175 / 317
俺と彼女と彼女の事情
21
しおりを挟む週末の夜ではあるが休み明けテストの疲れた体で残業確定の俺を待つのは酷だろうから、やはり今日もマンションの扉の向こう側は真っ暗で静かだ。
(夏実にただいまのメッセージ入れて、それから明日の予定の相談をしよう)
帰宅するなり俺はマスクをゴミ箱に入れ、買ってきた冷食を電子レンジの中に放り込み操作をしたら、目線はすぐに自分のスマホへと向ける。
「静かだけど楽しい」
冷食のパスタは麺がもっちりとしてそれなりに美味いし、スマホの中でのやり取りは相変わらず楽しい……が、一人暮らし生活にまだ慣れていない所為かわざわざ「楽しい」などと独り言を呟いてしまう自分に情けなくなる。
「はあぁ……」
夏実がこの場に居ない寂しさ。
「肉体の寂しさを誰かで埋めたいと0.1%でも考えた事はあるか?」という森田さんの確認。
7年前から決めている、自分の粛正かつ盲目的な恋心。
……本気の気持ちと、冗談による嗤い。
閑散として寂しい空間の中で、俺の脳だけが騒がしくしていた。
「んっ?」
そんな中、突然インターフォンが鳴り響き俺は肩をビクつかせた。
「……なんだよ、滉か」
確認してみると呼び鈴の主はあのチビガキで、肩の力が良い意味で抜ける。
「おっさん久しぶり」
2度目の音で扉を開けると、モニターと同じ顔が目の前に立っていた。
「言うほど久しぶりか? この前会ったの日曜の夜だろ」
夏休み最後の日曜日。
夏実と熱い1日を最後まで過ごす気でいたら滉と茉莉に「夕食を食べないか?」と誘われた……まぁ、誘われたというか集られたというか。
だから俺にとって1週間と間が空く事なくチビガキの顔を見るのは「久しぶり」にはならないのだ。
「夏休み明けたから俺にとっては充分久しぶりだし」
滉は相変わらずぶっきらぼうな様子で、俺が「上がってもいい」とも言ってないのに靴を脱ぎ始めている。
「っていうかなんなんだよ。もう22時過ぎてるんだぞ? 予備校帰りなら真っ直ぐ家に帰れよ」
仕方ないのでリビングに通すと、滉はそのままスーッと流れるように俺が開けたドアを通り過ぎ、ススッと、テレビ前のテーブルに胡座をかいて座る。
「いいだろ、俺とおっさんの仲だし」
「滉と俺の仲って……都合良いよなぁ、お前」
チビガキの様子に呆れながらも、俺は冷蔵庫を開けてジンジャーエールの瓶とレモンを取り出して飲み物の用意を始めた。
滉はあんな言い方をしているが、盆休み中の勉強会の一件以来俺と滉の仲が特別良くなったのかというと実はそうではない。
夏実とお試し同棲していた最中、滉と茉莉の4人で夕食を食べに行ったり「受験勉強の息抜きだから」と茉莉にせがまれて映画ダブルデートなるものをしてはいたのだが、滉の態度は相変わらず睨み顔と苦虫顔と無言を順に繰り返す感じで、2人きりになって話すなんて一瞬たりともありはしない。
だから、今みたいに突然俺に会いに来るなんて正直驚いている。
「えっ? まさか今日俺来るの察したのか?」
くし形レモンと氷を入れたグラス2つと、栓を抜いたジンジャーエールの瓶を持って現れた俺に滉は驚いた顔をしていたので、こっちも「驚き返してやった」としたり顔になる。
「予知能力者でも占い師でもねぇし。偶然だよ、偶然」
「偶然にしては俺の好み過ぎないか?」
「だから偶然だって」
滉の疑いに俺は「偶然」の言葉で押し切り、グラスにジンジャーエールを注いでいった。
なんで俺がレモンとジンジャーエールの瓶をわざわざ冷蔵庫に準備したのかというと、勉強会の時に滉が言ったガキらしくない飲み方に俺個人がハマってしまったからだ。
フレーバー入りのコーラなんかは買って飲んだ事はあるが、生のレモンを搾って炭酸飲料を飲むというのはなかなか良いもんだと知ったのは滉のお陰といっていいだろう。
「で? 何の用事で来たんだよお前」
グラスを滉の前に出し、訪ねてきた理由を問うと
「色々だよ。明日からなつこが泊まりに来るだろうから、ちゃんと部屋片付けてんのかなとか」
勉強会の時とは違い、グラスの縁に顔を近付けて一旦動きを止め……大事そうに一口飲んでから滉はそんな事を言い出した。
「なんだそれ。ガキの癖に部屋の偵察かよ」
部屋が片付いてるか抜き打ちチェックしに来たなんて、まるで昔のドラマに出てくる姑じゃないかと俺はまた呆れた。
矢野橋のやっていた社内ストーカーとは質も程度も違うが「俺の大事ななつこをこいつはちゃんと大切にしてるのか確認したい」みたいな心境なのだろうか?
「だから思ったより片付いてて拍子抜けした」
本当にこいつは何様のつもりで、俺を何だと思っているんだろうか?……そう考えると結構腹立つのだが、レモン入りジンジャーエールを一口ずつゆっくり味わって飲んでいる姿を見ると「ガキらしくて可愛いところあるじゃないか」って思いが沸き起こる。
その所為でこっちも嫌味返しをする気が起きなくて
「それはどうも」
とだけ言って手に持っていた自分のグラスに口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らした。
「…………あとさぁ、おっさんってさぁ」
滉はグラスに目線を向けながら、変な話し掛けをしてくるから
「なんだよ?」
と、話の内容を早く言えとばかりにそれだけ言ってジンジャーエールを飲み続けていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
47
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる