【完結】この花言葉を、君に

チャフ

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キュウッと締め付けられる

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「家が壊されてない内に……今の内に普段から家を見に行こうって気持ちにはならないんだ?
 さっき、『よっぽどの事がないとあり得ない』ってユウちゃん言ってたけど」
「……」
「見に行くくらいなら、いいんじゃない?」

 ジュンは低く落ち着いた声で私に問いかけをした。
 それは単純な疑問であったんだろうし、同時に茶化してはいけないと空気を読んだのだろう。

「見に行くくらいなら、確かに出来るのよ。どのくらいのご家庭が今まだ住んでいるのか分からない……もしかしたらほとんどみんな立ち退いて別の住まいに移ったりしてるのかもしれない」
「……開発予定地だもんね。期限とかもあるし」
「ジュンは知ってる? その期限」
「…………いや、詳しくは」
「私はね、あの家を棄てる時に『7~8年後』って聞いたの。だからきっと期限は早くてあと1年くらいなんじゃないかって思ってる」
「…………そうなんだ」
「単純計算したらあと1年はまだ大丈夫……だからかなぁ余計に『よっぽどの事がない限り』って思ってしまうのよ」

 あと1年くらい……あの家はまだ建物としての形状を残している。恐らくもうボロボロの状態だろうけど、「まだあと1年くらい」という心の余裕があった。

(私は心が強くない。珈琲店を開いてまだ5年……ようやく自分の焙煎する豆が納得のいくものになってきたし、あと1年くらいすればきっと私はもっと自分に自信が持てるようになるかもしれない)

 私は深呼吸をして……ジュンに、私が「家へ行けない」本当の理由を教えた。

「あの家はね……もう、私達4人家族のとは別ので塗り替えされているの。
 私が広島へ珈琲の修行に行ってる間……妹は、あの家を、付き合っていた彼氏との『行為』の場にしてしまっていたの」

「えっ……こうい?」

 私は敢えてジュンの表情を確認しようとは思わなかった。

 絶句しているのは明らかだからだ。

「最低でしょ。妹は私と違って、あの家で生まれ育ったの。
 私の父親は派手な仕事をして稼ぎも良かったんだけど『素朴で家庭的な男』を演じる為に質素な家を購入して母と結婚して皐月を作った。母と皐月を養うのに余ったお金で、父親は母親と遊んでこの世の全てに対して甲高くわらってた。
 母は悪魔みたいな私を躾けようと色々と約束事をして衣食住について厳しく教えてくれたけど、真に躾けるのは自分が産み育てた娘だって生涯気が付かなかったんでしょうね」
「……」

「そして、私も皐月の内面に気付かなかった。
 あの子が9歳になる手前から19歳の誕生日を迎えるまで私はあの子の理想のお姉ちゃんであり続けたんだけどね。19歳の誕生日に『医学部の彼氏が出来た』って浮かれて私に報告して……それからあまり顔を合わせなくなったの。あの子は私と違って恋に生きようという気持ちがあったのかな……」
「ユウちゃん……」
「皐月はね、花が大好きな子だった。花の知識が人一倍あって、あの子の脳には分厚い花の専門書が詰まっているんじゃないかって思っちゃうくらいだった。
 皐月は私によく小ぶりな白い花を手渡したり、玄関に生けたりする子で……顔を合わせなくても金曜日の夜になると花瓶の花が新しく生け直されていたから過信っていうか……安心してしまってたのよね」
「……」
「私が広島へったと同時に皐月は医学生の男を毎日のように家へ連れ込んで、二階にある自分の部屋で楽しくしていたそうよ。
 皐月が死んだ後、警察が家の周辺を調べていたから間違いない」
「…………」
「半年間だけ……亮輔くんは勉強を教わりに居間で皐月と時間を過ごしていたみたい。
 何を考えて自分の部屋と居間を使い分けていたのか分からないけど、皐月は……家族でない他人の男を2人、別の理由で家に連れ込んで、『愛』を囁きあっていたのは事実なの」

 亮輔くんとは和解した。
 だから、今私の心の中で「2人の内の1人」との誤解がとけている。

「医学生の彼氏と、亮輔くんとを……妹さんは愛していたのかな?」

 もしそうだったら良い……という妄想をジュンが代弁したけれど

「皐月に訊いてみたいけどね……出来ないから、余計にあの家を見に行けないのよ。まだ」

 私はそう答える事しか出来なかった。

 「私が母の四箇条を必死に守って大事にしてきた4人家族の居場所を妹が簡単に壊した」という事実を知った直後、私は発狂した。

 何故か皐月は転落死する直前、家庭教師のアルバイトで貯めていたお金全部使って自室をリフォームしていた。
 皐月が居なくなった家の整理をする際、私は皐月の部屋の白さに驚いた程だ。
 なんで天井も壁も……家具も新しくしたのだろうと不思議でならなかったけれど、が色んな意味で酷過ぎて広島に帰っても魂を抜かれたような気分でいた。



 愛を囁いた中身がどちらも「純愛」であってほしい……。

 そう思い込みたいけれど、そうしきれない理由が私の身に流れるこの「悪魔みたいな血」だ。

 白くて小さな花を私にプレゼントするような、可愛らしい皐月の身体からだにも、悪魔みたいな血が半分流れている……。
 
 だから怖くてあの家を見に行けないのだった。

 皐月の真意を知るのが怖いから。


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