13 / 14
籠のトリに逃げ場はない
しおりを挟む
斎は樹の代わりでも構わないと昨晩思った。彼が求めてくれるなら、それでいいと。そしていつか自分を見てくれれば……なんて思っていた。
抱かれている間、樹への罪悪感がなかったわけではない。
熱を交わすたびに、積もって積もって苦しくて、それでも斎はそこに幸せを見つけてしまった。
斎はたった一晩の過ちなのだと言い聞かせて、何もなかったことにしたかった。
だから勇樹の申し出が許せなかった。自分を否定されているような気がして…………斎は逃げ出した。
そしてすぐさま白井に連絡を取った。
勇樹が次のマネージャーに指名したというのもあるが、何より彼はいつでも勇樹のことを心配していたからだ。
自分勝手な愚痴にも近いそれを白井はずっと聞き続けてくれた。
「社長には俺から言っておこう。服部君、君には荷が重すぎたようだ」
最後に白井が告げた言葉は斎を強く突き放す言葉だったが、斎にはその言葉が何より心地よかった。
それから正式に会社を辞める手はずが整った斎は今までお世話になった人達にまともに挨拶をする間も無く数年ほどお世話になった会社のデスクの片付けを始めた。
会社より出先にいることの方が多かった斎のデスクにはあまり荷物は置かれておらず、引き出しの中のカップラーメンが持ち帰りの荷物の大半を占めた。
せめて白井にはお詫びと別れの言葉を告げたかったが、急遽辞めることとなった斎の代わりに勇樹のマネージャーの役目を担ってくれた白井にそんな時間はなかった。斎は白井から託されたノートを彼のデスクの上に置いて、深く頭を下げた。
「お世話になりました」
事務室を後にすると、目の前からブライダル会社の撮影から抜け出したような白いスーツに身を包み、花束を抱えた勇樹が斎の元へと歩み進んでくる。
斎は目を合わせないように俯きながら、彼の進路を開くべく廊下の端に寄った。すると勇樹もそれに合わせて進行方向を変える。
「斎!」
「な、なんですか?」
「結婚してくれ!」
「その話はお断りしたはずですが」
「だからもう一度プロポーズした。これからも斎が頷くまで何度だって乞い続けるさ」
「何度言われても俺の答えは変わりません」
「何度断られても俺の思いは変わらない」
「他の人、探せばいいでしょう?」
「斎じゃなきゃ意味がない」
「樹さんがもう人のものになったからですか? だけどそんなの、俺には関係ないはずでしょう? ……これ以上、巻き込まないでください」
「樹は関係ない!」
「なら……放っておいてください」
斎は勇樹から目をそらす。
もう自分には関係ないのだと。
もう、こんな醜い姿を見ないでくれと。
「樹の方じゃなくて……ああややこしいな……。俺が好きなのは服部 斎であって金城 樹じゃない!」
「そうですか……」
言い訳のように聞こえるそれは斎には耳心地いいもので、手の届かない目の前のアルファについ手を伸ばしたくなる。
「初めは確かにあいつに重ねてた部分もあるけど、だけどあいつとお前は顔以外、全然似てなくて……それ以前に違う人間だろ! 俺はあいつとは全く違うお前を選んだ。……お前が欲しいんだ」
「本当に私で、いいんですか?」
「ああ。斎じゃなきゃ意味がない」
その強い言葉に背中を押され、斎は美しいアルファの手を取った。勇樹は弱く伸びたその手を引き、彼の身体を包み込む。
伝わる熱は昨晩のように燃ゆるような熱ではなく、じんわりと温かいものだった。
だがどちらも斎にとって愛おしい勇樹から与えてもらった熱には変わりないのだった。
勇樹に溺れるようにしてその胸に抱かれていると、パンパンパンとよく響く音が斎を強引に現実へと連れ戻した。
「はいはいはいはい、タイムリミットです。服部君ごとでいいので次の仕事向かいますよ」
「白井……空気読めよ」
「服部君の退社日教えてあげたの、俺だってこと忘れたんですか?」
「そのことには、まぁ……感謝してる」
「なら行きますよ」
「白井さん、迷惑かけてすみませんでした」
斎は勇樹の身体から少し離れて、おそらく今回一番の迷惑を被ったのであろうその人に頭を下げる。
すると白井は考えるように首を少しだけ傾けるとああと頷いた。
「迷惑? それって、マネージャーのことですか? まぁ確かに、君がこいつの妻とマネージャー業、両方してくれれば儲けものだとは思いましたが、さすがに荷が重かったようで。それでも妻になってもらえただけありがたいというものです」
「え?」
「ああ、長期で撮影に入る時は今まで通りこいつに連れ添って来てくれないと駄々をこねると思いますので、そこらへんは協力してもらいたいのですが」
「はぁ……」
その日、斎はまだまだこの人には敵わないのだと悟った。
斎が勇樹のマネージャーをするようになってからたった数年。白井のように勇樹の心を読むなんて芸当はまだまだ身につけることはできない。
けれど斎が妻として、勇樹の考えていることがわかるようになる日までそう時間はかからないだろう。
抱かれている間、樹への罪悪感がなかったわけではない。
熱を交わすたびに、積もって積もって苦しくて、それでも斎はそこに幸せを見つけてしまった。
斎はたった一晩の過ちなのだと言い聞かせて、何もなかったことにしたかった。
だから勇樹の申し出が許せなかった。自分を否定されているような気がして…………斎は逃げ出した。
そしてすぐさま白井に連絡を取った。
勇樹が次のマネージャーに指名したというのもあるが、何より彼はいつでも勇樹のことを心配していたからだ。
自分勝手な愚痴にも近いそれを白井はずっと聞き続けてくれた。
「社長には俺から言っておこう。服部君、君には荷が重すぎたようだ」
最後に白井が告げた言葉は斎を強く突き放す言葉だったが、斎にはその言葉が何より心地よかった。
それから正式に会社を辞める手はずが整った斎は今までお世話になった人達にまともに挨拶をする間も無く数年ほどお世話になった会社のデスクの片付けを始めた。
会社より出先にいることの方が多かった斎のデスクにはあまり荷物は置かれておらず、引き出しの中のカップラーメンが持ち帰りの荷物の大半を占めた。
せめて白井にはお詫びと別れの言葉を告げたかったが、急遽辞めることとなった斎の代わりに勇樹のマネージャーの役目を担ってくれた白井にそんな時間はなかった。斎は白井から託されたノートを彼のデスクの上に置いて、深く頭を下げた。
「お世話になりました」
事務室を後にすると、目の前からブライダル会社の撮影から抜け出したような白いスーツに身を包み、花束を抱えた勇樹が斎の元へと歩み進んでくる。
斎は目を合わせないように俯きながら、彼の進路を開くべく廊下の端に寄った。すると勇樹もそれに合わせて進行方向を変える。
「斎!」
「な、なんですか?」
「結婚してくれ!」
「その話はお断りしたはずですが」
「だからもう一度プロポーズした。これからも斎が頷くまで何度だって乞い続けるさ」
「何度言われても俺の答えは変わりません」
「何度断られても俺の思いは変わらない」
「他の人、探せばいいでしょう?」
「斎じゃなきゃ意味がない」
「樹さんがもう人のものになったからですか? だけどそんなの、俺には関係ないはずでしょう? ……これ以上、巻き込まないでください」
「樹は関係ない!」
「なら……放っておいてください」
斎は勇樹から目をそらす。
もう自分には関係ないのだと。
もう、こんな醜い姿を見ないでくれと。
「樹の方じゃなくて……ああややこしいな……。俺が好きなのは服部 斎であって金城 樹じゃない!」
「そうですか……」
言い訳のように聞こえるそれは斎には耳心地いいもので、手の届かない目の前のアルファについ手を伸ばしたくなる。
「初めは確かにあいつに重ねてた部分もあるけど、だけどあいつとお前は顔以外、全然似てなくて……それ以前に違う人間だろ! 俺はあいつとは全く違うお前を選んだ。……お前が欲しいんだ」
「本当に私で、いいんですか?」
「ああ。斎じゃなきゃ意味がない」
その強い言葉に背中を押され、斎は美しいアルファの手を取った。勇樹は弱く伸びたその手を引き、彼の身体を包み込む。
伝わる熱は昨晩のように燃ゆるような熱ではなく、じんわりと温かいものだった。
だがどちらも斎にとって愛おしい勇樹から与えてもらった熱には変わりないのだった。
勇樹に溺れるようにしてその胸に抱かれていると、パンパンパンとよく響く音が斎を強引に現実へと連れ戻した。
「はいはいはいはい、タイムリミットです。服部君ごとでいいので次の仕事向かいますよ」
「白井……空気読めよ」
「服部君の退社日教えてあげたの、俺だってこと忘れたんですか?」
「そのことには、まぁ……感謝してる」
「なら行きますよ」
「白井さん、迷惑かけてすみませんでした」
斎は勇樹の身体から少し離れて、おそらく今回一番の迷惑を被ったのであろうその人に頭を下げる。
すると白井は考えるように首を少しだけ傾けるとああと頷いた。
「迷惑? それって、マネージャーのことですか? まぁ確かに、君がこいつの妻とマネージャー業、両方してくれれば儲けものだとは思いましたが、さすがに荷が重かったようで。それでも妻になってもらえただけありがたいというものです」
「え?」
「ああ、長期で撮影に入る時は今まで通りこいつに連れ添って来てくれないと駄々をこねると思いますので、そこらへんは協力してもらいたいのですが」
「はぁ……」
その日、斎はまだまだこの人には敵わないのだと悟った。
斎が勇樹のマネージャーをするようになってからたった数年。白井のように勇樹の心を読むなんて芸当はまだまだ身につけることはできない。
けれど斎が妻として、勇樹の考えていることがわかるようになる日までそう時間はかからないだろう。
22
あなたにおすすめの小説
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
祝福を授かりましたが、まるで呪いです。
めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。
※ご都合主義があります
※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません
※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません
主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる