斯波良久BL短編集

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

文字の大きさ
17 / 32

【プロット】傲慢αは遅れて恋を知る(現代オメガバース)

しおりを挟む
■場所(レオンの会社・昼間)
いくつも油田を所有し、会社経営もしているα、レオンの前にとあるΩ(ルシアス)が訪れる。
ルシアス「私はあなたの婚約者なのです。約束の二十五歳を迎えましたので結婚しましょう」
そんな婚約全く身に覚えのないレオンは鼻で笑う。
レオン「俺に婚約者などいるはずがない」
すると謎のΩは慌てるでもなく、業務確認でもするかのように淡々と言葉を紡ぐ。
ルシアス「では解消ということでよろしいですね?」
レオン〈なんだこいつ……〉
レオン「ああそれで構わないからさっさと帰れ」
野良犬でも追い出すかのようにシッシッと手を振った。
ルシアス「では失礼します」
気を害した様子はなく、一礼だけして去っていった。去っていくΩの背中はピンと伸びている。その背中に向かって、ぽつりと言葉を溢す。
レオン「本当になんなんだよ……」
不思議な出来事だった。だが月日が経てば、そんな一風変わったオメガのことなど忘れてしまう。

■場面転換(五年経過・レオンの会社・夕方)

三十歳の誕生日を迎えた日、あのΩは再びレオンの元に現れた。今度は何やら契約書を携えている。
ルシアス「こちらをご覧ください」
レオンに書類を突き出したΩの表情は『無』だった。ピクリとも表情筋を動かさぬまま口を開いた。
ルシアス「当家とあなたの家との契約に従って、今から子をなします」
レオン「は?」
Ωの言葉にレオンは唖然としてしまう。
ルシアス「そちらの書類を読んでください」
ルシアスは冷静なまま。冷たい声をかけるだけ。
レオン〈一体どういうことだ?〉
書類に目を落とすと、そこには確かに子をなすようにと書かれていた。ご丁寧にレオンの父親のサインまである。これは父からの命令ということだと認識。
レオン〈家の意向なら仕方ない〉
腹を括って、目の前の名も知らぬΩと共にホテルへと向かう。

■場面転換(最高級ホテルのスイートルーム・夕方)
レオンはΩと共に秘書に用意させたスイートルームに向かう。綺麗な夜景が売りだが、そんなものを呑気に見るような仲ではない。二人揃ってベッドルームに一直線。行為に及ぶ。

レオン〈初対面に近い相手に発情するのか心配だったが、こいつの身体、癖になりそうだな……〉
関係を続けるのも満更でもないレオンとは違い、役目を終えたルシアスはさっさと身支度を調えて帰っていく。
ルシアス「それでは失礼します」
レオン「もっとゆっくりしていけよ」
ルシアス「長居する理由もありませんから」
今まで様々な相手と関係を持ってきたレオンだが、こんな相手は初めてだった。引き留めるための言葉が浮かばず、空を見ているうちにΩは去って行く。
レオン「連絡先くらい聞いておけば良かったか」
一人になった部屋でタバコを蒸かす。
レオン〈連絡先どころか名前も知らないが、家同士の繋がりがあるならいつか会えるだろう〉
そう安易に考えて、二本目のタバコに手を伸ばした。


■場所(レオンの実家・昼間)
ルシアスと再会出来たのはホテルに行った日から一年と少し経ったある日のこと。ちょっとした用事で寄った実家で、例のΩが餅のようにふっくらとした可愛らしい子どもを抱いていた。
また会えるとは思っていたものの、まさか実家で会うとは思わず困惑しつつも、それよりもオメガの腕の中にいる子どもに目が奪われた。
レオン〈もしかして俺の子か? 子を成すためだと言っていたし、時期的にもそうだよな?〉
今まで全く子どもに興味がなく、それどころかうるさいだけだと思っていたレオンだが、自分の子となるとやはり違う
レオン「代わってやるよ」
レオンが声をかけるもΩは無反応。
レオン〈聞こえなかったのか?〉
レオン「代わってやるって」
もう一度声をかけるもやはり反応は同じ。
レオン「無視してるんじゃねぇよ!」
レオンが怒り出すも、少しリビングを離れていただけの両親によって止められる。
レオン母「止めなさい! ルシアスさんは好意で孫の顔を見せに来てくれてるだけなんだから!」
レオン〈孫ってことはやっぱり俺の子どもなんじゃないか! だが『好意』ってなんだ? 第一、なぜ俺には子どもが出来たことを言わない。俺に一番に見せに来るべきだろう〉
不機嫌になるレオンに、父は大きなため息を吐く。
レオン父「こちら側は親権を放棄している。今まで気にかけることすらしなかったお前が怒る権利などあると思っているのか。全く我が息子ながら情けない……。ルシアスさん、気を悪くさせてしまって申し訳ない」
父がそうまで言い切ることが信じられず、唖然とする。そんなレオンを尻目にΩはスクッと立ち上がる。
ルシアス「いえ、家族水入らずのところにお邪魔してしまったのは私の方ですから。そろそろお暇させて頂きますね」
レオン母「ああ、待って。是非また来て頂戴ね」
ルシアスを慌てて追いかけるレオン母。レオンは何も言い出せずにただただ固まっていた。そして見送りが終わった母は不機嫌でリビングに戻ってくる。見送りにいかなかった父も苛立ちを隠そうともしない。
レオン父「お前さえ帰ってこなければもう少しいてくれただろうに……。来てくれなくなったらどうするんだ!」
レオン母「全くタイミングの悪い。せめて帰ってくる前に電話さえ入れてくれれば良かったのに」
孫とのふれあいタイムが強制終了してしまったこと以外にも、何かを怒っているようだった。
レオン「俺は親権を放棄したつもりはない。そもそも俺は今の今まで子どもがいることさえ知らなかったんだぞ!?」
レオン父「勝手に婚約を解消しておいて何を言うか!」
レオン母「ルシアスさんほど良い人はいないわ。運命の番だったのになぜ……」
レオン「運命の番なら狂うほど発情するはずだ。あの日、俺は確かに正気を保っていた!」
レオン〈あいつが嘘を吐いたのか? 俺の両親を信じさせるために誰か他のαにうなじを噛ませていたら……〉
そう考えると苛立ちが湧き上がる。だがその考えはすぐに両親によって否定される。
レオン母「番ってからもう何年も経っているから身体が慣れていただけでしょう」
レオン父「無理やり番った上に婚約解消。いくら子種を提供した上で子どもの親権を放棄するとはいえ、ルシアスさんの家がよく許してくれたものだ……」
重いため息と共に重大な情報を漏らす。
レオン「無理やり番った? 俺が? いつ?」
両親に食いつくように質問する。
レオン母「覚えていないの? あなたが六歳の時よ。我が子ながらなんでこんなバカなのかしらと頭を抱えたのを覚えているわ」
レオン「六歳の頃?」
必死で記憶を探るレオン。そしてようやく一つの記憶にたどり着く。とある少年の首筋に思い切り噛み付いた記憶だ。だがレオンはその少年の顔すら覚えていない。覚えているのは少年の纏うその甘い香りが心地よかったことと、真っ白な首筋に自分の歯型がくっきりと残っていたこと。だがレオンにとってそれは夢の中での出来事だった。
レオン「いくら幼くともあれが現実ならいきなり噛み付くなんてそんなことをするはずがない!」
レオン母「運命の番の香りに理性を失ったのよ」
頭を抱えたままの母にため息混じりに告げられる。
レオン父「あの後、お前も一緒に謝りに行っただろう! その時に婚約を結んだじゃないか」
眉間にしわを刻んだ父はコーヒーの入ったコップを机に叩きつける。けれどレオンに父の怒りなど届いていなかった。
レオン〈あのオメガが自分の番? 夫婦じゃないのに?〉
混乱状態。番でなくともオメガを抱くくせに、夫婦ではないのに番なのはおかしいという考えのもと、レオンは両親からなんとかルシアスの居場所を聞き出した。

■場面転換(ルシアスのマンション・夕方)
両親からもらったメモを頼りにとあるマンションに辿り着く。
レオン〈このマンションはコンシェルジュすらいないのか。入籍よりも引っ越しが先だな〉
途中で買ったバラの花束を抱き、エレベーターに乗る。メモに書かれた部屋の前に立ち、インターホンを慣らした。
ルシアス「どちらさまですか」
レオン「俺だ。開けてくれ」
ルシアス「……一体何の用ですか?」
レオン「結婚しよう」
バラの花束を差し出し、キメ顔で求婚。けれどルシアスの表情が喜びに変わることはなかった。
ルシアス「嫌です。なぜ私があなたと結婚なんてしなければいけないんですか」
六年前、レオンがルシアスにそうしたように、鼻で笑って一蹴した。
鉄のドアが無情にも閉じられる。まるでルシアスの心を表しているかのよう。けれど拒まれたレオンは楽しそうに笑っていた。それくらいでめげるような男ではない。
惨敗のプロポーズから毎日のように、レオンはバラの花束を持ってルシアスの家に訪れる。
レオン「俺と結婚すればこんな狭い部屋で暮らすことはない。お前達のために豪邸を建ててやる」
ルシアス「今の家で満足しておりますので、お帰りください」
レオン「買い物だってわざわざ自分でする必要ない。自分で見たいのなら商人を家に呼びつければいい」
ルシアス「気分転換にもなっているので」
レオン「この俺に選ばれておいてなぜ苦労する道を選ぶ。さぁ早く手を取れ」
ルシアス「自分の道くらい自分で選びます」
プロポーズの言葉は毎回違うが、どれも上から目線。ルシアスからはすぐに断られる。顔色一つ変えない。そんなルシアスだが、ついに感情を表に出す。
レオン「俺の石油で養ってやるよ」
ルシアス「石油で人の心が動かせると思わないでください!」
ルシアスは思い切りレオンのスネを蹴る。レオンはスネを抑えて蹲る。
ルシアス「毎日毎日人の迷惑を考えずにバラばっかり持ってきて、あなたの頭には脳みそじゃなくて石油が詰まってるんじゃないんですか?」
嫌味を告げられ、完全にノックアウト。
その日を境に、毎日ように訪れていたルシアス家訪問をピタリと止める。

■場所(ルシアスの自室・朝)
ルシアス〈ようやく静かに子育てが出来る〉
洗濯物を畳みながらホッとする。
その一方であの煩さがないと落ち着かないと感じていた。
ルシアス〈毒されたか……。でもそのうちこれが『普通』になる〉
子どもと共に静かな日々を送る。


■場所(ルシアスの自室・朝)
一ヶ月後、再びルシアスの前にレオンが訪れる。
腕いっぱいに大量の育児用品や子どものおもちゃを抱えている。
レオン「待たせたな! 少々時間はかかったが、一通り勉強は済ませた!」
意味不明な発言に、ルシアスは眉を顰める。
けれど彼は結婚を迫ることはなく、その日は贈り物を置いていくだけ。
数日後には食べ物や家電を持ってくる。それから似たようなことが数日おきに繰り返されるようになった。
初めは今まで同様、玄関で対応していたが、子どもが泣き出したことで不本意ながら部屋に招き入れる。

レオン「母親を独占して悪かったな。おむつかミルクか。この時間だと幼児向けの番組もやっていたはずだな。それを見る習慣はあるか?」
ルシアス「は?」
レオン「いつもはこの時間を避けるようにしているのだが、今日は時間が押してしまった」
ルシアス「そんなこと、気にしていたんですか?」
レオン「勉強してきたと言っただろう? おむつ替えも出来るし、ミルクや離乳食だって作れるぞ!」
ルシアス〈そんな馬鹿な……。彼は根っからのお坊ちゃまだったはずだ。買い物すら他人任せの彼に出来るはずがない〉
そうは思いつつも、試すように任せてみると見事にこなしていく。それもかなり手際がいい。
一度出来ることを示したからか、はたまた子どもがレオンを気に入ったからか、彼は数日おきにルシアスの家に入ってくるようになった。

レオン「一人で育児するのは辛いんじゃないか? 結婚した方がいいんじゃないか?」
口を動かしつつも、手もしっかりと動かしている。それに以前のような強引さが消えてしまった。ルシアスのことを考えていてくれていることがよく分かる。

レオン「俺がいればゆっくり昼寝だって出来るんだぞ……」
洗濯物を畳みながらぽつりと呟かれた言葉に心惹かれる。
もちろん恋愛的な意味ではないことは承知の上。だがそれでも良かった。毒されるから絆されるに変わっていた。
レオンもまた告白を繰り返していく中でルシアスにすっかりと惚れていて、彼の役に立つことが出来ればそれで良かった。頭の中が石油発言で自分の無力さに気がついたレオンは結婚することではなく、ルシアスに寄り添うことを重要視するようになっていく。
レオン〈世の中にはこんなに愛しい存在があるんだな。この先もずっと、隣にいることが出来れば〉
次第に結婚しようとか養う系の発言は減っていく。だがそんな彼の心情を知らないルシアスは不安になっていく。
ルシアスの中でレオンの存在は大きくなっていくのに、彼からのアプローチは次第に減っていくのだ。まるでルシアスの心と反比例でもしているように。

ルシアス〈もしかして彼が興味があるのは子どもだけ? 初めの求婚も子どもを手に入れるためで、私になんて興味すらないのではないか〉
いつしかそんなことを考えるようになる。ルシアスにとってレオンとの婚約も子作りも契約の一種だった。
ルシアス〈ならば今のこの行為も契約の一つだと考えればいいのではないか〉
日に日に胸が苦しくなっていくルシアスは自分が傷つかないように心の逃げ道を作った。

■場面転換(車内・夜)
レオン「また出会った頃に戻ってしまったな」
ここしばらく会いに行く度に見るのはルシアスの固い表情だった。最近受け入れてくれていたと思っていただけに、レオンのダメージは大きい。
レオン〈俺はルシアスにとって邪魔な存在なのだろうか……。なら俺は〉
少し前なら構わず訪問を繰り返していたレオンだったが、ルシアスの迷惑になりたくなかった。何より、帰れと言われることが怖かった。そしてルシアスと距離を置くようになっていく。

■場面転換(ルシアスの家・深夜)
レオンの気持ちなど知るよしもなく、ルシアスは再び一人で育児に追われるようになった。
だがあの頃よりもずっとレオンの存在が大きくなっている。
ルシアス「子どもを譲ろうともしない強情でかわいげもないΩに付き合うくらいだったら、次に進んだ方がいいって思われたのかな……」
スヤスヤと寝ている子どもの顔にレオンの面影を見つけて夜ごと涙を流す。

■場面転換(レオン会社・昼)
一方レオンの方はといえば、ルシアスに会いたいという欲を募らせながらも仕事に励んでいた。
レオン「良い夫・良い親になれずとも、金銭的援助だけでも出来れば……」
未婚のαという優良物件から色んな女性やΩからアプローチを受けるが、運命の番である彼よりも魅力的とは思えなかった。それからレオンはルシアスを思い出さないように仕事に励みつつ、月一でΩの家にお金を送るようになる。

■場面転換(銀行・昼)
お金を引き落としに行くと、身に覚えのない金額が入金されていた。だが入金者には覚えがあった。レオンだ
ルシアス〈手切れ金のつもりか〉
もう二度と会いには来ないと告げられているようだった。養育費だと割り切れればいいのだろうが、それでもこれだけが彼と繋がれている物なのだと思うと使うことが出来ない。
毎月決まった日に振り込まれるお金を、翌日に確認する。手つかずな金額が通帳に増えていく度、複雑な気持ちが胸の中に溜まっていく。

■場面転換(公園・昼)
ある日、ルシアスと子どもの姿を見たい! という欲求についに耐えられなくなったレオンは遠目に彼らの姿を見ることに。けれどどうも彼らの暮らしは裕福そうには見えなかった。子どもの服は有名な量販店の物で、ルシアスの服に至っては首元が伸びてしまっていた。
レオン〈俺の仕送りが足りないのか? 子どもは何かと金が入りようだと聞くし、マンションが手狭になって引っ越したのかもしれない〉
そう思い、仕事量と送金を増やす。この日から数ヶ月おきに見に行って、生活が改善されていないと気付くとさらに仕事量と送金を増やしていく。だがレオンの気持ちなど知らぬルシアスはやはり使わない。
レオン〈まだ、足りないのか〉

■場面転換(銀行・昼)
ルシアス〈今月はこんなに……。誰か他にいい人が見つかったのかな。彼に新たな番が出来れば、私は今のように簡単に外出も出来なくなる。Ω専用マンションも探した方がいいのかな。なるべくお金には手を付けたくいけれど、この子を危険にさらす訳にはいかない〉
引っ越しを決意。不動産を見て回る。

■場面転換(ルシアスの家・夕方)
引っ越し先候補もいくつか絞れた頃、テレビから不穏なニュースが流れてくる。
世界有数の石油王で会社をいくつも経営しているレオンが過労で倒れたとの報道だった。テレビ越しに知らされた内容にルシアスはひどく混乱する。見舞いに行くべきか迷い、やがて決意する。通帳を鞄に入れ、途中で見舞いの品も買った。子どもと共にタクシーに乗り込み、病院に向かう。タクシーの中で鞄を撫でる。
ルシアス〈お金を返せば今度こそ縁が切れてしまうかもしれない。それでも……〉
お金を返すつもりで病院に行ったルシアスだったが、身内でもなんでもない彼が病室に入れるはずもなかった。必死で説明するも、意味をなさない。
看護師「アポイントメントを取ってからもう一度いらっしゃってください」
知り合いということすら信じてもらえていないのは明白だった。肩を落として病院を出る。ガラスに映った自分達の姿はとてもレオンの知り合いには見えなかった。彼に会うことは諦め、この数年で全く連絡を取っていなかった人の番号に電話をかける。レオンの母である。

ルシアス「そちらにお伺いしたいのですが、ご都合のよろしい日は」
レオン母「ルシアスさん!? 久しぶりね! いつでも来てちょうだい」
ルシアス「では三日後はどうでしょうか」
レオン母「三日後ね! 分かったわ」
電話越しでも上機嫌なことが窺える。息子が大変な時だというのに、ひと言も触れないルシアスに気を悪くする様子はない。ルシアスは三日のうちにレオンから送金された金額を引き落とした。さすがに全額は引き出せなかったので、そちらは借金をすることにした。かなりの額で無理もした。利子もそれなりに付く。それでもなんとか耳を揃えた。子どもは臨時の託児所に預け、レオンの両親の住む家に向かった。

■場所(レオン実家・昼)
ルシアス「こちらレオンさんからお借りしていたお金です。本来ならご本人にお返しした方がいいのでしょうが、あいにく会えなかったものですから。こんな形になってしまって申し訳ありません」
二人ともとても驚いている。
レオン父「これはレオンがあなたに送ったお金だ。返さなくていい。使って欲しい」
ルシアス「いえ、そういう訳にはいきません。もっと早く、お返しすべきだった」
レオン母「気にしないでもらってちょうだいね? お願い」
気にしないで欲しいと繰り返す彼らに半ばお金を強引に押し付けて帰る。

■場所(電車・昼)
ルシアス〈これで今度こそ繋がりが完全に切れた〉
泣きそうになるのをこらえて、子どもを迎えに行く。

■場所(病院・昼)
レオン「ルシアスが金を返しに来たってどういうことだよ!」
レオン母「言葉通りよ。私達だって受け取ってほしかったけれど、ルシアスさんがもっと早く返すべきだったって受け取ってくれなくて……」
母からの電話でそのことを知ったレオンは耐え切れず、患者衣のまま病院から飛び出す。彼の家へとタクシーで向かい、懐かしいあの家のインターホンを鳴らした。
ルシアス「はい、どちら様ですか? ……ってなぜあなたが!」
インターホン越しに聞こえるルシアスの声が懐かしい。急いで出てきてくれたルシアスの顔を見たら、距離を置こうとしていたことも忘れてしまった。
レオン「俺自身のことはどうでも良い。それでも金だけは必要としてくれ」
涙をボロボロと零しながら抱きつく。側から見たらかなり問題のある光景に、人目が気になったルシアスはレオンをとりあえず家に押し込んだ。温かい紅茶を用意すれば、涙を流しながらもそれに口を付ける。
ルシアス「一体どうしたのですか?」
久々にルシアスが淹れてくれたお茶を飲んだレオンは堪えが効かなくなり、心の内を吐き出す。
ルシアスのことが好きなこと。自分ではダメだから、距離を置いて、せめて金銭面だけでも支えたいと思ったこと。それでも会えない日々が辛くてたまらなかったこと。
全てを打ち明けた。
レオン「俺、結局石油と金しかないからさ」
悲しそうに告げるその姿には、かつての傲慢さなどなかった。
そこにいるのは愛情表現の仕方がわからないαである。けれどそれはルシアスも同じことだった。失うのが怖くて、自ら壁を作った。
ルシアス〈レオンは今、全てを打ち明けてくれた。なら自分も打ち明けるべきではないか〉
そう思いはするものの、なかなかその一歩が踏み出せない。怖かった。それでもなんとか言葉を絞り出す。
レオン「私も……好き、ですよ」
たったひと言だけ。けれど不器用な彼らが互いの思いを通じあわせるにはそれだけで十分だった。
ひと言ですっかりと回復したレオンは、以前のように遠慮なくアプローチをかけてくるようになった。もちろん子どものことも愛してくれる。むしろ今までセーブしていたものがなくなったためか、溺愛に拍車がかかった。レオンの両親も嬉しそうだ。初めは恥ずかしさもあったが、徐々に素直に受け止められるようになり、入籍を決心する。
二人が本当の意味で結ばれたのは、契約のために交わってからじつに十年近く経過してのことだった。番った日から数えれば、かなりの年数が経過した。それでも誰もその時間を無駄だとは思わない。
ようやく手に入れた幸せに浸りながら、家族として未来に進んでいくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

処理中です...