【R18本編完結&番外編更新中】この雨が上がったら一緒にコーヒーを飲みませんか?

silverchaff

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本編

これからは一緒に……4

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「『森のカフェ・むらかわ』直伝のオムライスだよ~! りょーくんのはこっちね」

 昼前になり、亮輔が以前より願っていたオムライスを朝香は披露した。マンションの近くにスーパーがあるので食材調達は便利なのだが、俊哉が購入してくれた冷蔵庫が大きいのでついつい買い過ぎてしまった感がある。亮輔がニコニコで荷物持ちを請け負い「オムライスって大きめに出来る?」とリクエストしてくれたのが救いだ。

「わぁ! おっきい!!」
「りょーくんが『お腹空いてる』って言うからチキンライスも卵もお店のより大きくしてみたよ。鶏肉は減らしたけどね。食べられなくなったら遠慮なく残してね」
「俺の為にわざわざ肉減らす手間かけてくれてありがとうね。いただくね」

 亮輔のリクエストに応えたつもりなのだが、内心ドキドキしている。

(お肉苦手なのにチキンライス……本当に大丈夫かなぁ)

 朝香が彼と夕食を共にするようになって以降、彼が肉類を口にするのを見るのが今回が初めてとなるのだから緊張しない筈がない。
 だが彼は真っ直ぐな瞳で朝香に言ったのだ「優しい思い出でいっぱいのこの部屋でならより美味しく食べられると思う」———と。
 
「美味しい!!」

 亮輔は一口運んで目を輝かせ感想を短く言うと、そこからはパクパクと食べ進める。

(すごい……あの大きなオムライスがりょーくんに吸い込まれていく)

 『森のカフェ・むらかわ』のオムライスは独自に編み出されたレシピがポイントである。
 「お客様から大きめのオムライスをリクエストされる事もあるが最大は1.5倍まで」と朝香は昔から両親に口酸っぱく言われていた。だから亮輔に手渡したオムライスは店で提供する限界量である1.5倍に留めたのだ。

(こんなに食べてくれるならもっと大きくしても良かったのかなぁ)

 亮輔の食べっぷりに思わずそう考えてしまった朝香であったが

「あぁ~……幸せの味がする♡ そんな感じがしたよ。あーちゃんありがとう♡」

 完食した亮輔が言った「幸せの味」に聞き覚えがあった朝香は

(そうだった! このオムライスで大事なのは『幸せの味』だったよね!)

 両親のモットーを思い出して

「りょーくんが食べたくなったらいつでも作るね♪」

 と笑顔で返す。

「うん! ありがとうあーちゃん♡」

 大好きな亮輔が幸福に満ち溢れた笑顔になるのが朝香の望みである。

「どういたしまして♪ 改めて20歳のお誕生日おめでとうりょーくん」

 彼の笑顔に朝香の心も幸せで満たされた。



 昼食の後片付けを終えた朝香はリビングを離れ、夕紀に「上原亮輔が笠原亮輔である」という報告をした。

 通話越しの夕紀は初め戸惑いの声を漏らしていたが、思いの外あっさりと「分かった」と朝香に言い2人の関係に反対するような発言は一切なかった。

(とりあえずは認めてくれたっていう事かなぁ)

 明日の月命日は夕紀1人でお参りするとの事で「その代わり今夜7時に上原くんと一緒に店に来てくれる?」と言われ、通話を切る事となった。


「あーちゃん……お電話、どうだった?」

 通話を終え、朝香がリビングに戻ると亮輔が心配そうな表情で見つめてくる。

「りょーくんの事に関しては特に何も言われなかったけど、今夜お店に来て欲しいって言われたよ。今日は祝日でお店は休みなんだけど勝手口開けてくれるみたい。りょーくんは時間取れそう?」

 朝香の問いに亮輔は頷き

「勿論だよ、遠野夕紀さんの都合の良い時間に合わせるよ」

 と答え

「俺は遠野皐月さんのご家族にきちんと謝らないといけないから……謝る時期も、遅くなってすみませんって……言わないといけないから」

 目を潤ませる。

「ううん」

 そんな彼の様子に朝香は首を振って

「りょーくんは精一杯頑張ってきたよ。今日まで精一杯生きてきて、精一杯の気持ちで皐月さんに向き合ってきたんだもん。私もりょーくんの今までを夕紀さんにきちんと説明するから。だから思い詰めないで」

 励ましの意味も込めて彼をハグする。

「うん……ありがとう。あーちゃんには感謝してもしきれないよ」

 涙ながらの、彼が返すハグは優しく温かい。

「りょーくんはすごくすごく頑張ってきたよ。これからもいっぱいいっぱい私が褒めるから、だから泣かないで」

 温かさに包まれながら……朝香はそう言って彼の身体を撫で続けたのだった。





 衣服など取り急ぎ必要なものをキャスター付き旅行カバンに詰めて運び何往復かしている内に夕紀と約束していた時間がやってくる。

「髪を染め直す時間はないけど、ピアスは全部外してみたんだ……どうかなぁ?」

 マンションの部屋はリビングルームを広く設けた3LDKで、寝室以外の洋室はそれぞれの個人部屋として使用する事に決めた。朝香が支度を終えて廊下を出ると、洗面台から亮輔がひょっこりと出てきて穴が開いただけの耳を見せてくる。

「えっ?! ピアス全部外したの?」

 しかも亮輔はチタンピアスをゴミ箱に全て投げ入れている。彼の言う「外した」は廃棄の意味を含んでいたと知り朝香はとてもビックリしたのだ。
 
「うん……もう、必要ないから」

 しんみりとした声で返事していたが、亮輔の表情に悲壮感はない。

「必要ないって……本当に?」

 朝香は不安な表情で亮輔に問う。

(本当はまだ穴を増やしたい気持ちがあるのに、夕紀さんに謝るからって無理しちゃっているんじゃないかな……)

 俊哉の話では「まだ穴を開ける気でいる」と聞いていたので、それが亮輔の本心なのか疑ってしまうのだ。

「いや、もう……いいんだ」

 それでも亮輔は首を左右に振る。

「実は、穴を開けてもらってる川崎さんに『もしかしたら穴を塞ぐ可能性もある』って話をこの前してて。まだその時は迷ってる段階ではあったんだけど」

 朝香と行動を共にするようになって以降、亮輔はピアス穴を増やしていなかった。それまでは3ヶ月周期で穴を開けていたにも拘らず……これには担当の川崎陽介も不思議に感じていたらしい。

「川崎さんは俊哉くんと仲が良いけど、俺がハッキリと決断するまでは『次に穴を開けるかは迷ってる』って話を通してもらってたんだ。そうでないと俊哉くんは俺を過剰に心配してしまうから」

 自傷や飛び降りを衝動的にしてしまう亮輔。朝香と一緒に居る事で精神が落ち着きそれらの行動は起こさなくなった。ピアスは亮輔にとって「痛みを得る行為」であり、同時に衝動の抑止力となっていた。それを辞めるとどうなってしまうのか……それは俊哉でなくても心配の種になってしまうだろう。

「『遠野夕紀さんに謝りに行くからピアスを棄てる』っていう意味じゃないんだ。
……あーちゃんを好きになってから、痛みを得る行動から卒業したいって思ってて。今日がそのタイミングになっただけ」

 彼の眉は下がっているが、表情はにこやか。

「だから、心配しないで」

 彼の中で蹴りをつけたのだと……その言葉で朝香は納得する。

「うん……」

 
 
 
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