出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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1巻

1-3

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 ギルハザールはそのままレオンの腕を引いて、ベッドへ倒し込んだ。
 その瞬間、手の中の荷物と一緒にポケットにしまった小瓶が外に飛び出す。パリンッと軽い音が部屋に響いた。
 せっかく掃除したのに。
 現実逃避中のレオンは、床に広がっていく桃色の液体をじっと眺める。

「レオン、指示を出せ」
「はい!」

 だがこんな時でも上司の命令に元気よく返事をしてしまうのは、騎士団にいた時間が長いせいだろう。
 イレギュラーな状況に遭遇した場合、最も優先すべきは最高責任者の言葉である。そんな騎士団の教えが染みついている。

「まずは団長のペニスを勃起させてください」
「すでに済んでいる」

 レオンはズボンと共に下着を脱ぎ、急いで畳む。そしてベッドに横になった。四足歩行の獣のような姿だ。そのままギルハザールに向かって尻をズイッと突き出す。

「ではこの穴に団長の勃起したペニスをれてください」

 両手を使って穴を広げ、アピールまでして。
 こんな雰囲気でよく欲情できるものだと自分の身体とオメガの性質に呆れながらも、目隠しがなくなった相手のペニスも反り立っていることを確認した。
 そして次の瞬間、ギルハザールのバキバキのソレが遠慮なくレオンを突き刺す。

「ひぅっ」

 初めての感覚に思わずだらしない声を上げる。
 可愛らしい声だったらよかったのだが、レオンの声は野太くて低い男のものだ。ギルハザールの立派なモノがえてはいないだろうかと、途端に肝が冷えていく。
 けれどナカに収まったものの重量感が減る気配もなければ、中折れしたという情報も一向に与えられない。

「レオン、次は?」

 指示待ちの様子からすると、特別な問題は生じていないということだろう。ホッと息を吐きながら、レオンは近くの枕をたぐり寄せる。そして首を軽くひねった。ギルハザールの表情を確認するが、無理をしているようには見えない。

「後は果てるまで俺のナカでペニスをこすってください」
「了解した!」

 聞き慣れたその返事を耳にしてすぐ、レオンは枕に顔を埋めた。歯を食いしばっていてもなお出てしまう声を吸収してくれることを願って。
 与えられる初めての快楽に、幾度となくレオンの身体がビクッと跳ねた。だがこの名付けようもない行為が終わる気配はない。ギルハザールが『果てるまで』という条件をなかなか満たせなかったからである。
 彼は『遅漏』と呼ばれる存在だった。
 ピストンを繰り返すうちにギルハザールはレオンの気持ちのいいところを覚えたらしく、そこばかりを攻めるようになる。レオンの気をたかぶらせるためか、ご丁寧に耳元で「レオン」と名前を繰り返すサービス付きだ。
 レオンは彼に対して捨てきれないほどの恋情を持っている。
 身体が反応しないわけがない。
 彼のペニスをきゅうきゅうと締めつける度、胎内から愛液が大量に生成される。それがまた滑りをよくして、彼の勢いが増していった。
 脳内を快楽で占拠されそうになる。レオンはその度に手のひらに爪を突き立てた。無事にナカ出ししてくれた上司に次の指示が飛ばせるように。
 ただ、終わることを待つ。
 そしてようやくその時は訪れる。

「レオン、出そうだ!」
「そのままナカに出してください」

 待ち望んだそれは、わずかに残っていた意識さえも呑み込んで、濁流のようにレオンの体内へ流れ込んでいった。


   ○ ○ ○


「――レオン? 次は……って寝てしまったのか。それにしてもオメガの着床率ってどのくらいだ? つがいになればほぼ百パーセントだが、さすがに許可なく首筋を噛むわけにもいくまい」

 レオンが気を失ったことで指令塔を失ったギルハザールは、こぽっと音を立てながらペニスを一度引き抜いた。
 栓が抜かれたレオンの穴からは、今し方、ギルハザールがナカで発した精子がダラダラと流れ落ちる。
 よく筋肉のついた尻から垂れ落ちるそれは淫靡いんびで、ギルハザールは無意識に舌舐めずりをしていた。
 レオンはオメガであることを気にしている様子だったが、そんなことはどうでもいい。ギルハザールが苦手としているのは、発情香で人の心さえも操るようなオメガである。生まれ持った性を武器に多くのアルファを毒牙にかける令息令嬢を何人も見てきたせいだ。
 奴らは相手をめるためなら平気で人目のある場所で肌をさらす。肩やふくらはぎ程度ならまだいい。下半身を見せつけられたことも一度や二度のことではない。
 ギルハザールは第二王子ということもあり、社交界に出てすぐ彼らの標的になった。品の欠片かけらもない行動を見せつけられる度、オメガに対する嫌悪感が膨らみ続けていったのだ。
 今でも夢に見て飛び起きることがある。立派なトラウマだ。
 だがレオンが彼らと同じような素振りを見せることはなかった。ギルハザールに対してだけではなく、他の仲間と接する時も彼は至って普通だ。
 性別よりも、長年隣で支え続けてくれた彼自身を信頼している。責任を取るという発言も、相手がレオンだったからこそ、とっさに口から出たのだ。身体を繋げることでレオンを自分のもとに引き留めて置けるのならば、喜んでこの身をささげる。
 男を抱いた経験がなく、そもそも自分が男を抱く日が来るとは夢にも思っていなかったギルハザールだが、レオンにはそれだけの魅力があった。
 今だって、この一回で妊娠しなければレオンは他の男に抱かれるのか……と想像しただけで苛立いらだちを覚えるほどだ。他の誰かに譲ってやる気など毛ほどもない。
 だが腹の底から湧き上がる衝動が恋愛的なものかと聞かれると、素直に首を縦に振れなかった。
 レオンへの好意はある。疑いようもない。
 それでも今まで抱いたことのない、この感情の名前を断定するだけの材料を持ち合わせていなかった。
 たった一人を引き留めおくために自ら身をささげるなんて経験は初めてだ。後にも先にもレオンだけ。他の相手に同じことをすると想像しただけで吐き気がする。彼こそがギルハザールの唯一なのだ。
 気づけば勃起したままのペニスをもう一度レオンのナカに挿入していた。

「何度か繰り返して様子を見るか! その頃にはレオンも目を覚ますだろう」

 聞かれてもいないのに言い訳じみた言葉を吐く。

「他の誰にも譲るものか。レオン、私の子をはらめ」

 ギルハザールは自分に初めての感情を抱かせた男の名前を呼びながら、欲望のままに腰を振り続ける。他の男のモノなんて入らないくらい、何度も何度も種を出す。
 第一騎士団団長として相応ふさわしくあるため、毎日鍛練を続けているギルハザールの体力は、並大抵のものではない。加えてレオンの中に子種を残したいという強い想いが、人並み以上の性欲を増幅させていく。

「レオン……レオン……」

 名前を呼ぶとレオンの尻はピクッと震える。ペチンと軽く尻を叩くと、先ほどとは比べものにならないほどキツく締め上げてきた。
 彼は少し強引なのが好みらしい。まだ足りないとすがりついているようで、そんなところもいとおしい。
 ギルハザールのヤル気はムクムクと膨らんでいく。
 意識を飛ばしたレオンの腰を掴み直し、彼の肉壁にガシガシと精子を塗りつけていった。


 もう出ないくらい子種を吐き出した後、ギルハザールはレオンの頭をでた。
 レオンは一度も起きなかったが、昨日よりも肌艶はだつやがいい。体調には問題ないと思いたい。
 本当はこのまま隣にい続けたいが、団長と副団長が共に欠勤するわけにもいかなかった。
 なにより、ギルハザールには出勤前にすべきことがある。
 湯にひたしたタオルでレオンの身体を拭き、毛布をかける。それから昨晩脱ぎ捨てた服に手を伸ばす。下着とスラックスだけ身にまとい、床に散らばったガラスを集めた。
 小さな瓶が割れたようだが、いつ割れたのか記憶にない。昨晩は必死だったのだ。
 だがレオンにとって大切なものかもしれない。レオンが起きたらちゃんと謝ろう。
 集めたガラスの破片をベッドサイドに置き、少し離れた場所に水とメモを置く。

「行ってくる」

 レオンにとっても最良の幸せを掴むため、ギルハザールは小さな巣から大きく踏み出した。
 自室に立ち寄り、シャワーを浴びて汗を流す。軽く身支度を整えてから向かうのは、第一騎士団団長室――ではなく、王城の一室。
 食事を摂るために集まっている両親と兄夫婦に会いに来たのだ。
 彼らは突然やってきたギルハザールに目を丸くしている。
 普段は他の騎士達と共に食堂で食事を摂っているギルハザールだが、食事以外も彼らと家族として会う時間は少ない。
 王位継承権を放棄し、騎士団に所属した日から一人の臣下であり続けた。だが今回ばかりは、ギルハザールの自己判断で突き進むことはできない。

「父上、話があります」
「何があった」
「妻にしたいオメガがおります。彼の腹にはきっと私の子供がいるはずなのです。責任を取って我が妻にしたく、結婚の許可をいただきに参りました」

 王位継承権を放棄しているとはいえ、ギルハザールには現国王の血が流れている。となればレオンとの子供も当然、王家の血を引くこととなる。
 政治的な争い事に巻き込むつもりはないが、王族の一人として名が刻まれるのは避けられない。後々めないよう、報告する義務があるのだ。

「オメガ嫌いのギルハザールが、オメガを妻に?」
「すでに子供がいるとは……。めでたいことだが、世の中には順序というものがある」
「いいではありませんか。ギルハザールが妻子を持つ気になったのです」
「私も嬉しいわ」

 兄は眉間にしわを寄せているが、両親と義姉は純粋に喜んでくれた。
 兄は昔から少しばかり心配性なのだ。ギルハザールとは年が離れていることの他に、唯一の男兄弟というのもあるのだろう。兄と年の近い姉達はたくましかったから、弟の世話を焼くのが楽しかったのかもしれない。

「して、式はいつ頃行う予定なのだ」
「相手の都合もあるので、すぐには難しいかと。ですが、明日にでも籍を入れる予定です」
「おなかに子供がいるんですものね。責任を取るなら早いほうがいいわ」
「無理させちゃ駄目よ」
「分かっております」

 当然、レオンも腹の子も大切にするつもりだ。彼を抱いた瞬間から、共に生き、同じ墓に入る覚悟はできている。
 ギルハザールは久々に家族と食事を摂ってからダイニングルームを去った。
 途中、一度部屋に戻ろうかと考える。けれどレオンにはずいぶんと無理をさせてしまった。まだ寝ているなら邪魔をしたくない。
 スヤスヤと眠るレオンを想像すると、下半身に熱が集まっていく。本能がレオンをはらませろと叫んでいるのだ。
 これでは部下達に示しがつかない。昼に一度部屋に戻ろうと決める。その頃になれば少しはこの熱も落ち着いているはずだ。いや、落ち着いてくれなければ困る。
 より一層身を引き締め、鍛練場に向かう。
 今日は身体も気持ちも軽い。剣のキレが違う。午前中から息を切らせる部下達を叱責しっせきしながら昼休憩が来るのをびる。
 ギルハザールは幸せ一色の未来の訪れを信じて疑っていなかった。



  【二章】


 目が覚めたレオンの頭は冷え切っていた。
 スッキリした部屋のベッドにはシーツすらない。マットレスの上に全裸で横たわる自分には、毛布がかけられていた。
 シーツを片付けたのはレオン本人だが、あんな土壇場どたんばでギルハザールと身体の関係を持つなんて想像もしていなかった。
 身をていして部下を引き留めるようなタイプではないと思っていたが、最近になって心境の変化でもあったのだろうか。何か悪いことがあって、やけになっているのかもしれない。
 理由はなんであれ、レオンの気分は憂鬱ゆううつ
 気怠けだるい身体を起こし、ベッドサイドに置かれた水差しからグラスに水を注ぐ。どちらも昨晩はなかったので、ギルハザールが用意してくれたのだろう。

「はぁ……」

 軽く喉をうるおしてからため息をく。
 貪欲どんよくに種を吸収した尻は綺麗なものだ。もしも精子がベッドに飛び散っていたら正気ではいられなかっただろう。少なくとも水を飲むより先に、新しいマットレスを買いに走る羽目になっていた。もちろん今も十分汚いのだが。
 手持ちの剣でマットレスを突き刺し、引き裂く。新しい物を買えるだけの金が入った袋を枕元に置き、ようやく服に手を伸ばした。
 水差しの近くには、折り畳まれたメモと割れた瓶の欠片かけらが置かれている。
 見覚えのある特徴的な柄からして、発情誘発剤が入っていた瓶で間違いない。床に散らばっていたであろうそれを、先に起きたギルハザールが集めてくれたようだ。上司に掃除させてしまったことが心苦しい。
 服を身につけ、メモを開く。
 書かれていたのはたった一行だけ。

『今日一日安静にしているように』

 それ以外、何も触れられていない。
 レオンの第二性のことも、仕事を辞めることも、薬のことも。
 やはり昨晩の彼は発情誘発剤でおかしくなっていただけなのだ。正気ではオメガであり、体格のいいレオンを抱く気なんて起きなかったはず。部屋を出る際に声をかけなかったのも、一刻も早く最悪な状況から目をそむけたかったからに違いない。
 レオンは自分にそう言い聞かせ、少しずつ冷静さを取り戻していく。

「ペンは確かここに……あった」

 荷物からペンを取り出し、ギルハザールからのメモに重要な言葉を書き足す。

『子供はろすのでご安心ください』

 ギルハザールの名もレオンの名もない。
 二人とも筆跡に特徴がないため、誰が書いたのか特定することは困難だろう。一部の騎士は潜入捜査に備えて、いくつもの筆跡を使いこなせるように訓練されているのだ。ギルハザールとレオンもその中に含まれる。
 といっても第一騎士団の団長・副団長ともなれば潜入の機会などそうそうないのだが。
 実際、レオンは一度だって潜入捜査をしたことがない。今後の予定にもない。せっかく身につけた技術だが、今回のようにメモの匿名性を保ちたい時に使うのが精々だ。
 昨日まとめた荷物と少しばかりの金、そして割れてしまった瓶の欠片かけらを入れた革袋を手にして、九年間お世話になった寮を出た。
 今の時刻、騎士達は鍛練を行っており、メイドはせわしなく動き回っている。彼らの行動パターンは全て頭に入っていた。誰とも顔を合わせずに城から出るなど簡単だ。
 それでもたった一ヶ所だけ避けては通れないところがある。王都の城壁を管理する騎士の膝元だ。
 王宮騎士団とは別に、城壁には特別部隊が配置されている。騎士ではなく門番と呼ばれることが多い彼らの中には顔見知りが多い。案の定、今日、門の管理を担当している騎士とは何度か酒を飲んだ仲だ。

「あれ、レオンさん。今日はお休みですか?」
「ああ、少し休めと言われてしまってな。たまには温泉でも行こうかと」
「温泉ですか。いいですね~。行ってらっしゃい」

 しわが増えた顔で優しげに笑う彼に平然と嘘をく。もう二度と王都に帰ってくる気はないが、城を抜け出すように出てきたレオンを彼だけが見送ってくれた。

「行ってくる」

 名前も知らない彼に手を振って、門を通過する。
 こうしてレオンは九年間こだわり続けた場所をあっさりと捨てたのであった。


 城下町を出て、乗合馬車にも乗らずひたすら歩いた。馬車で四日かかる場所も、レオンが歩くと二日とせずに着く。
 獣人と人間とでは身体能力が違うのだ。加えて猫獣人は身軽な種族で、レオンは体力もある。初めから猫獣人の村を目指すのならともかく、他の村に立ち寄るのであれば歩いたほうが速い。
 スタスタと歩き続け、適当に食事を摂る。疲れたら木に寄りかかって少しだけ目を閉じた。いつ襲いかかられても反撃できるよう、騎士時代に仕込まれているのだ。
 王都から程よく離れた小さな村に立ち寄る。食料品をあさりつつ、古着を買うことにした。
 人間以外の種族も多く生活している王都とは違い、獣人用の服はほとんどない。質もそれなりだが、値段は手頃である。どこにでもありそうなデザインばかりだが、それがレオンとしてはありがたい。
 上下二セットずつとローブを購入した。ローブは、猫獣人の特徴である耳と尻尾を隠すためのもので、冒険者をよそおうという目的もある。
 長距離を移動するなら冒険者をよそおうのが一番だ。大きな荷物と剣を持って単独行動していても怪しまれることがない。またアルファとベータの猫獣人は冒険者ギルドに所属していることも多いため、かくみのにはちょうどいいのだ。
 試着室を借りて着替えると、大きな身体以外はどこにでもいそうな姿に変わった。
 すっかり村に馴染なじんだ姿で雑貨屋に向かい、シンプルなレターセットを購入する。今になってギルハザールの身体が恋しくなった……なんて女々めめしい理由ではない。もっと事務的な用事だ。
 宛先はレオンが住まう村の村長である。

『望まぬ男の種をはらんだ。至急、堕胎薬を用意してほしい。しばらくこちらの村の宿で待機している』

 一枚目には用件を、二枚目には待機場所の地図を描いて封をした。
 腹の子供をろすには、猫獣人秘伝の堕胎薬が必要なのだ。堕胎薬は身体への負担が大きいため、十年間でたった一度だけ使用が許されている。村を出た直後に焦って適当な男に抱かれてしまった時に使うことがほとんどだ。
 オメガの猫獣人の妊娠率はほぼ百パーセント。一度でも間違えたら足を踏み外すこととなる。堕胎薬はいわば、若者に向けた救済措置のようなもの。
 薬が欲しい場合は村長に手紙を出し、村の誰かに持ってきてもらうという流れになる。その時に村の大人からアドバイスを受け、また一歩大人に近づく――と。
 期限ギリギリになって要求するなんてレオンくらいのものだろう。手紙を受け取った村長はどう思うだろうか。
 時間がないのだから、その子供を産めと言われる可能性もある。けれど賭けるしかなかった。
 お願いしますと念を込めて、郵便屋に手紙を託す。
 指定した村はかつて犯罪者が潜伏場所として使っていた村だ。王都から離れているため情報が入ってくるのが遅く、流行にもうとい。
 レオンがその村の存在を知ったのは第一騎士団に配属される前のこと。
 直接足を運んだことはなかったが、犯人確保のためにそこに駆り出された同期いわく、山奥の何もない村だ、と。薬の受け渡し場所に悩んでいた時、その話を思い出したのだ。
 騎士時代に得た知識を悪用するようで気が引けるが、村民に危害を加える気はない。用が済み次第、退散するつもりだ。
 手紙を出してからすぐ目的の村を目指す。
 王都を出てからろくに休んではいない。疲れがにじはじめている。だが村にさえ到着すればゆっくり休める。
 そう自分を鼓舞し、足を進めた。


 ようやく辿り着いたその村は確かに何もなかった。
 人間が住まう村でありながら、閉鎖的な猫獣人の村とあまり変わらない。宿屋はたった一つで部屋数は三つ。それも初めから宿屋として作られたのではなく、空き家となった民家の一つを利用したもの。
 他には役場と酒場があるだけだ。明かりの灯る民家も少なく、畑ばかりが目につく。潜伏するには持ってこいだ。数年前に同期が見た光景も同じものだったのだろう。
 唯一の宿で部屋を確保する。
 宿の前では新聞の貸し出しが行われていた。新聞の販売価格の十分の一ほどで借りられるらしい。
 レオンは金を渡し「一番新しいものを」と頼んだ。渡されたのは一ヶ月も前のもの。よれた紙に頬がゆるむ。
 新聞を手に宿へ戻るついでに風呂の予約をする。その際、一緒に宿賃の半分もする石けんを買わされた。粗悪品で、かなり小さくカットされている。王都でも半分の値段を出せばもう少し大きいものが買えた。普通の宿泊客ならまず買うことはないだろう。
 一日二日の宿泊客にぼったくり紛いなことをしているとは考えづらい。
 今回、レオンは初めから十日分の宿泊を決めていた。村に知り合いもいない大柄な男が、だ。彼らはレオンが犯罪に関わっているのではないかと疑っているのだ。通報しない代わりに金を寄越せ、と。
 元騎士としては犯罪者をかくまうような真似はしてほしくないが、ただの村人でしかない彼らが犯罪者に抵抗できるとも思えない。一度犯罪者の潜伏先に使われていることから、大きめの問題が起これば真っ先に疑われる場所でもある。ならば波風を立てず、少しばかりの金を得て満足している風をよそおうのが一番賢い選択なのだろう。
 レオンは犯罪者ではなくただの訳ありなのだが、村の使いが来るまで滞在する予定だ。場合によっては堕胎薬を使う間も。彼らが警戒する気持ちは理解できる。このくらいは仕方ないと割り切り、迷惑料として石けんを二つ購入することに決めた。
 想定外の収入に、宿屋の店主はニタァッと笑って上機嫌になった。
 あとは村からの使いを待つだけだ。数年ぶりにのんびりとした生活を手にしたレオンは、新聞を読み、寝転がった。
 窓から見える日が傾くと酒場へ足を運び、酒をかっくらう。王都の酒場に並ぶような上等なものではない。何倍も薄められた粗悪品のビールだ。けれどこの村の住人にとってはそれが当たり前なのか、値段も薄められたそれを喉に流し込んでは賭け事に興じていた。
 賭けるのは金ではなく、チョコレートやタバコ。それを行ったり来たりさせ、儲けた者は嬉しそうに抱えて持って帰る。タバコは自分で、チョコレートは妻や娘に食わせるのだろうか。明日以降の掛け金として保管しておくのかもしれない。
 レオンは酒場が閉まるまで、王都の賭場とはまるで違う賭け事を眺め、軽く食事をつまんだ。
 部屋に戻り、ベッドに埋もれる。
 眠気はまだない。代わりに王都にいた頃の記憶が押し寄せた。


 ――その日も娼館に向かう道中でギルハザールに遭遇してしまい、レオンは娼館の代わりに酒場に連れていかれた。
 少し高めのいい店だ。レオン一人ならまず入ることはない。大衆酒場一択だ。
 けれど上司からの誘いを断りきれず、彼のおごりで酒を飲む。一杯目のビールに口を付けると、途端に説教が始まった。

「レオン、オメガなんてめろ。隙を見せれば誘発剤を使ってでも発情し、相手の罪悪感を利用して結婚までける。そういうオメガと被害を受けたアルファを何人も見てきた。理性を飛ばして身体の関係を持っておいて、運命だなんだとのたまう連中だ。信頼するな。部屋に連れ込むな。優しさがそのままお前の弱みになる」

 周りに配慮して声をひそめてはいるものの、何度も繰り返された言葉は流暢りゅうちょうである。オメガを選ぶことで降りかかるデメリットをツラツラと並べられると、レオンの身体は萎縮してしまう。それでも酒は飲むし、つまみも食べるのだが。

「相手が娼婦だったとしても、金で買った相手だからと安心するな。こっちが金を持っていると知ると数年後に平然と子供を連れてくる」
「団長にもお子さんが?」
「いるわけないだろう。あんな甘い香りが充満した場所でおってられる奴の気がしれん。想像するだけで気持ち悪くなってきた」

 酒をあおり、おかわりを頼むギルハザール。ここまではいつも通りなのだが、この日は少しだけ状況が違った。
 レオンが発情期真っ只中だったのである。少し前から薬の効きが弱くなっていたため、完全に制御しきれていない。
 近々新たな薬に変えるつもりだったが、種付けするには好都合。その前に男娼に抱いてもらおうと思っていたところだったのだ。
 ギルハザールがオメガへの不満をぶつけている横で、彼の大嫌いなオメガは発情していたのである。
 意図的ではないにしろ、彼からすれば最悪の瞬間だった。なにせ、レオンはギルハザールのグラスを持つ手に興奮し、尻を濡らしていたのだから。
 鍛練直後でまだ汗の香りがしているからなおのこと。レオンはムラムラして、身体の火照ほてりをなんとかしようと酒をかっくらった。そしてギルハザールと同じものを追加で注文する。

「飲め飲め。今日は私のおごりだ。潰れたら寮まで送ってやるから遠慮することはないぞ」

 レオンがおかわりまで頼んだことで、ようやく娼館行きを諦めたのだと思ったのだろう。ギルハザールは機嫌をよくしてレオンの背中をバンバンと叩く。発情香に気づく気配すらない。
 レオンが小さくため息をくと、背後から声をかけられた。

「あのぉおにぃさんたちぃ~」
「よければあたし達と一緒に飲みませんかぁ?」

 酒の入ったグラスを手にレオン達にしなだれかかる女性二人からは、ほのかに甘い香りがする。
 オメガだとすぐに気づいた。誘うように腕や足を軽く触れる仕草は手慣れている。今まで何人もの男達を誘惑してきたのだろう。


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