詐騎士外伝 薬草魔女のレシピ

かいとーこ

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1巻

1-1

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   第一話 駆け出し薬草魔女の決意


 景色の良い小高い丘の上に設置されたテーブルに、やなぎで編んだバスケットを置く。テーブルが揺れて、先に運んであった桶の中の瓶が、がちゃと音を立てた。
 傍らにはリンデンの大樹があり、テーブルに日陰を作っている。街路樹にも使われるような珍しくない木だが、季節が来れば花が咲き、その花からは夜に飲むと安眠をうながすリンデンティーを作ることが出来る。大樹の向こうには薬草園が広がり、春の匂いを含む風を受けて薬草達がさわさわと揺れている。木々の香り、花の香り、様々な匂いの混じる風がエルファの黒髪を揺らし、ふんわりとしたエプロンドレスの裾をめくり上げた。

「憎らしいほどいい風、いい天気! まだちょっと寒いけど!」

 エルファはこの季節が大好きだ。冬を耐えた植物達は、春の風に気づいてどんどん芽吹く。人々はその恩恵である色とりどりの花を摘み、香りを楽しみ、花輪にしたり、ビネガーやワインにけたりする。精油やチンキにしたり、干して乾燥させて匂い袋などにしてもいい。何でもないように見える若芽でも、柔らかくて少し苦くて、最高に美味しかったりするのだ。
 春は楽しいことがたくさんある。冬が長く厳しい分、春になると心は弾み、外に出たくなる。
 エルファは先に運んでいた桶の中を覗き込んだ。楽しみにしていたとっておきの酒の数々に、舌なめずりをする。それに手を伸ばす前に、バスケットから三、四人分もありそうな、大量の料理とお菓子を取り出してテーブルに並べた。

「ん、美味しそう!」

 麦藁帽子むぎわらぼうしを脱ぎ、椅子に腰を下ろす。古びた椅子は悲鳴を上げるように鳴ったが、いつものことだと気にせず料理を手に取った。
 大樹の下、薬草畑を背に、流れる雲とその向こうの聖なる山を眺める。険しくも雪化粧の美しい山だ。ここに預けられたばかりの幼い頃から、エルファはこの風景が好きだった。
 エルファよりも少し先に『薬草魔女やくそうまじょ』である曾祖母そうそぼに弟子入りをした姉は、先に修業を終えて近くの酒蔵の跡継ぎにとついだ。姉夫婦の事業は順調だし、姉自身も薬草魔女として人々に慕われて、とても幸せに暮らしている。
 思わず感傷にひたりそうになり、首を横に振った。頭を空っぽにするためにこの美しい新緑える丘にいるのだ。さらにその空っぽの頭を維持するため、今日は後先を考えず好きなだけ飲んで食べようと決めていた。

「いただきます」

 ここ一月ひとつき弱、ずっと胃が痛かった。胃にいい薬を飲んでいくらか良くなったが、違和感が完全に消えたわけではない。それも気にせずエルファはキッシュにかぶりついた。ローズマリーが強く香り、頭がすっきりして食欲をそそられる。とっておきのベーコンのうま味が口に広がり、たっぷりの胡椒こしょうがアクセントになって口の中が幸せになる。ローズマリーは消化不良を改善して食欲を増進させ、美容にも効くハーブだが、今日はそういったことは何も考えずただ味だけを楽しむ。
 ふとのどの渇きを覚えて、桶の中の瓶を見比べた。多種多様な薬酒である。使われている薬草が異なれば、味も甘さも違う。のままだと濃厚で強烈なため、水や果汁と混ぜて飲むのに向いている物も多い。それらは霊薬れいやくとも呼ばれ、毎日少しずつ飲むことで健康を維持することが出来る。もちろん今はそんなの関係ない。

「よし」

 エルファは甘味の強いリュズーと呼ばれる薬草リキュールの瓶を手にして、マグにいだ。続いて別の桶の中に魔術で氷のかたまりを作り出し、きりで砕いてマグに入れる。
 魔術は人のためになるようにと学んだものだが、薬草魔女の中でも特に料理やお酒が好きな彼女自身にとっても、便利で使い勝手のいいものだった。食品の保存には冷やすのが一番なのだ。
 エルファはマグを持ち上げカラカラと氷を鳴らしてから、判別不可能なほど様々な薬草の混じったそのリキュールを堪能する。次に甘い物が食べたくなりドーナツにかぶりつく。蜂蜜はちみつの優しい甘さで心が満たされる。それから次々料理と酒を堪能する。甘い物が混じってもへっちゃらだ。
 流れる雲、そよぐ新緑、降り注ぐ木漏れ日。
 それらを程よく他人事のように眺めていると、酔いが回ってくるのを感じる。

「いいきもちー」

 昼間から美食と美酒に酔いしれる。こんな幸せは他にない。火照ほてった身体に、そよ風が心地よい。
 ふとふもとの道を見れば、遠くから馬車が走ってくるのが見えた。商人の馬車だろう。箱馬車の上にさらにほろがかかっている。冷やしておきたい物を運ぶ時によくこのようにする。何か買いに来たのだ。薬草酒や加工肉を作る家が多いこの地方では、そういう商人は珍しくない。
 このまま通り過ぎると思いきや、その馬車はエルファに最も接近したところで急に停まった。御者ぎょしゃの男が顔を上げてこちらを見る。

「おーい、お嬢さん! そこで何してんのー?」

 二十代後半ぐらいの日に焼けた大柄な青年が、口元に手を添えて声をかけてきた。程よく低くて、落ち着いた美声だった。

「ヤケ食い、ヤケ酒よっ!」
「その酒、薬酒だろー」

 日焼けした男は馬車から離れ、丘を登ってこちらに向かってくる。人の良さそうな笑みを浮かべた、声の印象そのままのちょっといい男だった。
 荷台の方から今度は若い男性が出てくる。ひょろっとした、緩んだ顔の青年だ。

「どうしてこんな所でヤケ酒なんてしてんだ?」

 先に出てきた方の男がテーブルの上を眺めながら問う。

「ストレス発散ですぅ」

 少し呂律ろれつが回らない。

「へぇ。なぁ、ちょっと味見させてくれよ」

 エルファは少し考えた。見ず知らずの男達だが、武装もしていないし悪い人ではなさそうだ。悲鳴を上げれば誰か来るだろうし、何より彼らの視線は料理と酒に釘付けである。

「いいよぉ。わたしぃが、知らない男の人とのんでもぉ、もうバチはあたらないですものぉ」
「なんで? 知らない男と飲んじゃ駄目だったの?」
「本当はそうなんですよぉ。幼馴染おさななじみと結婚するはずだったんだもぉん」
「破談になっちゃったのか?」
「そぅそぅ。あのクソ野郎、ウワキしたのよっ! 自分から結婚してほしいって言ったのに、よりによって隣町の性悪女と! 相談を受けてぇ、かわいそうだったからってぇ。みえみえの手口なのにっ! お酒に酔って強引に迫られて、魔が差したって!」

 悔しくて、どんどんとテーブルを叩く。思い出すだけではらわたが煮えくり返る。

「式の一ヶ月前に発覚したのよっ! 本当なら今日は式だったの! 用意したドレスもテーブルクロスもベッドカバーも全部無駄! がんばったのに!」
「そりゃあヤケ酒もするわな」

 日焼けした青年は腕を組んで頷いた。
 この地方では、花嫁自身が花嫁道具であるテーブルクロスや寝具などを用意する。刺繍ししゅうをして、頑張って仕立てたのに、本当に全部無駄になってしまった。

「縁起が悪いから、全部うっぱらいましたぁ!」

 自分で刺繍をしない人がそういった物を他人に依頼することは多く、それらを受けて生計を立てている女性も多い。だからエルファも手作りの物は全部売ったのだ。

「思い切りがいいねぇ」
「あれを見てると婚約者アロイスを思い出して腹が立つもの。わたしがイヤならイヤっていえばいいのよ! なのにヨメにするなら体裁のいいわたしがいいって! いみわかんない!」
「そんな性悪な男の本性が、結婚前に分かってよかったじゃないか。世の中には結婚してから本性を見せられて苦労する人も多いんだ。嫌な男もいるけど、それ以上にいい男もいるから元気出せよ。お嬢さん若くて可愛いんだからさ」

 彼はそう言いながら、後から来た若い男が差し出したマグにエルファの酒をぎ、作り置きの氷を入れて口を付けた。

「なんだこれ。前にこの辺で飲んだのと違うような? 何の味だろ。苦みが独特だな」
「わぁ、美味しい。料理に使ったらいけそうだね」

 二人は酒を褒めた。舌が肥えているのが分かる反応に、エルファは満足して頷く。

「それはリュズーって名前の、一番有名な薬草魔女が作った薬酒ですぅ。レシピは門外不出で、百種類の薬草が使われているの。混ざりすぎててわけわかんないけど、おいしーし、健康にもいいんですぅ。長生きの酒って言われてるんですよぉ。あっちの方にある村で作ってるのぉ。リュズーなんとかってぇ、後ろによけーな言葉がついてるのはぁ、レシピを考案したリュズーって魔女の弟子だけど、後継者として選ばれなかった人が、かってにリュズーを名乗って量産してるんですよぉ。まぁ、悪くないんだけどぉ、こっちの本家に比べるとぉ、えぐみがあるしぃ品がないでしょお?」

 エルファは気分良く話した。ふわふわした気分でいい男達と話をしていると、少し気が晴れる。おまけに若い男がマルメロ酒の瓶に触れていたので、さらに気分が良くなった。

「それはぁ、わらしぃがつくったぁ、マルメロ酒ですぅ。咳止せきどめにいいしぃ、しょか、消化器官にもいいのぉ。こっちはローズマリー。ローズマリーは美容にとってもいいのぉ。こっちは胡桃くるみで、桃の葉のもあるのぉ。あーそれはお酒じゃなくて、白樺しらかばの樹液! 春先にしか取れなくて、飲んで良し、肌につけて良し! お酒をこれで薄めると、まろやかで美味しいの! で、そっちに置いてあるのが姉が作った薬酒ぅ。ちゃんと作ってるから、偽リュズーよりはいいですよぉ。リュズーより安いしぃ。リュズーは、たまの贅沢!」
「へぇ」
「でもおにーさん、薄めずに飲んで、よく味の違いがわかりましたねぇ。少し薄めるとわかりやすいけどぉ、原液だとわかりにくいのにぃ」
「俺は舌がいいんだ」

 年上の男が、自慢げに言う。

「へぇ。じゃあ食べて飲んで。味がわかる人が食べてくれた方がぁ、うれしぃのぉ」
「婚約者は味音痴だったのか?」
「そうなのぉ。味付けの差に気づかないのぉ。お酒の味もわからないしぃ、有名で高ければ美味しいと思ってる馬鹿舌! 中身を安酒に入れ替えても気づかない! おにーさんと大違い!」

 一口で味が違うと見抜いた彼は、一瞬でエルファのお気に入りになった。

「クライトさん、これ美味い」

 若い方が、キッシュにかじり付きながら驚いたように言う。

「新鮮なハーブとぉ、とっておきのベーコンとぉ、スペルト小麦で作ったんですよぉ」

 若い男は、遠慮せず次々と料理を食べていく。クライトと呼ばれた年上の青年もゆっくりとではあるが料理をつまむ。


「この料理、君が作ったの?」
「とうぜんですぅ。ヤケ食いでぇ、誰かに作ってもらうなんてぇ、さすがにはずかしいからぁ」

 エルファは薄めたリュズーを飲む。

「君、この薬草園の子?」
「そうですぅ。ゆい、由緒正しいぃ、薬草魔女ですぅ。美味しい美味しい料理とぉ、お酒でぇ、健康にするぅ、医者でぇ、料理人のぉ、魔女ですぅ」

 そう言いながら、からになった氷入れに追加の氷を作り出して酒に投入した。

「魔女って、比喩ひゆじゃなくて本当に魔術が使えるんだ」
「わたしぃはぁ、ホンモノ! 実りの聖女のラファルタ様の血を引きぃ、草木を育てぇ、人々に健康のための指導をしてぇ、日々の生活を正しく過ごさせてぇ、長寿を目指すぅ、薬草魔女!」

 これを理解しないよそ者の多いこと! 健康にいい薬を求めてくるならまだいい方で、病気を治す万能薬を求めてやって来ることもあるぐらいだ。当然だがそんな万能薬などないし、万人の健康にいい薬というのもない。長寿を目指すには、本人のそれ相応の努力が必要なのである。

「聖女様の血を引く薬草魔女はぁ、今じゃかなり数が少ないんですぅ。だからぁうちはぁ、とっっても由緒正しいんですっ!」

 それがエルファの一番の自慢だ。先祖が素晴らしいからといって子孫も素晴らしいとは限らないが、それでも先祖の素晴らしさが損なわれるわけではない。それを誇りに思うのは当然のことだ。

「へぇ、聖女様の子孫なんだ。俺の国にも、実りの聖女がいるんだ」

 実りの聖女。植物を操るという特別な力を持つ、実りの女神に愛された聖なる女性のことだ。一番有名なのはエルファの先祖だが、六年前、エルファがまだ十歳かそこらの頃に、新しい聖女が現れたという噂はこの地にも届いている。

「ってことはぁ、ランネルから? わざわざ東の端っこの国から、ここまできたんですかぁ?」
「そうだよ。現代料理と薬学の、薬草魔女を訪ねてきたんだ。その薬酒を求めてね」

 若い二人はやはり商人だったようだ。ランネルというのは大陸の東にあり、魔物と貿易を行っているというとても変わった国だ。肥沃ひよくな平野が多く、大陸有数の穀倉地帯があって、ワインも美味しい。エルファの住むグラーゼともそれなりに国交はあるのだが、間にカテロアという大きな国を挟んでいるため、とても遠い国という印象が強い。

「お兄さん達、目の付け所がいいですねぇ。薬酒だってぇ、美味しくなければ意味がないんですよぉ。いくら健康のためでもぉ、美味しくなければ、あまり続けられないからぁ。不味くて、飲むまでに手間がかかるようなものはぁ、なかなか続けられないんですぅ。そんなに手間のかからないぃ、それでその手間を我慢できるぐらいのぉ、美味しい物が理想なんですぅ。だから美味しくなければ意味がないのぉ」

 二人は頷く。

「こんな美味い物を毎日食べられたら、幸せだよなぁ」
「魔女修業がおわってぇ、師匠に一人前のあかしも作ってもらったからぁ、胸を張ってぇ、独立してぇ、結婚するはずだったのぉ。でもぉ、うわきされたぁ!」

 思い出してエルファはわっと泣き、甘い蜂蜜はちみつしゅを飲む。

「どうしておとこのひとはぁ、かんたんにからだをゆるすひとのところにいくのぉ?」
「落ち着いて。そんな男ばっかりじゃないって。普通、貞淑ていしゅくな女の子の方がいいだろ。恵まれすぎてて、自分が幸せだってことに気づかない馬鹿がたまにいるんだよ」

 クライトはエルファの頭をぽんぽんとでた。婚約者はこんな優しいことはしなかった。

「普通の男なら、こんな美味い物用意してくれる可愛い恋人がいたら、浮気なんてしないって」
「胃袋をつかんでもウワキされるほどのブスはどうすればいいのっ!?」
「誰が君をブスなんて言ったんだよ。すごく可愛いって」

 なぐさめてもらったエルファは、ワインの瓶に口をつけて思い切りあおる。沈みかけた気分が浮上する。

「おにーさんはぁ、やさしいひとれすねぇ」
「ちょ、さすがに飲みすぎじゃね?」
「おさけもぉ、わらしぃのらからぁ、いいんれすぅ。おにいさんたちもぉ、どんどんのんでくらしゃい。ひとりでのむよりぃ、しらないおとこのひとぉとぉ、のむほうがぁ、すっきりしますぅ」
「いやいや、そういうことじゃなくて、すっかり酔っ払ってるじゃないか」
「んなことありましぇん。のむ時はぁ、もっとのみますぅ。きょーはぁ、とことこんのむってぇ、きめたのっ! のみきってやるんれすっ!」

 と、ビスケットにハーブチーズを塗りつけて食らいつく。

「このタルトも美味しい」

 若い男が目を輝かせて言う。

「そうれしょう、そうれしょう。からだにもよくてぇ、おいしい!」
「どうやって作るの?」
「てきとーにまぜて、てきとーにやく!」

 薬草魔女の料理は目分量なのだ。適当に作りすぎて、どうやって作ったか分からないという人もいるほどである。

「君さぁ、遠い国の都会でお仕事したくね?」

 クライトが頬杖をいて言う。何のことか、理解できなかった。

「とかい? しごと?」
「そう。うちの国でお仕事。ランネルの都、大都市ルクラス。今、料理人探してるんだ」
「りょーりにん?」
「そう。ここにいたら嫌な男のこと思い出すだろ。健康志向の料理なんて、うちの店にピッタリだ。実りの聖女の子孫、本物の薬草魔女が来てくれたら話題にもなるだろうしな」
「おおぉ、すてきなもうしれでしゅねぇ」

 エルファはずっとこの薬草園で植物と向き合い、料理をしながら魔女修業をしていた。だから街に出ることもあまりなかった。

「給料も弾むし、薬草魔女として誰かの相談に乗って客がついたら、それは君の利益だ。ランネルには美味いワインも新鮮な海産物もある」
「おおっ。新鮮なぁ、うみのぉエビをぉ、たべてみたいんれすぅ」
「そりゃあいい。貝も魚もあるぜ。うちは畑も持ってるからハーブだってある」
「そうれすかぁ。いいかもしりましぇん」

 ランネルは食べ物が美味しいことでも有名だ。エルファは噂に聞く美食を思い、よだれをたらしそうになった。健康に悪いような、ただただ美味しさのみを求めた食事もたまにはいい。

「まあ今は飲んで、嫌なことは忘れよう。どうせ俺達は薬草魔女を訪ねてきたんだ」
「そうれすかぁ。ちょーどよかったれすねぇ。あとでぇ、わらしのししょうのぉ、おばーさまのところにぃ、つれてってあげます! だからつきあいなしゃい!」

 エルファは左右の手で違う酒瓶を掴み、男達のマグに混ぜるようにいだ。

「あ、おいしい」
「そうれすぅ。まぜてもぉ、美味しい! オレンジとかのかじゅーで割るのもぉ、美味しいの! ああ、そっちはぁパセリ酒。しんぞーにいいの! パセリはそえもの扱いされたりもするけどぉ、とっても身体にいいの! とってもえらいこ!」

 気分よく酒と料理の薬効を説明しながら、エルファは酔いつぶれるまで押し付けるように二人に飲み食いさせた。


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 にわとりの鳴き声で目を覚ますと、頭が痛んでエルファはうめいた。

「なにこれ……あたまいたい」

 記憶では飲んでいたのは昼間だった。日の傾きからして時間が戻っている。
 とはいえそんなはずはないから、ヤケ酒の結果、朝まで寝てしまったということだろう。
 気がつけば、妙に心が晴れていた。体調は最悪だが、それでも嫌な感じはしない。

「うぅ……」

 頭の痛みをこらえて立ち上がる。昨日の格好のまま寝てしまったようだ。髪もほどけてぼさぼさだが、水を飲みたくて台所に向かう。

「おばぁさま……みず」
「あぁ、やっぱ二日酔いになっちゃったかぁ」

 曾祖母そうそぼへ水を求めたのに、返ってきたのは男性の声だった。
 顔を上げると線の細い若い男性がいた。その顔を見て昨日の記憶がよみがえる。
 すっきりするはずだ。皆には言えなかった胸のわだかまりを、二人に吐き出したのだから。初対面の二人はそれを嫌な顔もせずに聞いてくれた。気持ちが良かった。
 だが、その相手が目の前にいると思うと足から力が抜けてしまい、思わずへたり込んだ。

「ご、ごめんなさぁい」
「どうしたの? ほら、君のおばあさんが用意してくれた水だよ」

 若い方、確かゼノンが心配そうに水を差し出してくる。
 受け取らないのも何なので、顔を合わせないようにマグを手にして中身を飲み干した。よく冷やされたそれはただの水ではなく、蜂蜜はちみつの味がした。蜂蜜は二日酔いにいいのだ。

「大丈夫?」
「だだだ、大丈夫です。昨日はお見苦しいところを」

 まったく大丈夫ではないが、羞恥心の方がそれを上回った。

「気にしない気にしない。嫌なことも愚痴ぐちればすっきりするしねぇ。俺は美味しい物を飲み食いさせてもらえて良かったよ」

 ゼノンはエルファの手を取って立ち上がらせてくれた。都会育ちの男性は親切だ。

「ここまで運んでくれたんですよね」
「ああ、ついでに泊めてもらえてすごく助かったんだぁ。君のおばあさんはクライトさんと一緒に畑に行ったよ。おばあさんが、きっとまともには起きられないだろうからって、君に色々用意してくれているよ」

 エルファを椅子に座らせると、ゼノンはケトルの中身をマグにそそいだ。ペパーミントとカモミールの香りが漂う。爽やかで強いそれらの香りに隠れて、他にも薬効のあるハーブが入っているのが分かる。ゼノンはその中にも蜂蜜はちみつを入れてくれた。
 ほのかに甘いそれをじっくりと味わって飲む。ジンジャー、フェンネル、タイムも入っている。他にも入っているのかもしれないが、気持ち悪さもあって分からなかった。何にせよ吐き気や二日酔いに効果のあるハーブばかりだ。

「ふぅ」
「だるかったら、横になってた方がいいよ」
「だ、大丈夫です」

 エルファはちらりとゼノンを見る。青年は、にっこりと優しげな笑みを返してくれる。
 思えば婚約者も笑顔は優しかった。料理が上手く、人々に尊敬される薬草魔女を妻にするのは、この国の男性にとっては自慢できることらしい。だから女性にもてたはずのアロイスが、わざわざエルファなどに声をかけた。エルファが薬草魔女でなければ、見向きもしなかっただろう。それが分かるからこそ、とても悔しかった。
 もちろん外国人であるゼノンは、薬草魔女を妻にすることの意味など知らないだろう。薬草魔女の妻が欲しかっただけの元婚約者とは違う。確かゼノン達は商人で、仕事で来たのだ。分かりやすい理由があるから、安心できる。

「……そういえば、仕入れに来たんでしたっけ」
「そうだよ。うちはフレーメっていうちゃどんなんだけど、ティールームとかも経営してるんだ。仕入れ本隊もカテロアまでは一緒に来てたんだけど、俺とクライトさんだけグラーゼに来たんだよ」

 カテロアはエルファの住むグラーゼの隣の隣にあり、ランネルはさらにその向こう側にある。カテロアに来たついでにしてもずいぶんと遠い。

「薬酒をティールームで出すんですか?」
「いや、実は今度新しくレストランも開くんだ。だからうちの国には出回っていない薬酒を味見して、ついでに色々と食べて回ってメニュー開発をして、掘り出し物があれば仕入れようって」
「なるほど」

 エルファはふむふむと頷いた。

「昨日の話、覚えてない?」
「はなし?」
「うちで料理人をするって話」

 エルファは元婚約者をののしる中で、そのような話題が出たのを思い出した。

「聞いたような気がします……」

 エルファはほとんどからになったマグを見つめて呟いた。

「本気なんですか?」
「もちろん。雇用条件は話し合わなきゃいけないけど、薬草魔女だから厚遇してくれるよ」
「他の料理人は」
「何人かいるけど、とりあえず俺」

 と、彼は自分を指さした。

「俺が仕切れとか言われてて、困ってたんだぁ。まあ料理には自信あるけど、栄養バランスっていうの? そういうの考えるのが苦手でさぁ。美味しい物を好きなだけ食べるタイプというか」

 確かにそういったことを考えることこそ、薬草魔女の真骨頂しんこっちょうだ。

「君の料理は美味しかったし、クライトさんが勧誘するぐらいだし、俺もそれでいいかなって」

 と、彼はほわっとした雰囲気で笑う。いかにものんびりした、少し気の弱そうな人だ。

「クライトさんは本当に味覚が鋭くてねぇ、売れる物を的確に仕入れるからすごいんだよ。十代の頃にお友達と起業して、今では店が王室御用達おうしつごようたしになってるんだ。フレーメと言えば、カテロアまでならけっこう有名なんだよ」
「そんなにすごい商店なんですかっ!?」

 エルファはぎょっとして腰を浮かせた。

「特にお茶がねぇ。そのクライトさんの友達が代表をやってるんだけど凄い人でさぁ、飲み物と菓子が大好きで、眠りにいいお茶とかブレンドしてるんだ。それがすっごく美味い! 美味すぎて客が来すぎるから、店でお茶をれるのを禁止されたぐらいなんだよ。他の奴が淹れたのと差がありすぎると、店の味にばらつきが出るし」

 料理ならともかく、お茶でそこまで差が出るなど信じられない。他の人がよっぽど下手なのだろうか。だがそれなら、その人物がれるのをやめた時点で店はつぶれているだろう。

「味に影響を与える魔力って知ってる? うちの代表は近くにいるだけで食べ物の味を良くする魔力を持ってるんだ。食材に触れるだけでも美味しくなるけど、本人が料理すると絶品で」

 エルファは本で読んだ知識を頭の中から掘り起こした。ごくまれに、食べ物の味に影響を与える魔力の持ち主がいる。そうではないかと言われている料理人はいくらでもいるが、食材に触れるだけで味に違いの出せるほどの人物は、古い文献の中でしか見たことがない。

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