【R18本編完結&番外編更新中】この雨が上がったら一緒にコーヒーを飲みませんか?

silverchaff

文字の大きさ
160 / 171
番外編

朝に香る5

しおりを挟む



「着いたよ。ここが我が家で、道挟んだ向かいのログハウスみたいなのがカフェだよ」

 実家の駐車場に停車し、朝香は亮輔の手を引きながら車から降りて建物の説明をする。

「ここが……」

 亮輔は道を挟んだ向かい側に建つログハウス型の喫茶店を見つめながらそう呟いた。

「喫茶店のすぐ下が川でね、昨日までの雨で増水しちゃってはいるんだけどこっちまで上がってくる事はないから。今日はいつもより水音が大きいけど怖がらないでね。建物まで水が上がってくる事はないから」

 今日は初夏らしい晴天ではあるが、数日前から昨日にかけて大雨が続いていたらしい。それもあっていつもより川の水量が多く水音もゴウゴウと音を立てている。

「うん……」

 朝香の言葉に亮輔は静かに頷き、それから深呼吸をして

「いい景色だね」

 ポツリとそう言い、口角を上げる。

(りょーくん……私の生まれ育った場所に良い印象を持ってくれているのかな?)

「いい景色って、りょーくんは思ってくれているんだ?」

 地元民から愛される喫茶店は、住宅街から遠く離れており、生活用品を買い求めるには先程の道を数十分下って行かねばならない。けれどこの県道は人気のスキー場や観光地へと向かっているので「森の中をコンセプトにした喫茶店」を営業するにはうってつけの立地なのだ。

(窓から見える四季折々の景色も素晴らしいって今でも思うんだけど、高校時代は「住宅街じゃない」って理由だけで「田舎」と揶揄われてたからなぁ……)

 朝香がかつて自分すらも「田舎っぽい」と自虐していたのはそれがきっかけだった。だからきっと都会で生まれ育った亮輔にとってこのような家の感じや周辺の景色を見ても「田舎っぽいな」とか「何にもないな」と思われてしまうんじゃないかと朝香は予想をしていたのだが……

「うん、皐月さんがね『お姉さんの修行先の景色は格別だ』ってめちゃくちゃ褒めていたんだ『川の水は冷たくて足を浸すだけでも楽しいし、少し移動すれば大きなダムがあってとても景色がいい』って」
「えっ」
「こんなに素敵で綺麗な場所なら、皐月さんも心地よく休息出来たんじゃないかなぁ。俺が頑張って『ゴールデンウィーク中にお姉さんの修行先へ行ってみたら』って推して良かったんだろうなっ思って……それで、車の中にいる時も景色ばっかり見つめちゃったんだ」
 
 亮輔は潤んだ瞳と嬉しそうな笑みを朝香に向けていて

「正直まだ緊張は抜けてないんだけど、あの時皐月さんにここへ行くよう強く推して良かった。そして今日俺がここへ来れて良かったって……今、すっごく思ってるよ」
 
(りょーくんは、皐月さんと交わした会話を思い起こしながらずっと外の景色を見つめていたんだ……)

 亮輔にとってはここの場所が「田舎っぽいもの」でも何でもなく、ただただこの瞬間を喜んでくれているんだと朝香は知る。

「確かに皐月さんはずっと喜んでくれていたみたいだったよ」
「それにここは、あーちゃんが『雨上がりの女神』って名付けた聖地みたいなものだもんね♪」
「なんかその言い方恥ずかしいっ! 私が子どもみたいっ!」
「まぁ子どもじゃん? 中3だっけ当時」
「中3だけど、発想が中学生よりレベルが低くかった気もするぅ」
「そこまで低いかな?」
「かっこよくて大人っぽいりょーくんに指摘されるとそう感じちゃうんだよぉ」

 ちょっとした冗談で朝香は笑い、彼も笑い返してくれる。


「そろそろ家の中に入ろうっか。お父さんが待ってるから」
「あ! そうだよねっ!」

 ひとしきり笑ったところで、朝香は亮輔と繋いでいる手をクイクイと引っ張って

(りょーくんを連れてきて本当に良かった……)

 幸せな気持ちでいっぱいになりながら、実家の玄関扉のノブに手をかけた。

「ただいまー」

 玄関扉を開けて大きめの声で呼び掛けてみた朝香であったが、そこには父どころか母までもが居ない。

「あれ? あーちゃんのお母さんは中にいらっしゃるんだよね?」

 確かに朝香達は車から降りてしばらくの間外の景色を眺めながら話をしていた……けれど、両親が玄関先で痺れを切らすほど長時間会話していたわけでもなかった。

「多分……」

 現実、目の前には誰もおらず出迎えてくれているのは母が並べて用意してくれたであろう2人分のスリッパのみ。

「取り敢えずリビングの中に入ろうか、りょーくん」
「うん」

 とりあえず彼にスリッパを履いて中に入るよう促し、一緒に廊下を渡る。

(うーん……なんか嫌な予感がする)

「もしかしてあーちゃんのお父さんは、今回の事で俺にかなりお怒りなんじゃ……」
「…………」

(確かに……あり得る)

 冷や汗をかく亮輔を見上げながら朝香も背中に一筋の汗が流れ落ちる。

(こういう時はりょーくんを安心させて「そんな事ないよ」って言ってあげたいんだけど……正直お父さんがりょーくんに対して怒っているんじゃないかという予想とは別に、お母さんがお父さんにきつく言っておいたというを破っているんじゃないかという不安が拭えないっていうか)

「……あーちゃん?」

 顔の筋肉が強張こわばり、亮輔の不安や緊張をあおらせてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年齢の差は23歳

蒲公英
恋愛
やたら懐く十八歳。不惑を過ぎたおっさんは、何を思う。 この後、連載で「最後の女」に続きます。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...