斯波良久BL短編集

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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熱(現代オメガバース)

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 身体が熱い。腹のあたりが特に。
 まるで熱した金属でも流し込まれたように、それはずっと腹の中にとどまっては揺蕩っていた。
 歩くことさえ辛くて、動くたびにそれはだんだんと熱を増していく。
 壁に身体を預けながら移動して俺は何とかあの場所へとたどり着いた。

 第3課――通称オメガ課。
 それが俺の目指していた場所だ。

 主にオメガに関連する犯罪を取り締まる課、それが第3課だ。俺は数年前からこの課と連携しながら仕事を続けている。今回もそのオメガに関する仕事で、オメガの人身売買を行う組織が根城にしている工場に押し入ったのだ。
 難なく全員取り締まれたと気を抜いた俺に1人の男は針を投げた。俺はそれに反応することが出来ず、腕に針を受けてしまった。
 その場では何の症状もなかったものの心配した同僚たちが後処理を引き受けて、俺には早めに署に戻って医師の診断を受けるよう促した。
 犯罪者の放った武器だ。何があるかわからない。
 俺は同僚たちの気遣いをありがたく受け取り、一足早く戻る同僚の車に同乗した。
 異変を感じたのは車に乗ってすぐのことだった。だんだんと身体が熱くなり、次第に息をするのさえ苦しくなった。息が荒くなった俺のことを運転席の男は心配して何度も声をかけてくれた。「もう少しだ」と何度も励ましてくれた。同僚の声のおかげで俺は意識を手放さずに入れたが、その言葉に反応することさえも時間が経つにつれて辛くなっていった。
 入り口に車を止め、警備員に事情を伝えてから同僚は俺の身体を支えながら歩いた。途中、何人かの見覚えのあるオメガの職員が俺たちのほうに近寄ってきては何かをこらえるようにしてうずくまった。
「おい、大丈夫か?」
 同僚は俺の身体を支えながらうずくまる金属製の首輪をつけたオメガたちに声をかけると
「加藤さんをすぐに第3課に連れて行ってください」
「は?」
「早く!」
と叫んだ。オメガの中の1人の女性は特に苦しそうで、俺の心配をしているどころではないほどに息が切れていた。
「あなたも第3課に……」
「もう……無理」
 女性は俺に向かって飛びついた。それは柔道を3年間習っていた同僚の片手では抑えきれないほどの力だった。
「加藤、1人で行けるか」
「ああ」
 女性を何とか片手で押さえつけながらもう片方の手で俺を支えていた同僚は俺の返事を確認すると同時に手を離し、両手で女性を押さえつけた。すると他のうずくまっていたオメガたちも俺をめがけて歩き出した。
 それに気づいた周りの職員は皆、オメガたちを押さえつけた。この署にはオメガよりもアルファのほうが多い。俺を今まで支えていた同僚もその1人だ。アルファとオメガでは力の差は歴然。時期に治まることだろう。
 横目で見ながら俺はその場を後にした。


 そしてたどり着いたのは1つのスライド式のドア。取っ手に身体を預けるようにしてスライドすると目の前には見知った顔の、先ほどのオメガたちと同様に金属製の首輪をつけた男、高木がいた。
「!? 加藤さん? 課長! 課長―!」
 高木は俺の姿を見るとひどく焦った様子でこの場の最高責任者を呼びに行った。
「はいはい。何だい? 抑制剤なら棚の中に……って加藤?」
「す、すみません……。」
 課長は男と同じくらい驚いたようだった。そしてすぐに重いダイヤル式のドアを開けて
「奥に……。」
と部屋に入ることを促した。俺が素直にそれに応じれば課長は先ほどの男の方に振り向いた。
「あいつ、佐々木を呼んできな!」
「はい」
 佐々木――それはこの国に100人といないオメガバースを専門とする医師でこの課の専属の医師。
 高木が部屋を出て行くと入れ替わりのようによく知った顔の優男が入ってきた。
「か、加藤さん!」
 どこかから急いで帰ってきたのだろう。
 額には汗が溜まっており、その汗は目元まで流れ落ちてきていた。
「笹川君……」
「ど、どうして……。あなたはアルファなのに……なぜ発情期に入っているんですか!?」
 そうか、発情期……か。
 発情期――その言葉で俺は先ほどの状況に納得してしまった。
 俺には思いつかないこと。
 唯一この3課で首輪をしていないベータとはいえ、さすがオメガを主に取り扱う課の一員だと納得した。

「あはは、どうして……かな。俺にも……わかんな……っ。」
「加藤さん!」
 笹川の手が俺の肩に触れそうになった時、低い声がそれを遮った。
「退け、笹川」
「……はい」
 白衣に身を包む、銀色のフレームの眼鏡をかけた低い声の男。彼こそが佐々木だ。
 佐々木は俺の前の椅子に腰をかければ、メガネのフレームを指先で上に押しやってから俺の目を見据えた。
「加藤。辛いだろうが何があったか話してくれ。」
「は、はい。今回は人身売買、主にオメガの売買を行っている組織があるとの知らせがあり、知らされた場所へ向かいました。突入し、無事抑え込めたのはいいのですが、取り押さえた後に組織の1人から針を投げられまして……」
「そこでこうなったというわけか……」
「はい」
「抑えられた……ということはすでにそれが押収されている可能性も高いな…………高木!」
「はい、押収品の中で加藤さんの症状を引き起こす要因になりうるのがいくつか。その中にあるアルファ用の発情剤が原因……かと。」
「何だって? そんなものがなぜ……」
「組織に薬師がいたそうです」
「その薬師は?」
「自害したそうです」
「そうとなると……困ったな……」
「佐々木さん……俺、はどう……なる、のでしょう」
 佐々木の耳の後ろのあたりを掻くしぐさに気持ちが焦り、つい聞いてしまった。
 途切れ途切れの声で、声を出すことすら辛くて早くこの熱から解放してほしい、その一心で。

「それ、全部出すしか方法はないんだ」
「っ……。」
「でなくなるまで出し尽くす。生成主が死んだ今それしか方法がない。」
「は……い。」
「加藤。すまない。」
「いえ……。」
 帰ってきた言葉は残酷だった。けれど唇をかみしめて目をそらす佐々木の姿が本当にそれしか方法がないことを物語っていて受け入れるほかなかった。
「ここなら誰も来ないから。この部屋を貸そう」
「ありがとうございます。」
 課長の冷静な言葉が妙に暖かかった。
「課には報告しておく。あ……」
「な、何か?」
「笹川を貸そう」
「は!?」
 何を言っているんだ?
「こいつもこう見えて第3課のメンバーだ。信用してくれてかまわない」
「だが……」
 信用はしている。そうでなければ一緒に仕事なんてできないし、こんな状況で来るなんて相当な信頼がなければできないことだ。
 だが、それとこれとは話が違う。こんな、こと人前で、それも笹川の前でなんてそんな……。
 口をパクパクと開け抵抗しようとしても、すでに立ち上がるだけの気力はもうない。できるのは、笹川がこのことに反抗するのみ。救いを求めて笹川を見上げるとそこにはやる気に満ちた顔があった。
「加藤さん! 一緒に頑張りましょう!」
「っ……」
 ああ、そうか。笹川は『仕事』として俺を介抱してくれようとしているのだ。それに引き換え俺は……。
 顔が赤くなると同時に俺の身体は震えた。もう……限界だった。
「もう限界のようだし、私たちは出るよ。」
 課長の言葉で部屋にいた俺と笹川以外の3人は退室した。その後に聞こえたカチャリという音で遮断されたことを理解した。



「加藤さん、まずは身体を楽にしましょう」
「……ああ」
 笹川はなれた手つきで俺の下半身に纏うもの脱がせ、畳んでから近くの籠に入れる。それからは流れるような手つきで俺のモノを上下させる。
「……っ」
「気持ち、いいですか?」
「っん……」
 笹川の手に、声に反応しては俺の身体は熱を帯びて、精を放出する。部屋には俺の匂いが充満してもまだなお、身体の熱は収まらない。
「はぁ……っふ、ふぁ」
 口はふさがれ酸素を取り入れるために端を薄く開く。取り入れてはまたふさがれてすぐに酸素を奪い取られる。そしてまた取り入れて。

「ねぇ、加藤さん。辛いでしょ?」
「ん……っああ」
「だから、ね……ここに出して?」
 いつの間にか笹川は俺と同じように下半身を外気にさらしていて、指は穴を指している。
「……ダメ……だ」
 いくらベータとは言えそんなことをするわけにはいかない。
 こんな状態になっても理性が消え去っているわけではない。
「ダメ、じゃ……ないですよ?」
 俺の右の耳に笹川はふっと息を吹きかけた。手を握りしめて乱れる心を抑えようとするが、笹川から与えられる刺激でもう俺の頭は正常に作用しなくなっていた。
「いい……のか?」
「いいんですよ。ねぇ……出して?」
 笹川の言葉を皮切りに俺は笹川の穴に入っていった。
 今までとは比べ物にならないくらいの快感で満たされ、入ってすぐに精を放出させた。
「加藤さん、それでいいんですよ」
 笹川が褒めるものだから、もっと出せるように、俺の中身を全部笹川に入れられるように。それだけを考えて腰を振った。
 いつしか俺の匂いの他にも甘い匂いが部屋に充満して。それは麻薬のように俺を快楽へと突き落とした。



 どれくらいの時間が経っただろうか、部屋の外からドンドンと壁を叩くような音がして正気に戻った。
 そのころにはもう身体の熱は完全に引いていて、いつの間にか部屋に充満していた甘い香りは逃げてしまっていた。
「加藤、加藤」
「は、はい」
「起きたんならそこにある服に着替えて出てきな!」
「はい」
 急いで服を身に纏おうと籠を手繰り寄せるが、探していた中身はなく、代わりに新しい服が、下着からジャケットまで用意されていた。きっとこれに着替えろということだろう。着ていた服を脱ぎながらふと笹川が近くにいないことに気付いた。あたりを見回してもすでに室内には笹川の姿はなかった。
 それもそうか……。酔っていたわけでもない。記憶はしっかりと残っていて、俺のしでかしたことを全て鮮明に記憶している。笹川に無理をさせてしまったことも全て。
 初めに断るべきだった。後悔を抱きながら籠の中身に手を付けるとそこには俺への気遣いなのかちょうどいい温度になった濡れタオルが置いてあった。それは誰が置いた物なのかわからなかったが、汗やらなんやらで汚れていた身体を拭くのにありがたく使わせてもらった。

 重いドアを開くとそこには声の主の課長がゆっくりと午後のお茶ならぬ午後のコーヒーをくつろぎながら飲んでおり、片手間とばかりに俺に手紙を手渡した。
「加藤、あんたしばらく有給だって」
「え?」
「まぁ簡潔に言うとまだいつ発情期に入るかわかんないから様子を見ろ、ってとこかな」
と頬けている俺のために佐々木が付け加える。
「しばらく……というと?」
「とりあえず1週間後、ここに来い。調べて大丈夫そうだったらそれから1か月は内勤になるらしい。簡単に言えばこうだが、一応それに詳しく書いてあるから後はそれ読め」
 佐々木は随分と眠たそうに大きなあくびをしながら先ほど課長から渡されたばかりの手紙を指さす。
 そして「俺は寝る」と佐々木専用のラボに入っていってしまった。
「まぁ、そんなことだから早く帰って休みなさい」
「はい。その……ありがとうございました」
「……ん」
 マグカップに口をつけたまま目線だけこちらに向けて手を振った。そんな課長に笹川のことを聞いてみようかと思ったが、よく見れば課長の隣には3つほど書類の山が築かれていて、仕事の邪魔をするのも憚られ何も聞かずにその場を後にした。


 有給というのは少しずつもらうのがいいと俺は思う。
 理由は簡単だ。――やることがない。
 日頃有給なんてとることはめったにないし、あってもそれは丸一日を休息日としてほぼ一日を睡眠に費やすだけだ。
 だからこんなにまとまった休みをもらってもやることはない。3日目にして飽きてしまった。
 それでも俺に与えられた休みは最低でも後4日はあるもので、しかも外には一歩も出るなときた。
 外に出ることが出来たなら、ジムに行くなりロードワークをするなりできたものを……。俺にできることと言ったら、寝るか食事をとるか筋トレをするか。そして1日に数度、あの薬の後遺症とも思われる症状に悩まされては笹川の顔を思い出しては熱を出すことだけだ。それもすぐにバツが悪くなって、頭を真っ白くさせたくて、無心で筋トレに励んだ。


 結局与えられた休みの半分以上を睡眠に費やした。けれども、あの筋トレのおかげで全くと言ってもいいほどなまっていない、むしろ休みの前よりもコンディションの良くなった俺は第三課のドアを叩いた。


「おお加藤、調子はどうだ?」
 出迎えてくれたのは課長で、声のトーンからとても機嫌がいいように思えた。
「もう大丈夫ですよ!」
「そうか、そりゃよかった。今ちょうど佐々木は外してるから、ちょっと待ってな」
 そういって俺にコーヒーを出した。代わりに手土産のお菓子を渡せば、機嫌はますますよくなった。
 カップに口をつけながら、お目当ての相手を探す。けれども彼の姿はなかった。
「笹川君は、今日は休みか? 礼を言いたかったのだが……」
「笹川? 笹川なら今、産休」
「は?」
「だから、産休だってば」
 何を言っているのだろうか?
 俺は目の前で俺の手土産のお菓子の包装を上機嫌で開けている、課長の言っている意味が分からなかった。

「彼はベータだろ?」
「は? 加藤、何言ってんの? この課にいるのはみんなΩ。女も男も番がいようといなかろうと、この課に入るための条件がΩであること」
「だって彼は!」
「? あいつ、自分でベータだって言ったの?」
 息が荒くなる俺のことなど気にせずにお菓子を口に入れて首をかしげる。
 それが気に入らなくて俺の息はますます荒くなる。

「首輪をしていなかっただろう!」
「…………加藤、あんたバカね」
 はぁっとゆっくりと、呆れたように息を吐いた。
『馬鹿』なんて学生時代ですら言われたことがなくて、ついかっとなった。
「馬鹿ってなんだ。馬鹿って!」

「オメガが首輪をしないことの意味、知らないの?」

「? 知っている。そんなことくらい、初等部の時に学習済みだ、ってまさか……」
 まさか、そんなはずは……でも、結論を出すには証拠が曖昧すぎた。
 ただ首輪をしていない。それだけの理由で俺は笹川をベータだと判断した。

「そう、って気付いてなかったのね。気付いてて、あえて無視してるんだと思ってた」
「ああ、それな」
「は?」
「まぁ、あんたが気に病むことじゃない。あんたも知っての通り、オメガには多額の助成金が出る。子どもができて育てるとなれば上乗せして、育てないとしても国が育ててくれる。産休だって1年近くあるけど、それだって全部有給扱いだし」
「…………」
「それに笹川は嬉しそうだったんだから、いいんじゃない? 合意の上だったんでしょ?」
「合意……」
 嬉しそうだった?
 合意?
 何を言っているんだ?
 まるで目の前の彼らは全てを知っていたかのようだった。

「まさかあんた襲われたとかいうんじゃ……」
「それはない!」
「ならいい」
 安心したように返事を返すとまた新しいお菓子に手を付けて包装を開け始めた。
 もうこの話題に興味などないかのように。

「だが……オメガが番ではない男やアルファの子どもを産むだなんて……」
「まぁ、多くはないけど……。でも今まであんたがあってきた人たちと笹川は違うの。あの子は子どもを産むことを望んであの場へ行った」
「どこ……だ」
「え?」
「笹川が入院しているのは!」
「ああ。第6支部のオメガ専用の施設よ」
 俺が部屋から出るとき、部屋にいた誰もがニヤニヤと俺の背中を眺めていた。けれどどうでもよかった。
 今は笹川のことだけしか考えられなった。

 第6支部のオメガ専用施設といえば、出産に特化した施設で中には望まぬ出産をしたものが多くいた。
 その人たちは皆、とは言わなくても俺の担当した人が何人もいて、彼らに会うたびに何度か訪れたことがあった。

「事前に予約はおとりでしょうか?」
「ない」
「ではまた日を改めて……」
「今度じゃ遅いんだ。今すぐ会いたい」
「ですが……」
 そんなことは分かりきっていたことだったのに。
 ひどく焦っていた俺はそんなことさえ失念していた。
 ここは心に傷を負ったものも多くいる。事前の検査も厳しくしているのだ。
 入れなくても仕方がない。それでも笹川に一目でもいいから会いたくて、受付から離れられずにいると、聞いたことのある声が遠くから聞こえた。

「あれ? 加藤さん? あ、やっぱり加藤さんだ! こんにちは!」
「君は……」
「主任。お知合いですか?」
「うん。警察の、私たち、オメガやアルファを専門に扱っている刑事さんだよ」
「そ、それは失礼いたしました」
「いや、今回は仕事じゃないんだ」
「ふーん、加藤さんが……珍しい。恋人でも入院してるのかな? まあ、いいや入って」
「いいのか?」
「加藤さんだもん。特別。それにここには私を含めて加藤さんにお世話になった子も多いしね」
「すまない」
「いいの、いいの。急ぎ……なんでしょ?」
「ああ」

 かつて担当した少女がここまで立派になったのかと感慨深くなりながら、彼女の後に続く。
 歩きながらいろんな場所にカードを通したり、ロックを解除したり、あっさりと最奥、オメガたちの部屋に続く廊下へとたどり着いた。
 そして彼女は振り返って俺を見上げた。
「部屋は分かる?」
「……いや」
 そういえば聞いてこなかったな。と思いながら携帯に手を伸ばす。すると少女はそれを制した。

「名前」
「は?」
「その子の名前は?」
「笹川 浩」
「あー、あの子ね。はいはい。この階の突き当りの部屋……はい、鍵」
「いいのか?」
「いいのよ。あの子なら喜ぶわ」
 少女は鍵を俺に握らせてから、第三課の連中と同じようにニヤニヤしながら俺の背中を見送った。


「笹川!」
 この施設は一人に一部屋与えられ、笹川には同室者がいないことをいいことに俺はノックもなしにドアを開けた。
 いきなり空いたドアに驚いたのか、はたまた俺の声に驚いたのかは分からないが笹川は背筋を伸ばして固まっていた。
 その間に俺は距離を詰め、ベッドの隣に用意されていた椅子に腰かけた。
 強引であることは理解していた。けれど気持ちは抑え切れなった。

「お前、オメガなんだってな」
「? はい」
 肯定の言葉を聞いて少しだけ頭の動きが止まる。
 それはもう、動くなって信号でも出されているんじゃないかって思うくらいに。

「加藤さん?」
 笹川の声で脳は動きを再開し、俺は笹川に向かって頭を下げた。
「すまなかった」
「な、何ですか?」
「オメガとは知らず……」
「え?」
「お前に……その、何というか……その、孕ませてしまって……」
 なのに俺は頭を下げることしかできなくて。
 知らなかったなんて言い訳にならなくて、考えればすぐにわかったこと。
 第3課はいつでもオメガ特有の香りに満ちていて、きっと笹川もその香りを発していたのだろう。
 けれど俺は気付かなった。
 そして首輪をしていないという理由だけで彼をベータであると判断した。
 ずっとアピールしていてくれたのに……無視、し続けた。
 出会ってから何年もの間ずっと彼は首輪をしていなかったのに。

「……いいんですよ。俺は嬉しかったんですから」
「え?」
「ずっと、あなたにああしてほしかった。……番に……なってほしくないって言ったら嘘になっちゃいますけど……番じゃなくても、あなたの子どもを産めるだけで俺は幸せです」
「笹川君……」
 申し訳なさで何といえばいいのか考えていると、笹川の明るい声でそれは遮られた。

「あ……でも!」
「?」
「親権は俺でいいですか? 俺、その……子どもといっしょにいたいんです。お願いします」
 頭を下げると、いつもは髪によって隠されている白い首筋が見えた。
 思わず唾を飲み込んで、決意する。
 ――笹川に思いを伝える決意を。

「笹川」
「はい!」
「俺も、その、子どもを一緒に育ててもいいか?」
「え?」
「今更だけど……その、俺と番に、家族になってくれないか」
「え、でも……」
「今までお前のアプローチに気付かなくて……順番は逆になるし、こんな俺だがお前と一緒にいたいんだ」
「え、え?」
「ダメ……か?」
 今更って言われるかもしれない。
 都合のいい話だって。
 でも忘れられなかった。
 笹川の熱を。
 筋トレに集中しても、寝ていても。
 ふとした時に思い出してしまう。俺の身体が笹川を求めた。

「ダメなんて……そんな俺は……」
「笹川」
「俺を加藤さんのお嫁さんにしてください」
「加藤さん、なんて呼ばないでくれ」
「…………清志さん」
「浩、愛してる」
「俺もです」

 数年越しに気持ちに答えた俺を笹川は、浩は暖かく抱きしめた。
 すぐにこのぬくもりは俺だけのものではなくなる。

 それはきっと今よりも暖かいはずだ。
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