ネイルの残像

有森崎あたる

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18. 千春の部屋

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ピンポーン!

乾いたインターホンの音が通路に響き渡る。
上代に教えられた住所を頼りに、千春が住むマンションまでやってきた健人。
インターンホンを押して、しばらくドアの前で待ってみるが、中からの反応がない。

ピンポーン!

もう一度鳴らしてみるが、やはり反応がない。

立ち尽くす健人は、拳をぎゅっと握りしめると、ドアを大きく叩き始めた。

ドンドンドンっ!!!

「千春!ちーはーるっ!!!」

ドンドンっ!!!

健人の大きな声と、叩くドアの振動が響く。
ダンマリを決め込んでいるのか?本当はいないのか?不安になってきた健人は、もう一度ドアを叩く。

ドンドンっ!!!

すると、

「今開けるから!」

千春の声が内側から聞こえたと思ったと同時に、ドアがカチャッと開いた。

「千春…」

中からは、少し瞳を潤ませた千春が顔を覗かせ、ボソッと呟いた。

「近所迷惑だから、中入って」

ドアを開ける千春に促されて、健人はマンションの中へ入って行った。


通された部屋は、小綺麗に整頓され、モノトーンで揃えられた家具に、千春の趣味なのか、壁にはモダンアートの絵がいくつか飾られている。

「座って」

健人は、部屋の壁際にあるグレーのソファに黙って腰掛ける。
部屋の入り口で立ったままの千春も、何も言葉を発しないまま、2人の間に、重い沈黙が流れた。
初めての千春の部屋で、健人も妙にかしこまり、落ち着かない様子。

「何か飲む?」

最初にその沈黙を破ったのは、千春の方だった。

「って言っても、コーヒーか、水、あと、ビールとお酒しか、ないけど…」

「じゃあ、コーヒーで」

無言でくるりと背を向け、小さめなキッチンに向かい、ポットでお湯を沸かし始めた。

千春は、手にしたレギュラーコーヒーの蓋をポンと開けると、ふわっとコーヒーの芳しく香ばしい香りが舞う。

そんな千春を横目に、健人はキョロキョロと周りを見回す。
整理整頓され、一見殺風景にも見える部屋。
テレビの横の収納ラックには、カフェの本や、経営に関する本がいくつも並べられていた。
それを目にした健人は、

(へぇ…カフェ経営の勉強?店を開業したいのか?…意外と真面目?)

コポコポっと、コーヒーをドリップする音と共に、今度は部屋中に芳醇なコーヒーのアロマが広がる。

「ブラック?それともミルクと砂糖?」

ドリッパーにお湯をゆっくりと注ぎながら、千春が尋ねた。

「いや、ブラックで」

千春は、コクンと頷くとしばらくして、

「どうぞ」

と、カップに入ったコーヒーを差し出し、健人と向かい合わせになるように、ソファーの反対側にあるベッドに腰掛けた。

千春は、カップを両手で持つと、ふうと熱いコーヒーを冷ましながら、ゆっくりと飲み始めた。
千春に入れてもらったコーヒーに、健人はそっと顔を近づけると、いれたてのコーヒーの香りを楽しむようにすーと大きく息を吸い込み、一口、口に含ませた。

「おいしい…」

パァァと綻ぶ健人の表情に、千春は照れてようにはにかんだ。

「ありがと…」

小さく呟くと、千春はもう一口コーヒーを飲んだ。

「千春…」

コトッと、健人はカップをガラスのテーブルに置く。

「まだ、上代さんに怒ってるの?」

「……」

両手に持つカップをテーブルに置き、千春は目を伏せる。

「俺は、ただお店に行こうとしたら、上代さんがいて、君を待つ間、お酒を頂いただけだよ、それだけだよ」

「なんで?」

「え?」

「わざわざ、そんなこと言いにここまできた訳?」

一瞬、和らいだ千春の顔が徐々に曇って行く。

「そもそも、健人は何しに店に来たの?」

その問いに、クッと千春の目を見つめる健人。千春は続け様に、

「ただ飲みにきただけ?僕に会いにきたの?それとも、彰宏くんに会いたかったの???」

「そんなわけないだろ!何でそうなる?!上代さんとはそんなに何回も会ったことないのに!」

「僕もそうだよね?彰宏くんと同じだよね?だったら、僕にも会いたかった訳じゃないんだよね?なのに、どうしてここに来たの?!」

(ち、違う…違う…こんなことを言いたいんじゃないんだ…)

心とは裏腹に、千春はだんだん興奮しだし、思ってもいないことが口を滑り、声を張り上げてしまっていた。

「わからないだ…」

困惑気味の健人は、迷いながらも心の内を吐き出すかのように、呟いた。

「たぶん…」

(そう、最初からかも…しれない)

「頭から離れないんだ…君のワインレッドのネイルが…」

健人は、千春の瞳を見つめ、

「初めてライブハウスで会ったあの時から…あの瞬間から…俺は君が気になっていたのかもしれない…」

「け…んと…」

「最近、君のことばかり、考える…」

健人は、ふぅと一呼吸する。

「君にとっては、男のことを思うのは普通なことかもしれないが…俺にとっては、普通じゃなくて…初めてのことで…でも…」

見つめる健人の瞳には、何とも言えない力がこもっており、千春は、健人の言葉を静かに聞き入っていた。

「君のことが忘れられない…どうしようもなく、君の匂いを思い出したり、ネイルを見ると、君の顔がちらつく…変だろ…」

「ううん…」

すっかり落ち着きを取り戻した千春は、

「僕もだよ…」

「……」

組んだ両手に顎を乗せると、ソファにゆったりと体を預け、健人は千春の話に耳を傾けた。

「僕も健人を思わない日はないよ、だって僕の初恋の人だから…」

「???」

驚いた目を見せる健人。

「僕たち、初めて会ったのが、ライブハウスじゃないよ」

「…えっ!!!」

千春の言葉に状況が飲み込めないのか?健人は声を詰まらせながら、

「は、は、初めてじゃ…ない???」

驚く健人の素振りに、千春は困ったように微笑むと、

「覚えてないよね…」

やっぱりね…とでも言いたげに、千春は、コーヒーを一口飲むと、静かに話し出した。

「僕が彰宏くんのカフェでアルバイトしてるとき、そこで会ってるんだ、僕たち」

「…カフェ?会ってる…???えっ…と…?」

必死に思い出そうとしているのか?千春の言った言葉を復唱してみても、健人は思い出せずにいた。

「あれは、秋だったかな…僕がまだアルバイト始めたばっかで慣れてなくて…」
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