ネイルの残像

有森崎あたる

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11. 知りたいと会いたいの狭間

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「ねぇ、そんな空きっ腹に飲むと、酔っ払うよ」

心配そうに声をかける彼。

バーに入ってからは、頼んだフライドポテトと差し入れられたナッツぐらいしか腹に入れておらず、彼を待つ間の健人はぐいぐいビールを飲み続けていた。

「大丈夫!俺、けっこう強いから」

と、顔色ひとつ変えずに、さらにビールを追加する。

「強いの?うちは注文してくれると嬉しいけど、君、ちゃんと歩ける?大丈夫?」

「大丈夫っす、それより、もう話せる?」

その言葉に、彼はやっと、健人の前で立ち止まり、微笑んで見せた。

「お待たせ」

カウンターに両手をつき、さぁ~て何から話そうか?と面持ちで、じっと健人の目を見つめる。

「そう言えば、まだ名乗ってなかったね、僕たち」

ん!と言わんばかりの健人は、

(そういや、俺、名前も何も知らねぇわ…)

「僕、千春。八坂千春やさかちはる

「俺は、長谷健人」

「健人…いい名前だね、健人って呼んでいい?」

「そんなことより、」

健人は千春の問いかけをよそに、顔を寄せ、小声で、

「あん時のこと…なんであんなこと…からかったのか?それとも…」

「ああ…」

と、千春は平然とけろっとした表情で、

「あれ、あれは…僕のタイプだったんだ、君」

「え?」

今度は、千春の方から健人に顔を寄せ、

「君、すんごく僕の好みの顔なんだよね、どストライクっていうか…それに…」

と言いかけた千春の声を遮るように、

「え?好み?好みって…」

驚いた顔で聞き返す健人に、千春は一瞬黙り込むと、フフンと微笑んで、

「ライブの前に会ってるよね、ロビーで。タバコ拾ったときに…それに…」

ふと、健人の脳裏に、タバコを拾うワインレッドのネイルの指と、ライブ中のペニスを握りしめるワインレッドのネイルの指がリンクした。

思わず頬を赤らめ、また一口ビールを喉に注ぎ込む健人は、ドギマギしながら、

「き、君は…そ…その…お、男が好きな…の?」

その言葉に、千春はフッと鼻で笑うと、

「今更?気付いた?」

千春は、ワインレッドのネイルの指先で、カウンターの上の健人の手をギュっと握りしめると、

「その気もないのに、あんなことしないよね?普通」

「……」

真っ赤になりながら、健人はゴクリと喉がなるのが自分でもわかった。

「健人…」

ジッと見つめる千春の瞳には、キャンドルの揺らめく炎が反射して、キラキラ輝いて見える。

「男の僕にあんなことされたのに、また会いに来てくれたってことは…」

顎に手をついて、悩まし気に体を捻りながら、

「いやじゃなかったってこと?」

もはや、アルコールのせいなのか?千春のせいなのか?わからないほど、火照り赤面する健人は、

「え?…いや…その…なんていうか、最初男ってわかんなくて…」

一瞬、たじろきながら話すも、千春は大声で笑いながら、

「アハハ!何それ!まあ、よく間違えられる…っていうかよく言われるよ…綺麗だねって」

「うん…納得…できる」

素直に認める健人。

「ククッ…女じゃなくて残念って感じ?それとも…」

「え?」

「男ってわかっても、ここへきてくれたんだよね?僕に会いたくて…」

「いや…そうじゃなくて…理由…」

「理由?」

「理由を、その…知りたくて…」

「わざわざ?そのために?」

「いや…なんていうか…」

「ふうん…」

腕組みしながら何か思いを巡らせてるかのように黙り込んでいたが、いたずらっぽく微笑むと、千春は、

「ねえ、この後、時間ある?…わかるよね、僕の言いたいこと…この前の続き…する?」

「え?え?」

慌てふためいて、思わず、握りしめられた手を引っ込める健人。

「ごめん!ごめん!」

千春は笑いながら、

「ライブんときは、興奮してて、それにすんごいタイプの君を見て思わず手出しちゃった…ほんとうにごめんね」

ペロッと舌を出して、片目をウインクしてみせる千春は、頬にかかる髪を耳にかけると、目を閉じて、ふっと落ち着きを取り戻す。

そして…、



(…今でも震えるほどの感覚を覚えてる…ライブハウスで君を見かけた瞬間、幻なんじゃないかと、自分の目を疑うほど、驚いたと同時に、今ここで見失ったら、もう会えないんじゃないかって…)



中性的で柔らかな雰囲気を纏う千春の仕草が、キャンドルの揺らめく炎に映し出され、淫靡な妖艶さを匂わせる。



(そう思ったら、思うほど、自分を押さえられなくて…、止められなくて…惹きつけたい?…自分を印象付けたい?…いや、いっそ、自分の痕をつけたくて、印を残したくて…気が付いたら、君の後ろに立っていた…)



千春は、上目遣いに誘うように、

「ねえ、もし、よかったら…だけど、この後飲みなおさない?ほんと、飲むだけ、何もしないから」

淡いオレンジ色のキャンドルライトが千春の顔を妙に艶っぽく照らし、その言葉にブルッと震えを感じた健人は、ガタッとテーブルを立ったかと思うと、

「ご…ごめん…帰る…」

急いで席を立ち、入り口へと走り出た。

ポツンと残された千春は、

「ふうぅ…」

と、ため息をつき、健人に出したナッツの小皿から、ひとつアーモンドを摘むと、口へ放り込んだ。

「少し早まったかなぁ…」

と、カリッとさらにもう一粒アーモンドを食べた。



慌てて、店から飛び出した健人は、最寄りの駅の改札までたどり着くと、ハアハアと肩で息をしながら、呼吸を整える。

(し…しまった…お金払うの、忘れてた…)

首元のネクタイを緩めると、改札をくぐり、プラットフォームのベンチに腰掛ける。

(でも、あのまま、あの場にいたら、きっと、流されて…、あいつの雰囲気に呑まれて…またそのまま…)

走ったせいで、酔いが一気に回ったのか、少しふらつく体をベンチの背に預け、健人は、星ひとつ出ていない夜空を見上げる。

(俺は、ほんとに理由だけが知りたかったのか?…)

額に滲む汗を手で拭うと、軽やかなメロディとともに、プラットフォームに電車が入るアナウンスが流れる。

「……」

健人は、重そうに体を起こし、立ち上がると、入ってきた電車に乗った。
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