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第一章 見習い聖女編
第二十二話 フィリップ第二王子
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「させるか! 《アクアウォール》!」
グリッセンが片手を床に当て、巨大な水の壁を生み出す。
バシュッ。
シリウス王子の炎の槍が水の壁に当たり、大量の水蒸気が発生した。
蒸気は一瞬で部屋中に広がり、そこにいる者の視界を奪った。
エレーナは、これはマズいと逃げることにした。
急いで立ち上がると。
――はえ?
巨大な剣が見え、エレーナに振り下ろされる。
近衛騎士のブラッドリーだ。
エレーナと目が合う。確かに彼は笑っていた。つまりこれは事故ではない。
――あ……私、死んだかな?
『エレーナ様! スプーンを持つ手はこう! あとナイフを使うときに音を立てない! まったくもってノットエレガントです!』
なぜかエレーナは頭の中で、ノットエレガントとシスター・クレアに何度も怒られていた。
これが走馬灯か。もっといい思い出を再生してほしかった。
ガイン!
唐突に走馬灯が消え、眼の前には二つの剣があった。
顔に迫った剣を受け止めている、巨大な剣。
間一髪。
どうやら生き延びたらしい。
享年十二才。聖女史上過去最短記録保持者にならなくてよかったとホッと胸をなでおろす。
「聖女様を狙うとは、どういうつもりなのだ、ブラッドリー!」
熊の咆哮のような怒声が響き渡った。
「つまらんいいがかりは止めてもらおうか、ドルーズよ? 王を狙う気配がしたので剣を振るっただけだ。そこに聖女とやらがいたのはただの偶然だと言えよう」
「ふざけたことを!」
「文句があるのなら、ちょうどいい機会だ。オレ様たちの因縁に決着をつけようぜ」
「因縁などお主の思い込みだが、受けて立とうぞ! 来るがよい、ブラッドリー!」
「言ったな? 死ねぇぇぇぇっ!」
「いや、さすがに〝死ね〟はなかろう……ぬおっ!?」
巨漢の騎士二人が水蒸気の中に消えていった。
ガイン、ガイン、と重い金属音が響き、水蒸気の中に火花が見える。
――あ、あんなのに巻き込まれたら余裕で死んでしまうわ。
エレーナは四つん這いになり、音と逆の方向へ這っていった。
スカートをたくし上げて這っている姿は、最高にノットエレガントだった。
這って、這って、這っていると、誰かにぶつかった。
「ひっ!」
「ぼ、僕です聖女様! フィリップです! に、逃げないでください! 僕は聖女様の敵ではありません!」
エレーナと同じように這って逃げてきたフィリップ第二王子であった。
「今はとにかく遠くへ逃げましょう! 聖女様こっちです!」
「は、はい! あ、あの、フィリップ王子は、なにか身を守る魔法を使えないのでしょうか?」
這い這いしながら先行するフィリップに尋ねた。
「僕の魔法は光魔法なんです。ちょっとした怪我が治せるくらいなので、聖女様と同じく無力なんです。ドサクサに紛れて殺される可能性が高いところも聖女様と一緒です。だからこういうときは、まっさきに逃げなくちゃいけないんです」
「な、なるほどですね」
エレーナは王家の小さな少年に、妙な仲間意識を感じた。
やがて部屋の隅に到着した二人は、調度品の置かれたテーブルを盾にして小さく縮こまった。
離れた場所から金属音やら「死ねぇっ」なんて物騒な言葉やらが絶え間なく聞こえてくる。
「聖女様申し訳ありません。こんなことになってしまって」
「え? フィリップ王子が悪いわけではありませんよね?」
「いえ、僕のせいです。僕はわざとシリウス兄様が誤解するようなことを言ったのです。誤解させて、聖女様と婚約するように仕向けたんです。シリウス兄様は単純で、めずらしいものを欲しがったり、自分の捨てたものを他人が手に入れる嫌がったりするので、その習性を利用しました」
「な、なるほどですね。あの発言にはそういう深い意図があったのですか」
「あ、誤解しないでください。あのとき言った、聖女様と結婚したいっていうのはまるっきり嘘ではなくてですね。実は僕は聖女様のことを前から知っていたんです」
「私を知っていた? それは……」
聖女の存在はトップシークレットだったはず。
知っているのは教会の上層部とエレーナの屋敷で働く者たちのみ。
そのエレーナの屋敷の者たちは全員が魔術による守秘契約を結んでいるので、部外者に聖女について話すことはできない。
ということはもしかして?
「もしやスレインお義兄様ですか?」
「そうです。正確には、スレイン様から聖女様の話を聞いたエラリア・フォージャー公爵令嬢から僕がお聞きしました。聖女様はとても優しくて素敵な方だと。あと平民差別なんか絶対にしない方だと。それを聞いて、シリウス兄様が嫌がるのなら、僕が結婚するのも悪くはないかと思ったのは本当なんです」
「エラリア様? そのエラリア様とフィリップ王子はどういうご関係で?」
本当はスレインとエライア嬢との関係も聞きたかったが、今は止めておいた。
もしスレインの恋人だったりしたら立ち直れない。
「エラリア様は僕の婚約者なんです。彼女から聖女様のことを聞いたとき、聖女様が僕の使命に賛同して、もしかしたら協力してくれるかもしれないと思っていました」
スレインの恋人ではないことにひとまず胸をなでおろしつつ、尋ねる。
「フィリップ王子の使命?」
「ええ。僕の使命はアグルの方でも貴族になれる制度を作ること。そして平民の方が、迫害や差別を受けることのない社会をつくることなんです」
グリッセンが片手を床に当て、巨大な水の壁を生み出す。
バシュッ。
シリウス王子の炎の槍が水の壁に当たり、大量の水蒸気が発生した。
蒸気は一瞬で部屋中に広がり、そこにいる者の視界を奪った。
エレーナは、これはマズいと逃げることにした。
急いで立ち上がると。
――はえ?
巨大な剣が見え、エレーナに振り下ろされる。
近衛騎士のブラッドリーだ。
エレーナと目が合う。確かに彼は笑っていた。つまりこれは事故ではない。
――あ……私、死んだかな?
『エレーナ様! スプーンを持つ手はこう! あとナイフを使うときに音を立てない! まったくもってノットエレガントです!』
なぜかエレーナは頭の中で、ノットエレガントとシスター・クレアに何度も怒られていた。
これが走馬灯か。もっといい思い出を再生してほしかった。
ガイン!
唐突に走馬灯が消え、眼の前には二つの剣があった。
顔に迫った剣を受け止めている、巨大な剣。
間一髪。
どうやら生き延びたらしい。
享年十二才。聖女史上過去最短記録保持者にならなくてよかったとホッと胸をなでおろす。
「聖女様を狙うとは、どういうつもりなのだ、ブラッドリー!」
熊の咆哮のような怒声が響き渡った。
「つまらんいいがかりは止めてもらおうか、ドルーズよ? 王を狙う気配がしたので剣を振るっただけだ。そこに聖女とやらがいたのはただの偶然だと言えよう」
「ふざけたことを!」
「文句があるのなら、ちょうどいい機会だ。オレ様たちの因縁に決着をつけようぜ」
「因縁などお主の思い込みだが、受けて立とうぞ! 来るがよい、ブラッドリー!」
「言ったな? 死ねぇぇぇぇっ!」
「いや、さすがに〝死ね〟はなかろう……ぬおっ!?」
巨漢の騎士二人が水蒸気の中に消えていった。
ガイン、ガイン、と重い金属音が響き、水蒸気の中に火花が見える。
――あ、あんなのに巻き込まれたら余裕で死んでしまうわ。
エレーナは四つん這いになり、音と逆の方向へ這っていった。
スカートをたくし上げて這っている姿は、最高にノットエレガントだった。
這って、這って、這っていると、誰かにぶつかった。
「ひっ!」
「ぼ、僕です聖女様! フィリップです! に、逃げないでください! 僕は聖女様の敵ではありません!」
エレーナと同じように這って逃げてきたフィリップ第二王子であった。
「今はとにかく遠くへ逃げましょう! 聖女様こっちです!」
「は、はい! あ、あの、フィリップ王子は、なにか身を守る魔法を使えないのでしょうか?」
這い這いしながら先行するフィリップに尋ねた。
「僕の魔法は光魔法なんです。ちょっとした怪我が治せるくらいなので、聖女様と同じく無力なんです。ドサクサに紛れて殺される可能性が高いところも聖女様と一緒です。だからこういうときは、まっさきに逃げなくちゃいけないんです」
「な、なるほどですね」
エレーナは王家の小さな少年に、妙な仲間意識を感じた。
やがて部屋の隅に到着した二人は、調度品の置かれたテーブルを盾にして小さく縮こまった。
離れた場所から金属音やら「死ねぇっ」なんて物騒な言葉やらが絶え間なく聞こえてくる。
「聖女様申し訳ありません。こんなことになってしまって」
「え? フィリップ王子が悪いわけではありませんよね?」
「いえ、僕のせいです。僕はわざとシリウス兄様が誤解するようなことを言ったのです。誤解させて、聖女様と婚約するように仕向けたんです。シリウス兄様は単純で、めずらしいものを欲しがったり、自分の捨てたものを他人が手に入れる嫌がったりするので、その習性を利用しました」
「な、なるほどですね。あの発言にはそういう深い意図があったのですか」
「あ、誤解しないでください。あのとき言った、聖女様と結婚したいっていうのはまるっきり嘘ではなくてですね。実は僕は聖女様のことを前から知っていたんです」
「私を知っていた? それは……」
聖女の存在はトップシークレットだったはず。
知っているのは教会の上層部とエレーナの屋敷で働く者たちのみ。
そのエレーナの屋敷の者たちは全員が魔術による守秘契約を結んでいるので、部外者に聖女について話すことはできない。
ということはもしかして?
「もしやスレインお義兄様ですか?」
「そうです。正確には、スレイン様から聖女様の話を聞いたエラリア・フォージャー公爵令嬢から僕がお聞きしました。聖女様はとても優しくて素敵な方だと。あと平民差別なんか絶対にしない方だと。それを聞いて、シリウス兄様が嫌がるのなら、僕が結婚するのも悪くはないかと思ったのは本当なんです」
「エラリア様? そのエラリア様とフィリップ王子はどういうご関係で?」
本当はスレインとエライア嬢との関係も聞きたかったが、今は止めておいた。
もしスレインの恋人だったりしたら立ち直れない。
「エラリア様は僕の婚約者なんです。彼女から聖女様のことを聞いたとき、聖女様が僕の使命に賛同して、もしかしたら協力してくれるかもしれないと思っていました」
スレインの恋人ではないことにひとまず胸をなでおろしつつ、尋ねる。
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