬で血の気が顔に集まる。

「なっ……!」
遙は勢いよく体を起こした。
「お、おぼえてねぇ! 酔ってただけだ!」

「へぇ。」
悠真はコーヒーを口に含みながら、楽しそうに目を細める。
「俺にはしっかり覚えてるけどな。“愛されるってわかる気がする”って。」

「~~っ!!!」
遙はクッションを掴んで悠真に投げつける。

悠真は笑いながらそれを軽く受け止め、言った。
「大丈夫。俺が何回でも言わせてやるから。」

その声に、遙はますます顔を赤くしながらも、胸の奥に温かさを感じていた。


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