華とケモノ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

文字の大きさ
6 / 14

水を得たバラは再び美しく咲き誇る

しおりを挟む
 サクラは散る。
 ユラユラと太陽光を翻弄しながらその身で誰もを魅了するその姿は見る人の心さえも奪っていくのだ。

「今年も綺麗に咲いたね」
 大和はつい二ヶ月ほど前に樹が産み落とした子ども、樹里をその腕に柔らかく抱きながら庭の巨木を見上げた。
 それは大和や樹が産まれるよりずっと前からその場所にあり、必ず春がくるとその身に花をつけるのであった。


 あの日、樹が勇樹の夫になった日からもう一年が経過した。
 大和の予想通り、樹の腹の中には新たな生命が身を結んでいた。
 レントゲンに映る、小さな小さな影に誰よりも喜びを示したのは大和だった。
 病院帰りの車の中で樹の肩を抱きながら「男の子かな? 女の子かな?」とはしゃぐ大和は子どものようで、樹はそんな彼を眩しく感じた。
 樹は迷っていたのだ。本当に勇樹との子を産んでもいいのかと。

 大和は樹を受け入れてくれたが、子どもまで受け入れてくれるとは限らない。
 理由もわからず、この世に産まれ落ちた瞬間から父親に憎まれてしまうのは何より子どもが不憫で仕方ないと思ったのだ。産まれてくる子どもには何の罪もない。
 ならばいっそ……とさえ考えていた。
 それが恐ろしく身勝手な行為だったとしても……。

 だが大和は望んでくれたのだ。
 新しく出来た、まだ見ぬ我が子を。

 樹の頬には二筋の涙が伝う。それは腹の中で今もスクスクと育つ子どもへの祝福だった。

 君は望まれて産まれるのだと、待っている人がいるのだと、樹は無意識に自身の腹を手で撫でた。
 まだ大きく膨らんではいない腹の中で、子どもは樹に応えるようにしてもがいていた。

 それからは目まぐるしく日々が経過した。
 月に一回はある検診に大和はどんなに忙しかろうと付いて来た。
 それこそすでにその地位を退こうとしていた金城家の当主、惣左衛門に仕事を押し付ける時もあった。

 一人で行けるから大丈夫だといくら樹が主張しようとも、大和は自分の意思を曲げることはなく、いつの間にか取り込んだらしい惣左衛門にすら樹は諭されるようになっていた。
 樹自身、自分が箱入り息子であることは理解していたがまさかそこまで心配されるとは思わず頬を膨らまして「そこまで信用ならないか!」と大和にむくれて見せたこともある。
 だがそんな時、タイミング悪くも妊娠中にやってくる吐き気が襲って来たため、彼らの心配はますます大層なものへと変わっていったのだった。

 出産予定日の二ヶ月前ともなると、金城家の、樹にとっては親戚にあたる家から大量のベビー服やおもちゃが贈られてきた。
 それは数ヶ月前に出産した他の親戚にはなかったことだが、現当主惣左衛門が樹と大和を可愛がっていること、そして大和が次期当主となることが影響していた。
 樹は申し訳ないと思いつつ、段ボール箱を見つめていたのだが、仕事から帰ってきた大和は別室で休んでいた惣左衛門を連れて早速段ボールの中身を開けては部屋に並べた。
 そしてベッドで横になる樹を横目に子ども服のカタログを眺め始めた。

「どれがいいか……」
「いや待て。まだ女児か男児かわからぬ今、決めるのは早計ではなかろうか?」
「いっちゃんの子どもなら何でも似合うに決まってる」
「うむ、そうだな。儂はこれなんかいいと思うぞ」
 まだ産まれてもいないというのに、彼らの目にはすでに子どもの姿が写っているようだった。

 そんな彼らにこれだけ服もおもちゃもあるのだから、買う必要なんてないだろうと水を差すような行為、樹には出来なかった。


 そして出産。
 辛い辛いとは聞いていたが、まさかあそこまでとは思いもしなかった。
 あれが新しい命を生み出すことなのだと知ったことを一月経った今も、そしてこれからも、痛みは忘れてもあの感覚を樹は忘れないだろう。
 涙さえ出ないほどの痛みの代わりに手に入れたのは周りに望まれて産まれてきてくれた一人の女の子だった。

 真っ白なお包みに巻かれた子どもの指をちょんと触ると途端にその子どもが何にも代え難い愛しいものへとなっていったのだ。


「いっちゃん、いーっちゃん? 眠い?」
「ううん。大丈夫」
「そう? 無理しないでね」
「大和こそ」

 樹里が産まれてから大和は正式に金城家の当主となった。
 忙しいはずの彼は合間をみては樹と樹里の様子を見るために母屋へと帰ってくる。まるでそこが自分の居場所と主張するかのごとく。

 その度に樹は安息を得るのだった。

 大和が隣にいるだけで樹は恐怖から気をそらす事ができるのだ。
 樹はオメガだ。それはもう変えようのない普遍的な事実である。
 勇樹と番った日、樹は子を孕んだ。だから樹は樹里を生み落すまでの間、一度だって発情期を迎えることはなかった。
 だが樹は二ヶ月前に樹里を産んだ。そして先月、数ヶ月ぶりに発情期が樹の身体を襲った。
 金城の人間には大和と番になったと思い込んでいてもらわなくてはならないからと、大和が差し出した抑制剤を樹は拒んだ。
 番を作ったオメガからその香りを感じ取れるのは番になったアルファしかいない。
 どうせ誰にも、大和が樹の本当の番ではないなんて事実はわかりはしないのだ。

 自分がヘマをしなければこの幸せがずっと続くことを信じて、樹は一年前以来の発情期をやり過ごした。
 ずっと薬で抑えていたからだろう。一週間にもわたるそれは激しく樹の身体を蝕んでいく。
 番を求めろと叫び続けるのだ。
 だが樹はそうするわけにはいかないのだ。

 発情期だからと言って使用人に樹里を預けた手前、大和は仕事が終わるとすぐに樹の部屋へと足を運んだ。
 樹は自分の乱れ狂う姿を、シーツに皺を刻みながら必死でやり過ごす姿を大和に見せたくはなかった。失望されたくなかった。
 それはひどく今さらのことだが、熱に侵された樹は大和に何度も「見ないでくれ」と乞うた。
 けれど大和が樹の願いを聞き届けることはなかった。
「いっちゃん、ゆっくり息を吸い込んで?」
 あの夜と同じように髪を撫でて、あやすように言い聞かせる。

「大丈夫だから、ね?」
 肺に冷たい空気が入り込むと柔らかな声が耳に届いた。

「やま……と」
「なぁに、いっちゃん」
「ありがと、な」
 樹の言葉に大和は何を返すわけでもなく、変わらず髪を撫で続けた。
 そんな大和だからこそ樹は感謝している。いくら熱に脅かされても正気を失わないでいるのは大和がそこに居てくれるからだった。
 思えば彼は樹が初めて発情期を迎えた時ですら側にいてくれた。
 そして今も変わらず彼は樹の側にいる。

「ずっと……そばに、いて?」
 樹がこんな我儘を言ってしまうのもきっと彼なら許してくれるという確証があるからだ。
 どんなに熱に浮かれていようがそれだけは確かにここにあるのだ。

「もちろんだよ、いっちゃん」
「ぅあっ、んっ……」
 大和が樹の目を覆うようにして抱きつくと、不意に目の前が真っ白く変わった。

 それは長く樹を苦しめた熱の終わりを告げる合図だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

縁結びオメガと不遇のアルファ

くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

処理中です...