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番外編
落ち葉降る5
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夕方の光が差し込む午後4時過ぎ。
朝香と亮輔は当初の予定であった大銀杏の並木通りではなく……代表的なターミナル駅の通路を通った先にあるタワーマンションを見上げていた。
(ここが……皐月さんの恋人が住んでいたマンション)
夕紀が未だ向き合えていない場所に、朝香の方が先に相対するだなんて……今の今まで、思ってもみなかった。
「おっきい……ね」
すぐ隣で同じように首を斜め上に向けて立ち尽くしている亮輔に、どのような言葉を掛けて良いのか分からず、無難なセリフを吐いた朝香。
「うん……15歳の時と、あんまり変わらないなぁ」
亮輔はまるで、小さな朝香に合わせるかのように……そう呟き
「陸橋の真ん中まで、行ってみたい」
その先に見える陸橋を指差して朝香を誘う。
「うん、行ってみよう」
勿論朝香もそのつもりでいたので、また頷き一緒に橋の階段をゆっくりと昇っていった。
「初めて来た……」
階段を上がり切り橋の真ん中から景色を見ると、ちょうど空がオレンジ色に輝いており、周囲の建物だけでなく往来する人や自動車までもその光で染め上げようとしているところであった。
「うん……俺は、あの時ぶりで」
亮輔はそう言いながら、反対側の階段へと顔を向け
「…………晴れていたけど、ここまでオレンジ色じゃなかったような気もするよ。でも頭を切ってすぐに病院へ連れてかれて……そこの窓からはいつも、こんな光が見えてたような記憶があるかな」
やはり既視感のある色味だと、朝香に話した。
「そっかぁ……」
朝香にとって初めて観る光景であっても、伝え聞いた話のおかげで当時彼らに何が起こったのかを想像出来る。
(15歳のりょーくんは皐月さんを医学生の彼から救い出そうとして……この橋を懸命に走った)
———『亮輔は医学生のタワーマンションがターミナル駅の側に建っているのをおぼろげに知っていた。その微かな記憶だけで遠野皐月を救い出し、マンションを出て……陸橋を渡った。
亮輔は遠野皐月の姉がどこで何の修行をしているのか知らない。とりあえず新幹線の駅まで乗せてもらうバス停に向かえばいいと思い、喋る気力もない遠野皐月の手を引いて陸橋を渡った』———
———『渡り始めてすぐ、刃物を手にした医学生が追いかけてきた。辺りは騒然としたそうだ。
追いつかれると思った亮輔は、遠野皐月に「先に階段を降りて」と指示をして……一瞬だけ、下り階段の手前で亮輔が立ち止まったんだ。
一瞬の間に、医学生は刃物を振り下ろし……その刃は亮輔の後頭部を掠めた。
階段を駆け降りる体力だってギリギリだった筈の遠野皐月は……周囲の悲鳴を合図に後ろを振り向き、力いっぱい亮輔の名前を呼んだんだ。傷で膝から崩れ落ちる亮輔を心配し、無理に体勢を変えて階段を上らんとして……踏み外した』———
俊哉から伝え聞いた「15歳亮輔がとった行動」を、実際立っている陸橋に目を向けながら思い起こすと
(中学生の男の子が考えて行動する、限界だったんだろうなぁ)
15歳の考えではその行動より最適な解答が思いつかなかったのだろうと……当時の彼の気持ちに寄り添う。
「もし……今みたいに、バイクとか車の免許持ってて。
すぐに皐月さんを後ろに乗っけて連れ出せたのなら…………あの時とは全然違った結果になっていたんだろうね」
亮輔もまた朝香と同様の内容を頭に思い浮かべていたらしく、そのように呟き過去を悔いていたが……
「ううん……きっとあの時のりょーくんだからこそ、皐月さんは一緒にここを走ろうって……恋人のそばから離れようって、思えたんだよ」
小さな身体や幼い頭で……必死になって皐月に手を差し伸べた彼の勇気を讃え、朝香は現在の……大きくなった背中を優しく撫でてあげた。
(やっぱりりょーくんは、強い人だ……)
改めて朝香は、あの時陸橋に居た誰よりも笠原亮輔が最も気高く強い人物であったのだと認識する。
姉に甘え、勝手に寂しがり恋人に依存し、それでも打算的に亮輔の手を取った皐月
得られるものが有り余るほどあったのにもかかわらず、プライドの高さから刃物を振り上げた医学生
そしてそれらを、自らを犠牲しながらも真正面で受け止めたのは……15歳の笠原亮輔ただ1人であった。
(頭に傷を受けて……なのにすぐ、夕紀さんの言葉に心まで傷を負ったのに。
それなのに私と恋して……金髪もピアスもやめて……それで今、ここに立ってる)
上原と姓を変え、20歳となっても彼は気高いままの精神でこの場に再び足を踏み入れ……自らの力で殻を破っているのだと思うと
(素敵過ぎて眩しい……)
彼の事が一層好きになり、これからも寄り添って行きたいと欲する。
「あーちゃんごめんね……デートじゃ、なくなっちゃったね」
日が沈み、空が藍色へと深まっていく。
亮輔は眉を下げ再び謝ると
「ううん……今日も素敵なデートになれてるよ。りょーくんとの距離がまた一歩近付いたような気になれたから」
朝香はニッコリと微笑み返し……それから亮輔の手をギュッと握った。
「帰ろうっか……りょーくん。夜ご飯はさ、『 Jolie Mante』であったかいメニュー頼もうよ」
互いの手を温めながら電車に乗り、温かな料理で痛む心を癒そう……今の朝香が思い付くとしたら、そのくらいしかない。
「うん……ありがとう、あーちゃん」
朝香の、ほんの些細な提案であっても……亮輔は笑顔で受け止め、嬉しがってくれた。
夕方の光が差し込む午後4時過ぎ。
朝香と亮輔は当初の予定であった大銀杏の並木通りではなく……代表的なターミナル駅の通路を通った先にあるタワーマンションを見上げていた。
(ここが……皐月さんの恋人が住んでいたマンション)
夕紀が未だ向き合えていない場所に、朝香の方が先に相対するだなんて……今の今まで、思ってもみなかった。
「おっきい……ね」
すぐ隣で同じように首を斜め上に向けて立ち尽くしている亮輔に、どのような言葉を掛けて良いのか分からず、無難なセリフを吐いた朝香。
「うん……15歳の時と、あんまり変わらないなぁ」
亮輔はまるで、小さな朝香に合わせるかのように……そう呟き
「陸橋の真ん中まで、行ってみたい」
その先に見える陸橋を指差して朝香を誘う。
「うん、行ってみよう」
勿論朝香もそのつもりでいたので、また頷き一緒に橋の階段をゆっくりと昇っていった。
「初めて来た……」
階段を上がり切り橋の真ん中から景色を見ると、ちょうど空がオレンジ色に輝いており、周囲の建物だけでなく往来する人や自動車までもその光で染め上げようとしているところであった。
「うん……俺は、あの時ぶりで」
亮輔はそう言いながら、反対側の階段へと顔を向け
「…………晴れていたけど、ここまでオレンジ色じゃなかったような気もするよ。でも頭を切ってすぐに病院へ連れてかれて……そこの窓からはいつも、こんな光が見えてたような記憶があるかな」
やはり既視感のある色味だと、朝香に話した。
「そっかぁ……」
朝香にとって初めて観る光景であっても、伝え聞いた話のおかげで当時彼らに何が起こったのかを想像出来る。
(15歳のりょーくんは皐月さんを医学生の彼から救い出そうとして……この橋を懸命に走った)
———『亮輔は医学生のタワーマンションがターミナル駅の側に建っているのをおぼろげに知っていた。その微かな記憶だけで遠野皐月を救い出し、マンションを出て……陸橋を渡った。
亮輔は遠野皐月の姉がどこで何の修行をしているのか知らない。とりあえず新幹線の駅まで乗せてもらうバス停に向かえばいいと思い、喋る気力もない遠野皐月の手を引いて陸橋を渡った』———
———『渡り始めてすぐ、刃物を手にした医学生が追いかけてきた。辺りは騒然としたそうだ。
追いつかれると思った亮輔は、遠野皐月に「先に階段を降りて」と指示をして……一瞬だけ、下り階段の手前で亮輔が立ち止まったんだ。
一瞬の間に、医学生は刃物を振り下ろし……その刃は亮輔の後頭部を掠めた。
階段を駆け降りる体力だってギリギリだった筈の遠野皐月は……周囲の悲鳴を合図に後ろを振り向き、力いっぱい亮輔の名前を呼んだんだ。傷で膝から崩れ落ちる亮輔を心配し、無理に体勢を変えて階段を上らんとして……踏み外した』———
俊哉から伝え聞いた「15歳亮輔がとった行動」を、実際立っている陸橋に目を向けながら思い起こすと
(中学生の男の子が考えて行動する、限界だったんだろうなぁ)
15歳の考えではその行動より最適な解答が思いつかなかったのだろうと……当時の彼の気持ちに寄り添う。
「もし……今みたいに、バイクとか車の免許持ってて。
すぐに皐月さんを後ろに乗っけて連れ出せたのなら…………あの時とは全然違った結果になっていたんだろうね」
亮輔もまた朝香と同様の内容を頭に思い浮かべていたらしく、そのように呟き過去を悔いていたが……
「ううん……きっとあの時のりょーくんだからこそ、皐月さんは一緒にここを走ろうって……恋人のそばから離れようって、思えたんだよ」
小さな身体や幼い頭で……必死になって皐月に手を差し伸べた彼の勇気を讃え、朝香は現在の……大きくなった背中を優しく撫でてあげた。
(やっぱりりょーくんは、強い人だ……)
改めて朝香は、あの時陸橋に居た誰よりも笠原亮輔が最も気高く強い人物であったのだと認識する。
姉に甘え、勝手に寂しがり恋人に依存し、それでも打算的に亮輔の手を取った皐月
得られるものが有り余るほどあったのにもかかわらず、プライドの高さから刃物を振り上げた医学生
そしてそれらを、自らを犠牲しながらも真正面で受け止めたのは……15歳の笠原亮輔ただ1人であった。
(頭に傷を受けて……なのにすぐ、夕紀さんの言葉に心まで傷を負ったのに。
それなのに私と恋して……金髪もピアスもやめて……それで今、ここに立ってる)
上原と姓を変え、20歳となっても彼は気高いままの精神でこの場に再び足を踏み入れ……自らの力で殻を破っているのだと思うと
(素敵過ぎて眩しい……)
彼の事が一層好きになり、これからも寄り添って行きたいと欲する。
「あーちゃんごめんね……デートじゃ、なくなっちゃったね」
日が沈み、空が藍色へと深まっていく。
亮輔は眉を下げ再び謝ると
「ううん……今日も素敵なデートになれてるよ。りょーくんとの距離がまた一歩近付いたような気になれたから」
朝香はニッコリと微笑み返し……それから亮輔の手をギュッと握った。
「帰ろうっか……りょーくん。夜ご飯はさ、『 Jolie Mante』であったかいメニュー頼もうよ」
互いの手を温めながら電車に乗り、温かな料理で痛む心を癒そう……今の朝香が思い付くとしたら、そのくらいしかない。
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