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番外編
爬虫類の眼(夕紀side)3
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「お気に召されたのでしたら、お代わりいかがですか?」
「いえいえ、マスターも一緒に楽しみましょうよこの香りと味を」
(「もう一杯分のコーヒーを私に飲め」って意味か……「サシで腹割って話そう」って言いたいのね)
「……そうですね」
夕紀はなんとなく、この男がそれを望むのを想定していた。
「今は楽しく話をしようじゃありませんか……貴女だって私に訊きたかったのでしょう? 村川朝香さんとうちの亮輔が同棲を始めた件について」
とはいえ、やはりあの爬虫類の眼やジトッとした声色で発言されると全身がゾワゾワきて背筋も一気に冷たくなる。
それは4年半前、夕紀と義郎に会う為にわざわざ山口まで単独で訪れ、「笠原亮輔が遠野皐月に対してどれほどの想いで接していたのか」についての調査報告書を提出してきた俊哉を目の当たりにした時の感覚と全く同じだった。
「そう、ですね……上原さんが亮輔さんを守ろうとお考えになっているのと同じくらい、私も村川朝香さんを大事なパートナーだと思っていますし彼女を危険な目に遭わせたくないですから」
恐々とした気持ちで私は上原俊哉を見つめそう言うと
「フフッ……貴女、冗談も言うんですね」
と言い返して妖しく嗤う。
「っ!」
まるで、「お前の村川朝香に対する想いは師弟関係に過ぎないだろう」と嘲笑っているように感じた。
(だから嫌いなのよ私はっ! この男の事を!!)
そしてやはり、俊哉が亮輔のことを親戚や兄弟といった血縁の枠を超えた愛を未だに向けているのを察し、背筋をゾワリと震わせた。
(あの時も言ってたのよね「亮輔を愛してるが故に遠野皐月を許さないし感情に任せて暴言を吐いた遠野夕紀を生涯忘れる事はないだろう」って。
あの「愛してる」に関して義郎さんは何も触れなかったし重い意味には捉えてないようだったけど、私はあの時もゾワゾウきてしまったもの……)
この世の中、様々な愛が存在する。秘めた愛があっても良いだろう。
夕紀だって別に、俊哉が亮輔に対して恋愛に近い感情を抱いている事そのものを嫌悪している訳ではない。こちらへ粘着的な目付きを向けながらマウントを取ってくる点が兎に角嫌でたまらないのだ。
「本題に移りますね。貴女、私を疑っているんでしょう? 『村川朝香さんと亮輔が互いに恋愛感情を結ぶよう、敢えて私が仕組んだんじゃないか』って」
そしてやはりこの男は夕紀の考えを容易く言い当てる。
「それはまぁ……そう思うのが自然、ですから」
(この男に言い返す程の高い知能を私は持っていないし、「そう思う」私を弁解する目的で来店してきているんだろうし……)
来店して以来彼は夕紀に名を名乗っていない。これは一見無礼であるように感じるが、4年7ヶ月……いや、それ以上前から続いている関係性から夕紀が咎める権利など全く持っていない。
ずっと前からこちらが加害者であちらが被害者。まして害を被った亮輔は当時中学生且つ未成年で、加害した皐月と夕紀は成人であったのだからこちらの方が罪はより深く重くなる。
個人的感情はあるにしろ、上原俊哉はいつだって亮輔の代弁者に過ぎないし彼が発する言葉の全ては論理に長けていた。全く反論出来ないのだ。
よって夕紀は「彼の言葉に相槌を打つ事しか今日も出来ないのだろう」という予想がこの時点でついた。
「端的に申し上げますとね、朝香さんが以前より亮輔に恋心を寄せていた事は知りませんでしたし、亮輔は朝香さんが移り住む前からあのアパートに仮住まいさせてたとはいえ彼女とはこの春までずっと接点がなかった。2階以上の部屋に住まわせたら飛び降りを謀ってしまうくらい危うい男ですから、亮輔には隣人と極力接触しないよう伝えていました。
階の上の部屋で暮らす人物に惹かれるだなんて想定外だったんです」
コーヒーの熱と潤いにより血色良くなった唇から長く息を吐くと、夕紀を見つめながらその言葉を発した。
「まさか」
夕紀は当然の事ながら即そういう反応をしたんだけれど
「『まさか』が起きるから人間の恋心は甘く、旨味を濃く感じ、興奮するんですよ」
と、彼はグアテマラアンティグアの芳醇な香りをゆるやかに吐きながら言い返した。
「……」
「村川義郎氏が山口とこちらを行き来している頃から……勿論義郎氏と相談した上で私は、朝香さんがこちらに移り住む時期が来るまで亮輔の住む部屋の真上の部屋を意図的にキープしておいた……くらいの操作はしましたよ? 高校卒業したばかりの地方から出てきた少女を都会で生活させるのはリスクが伴う。勤務先である珈琲店から徒歩で通えて、家賃も比較的安価で、それなりに交通の便が良い単身向け賃貸物件ってなかなかないものでしょう?
青果店の2階に住まわせてもらっている貴女では少女を守れる住まいを提供出来ないって義郎氏も理解していたんですよ」
「っ……」
痛いところを突かれた。と、夕紀は息を詰まらせる。
「私はあくまで亮輔の保護者代わりなんです。盲目的に私が彼を愛し守りたくても彼の心までは縛れませんから」
「……」
「いえいえ、マスターも一緒に楽しみましょうよこの香りと味を」
(「もう一杯分のコーヒーを私に飲め」って意味か……「サシで腹割って話そう」って言いたいのね)
「……そうですね」
夕紀はなんとなく、この男がそれを望むのを想定していた。
「今は楽しく話をしようじゃありませんか……貴女だって私に訊きたかったのでしょう? 村川朝香さんとうちの亮輔が同棲を始めた件について」
とはいえ、やはりあの爬虫類の眼やジトッとした声色で発言されると全身がゾワゾワきて背筋も一気に冷たくなる。
それは4年半前、夕紀と義郎に会う為にわざわざ山口まで単独で訪れ、「笠原亮輔が遠野皐月に対してどれほどの想いで接していたのか」についての調査報告書を提出してきた俊哉を目の当たりにした時の感覚と全く同じだった。
「そう、ですね……上原さんが亮輔さんを守ろうとお考えになっているのと同じくらい、私も村川朝香さんを大事なパートナーだと思っていますし彼女を危険な目に遭わせたくないですから」
恐々とした気持ちで私は上原俊哉を見つめそう言うと
「フフッ……貴女、冗談も言うんですね」
と言い返して妖しく嗤う。
「っ!」
まるで、「お前の村川朝香に対する想いは師弟関係に過ぎないだろう」と嘲笑っているように感じた。
(だから嫌いなのよ私はっ! この男の事を!!)
そしてやはり、俊哉が亮輔のことを親戚や兄弟といった血縁の枠を超えた愛を未だに向けているのを察し、背筋をゾワリと震わせた。
(あの時も言ってたのよね「亮輔を愛してるが故に遠野皐月を許さないし感情に任せて暴言を吐いた遠野夕紀を生涯忘れる事はないだろう」って。
あの「愛してる」に関して義郎さんは何も触れなかったし重い意味には捉えてないようだったけど、私はあの時もゾワゾウきてしまったもの……)
この世の中、様々な愛が存在する。秘めた愛があっても良いだろう。
夕紀だって別に、俊哉が亮輔に対して恋愛に近い感情を抱いている事そのものを嫌悪している訳ではない。こちらへ粘着的な目付きを向けながらマウントを取ってくる点が兎に角嫌でたまらないのだ。
「本題に移りますね。貴女、私を疑っているんでしょう? 『村川朝香さんと亮輔が互いに恋愛感情を結ぶよう、敢えて私が仕組んだんじゃないか』って」
そしてやはりこの男は夕紀の考えを容易く言い当てる。
「それはまぁ……そう思うのが自然、ですから」
(この男に言い返す程の高い知能を私は持っていないし、「そう思う」私を弁解する目的で来店してきているんだろうし……)
来店して以来彼は夕紀に名を名乗っていない。これは一見無礼であるように感じるが、4年7ヶ月……いや、それ以上前から続いている関係性から夕紀が咎める権利など全く持っていない。
ずっと前からこちらが加害者であちらが被害者。まして害を被った亮輔は当時中学生且つ未成年で、加害した皐月と夕紀は成人であったのだからこちらの方が罪はより深く重くなる。
個人的感情はあるにしろ、上原俊哉はいつだって亮輔の代弁者に過ぎないし彼が発する言葉の全ては論理に長けていた。全く反論出来ないのだ。
よって夕紀は「彼の言葉に相槌を打つ事しか今日も出来ないのだろう」という予想がこの時点でついた。
「端的に申し上げますとね、朝香さんが以前より亮輔に恋心を寄せていた事は知りませんでしたし、亮輔は朝香さんが移り住む前からあのアパートに仮住まいさせてたとはいえ彼女とはこの春までずっと接点がなかった。2階以上の部屋に住まわせたら飛び降りを謀ってしまうくらい危うい男ですから、亮輔には隣人と極力接触しないよう伝えていました。
階の上の部屋で暮らす人物に惹かれるだなんて想定外だったんです」
コーヒーの熱と潤いにより血色良くなった唇から長く息を吐くと、夕紀を見つめながらその言葉を発した。
「まさか」
夕紀は当然の事ながら即そういう反応をしたんだけれど
「『まさか』が起きるから人間の恋心は甘く、旨味を濃く感じ、興奮するんですよ」
と、彼はグアテマラアンティグアの芳醇な香りをゆるやかに吐きながら言い返した。
「……」
「村川義郎氏が山口とこちらを行き来している頃から……勿論義郎氏と相談した上で私は、朝香さんがこちらに移り住む時期が来るまで亮輔の住む部屋の真上の部屋を意図的にキープしておいた……くらいの操作はしましたよ? 高校卒業したばかりの地方から出てきた少女を都会で生活させるのはリスクが伴う。勤務先である珈琲店から徒歩で通えて、家賃も比較的安価で、それなりに交通の便が良い単身向け賃貸物件ってなかなかないものでしょう?
青果店の2階に住まわせてもらっている貴女では少女を守れる住まいを提供出来ないって義郎氏も理解していたんですよ」
「っ……」
痛いところを突かれた。と、夕紀は息を詰まらせる。
「私はあくまで亮輔の保護者代わりなんです。盲目的に私が彼を愛し守りたくても彼の心までは縛れませんから」
「……」
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