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本編
珈琲オタクの意地6
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「いただきます」
色々と思うところはあるが、目の前に置かれたプリンアラモードとホットコーヒーに罪はないし、向日葵さんからの善意を反古にするなんて朝香に出来る筈がなかった。
朝香は素直に目を閉じ手を合わせ、それからプリンをスプーンで掬い口の中に入れる。
(固めのプリンで美味しい……クリームとフルーツのバランスもすごくいい!)
岩瀬からは度々「うちの手作りプリンは昭和レトロ感満載だよ」という話を聞いていた通りこのプリンには厨房のこだわりを感じさせるし、周囲を彩るフルーツや生クリームデコレーションは有り合わせとは思えないほどプリンとマッチしていた。
「美味しいです。注文して下さってありがとうございます」
朝香は再び、対面に腰掛ける向日葵さんに向かって味の感想と礼を言うと
「よかった」
彼は安堵の息と共にふわりとした微笑みを浮かべ……それから
「俺も、いただきます。珈琲屋さんが1人で悩んで頑張って考えてくれたコーヒーを」
朝香にそう伝え、コーヒーカップを鼻に近付けて……
「甘い香りがしますね、いただきます」
香りの感想を述べた後、カップの縁に唇を押し当てた。
(所作が綺麗……)
ライオンの鬣と比喩してもおかしくない金色ウェーブの髪、サイドからチラ見えする耳にはいくつものピアスが嵌められている。
服装は洗練されているが彼が着るとロックバンドのボーカルのようなカリスマ性が滲み出ていて、外見だけで彼を判断するならば「かなり派手」であるし素行が良さそうとも思えないであろう。周りの学生が彼を「ヤジュウ」と呼ぶのも分からないでもない。
(全部が綺麗だし、見つめていたら体中がポカポカとあったかくなるような……)
だが、朝香の印象はずっと「向日葵さん」であり今この瞬間も「その認識は間違っていない」と断言出来る。
そのくらい朝香にとっての彼は……夕陽に反射した若々しい肉体のみならず一杯のコーヒーを嗜む精神性までもが……とにかく全てが美しく見えたのだ。
「美味しい……コーヒーって、甘み旨みがこんなに感じられるんだって。初めて知りました……凄いです」
カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに戻す指の動きも綺麗でポーッとなっている朝香に、向日葵さんはそう言葉を続けたので
「えっ? あっ……す、すごい? ですか??」
(しまった! 話しかけられているんだからちゃんとお返事しないと!! ポーッとなってる場合じゃなかった!!)
目をパチパチと瞬きしてなんとか返事をすると
「はい、お若いのに凄いと思います。先週からメニューに加わったこの『はなぶさブレンド』は店長さんではなくてあなたが1人で考えてブレンドしてくれたって、あの厨房の方から聞いたんです」
向日葵さんは真剣な目つきになって朝香を真っ直ぐに見つめはじめた。
「あ……確かに、そうですね。厨房の岩瀬さんから新しいブレンドコーヒーの提案をしてほしいと依頼を受けたのですがあいにく店主は通常業務に追われていて新商品開発が難しそうでしたから、私が1人で考えようって」
最終的には店主である夕紀の力を借りて完成させた「はなぶさブレンド」であるが、ほとんどは朝香が商品開発をしたと言って相違ない。
「店で定番として焙煎されている豆を使用したアフターミックスであれば、ブレンド作りは私にとってそんなに難しい作業ではないんです。私の実家は小さな喫茶店をやっていて、中学生の頃から閉店後にお遊びでブレンド作ってみて飲んだりしていたので」
「凄いですね」
「本当にお遊びなんです。親からも『作ったブレンドは絶対に店内に残さないで! お客様の口に入るような真似はしないで!』ってキツく叱られてたくらいで」
「徹底されているんですね」
「親も私も珈琲好きを拗らせてるだけなんですよ」
朝香の両親は自他共に認める珈琲オタクで、『森のカフェ・むらかわ』で出しているコーヒーも細部までこだわりを見せている。その娘である朝香は言わば幼少期からその英才教育を受けているようなものであり、オタクの血は争えないと感じる点も多々あるしそれ故に衝突する事もあった。高校を卒業した朝香が夕紀を師として『森のカフェ・むらかわ』店主の孫弟子になったのも「互いが心地良い関係性を得る為に」といった計らいによるものである。
「すごいなぁ……」
朝香にとってはなんて事ない。けれど向日葵さんは感嘆の息を漏らした。
その後コーヒーを二口、三口と飲み進めていき……カップが空になったところで
「こんなに素晴らしいコーヒーを作っているなんて知らなくて、ただの俺の感情一つでご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ガタッと席を立ち、座ったままの朝香に向かって深々と頭を下げる。
「えっ……いいんですよ、別に! おかげで学生さん達に好まれる新商品を作ることが出来ましたし、私も店主もそこは何とも思ってなくて」
確かに「雨上がりブレンド」は店の顔とも言うべきコーヒーであるが、英美学院大学の学生に好まれなければ商品を置いておく意味がない。本当に人気がなかったのであればあのまま一定量を配達していたとしてもいつかは在庫がダブついて厨房側は困っただろう。あの騒動には本当に驚かされたが、目の前にいる向日葵さんの「雨上がりブレンドを飲みたいと思わない」という学生の意見があった事そのものは看過できない。店主である夕紀も「彼の貴重な意見には感謝している」と言っていたくらいなのだ。
「向日葵さんの……えっと、貴方のご意見に店は救われたんです。こちらこそ御礼を申し上げなければなりません」
彼は悪い人物ではないと朝香は確信している。コーヒーが飲めない訳ではないと知れたし「はなぶさブレンド」を褒めてくれたからだ。
(なんで「雨上がりブレンド」を飲もうと思えないって言ってたかはまだ分かんないけど……軽々しい気持ちでそんな事を言ったんじゃないって……向日葵さんの態度見てたらちゃんと伝わるもん)
朝香も彼と同じように席を立ち
「我が店の店主を代理して感謝致します。この度は貴重なご意見をありがとうございます」
深々と頭を下げたのだが
「いえ、今回のことは俺が全部悪いんです。俺が……交際している彼女でも友達でもない学生に『雨上がりは苦手で好きじゃない』なんて言ったから。
あなたが働いているお店の名前や大事な商品に『雨上がり』の名前がついてるっていうだけで勝手に苦手意識を持ってしまった俺が……全部全部悪いんです」
朝香の頭上に彼の申し訳なさそうな声が被ってくる。
「えっ……?」
ビックリした朝香はゆっくりと頭を上げた。
向日葵さんはもう、頭を下げる行為から体勢を戻してはいたのだが……
「俺が全部、悪いんです……すみません」
彼の目からは涙が溢れ頬を濡らしている。
朝香が思っている以上に、彼は今回の事を大いに反省しているようだった。
そして———
朝香が「謝らなくていい」と口にしようとした直前
背丈の高い身体はその場からガタッと崩れ落ち
「えっ」
動かなくなってしまったのだった。
「えっ……ちょっ……え、どうしよう……」
色々と思うところはあるが、目の前に置かれたプリンアラモードとホットコーヒーに罪はないし、向日葵さんからの善意を反古にするなんて朝香に出来る筈がなかった。
朝香は素直に目を閉じ手を合わせ、それからプリンをスプーンで掬い口の中に入れる。
(固めのプリンで美味しい……クリームとフルーツのバランスもすごくいい!)
岩瀬からは度々「うちの手作りプリンは昭和レトロ感満載だよ」という話を聞いていた通りこのプリンには厨房のこだわりを感じさせるし、周囲を彩るフルーツや生クリームデコレーションは有り合わせとは思えないほどプリンとマッチしていた。
「美味しいです。注文して下さってありがとうございます」
朝香は再び、対面に腰掛ける向日葵さんに向かって味の感想と礼を言うと
「よかった」
彼は安堵の息と共にふわりとした微笑みを浮かべ……それから
「俺も、いただきます。珈琲屋さんが1人で悩んで頑張って考えてくれたコーヒーを」
朝香にそう伝え、コーヒーカップを鼻に近付けて……
「甘い香りがしますね、いただきます」
香りの感想を述べた後、カップの縁に唇を押し当てた。
(所作が綺麗……)
ライオンの鬣と比喩してもおかしくない金色ウェーブの髪、サイドからチラ見えする耳にはいくつものピアスが嵌められている。
服装は洗練されているが彼が着るとロックバンドのボーカルのようなカリスマ性が滲み出ていて、外見だけで彼を判断するならば「かなり派手」であるし素行が良さそうとも思えないであろう。周りの学生が彼を「ヤジュウ」と呼ぶのも分からないでもない。
(全部が綺麗だし、見つめていたら体中がポカポカとあったかくなるような……)
だが、朝香の印象はずっと「向日葵さん」であり今この瞬間も「その認識は間違っていない」と断言出来る。
そのくらい朝香にとっての彼は……夕陽に反射した若々しい肉体のみならず一杯のコーヒーを嗜む精神性までもが……とにかく全てが美しく見えたのだ。
「美味しい……コーヒーって、甘み旨みがこんなに感じられるんだって。初めて知りました……凄いです」
カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに戻す指の動きも綺麗でポーッとなっている朝香に、向日葵さんはそう言葉を続けたので
「えっ? あっ……す、すごい? ですか??」
(しまった! 話しかけられているんだからちゃんとお返事しないと!! ポーッとなってる場合じゃなかった!!)
目をパチパチと瞬きしてなんとか返事をすると
「はい、お若いのに凄いと思います。先週からメニューに加わったこの『はなぶさブレンド』は店長さんではなくてあなたが1人で考えてブレンドしてくれたって、あの厨房の方から聞いたんです」
向日葵さんは真剣な目つきになって朝香を真っ直ぐに見つめはじめた。
「あ……確かに、そうですね。厨房の岩瀬さんから新しいブレンドコーヒーの提案をしてほしいと依頼を受けたのですがあいにく店主は通常業務に追われていて新商品開発が難しそうでしたから、私が1人で考えようって」
最終的には店主である夕紀の力を借りて完成させた「はなぶさブレンド」であるが、ほとんどは朝香が商品開発をしたと言って相違ない。
「店で定番として焙煎されている豆を使用したアフターミックスであれば、ブレンド作りは私にとってそんなに難しい作業ではないんです。私の実家は小さな喫茶店をやっていて、中学生の頃から閉店後にお遊びでブレンド作ってみて飲んだりしていたので」
「凄いですね」
「本当にお遊びなんです。親からも『作ったブレンドは絶対に店内に残さないで! お客様の口に入るような真似はしないで!』ってキツく叱られてたくらいで」
「徹底されているんですね」
「親も私も珈琲好きを拗らせてるだけなんですよ」
朝香の両親は自他共に認める珈琲オタクで、『森のカフェ・むらかわ』で出しているコーヒーも細部までこだわりを見せている。その娘である朝香は言わば幼少期からその英才教育を受けているようなものであり、オタクの血は争えないと感じる点も多々あるしそれ故に衝突する事もあった。高校を卒業した朝香が夕紀を師として『森のカフェ・むらかわ』店主の孫弟子になったのも「互いが心地良い関係性を得る為に」といった計らいによるものである。
「すごいなぁ……」
朝香にとってはなんて事ない。けれど向日葵さんは感嘆の息を漏らした。
その後コーヒーを二口、三口と飲み進めていき……カップが空になったところで
「こんなに素晴らしいコーヒーを作っているなんて知らなくて、ただの俺の感情一つでご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ガタッと席を立ち、座ったままの朝香に向かって深々と頭を下げる。
「えっ……いいんですよ、別に! おかげで学生さん達に好まれる新商品を作ることが出来ましたし、私も店主もそこは何とも思ってなくて」
確かに「雨上がりブレンド」は店の顔とも言うべきコーヒーであるが、英美学院大学の学生に好まれなければ商品を置いておく意味がない。本当に人気がなかったのであればあのまま一定量を配達していたとしてもいつかは在庫がダブついて厨房側は困っただろう。あの騒動には本当に驚かされたが、目の前にいる向日葵さんの「雨上がりブレンドを飲みたいと思わない」という学生の意見があった事そのものは看過できない。店主である夕紀も「彼の貴重な意見には感謝している」と言っていたくらいなのだ。
「向日葵さんの……えっと、貴方のご意見に店は救われたんです。こちらこそ御礼を申し上げなければなりません」
彼は悪い人物ではないと朝香は確信している。コーヒーが飲めない訳ではないと知れたし「はなぶさブレンド」を褒めてくれたからだ。
(なんで「雨上がりブレンド」を飲もうと思えないって言ってたかはまだ分かんないけど……軽々しい気持ちでそんな事を言ったんじゃないって……向日葵さんの態度見てたらちゃんと伝わるもん)
朝香も彼と同じように席を立ち
「我が店の店主を代理して感謝致します。この度は貴重なご意見をありがとうございます」
深々と頭を下げたのだが
「いえ、今回のことは俺が全部悪いんです。俺が……交際している彼女でも友達でもない学生に『雨上がりは苦手で好きじゃない』なんて言ったから。
あなたが働いているお店の名前や大事な商品に『雨上がり』の名前がついてるっていうだけで勝手に苦手意識を持ってしまった俺が……全部全部悪いんです」
朝香の頭上に彼の申し訳なさそうな声が被ってくる。
「えっ……?」
ビックリした朝香はゆっくりと頭を上げた。
向日葵さんはもう、頭を下げる行為から体勢を戻してはいたのだが……
「俺が全部、悪いんです……すみません」
彼の目からは涙が溢れ頬を濡らしている。
朝香が思っている以上に、彼は今回の事を大いに反省しているようだった。
そして———
朝香が「謝らなくていい」と口にしようとした直前
背丈の高い身体はその場からガタッと崩れ落ち
「えっ」
動かなくなってしまったのだった。
「えっ……ちょっ……え、どうしよう……」
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