詐騎士

かいとーこ

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5巻

5-2

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「この前から、変な男達がうろちょろしていたのは関係あるんですか?」
「それは関係あると思います。ですが私は竜に乗れるから先に来ただけで、実のところは何故エリネ様が狙われたのか、詳しくは知らされていません。上の者が、それも含めてきっと説明いたしますので、それまでお待ち下さい。ですが、決して悪いことではありません。それだけは保証します」

 皆はほっと胸をで下ろす。

「しかし今後悪いことにならないとは、まだ保証いたしかねます」
「どういう意味ですか?」

 私の言葉に、アエンスさんが眼鏡めがねを直しながら問い返す。

「正式な使者である私を排除して、奴らがエリネ様を取り戻しに来る可能性も否定できません」
「そんな……」
「それだけのことが起こっています。エリネ様を従わせるために、ご両親や皆さんを人質にする可能性もあります」

 皆がざわめいた。

「都からの応援がこの村に向かっています。それにもし今回私が間に合わなかった場合に、エリネ様を奪還するため向こうに待機していた仲間もいます。今、馬でこちらに向かっている途中なので、すぐに到着するでしょう。夜は彼らに巡回してもらいます」

 村人達はそれを聞くと安堵したようだった。

「皆さんも今夜はくれぐれも用心して、日が暮れたら外に出ないようにして下さい。私はこれから安全確認のために村の中を見て回りたいのですが、どなたか案内していただけませんか?」

 私が周囲を見回すと、皆も周囲を見回す。その中の一人のおっちゃんが手を上げかけた時、

「それだったら、あたしが」

 とエリネ様が申し出て下さった。

「エリネ様はお疲れではありませんか?」
「あたしずっと座ってたから」

 家でじっとしていろと言われても、それはそれで不安だろう。見知った場所を歩いて、少し落ち着いてもらうのも悪くないかもしれない。

「では、案内いただけますか?」
「は、はい」

 エリネ様は頬を赤らめて、とても可愛らしかった。


 そよ風が木漏れ日の作る影を揺らし、光を雨のように降らせる。爽やかな、心地よい春の匂いを感じる。

「いい土地ですね」

 私は村を見て回りながら言った。小麦がよく育っている。きっと豊作だ。
 エリネ様と子供達、そしてエリネ様のお母様ほか、大人の女性達がぞろぞろとついてきている。男衆は、きっと話し合いをしているのだろう。

「そうですか? 田舎過ぎて畑以外はなーんにもないんですけど」

 エリネ様は不思議そうに言った。

「実り豊かないい土地じゃないですか。空から下を見てきましたけど、この辺りは作物がよく育っている気がします」

 他と比べたわけではないから、断定は出来ないが。

「ずいぶんと長い間、食べ物で困ったことはありません。娘が生まれる何年か前に、雨が降らずに不作になったっきり、ずっと豊作続きですよ」

 エリネ様のお母様が自慢げにおっしゃった。ここの子供達は恵まれているのだろう。うらやましい限りだ。

「暖かいからでしょうかね。都ではもう一度雪が降ってもおかしくないのに、ここではコートがいらないぐらいです」

 キュルキュに乗るために温かくしてきたのだが、ここに来たらけっこう暑くなってしまいコートを脱いでいる。

「都は寒いんですねぇ。あたし、雪なんて一度も見たことないです! 綺麗だってお父ちゃんから聞きましたけど、ホントに真っ白になるんですか?」

 エリネ様は憧れるような表情で言った。雪が降らないとか羨ましいな。

「真っ白ですよ。見てる分には綺麗なんですけど、寒くて寒くて死んでしまいそうなので、私はあまり好きではありません」
「お父ちゃんも同じこと言ってました」

 彼女は自然な様子で笑っている。村に戻ってきて、ずいぶんと緊張がほぐれたようだ。

「なぁ、騎士様はなんでこんな所に来たの?」

 私の隣を歩きながらキュルキュにじゃれていた男の子が尋ねた。

「それはまだ秘密。先に言ったら怒られてしまうからね」
「ケチ。エリネねぇちゃんは、なんも悪いことしてないよ」
「それは知っているよ。だから私は来たんだ」

 自業自得であれば、助けになど来ない。

「騎士様は正義の味方なの?」
「私は正義を振りかざすのは好きではないな。どちらかというと、か弱い女性の味方だ」

 子供達は、おおっとどよめいた。子供は何に反応するか分からんな。

「都会の騎士様は言うことがちげぇなー」
「なんかいい匂いもする」
「私の実家では花を育ててるんだよ。春になったら、花だらけになる」
「いいなぁ。うちの村もそういう所ならよかったのに」

 女の子は私の匂いをぎながらうらやましがった。

「そんなことないよ。凍死しなくて、食べる物にも困らないのが一番いいよ」

 ここはふくふくとした子供達ばかりだ。まだ冬が去ったばかりだというのに、食べ物に困っている様子はなかった。税は高いと言っていたけど、今までは搾取さくしゅされても農民が困るほどではなかったのだろう。

「なぁ、この竜はどうしたんだ? 騎士団で飼ってるのか?」

 男の子がキュルキュの背によじ登りながら尋ねた。物怖ものおじしない子だな。

「知り合いにもらったんだ」
「んなもの、誰がくれるんだよっ!?」
「家畜みたいに竜を育ててる施設の所有者だよ。これでもまだ五歳ぐらいの子供なんだ」
「へぇえ……そんな所があるんだ」

 子供達は自分達の知らない世界を知って、感慨無量かんがいむりょうといった様子で頷いた。聞きたいことがたくさんあるのは当然だろう。こんな田舎に住んでいれば、他所よそから人が来ることなど滅多にない。せいぜい、顔見知りの商人と配属されてきた騎士ぐらいだ。

「なぁなぁ、どうしたら白い騎士様になれるんだ?」
「青は嫌なの?」
「あいつら嫌いだ。騒がしいし酒ばっかり飲んでるし。でも白い騎士様はみんな紳士だって聞いた」
「青いのもいい奴の方が多いんだけどね。領主様の力関係で、いいのは力のある人の所に取られていっちゃうから。うちの実家のあたりもろくなのがいなくてね。最近は私が出世したから、いい人が来てくれるようになったけど」

 子供達は竜を見た。出世の象徴のように見えるのかもしれない。高いから。

「騎士になっても、貴族じゃないと偉くなれないのかなぁ」
「本当はこの土地の偉い人が頭角を現してくれるといいんだけどね」
「この辺の貴族は、女ばっかりだから無理だ」

 男は跡取りしかいないか、それすらもいないということか。

「騎士になって、偉い貴族出身の騎士と上手くお友達になるっていうのも手だよ」
「騎士になるにはどうしたらいいんだ?」
「平民が騎士になるにはね、ちょっとだけ頭が必要だよ。字がまったく読めないと不都合なことがあるからね。貴族達は兵役義務があるから、頭の中身を知るために試験は受けるけど成績は重視されないよ。たとえ平民なら落ちるような点を取っても、騎士をやらなきゃならない」
「貴族は馬鹿でも入れるのか。いいなぁ。だけど馬鹿だと給金が下げられるとかはないの?」
「それはないね。貴族は秋の試験を受けることが多いけど、馬鹿の場合秋に受けても入隊を春に回されるぐらいかな。春の試験は採用人数が多くて、平民の割合がとても高い。試験は身体能力重視で、筆記試験は秋よりずっと簡単なんだ」
「つまり、馬鹿な貴族は、馬鹿と一緒にいろってこと?」
「そうなるね。でも、貴族が春の試験を受けるからって、馬鹿っていうわけじゃないよ。腕に自信があって、あえて春に受ける人もいるらしいから。あと、他の貴族にいじめられたりするのが嫌な人も春に受ける。弱いのに春の試験を受ける貴族なんて、馬鹿で、しかもそれを買収で誤魔化せるだけの力がない貴族だからね」
「春だとそんなに簡単に入れるの?」
「簡単って言っても、程度はあるよ。騎士は命がけの仕事だけど、傭兵ようへいよりは安全で安定してるから、倍率も低くないしね。買い出しをしたり、釣り銭をちょろまかされたりしない程度の計算をしたり、簡単な命令書を読むぐらいの頭はないといけないから。だから春の試験は簡単な読み書き計算や常識問題とからしいよ。騎士になるための本があるけど、その本が読める時点で十分なぐらいだって聞いたな。あと、適性審査みたいなのもある。殺人鬼一歩手前の人とか、虫も殺せないような人じゃあ、雇うだけ無駄だからね。身体を鍛えて、そこそこ勉強すればまあ何とかなるよ」

 そのそこそこの勉強が出来ないような貧しい村ではなさそうだから、気軽に言えるのだけどね。

「めんどくせぇなぁ。強けりゃいいじゃん」
「もちろん剣の実力だけで採用される人はいるみたいだよ。ごくまれにだけど。魔物に囲まれても、返り討ちにしてしまうような、本当に強い人じゃないと無理だろうね。一人でそんな高みを目指すよりは、素直に試験対策した方がいい。そんな体力馬鹿は、危険なことばかりさせられて、捨て駒にされかねない。そういう方向に突出しすぎるのはよくないんだ」
「あー……」

 納得してくれたようだ。

「勉強は大切だよ。基本的な学がないと人にだまされやすい。もちろん、学があるからこそ騙される場合もあるけどね。読むことが出来れば、大切な情報を見逃しにくい。情報を自分で調べることも出来る。計算が出来れば、商人に騙されない。商人の中には、わざと複雑な計算をして誤魔化しながら高いお金をとる人もいるから。専門的な知識になると普通に暮らす上では無意味なことが多いけど、最低限はあった方がいい。試験に必要なのは、その最低限だから」

 どこにでもある牧歌的な風景を眺めながら語る。エリネ様のお母様は、そんな私をじっと見つめていた。何か気になることがあるのだろうか。

「あの……騎士様は、お化粧してるんですか?」

 エリネ様のお母様に指摘され、私は自分の頬に手を触れた。

「え……ああ、しています。たしなみのようなものです」
「都会では騎士様までお化粧するんですか!?」

 女性達は顔を見合わせ、化粧をしていない自分達の顔を見比べた。

「普段はしなくても、公式の場でする者はたくさんいます。荒事あらごとをしているので傷はつくし肌も荒れたりするんですが、そんな汚い顔で貴人きじんの前に出るのは失礼ですからね」
「どなたか貴人に会われてたんですか?」
「ええ。私がここにいるのは、国王陛下の命を受けてのことですから」
「お、王様に?」
「はい」

 ご婦人達はさらにざわめいた。一体何が起こっているのだと混乱している。村の少女をめぐる陰謀、謎の騎士。ごとだと、なかなか楽しそうである。

「いいなぁ。私もお化粧したい」

 しかし子供としてはまだ陰謀に対するワクワクよりも、目先のものへの憧れの方が強いようだ。

「何を言っているの? 君の肌はこんなに綺麗なのに、お化粧なんてしたらもったいない。唇も荒れてないし、髪も油を塗る必要がないぐらいつややかだ。君はそのままでとても綺麗だよ」

 お化粧したいと言った女の子の頬をでると、彼女は頬をまっ赤に染めた。可愛いな。

「キザでぇ」
「女の子はほめられて綺麗になるんだよ。可愛い子には可愛いと言ってあげないと。花だって、ほめられればより綺麗に育つんだ」
「…………」

 男の子はぽかんとして私を見つめた。

「騎士様は、なんかすげぇ騎士っぽいな」
「ありがとう。出がけにもらったお菓子でも食べる?」
「騎士様、マジいい騎士様」

 子供達が抱きついてきた。現金なものだ。
 私はキュルキュにくくり付けた荷物の中から、あめの入った袋を取り出した。どこに行くにしても子供達を懐柔するにはこれに限るという、エノーラお姉様のありがたい配慮だ。
 子供達に一粒ずつ行き渡ったのを確認すると、今度はご婦人達にも配った。

「これは、ここにいる皆さんだけの秘密ですよ。殿方は、仲間はずれにされるとねてしまいますからね」

 彼女達は顔を見合わせ、くすくすと笑う。

「本当に騎士様は紳士的ですね。ここに来る騎士は、子供のはねた泥が少しすそに付いたぐらいで殴るような人達で……」

 エリネ様のお母様が、ため息混じりに言う。

「それはいけませんね。いたずら小僧を叱るならともかく、汚れたからと言って殴るなんて。申し訳ありません。後で言い聞かせておきます」

 まったく最悪だ。紳士であれとまでは言わないが、善良でいてほしいものだ。
 さてどうしてくれようかと考えていると、いつの間にか村を一周していたらしく、広場に戻ってきた。
 そこには、青盾せいじゅんの騎士達がいた。人数が多く、数えてみると十人もいる。
 私はくすくすと笑いながら、皆の前に出た。

「どうしてこんなにも騎士がいるんだろうね」

 確かにここは魔物だけではなく、魔獣まじゅうも出そうな土地だ。魔獣とは魔物と違い知性がなく、言わば魔力のある野獣のことだ。特に春先の魔獣は気が立っていて危険であるため、主に騎士達が退治することになる。
 だとしても、農村にいる騎士にしては人数が多い。いなくてもおかしくないぐらいの人口なのに。
 迎えにもそれなりの人数が来ていたし、エリネ様のことがあるから多めに置いていたのかもしれない。

「応援だってさ。よく害獣が出るから、この半分ぐらいはいつもいるけど」

 男の子が教えてくれた。

「それはつまり、この人数は今だけ特別ということですか?」
「そうだよ」

 エリネ様がびくりと震えて、お母様の背に隠れた。

「大丈夫ですよ、エリネ様。心配することなど、何一つありません」

 出来るだけ優しく微笑み、彼女達を安心させるように努めた。状況が分からない時に、こうして堂々としている人がいると安心するものだ。この人に任せておけばいいと思ってくれる。
 私は微笑みながら前に進み出た。

「一体何事ですか?」
「お前か、娘を連れ戻したという奴は」

 騎士のうちの一人は、顔にあざがあった。おそらくさっき殴り倒した奴だろう。どうやらここの連中と合流したようだ。

「そんな顔をなさらないで下さい。子供達が怯えています。騎士たるもの品性を大切にして下さい」

 私は怖い顔をしている彼らに、優しくさとすように言った。
 その忠告のせいか、一番年長の中年騎士が顔に笑みを貼り付けて前に進み出た。

「失礼ですが、階級章を見せていただけないでしょうか」
「構いませんが」

 首を上に反らし、襟元につけた白月しらつきの階級章を外して渡した。中年騎士はそれを受け取ると、ひっくり返して確認する。

「これは三年前に任命された者の階級章ですが」

 そんなことが分かるのか。よく見てなかった。

「ああ、それぐらいでしょうね」
「どう見てもあなたはまだ十代ですが」
「ええ」
「そのような若さで白月を賜与しよされるはずがない。そんな方は一人しかいないはずだ」

 なるほど。けっこう物知りだな。

「どこでこんな物を手に入れた」

 鬼の首を取ったような顔で威嚇いかくする男達を見て、私はまたくすくすと笑った。

「どこでだと思いますか?」

 私の余裕の表情に騎士達も少しひるんだが、すぐにそれを押し隠して胸を張る。

「何より、この年に白月になられたのは、ギルネスト殿下ただお一人。貴様なぞが持っているはずがなかろう。よく出来た偽物だ」

 子供達がざわめいた。
 偽物と判断したか。その気持ちは分からなくもない。一見普通の少女であるエリネ様を、ここまでエリート要素をそろえた騎士が迎えに来るはずがないと思ったのだろう。事情を知らなければ、そう思っても仕方がない。むしろ状況を察する者がいたら、そいつは怪しい。
 私は彼の言葉を一蹴いっしゅうするように鼻で笑った。

「それがどうした?」

 彼らは私よりもずっと体格がいい。私は背が高いといっても、それは女の中での話だ。私は彼らに比べれば、華奢で、かよわく見えるだろう。一度私に叩きのめされた騎士は、今度は油断していないから大丈夫だと思っているのかもしれない。思い上がりもはなはだしい。

「くだらないことを話し合う前に、一つだけ事実を教えよう」

 私はそう言った後、女性と子供達を振り返る。

「皆さんはこのおじさんと、私と、どちらの言うことを信じますか?」
「騎士様」

 私の前にいるのも全員騎士様だ。しかし、子供達の目は私しか見ていない。
 本物とはいえ今まで信頼の一つも築けなかった『クソったれ騎士』よりも、偽物かもしれないが優しい『騎士様』の方がいい。むしろ、この人が騎士でいい。この人がいい、と。そう思うのは当然のことだ。

「どうしてそう思う?」
「だってこいつらすぐ怒るし、殴るし、働かない。いつも父ちゃんらが害獣追っ払ってるもん」

 子供が騎士達にべーと舌を出したので、私はとても満足した。

「いい子達だね。後でキュルキュに乗せて遊んであげるよ」
「マジ? やった!」

 子供達がはしゃぎ、騎士達がむっとする。
 その騎士達の背後に、どこかで話し合っていた村の男衆が次々と集まってくる。

「確かにそれはギル様……ギルネスト殿下の物。私は階級章が出来るまで待っていられなかったので、今はお使いになられていないものをお借りしたのです。あの方は今騎士団をべる紫杯しはいになられて、それは机の中に眠ったままになっていたので」

 私はにこにこと微笑みながら、事実のみを語った。
 殿下――王子様から借りるなど、親しくなければ不可能。しかし、親しければ可能だ。だから皆は戸惑う。

「それは私のために作られた物ではありませんが、希少価値の高い月石つきのいしが使われた正真正銘の本物。こんな物をわざわざ偽造して、ケチな詐欺のようなことをしてどうするんですか」

 今、私はとても苛立っている。まったく信頼されていないこの連中は、実家のある街にいた騎士達を思い出させる。
 国境の森に近い、魔物も魔獣まじゅうも盗賊も出る地域だ。それなのに、ろくに働かなかったあいつら。花を育てるようになったのも、食べられない物を育てていた方が狙われにくく安全だからだ。

「エリネ様をかどわかしに来たのであれば、わざわざ身分を偽る必要などありません。あなた方程度なら皆殺しにしてさらっていきます。うぬぼれないで下さい」

 竜も持っているから説得力はあるだろう。それに私が偽物であれば、わざわざエリネ様に対して親切にしたり、子供達を構ったりする理由などない。

「そんな女を攫ってどうなるというのだっ」
おのれの狭い了見でしか見られないなら、口を閉じていなさい。恥をかくだけですよ。私は心が広いので、皆さんの無礼にも目をつぶりましょう」

 私もずいぶんと嫌みで偉そうだな。しかしこうして自信満々に言っておけば、普通はひるむ。

「分かったら戻りなさい。あなた達が束になっても私にはかないません。試してみたいというなら、相手になりますが」

 自信に溢れた立ち振る舞いで、自信に溢れた言葉を投げる。

「へぇ。白月しらつき様がお相手くださるんですかぁ」

 一番若い騎士が食いついてきた。まだ十代に見えるが、体格がよく、いかにも力自慢という風貌であった。直情的で、阿呆あほうだな。まあいい。

「望みとあらば相手をしましょう。そうすれば、本当の意味で私の言葉を理解できるでしょうから」
「では遠慮無く」

 若い騎士が剣を抜くのを見てから、私もゆっくりと剣を抜く。
 優雅に、凛々りりしく。
 出来れば美しくと言いたいところだが、こればかりは私では難しい。相手が粗野そやなので、ひょっとしたら見る者によっては私でも美しく見えているかもしれないけど。

「ルゼ様、頑張って下さいっ」

 エリネ様が声援を下さった。私は思わず振り返って微笑む。

「ありがとうございます。エリネ様の騎士の名に恥じぬよう、頑張りますね」

 エリネ様は顔が熱くなったのか、頬に手を当てた。
 喜んでもらえたようだ。私に対する好感度はかなり上がっただろう。
 私は視線を戻すと、若い騎士に小馬鹿にしたような笑みを向けた。

「さあ、どこからでもどうぞ」

 余裕たっぷり、挑発するようにうながした。
 彼は舌打ちし、剣を上段に構えて斬りつけてきた。手加減をする様子もなく、殺そうとしているように見える。
 それが伝わったのか、観客となった村人達は手で目や口元を押さえた。
 剣が振り下ろされるよりも早く、私は騎士の脇をすり抜ける。
 そのまま、騎士はどさりと倒れた。
 大振りな一撃をかわし、すれ違いざまに剣のつかで脇腹を殴りつけたのだ。

「……ルゼ様、すごい、強いっ!」

 エリネ様が黄色い声を上げた。女性達がキャアキャアと楽しげに騒ぐ。

「当然です。魔術と剣の腕を兼ね備えてこそ白月。そうでなくてエリネ様にお仕えするなど、おこがましいことです」

 私は笑みを浮かべたまま、ひるんでいる騎士達を見た。

「弱すぎる。一体あなた達は普段何をしているのですか? その気があるなら、まとめてかかっていらっしゃい」

 私の言葉に三人の騎士が剣を抜く。やる気らしいから、私から動くことにした。
 私が一人目の剣を受けている隙に、二人目が恥も外聞もなく斬り掛かろうと背後に回り込んできた。
 私は一人目に足を絡めて、二人目の騎士の方へ押し飛ばす。昨日、似たようなことをしたばかりだから、身体がすっかりこの手のやり方に慣れてしまって、軽い軽い。
 同士討ちしそうになった二人は、慌てて抱き合うように地面に転がった。
 三人目がそれに目を奪われた隙をついて喉元に剣を突きつけると、彼はあっけなく剣を落として両手を挙げた。

「次、来ますか?」
「滅相もない。これはお返しいたします」

 年長の騎士は引きつった顔で首を横に振り、ギル様の階級章を返してくれた。私はえりにそれをつけ直しながら言う。

「理解していただけて嬉しいです」

 実力の差を思い知っただろう。私はまだ魔法らしき魔法を使っていない。そして竜もいる。
 これだけ要素を揃えれば、王子様から借りたという言葉にも現実味が出ただろう。だいたいは事実だし。本人が出張でいないから、まだ承諾を取っていないというだけで。

「すげぇ。すげぇな、騎士様」

 男の子達が我に返って騒ぎ始めた。
 エリネ様が、熱に浮かされたように私を見ていた。目はうるみ、身体は震え、頬は赤い。

「エリネ様、ご安心ください」

 私が声をかけると、彼女も我に返って頬に手を当てた。

「ご、ごめんなさい。あたし、こんな強い女の子がいるなんて、思ってもいなくて、ちょっと興奮してるみたいです」

 女だと気づいていたのか。身体を密着させたし、別に隠してもいないから当然なのだけど。
 でも、ますます気に入ってしまった。そう、気付かない方がおかしいのだ。

「お、女っ!?」

 騎士達はエリネ様の言葉を聞いておののいた。見る目のない連中である。

「男だと言った覚えはありません」
「や、やはり偽物か。女が騎士など、あり得ない」
「あり得ますよ。目の前にいるじゃないですか。この国では私が初めてなので、知らなくて当然ですが」
「馬鹿な。女が騎士など」

 今さっきやられたばかりの騎士がわめいた。

「女性の騎士がいないのは、募集要項に男性と書かれている上に、普通の女性にはその力を見せる場がなく、さらには、騎士にとって女性は守る存在という考えがあるからです。しかし国王陛下に認められれば、女でも騎士になることが可能です。私は力をもって陛下に認めていただきました」

 ギル様を捨てた元恋人も、剣士だったらしい。しかしこの国では、女性に護身術以上の力など求められなかった。だから女性の軍人登用がある国に行ってしまったらしい。

「見せる場……あなたはどうやって見せたというんですか」
「もちろん陛下の許可を得て、騎士達と片っ端から決闘しました。手加減されぬよう、元々騎士をしていた双子の兄のふりをして。数え切れぬほど叩きのめしたら、陛下が私に白月しらつきを下さいました」

 彼らの顔が引きつった。話半分に捉えても、十分大層なことに思えるだろう。だけどだいたいは本当のことだ。

「エリネ様、見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」
「そ、そそ、そんな! すごく、ものすっごく格好良かったですっ!」

 彼女は大袈裟おおげさな身振りで訴えてくる。元気を出してくれたようだ。明るくて可愛いな。

「騎士達への不安は解消されましたか?」
「は、はい」

 騎士達も、まだ女の子といった年頃の私にあっさりと負けた今、これ以上の恥の上塗りはしないだろう。私の言うことが本当なら、国王陛下に逆らうことになるのだ。エリネ様を手に入れようとする連中にも不信感を抱いているだろうし、もう下手なことはしないはず。


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