ネイルの残像

有森崎あたる

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14. 関わらないで

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「昨日は、いいことありましたか?」

ワイングラスを磨き込んでいる千春に、声をかけてきたのは、オーナーの上代だった。

濃紺のベストにブルーのクレリックシャツ、スカイブルーの光沢のネクタイが映える出立ち。
相変わらず、隙のないファッションがセレブ感を匂わせる。

「彰宏くん」

上代が醸し出す、凛とした馴れ馴れしさを許さない圧力も、千春には従兄弟という間柄か、幼少期から一環として、上代のことを名前かつ『くん』付けで呼んでいる。

「健人になんで話しかけたの?」

千春は、チラリと上代に一瞥した後、視線を戻し、再びグラスを磨き出した。
その声からは、何か気に入らないとでも言いたげな、不機嫌さを含んでいた。

腰掛けたカウンター席で片肘を付き、スラリとした長い足を組み、ノートパソコンを覗き込む上代は、

「おやおや…わざわざそちらに向かわせてあげたのに…、感謝されても、憎まれ口を言われることはしていませんよ」

と、店の経理を画面上で確認しつつ、千春を見ることなく答えた。

「そこじゃないよ」

まだ、わからない?と言いたげに、グラスを棚に片付けると、千春は少し怒った表情で、腰に両手であてた。

「何で、僕の健人に話しかけての?彰宏くんは関係ないでしょ!」

千春の荒げた声に、上代はキョトンとした顔つきで、ずり落ちたメガネを中指で戻すと、クスっと笑い、

「ヤキモチ…ですか?」

ハッ!と笑いをこらえながら、

「ただ、少し会話しただけですよ、それに…彼は私のタイプでもないしね」

それでも、千春は少しふて腐れた顔で、

「彰宏くんのタイプじゃないとか、好みとかじゃなくて!彰宏くんかっこいいし、セレブだし、油断ならない!前みたいに、僕の彼とられかねないしっ!!!」

「人聞きの悪い…」

バンっ!と、ノートパソコンを折りたたむと、かけてたメガネを外し、真顔で千春を見据えると、

「あれは、彼が君の留守の時にきたので、申し訳ないと思って、私のお店で軽く食事をご馳走しただけですよ、ただそれだけです」

「じゃあ、何でその彼が彰宏くんに執拗に興味を持ったの?」

納得がいかないと言わんばかりに食い下がる千春をチラッと横目にやりながら、これでは話が収拾つかなくなると判断したか?上代は、両手を上げて、降参です、と言わんばかりに、

「この話はここまでです。今更過去のことをグダグダ話してもお互いのためになりません」

それでも諦めようとしない千春は、キッとした目つきで上代を睨むと、

「過去のことを言ってるんじゃない!今、これから起こりうることを話してる。こればっかりは、彰宏くんでも我慢しないよ、とにかく、健人には近寄らないで!」

上代は、やれやれと言った表情で、

「ご安心を。私は特定の人は作らないですし、千春の大切な健人くんに手を出すこともありませんよ」

そう言い切ると、ふいっとカウンターに背を向け、後ろの事務所の中へ入っていった。

(ちょっと大人げなかったかな…)

千春は、過去にあった出来事から敏感になりすぎたか、と反省するかように、うなだれる。
そして、裏の事務所の方へ向かうと、そのドアを少し開け、中を覗いた。

事務所の中では、濃紺のスーツのジャケットを羽織り、上代が帰り支度をしている。

千春は、開けたドアからちょこんと顔を出した。

「ご、ごめんなさい。ちょっと言いすぎた…」

節目がちに、頭を下げる。

すると、上代は、ふっと優しい笑みを浮かべ、

「怒ってないですよ。気にしないでください」

ポンと千春の頭を手で撫でた。

「私の可愛い従兄弟殿。君の恋路の邪魔はしませんから」

と、千春の頬を包み込むと、おでこに軽くチュッとキスをした。

「じゃあ、私はレストランの方へ向かいますから、後はよろしくお願いしますね、千春」

指に車のキーリングに引っ掛け、くるくる回しながら事務所を後にする。

「こっちに戻るの?」

千春は、上代の背中に声をかける。

「直帰します」

振り向かず、車の鍵を握りしめた手を、バイバイと振りながら店を出て行った。
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