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番外編
朝に香る5
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「着いたよ。ここが我が家で、道挟んだ向かいのログハウスみたいなのがカフェだよ」
実家の駐車場に停車し、朝香は亮輔の手を引きながら車から降りて建物の説明をする。
「ここが……」
亮輔は道を挟んだ向かい側に建つログハウス型の喫茶店を見つめながらそう呟いた。
「喫茶店のすぐ下が川でね、昨日までの雨で増水しちゃってはいるんだけどこっちまで上がってくる事はないから。今日はいつもより水音が大きいけど怖がらないでね。建物まで水が上がってくる事はないから」
今日は初夏らしい晴天ではあるが、数日前から昨日にかけて大雨が続いていたらしい。それもあっていつもより川の水量が多く水音もゴウゴウと音を立てている。
「うん……」
朝香の言葉に亮輔は静かに頷き、それから深呼吸をして
「いい景色だね」
ポツリとそう言い、口角を上げる。
(りょーくん……私の生まれ育った場所に良い印象を持ってくれているのかな?)
「いい景色って、りょーくんは思ってくれているんだ?」
地元民から愛される喫茶店は、住宅街から遠く離れており、生活用品を買い求めるには先程の道を数十分下って行かねばならない。けれどこの県道は人気のスキー場や観光地へと向かっているので「森の中をコンセプトにした喫茶店」を営業するにはうってつけの立地なのだ。
(窓から見える四季折々の景色も素晴らしいって今でも思うんだけど、高校時代は「住宅街じゃない」って理由だけで「田舎」と揶揄われてたからなぁ……)
朝香がかつて自分すらも「田舎っぽい」と自虐していたのはそれがきっかけだった。だからきっと都会で生まれ育った亮輔にとってこのような家の感じや周辺の景色を見ても「田舎っぽいな」とか「何にもないな」と思われてしまうんじゃないかと朝香は予想をしていたのだが……
「うん、皐月さんがね『お姉さんの修行先の景色は格別だ』ってめちゃくちゃ褒めていたんだ『川の水は冷たくて足を浸すだけでも楽しいし、少し移動すれば大きなダムがあってとても景色がいい』って」
「えっ」
「こんなに素敵で綺麗な場所なら、皐月さんも心地よく休息出来たんじゃないかなぁ。俺が頑張って『ゴールデンウィーク中にお姉さんの修行先へ行ってみたら』って推して良かったんだろうなっ思って……それで、車の中にいる時も景色ばっかり見つめちゃったんだ」
亮輔は潤んだ瞳と嬉しそうな笑みを朝香に向けていて
「正直まだ緊張は抜けてないんだけど、あの時皐月さんにここへ行くよう強く推して良かった。そして今日俺がここへ来れて良かったって……今、すっごく思ってるよ」
(りょーくんは、皐月さんと交わした会話を思い起こしながらずっと外の景色を見つめていたんだ……)
亮輔にとってはここの場所が「田舎っぽいもの」でも何でもなく、ただただこの瞬間を喜んでくれているんだと朝香は知る。
「確かに皐月さんはずっと喜んでくれていたみたいだったよ」
「それにここは、あーちゃんが『雨上がりの女神』って名付けた聖地みたいなものだもんね♪」
「なんかその言い方恥ずかしいっ! 私が子どもみたいっ!」
「まぁ子どもじゃん? 中3だっけ当時」
「中3だけど、発想が中学生よりレベルが低くかった気もするぅ」
「そこまで低いかな?」
「かっこよくて大人っぽいりょーくんに指摘されるとそう感じちゃうんだよぉ」
ちょっとした冗談で朝香は笑い、彼も笑い返してくれる。
「そろそろ家の中に入ろうっか。お父さんが待ってるから」
「あ! そうだよねっ!」
ひとしきり笑ったところで、朝香は亮輔と繋いでいる手をクイクイと引っ張って
(りょーくんを連れてきて本当に良かった……)
幸せな気持ちでいっぱいになりながら、実家の玄関扉のノブに手をかけた。
「ただいまー」
玄関扉を開けて大きめの声で呼び掛けてみた朝香であったが、そこには父どころか母までもが居ない。
「あれ? あーちゃんのお母さんは中にいらっしゃるんだよね?」
確かに朝香達は車から降りてしばらくの間外の景色を眺めながら話をしていた……けれど、両親が玄関先で痺れを切らすほど長時間会話していたわけでもなかった。
「多分……」
現実、目の前には誰もおらず出迎えてくれているのは母が並べて用意してくれたであろう2人分のスリッパのみ。
「取り敢えずリビングの中に入ろうか、りょーくん」
「うん」
とりあえず彼にスリッパを履いて中に入るよう促し、一緒に廊下を渡る。
(うーん……なんか嫌な予感がする)
「もしかしてあーちゃんのお父さんは、今回の事で俺にかなりお怒りなんじゃ……」
「…………」
(確かに……あり得る)
冷や汗をかく亮輔を見上げながら朝香も背中に一筋の汗が流れ落ちる。
(こういう時はりょーくんを安心させて「そんな事ないよ」って言ってあげたいんだけど……正直お父さんがりょーくんに対して怒っているんじゃないかという予想とは別に、お母さんがお父さんにきつく言っておいたというあの約束を破っているんじゃないかという不安が拭えないっていうか)
「……あーちゃん?」
顔の筋肉が強張り、亮輔の不安や緊張を煽らせてしまった。
「着いたよ。ここが我が家で、道挟んだ向かいのログハウスみたいなのがカフェだよ」
実家の駐車場に停車し、朝香は亮輔の手を引きながら車から降りて建物の説明をする。
「ここが……」
亮輔は道を挟んだ向かい側に建つログハウス型の喫茶店を見つめながらそう呟いた。
「喫茶店のすぐ下が川でね、昨日までの雨で増水しちゃってはいるんだけどこっちまで上がってくる事はないから。今日はいつもより水音が大きいけど怖がらないでね。建物まで水が上がってくる事はないから」
今日は初夏らしい晴天ではあるが、数日前から昨日にかけて大雨が続いていたらしい。それもあっていつもより川の水量が多く水音もゴウゴウと音を立てている。
「うん……」
朝香の言葉に亮輔は静かに頷き、それから深呼吸をして
「いい景色だね」
ポツリとそう言い、口角を上げる。
(りょーくん……私の生まれ育った場所に良い印象を持ってくれているのかな?)
「いい景色って、りょーくんは思ってくれているんだ?」
地元民から愛される喫茶店は、住宅街から遠く離れており、生活用品を買い求めるには先程の道を数十分下って行かねばならない。けれどこの県道は人気のスキー場や観光地へと向かっているので「森の中をコンセプトにした喫茶店」を営業するにはうってつけの立地なのだ。
(窓から見える四季折々の景色も素晴らしいって今でも思うんだけど、高校時代は「住宅街じゃない」って理由だけで「田舎」と揶揄われてたからなぁ……)
朝香がかつて自分すらも「田舎っぽい」と自虐していたのはそれがきっかけだった。だからきっと都会で生まれ育った亮輔にとってこのような家の感じや周辺の景色を見ても「田舎っぽいな」とか「何にもないな」と思われてしまうんじゃないかと朝香は予想をしていたのだが……
「うん、皐月さんがね『お姉さんの修行先の景色は格別だ』ってめちゃくちゃ褒めていたんだ『川の水は冷たくて足を浸すだけでも楽しいし、少し移動すれば大きなダムがあってとても景色がいい』って」
「えっ」
「こんなに素敵で綺麗な場所なら、皐月さんも心地よく休息出来たんじゃないかなぁ。俺が頑張って『ゴールデンウィーク中にお姉さんの修行先へ行ってみたら』って推して良かったんだろうなっ思って……それで、車の中にいる時も景色ばっかり見つめちゃったんだ」
亮輔は潤んだ瞳と嬉しそうな笑みを朝香に向けていて
「正直まだ緊張は抜けてないんだけど、あの時皐月さんにここへ行くよう強く推して良かった。そして今日俺がここへ来れて良かったって……今、すっごく思ってるよ」
(りょーくんは、皐月さんと交わした会話を思い起こしながらずっと外の景色を見つめていたんだ……)
亮輔にとってはここの場所が「田舎っぽいもの」でも何でもなく、ただただこの瞬間を喜んでくれているんだと朝香は知る。
「確かに皐月さんはずっと喜んでくれていたみたいだったよ」
「それにここは、あーちゃんが『雨上がりの女神』って名付けた聖地みたいなものだもんね♪」
「なんかその言い方恥ずかしいっ! 私が子どもみたいっ!」
「まぁ子どもじゃん? 中3だっけ当時」
「中3だけど、発想が中学生よりレベルが低くかった気もするぅ」
「そこまで低いかな?」
「かっこよくて大人っぽいりょーくんに指摘されるとそう感じちゃうんだよぉ」
ちょっとした冗談で朝香は笑い、彼も笑い返してくれる。
「そろそろ家の中に入ろうっか。お父さんが待ってるから」
「あ! そうだよねっ!」
ひとしきり笑ったところで、朝香は亮輔と繋いでいる手をクイクイと引っ張って
(りょーくんを連れてきて本当に良かった……)
幸せな気持ちでいっぱいになりながら、実家の玄関扉のノブに手をかけた。
「ただいまー」
玄関扉を開けて大きめの声で呼び掛けてみた朝香であったが、そこには父どころか母までもが居ない。
「あれ? あーちゃんのお母さんは中にいらっしゃるんだよね?」
確かに朝香達は車から降りてしばらくの間外の景色を眺めながら話をしていた……けれど、両親が玄関先で痺れを切らすほど長時間会話していたわけでもなかった。
「多分……」
現実、目の前には誰もおらず出迎えてくれているのは母が並べて用意してくれたであろう2人分のスリッパのみ。
「取り敢えずリビングの中に入ろうか、りょーくん」
「うん」
とりあえず彼にスリッパを履いて中に入るよう促し、一緒に廊下を渡る。
(うーん……なんか嫌な予感がする)
「もしかしてあーちゃんのお父さんは、今回の事で俺にかなりお怒りなんじゃ……」
「…………」
(確かに……あり得る)
冷や汗をかく亮輔を見上げながら朝香も背中に一筋の汗が流れ落ちる。
(こういう時はりょーくんを安心させて「そんな事ないよ」って言ってあげたいんだけど……正直お父さんがりょーくんに対して怒っているんじゃないかという予想とは別に、お母さんがお父さんにきつく言っておいたというあの約束を破っているんじゃないかという不安が拭えないっていうか)
「……あーちゃん?」
顔の筋肉が強張り、亮輔の不安や緊張を煽らせてしまった。
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