【R18本編完結&番外編更新中】この雨が上がったら一緒にコーヒーを飲みませんか?

silverchaff

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本編

向日葵さんと野獣の噂1

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「はい、今日の配達分ね」

 6月に入り「もうすぐ梅雨入りか」という声が聞こえてくる頃。

「はいっ! 今日もお疲れ様でした。明日もよろしくお願いしますっ」

 いつものように英美学院大学カフェテリアへの配達物を受け取ると、朝香はペコッと頭を下げて挨拶し意気揚々と『雨上がり珈琲店』を出発する。

「あっ、朝香ちゃん朝香ちゃんっ!」

 店の勝手口を出たのとほぼ同じタイミングで声を掛けてきたのは、隣の店舗で『もりやま青果店』を営む森山初恵もりやまはつえ。齢は55と聞いており、一人息子は店を継ぐつもりはなく6年以上前に九州へと就職していったそうだ。なので「この店は私ら夫婦が居なくなったら終わりね」と夕紀にぼやいているのを朝香は度々目にしている。夕紀曰く「めちゃくちゃ健康志向でジョギング趣味にしてるような元気なご夫婦だし30年以上は安泰でしょ」という事らしいのだが。

 そんな『もりやま青果店』はここ数週間の生活変化により、朝香にとってなくてはならない存在になりつつある。

「大学さんから帰ったら取りに来るよね? お魚とお野菜」

 初恵は朝香に小声で注文品についての話をし始めたので、朝香も小声で

「はいっ、今日は夜7時前に取りに行きます」
「了解っ! じゃあ今日もまた源さんに渡しておくから。源さんのお店に直接行ってくれる? うちからはね、オススメのトマトおまけしといてあげるからっ」
「いつもありがとうございます」

 と、夕紀に聞かれないように気をつけながら初恵と打ち合わせをする。

(初恵さんに「自炊がんばりたい」って言ったら毎回500円で魚とお野菜のおつとめ品入れてくれるんだもん。すごくありがたいよぉ)

 今までも朝香はアパートのキッチンで料理をそれなりにしていたのだが、いかんせん一人暮らしなので暇な時に煮込み料理をまとめて作って小分けしそれらを少しずつ食べる生活をしていた。しかし数週間前からその生活状況が変わった為、初恵が気を回し格安で野菜や魚、惣菜などを組み合わせたものを仲間の店で協力して朝香に渡してくれるようになったのだ。
 特にアパートから一番近い鮮魚店『源』の魚介類は朝香のお気に入りとなり、初恵の野菜よりも楽しみにしている。

 朝香は500円を初恵に手渡すと、初恵にもペコッと頭を下げて駅へとひた走る。

(今日のお魚なにかなぁ~♪ 昨日のイカも美味しかったもん楽しみだなぁ~)

 昨日作った夏野菜とスルメイカの炒め物は、オリーブオイルと塩だけのシンプルな味付けにしたのだが絶品でその後の勉強もはかどった。今日もそんな日でありたいと願っている。

(美味しいものはパワーになるもんっ! 今日もお料理頑張っちゃお!)

 ウキウキ気分のまま電車に乗り込み、英美学院大学へと向かう。

(夜がこんなに楽しみになるだなんて一ヶ月前は想像もしなかったなぁ……)

 大学の校門を潜って駆け足でカフェテリアへと急ぎ、岩瀬に「はなぶさブレンド」を渡し終えたところで朝香はそんな事を思いながらふぅぅぅっと長い深呼吸を一つした。

(今日は向日葵さんが5限授業だから、図書館で恋愛小説が読めるっ♡)

 向日葵さんの受講スケジュールも把握済み。今日は1人で90分誰にも邪魔されずにちょっとだけエッチな小説を読む事が出来るのだ。

(卒業生の作品とはいえ大学図書館にもこういうジャンルが置かれているのってビックリ……)

 朝香が目当てにしている小説は大学OB・OGが作家となり書籍化されている作品で、学内でもかなりの人気シリーズとなっているものだった。

(官能小説ってほどでもないし表現が奥ゆかしくて素敵なんだけど、一般で入館してる私が借りるっていうのはちょっとだけ恥ずかしいっていうか……)

 許可されているのだから借りて持ち帰るのは問題ない。けれどこのジャンルだけは1人だけ静かな空間でコッソリと読みたいのだ。
 朝香は前回の続きを読もうと文庫本を一冊抜き取り、空の様子を確認した上で中庭読書スペースへ行きゆったりとくつろぎながら本を読むことにした。

(あぁ~ちょっと蒸し暑いけど……やっぱりいいなぁここでの読書)

 西陽が厳しい季節に入ってしまったが、朝香にとってはここがオアシス。

(あ~あ、雨だとここ閉められちゃうから利用出来るのもあと1週間くらいかなぁ。梅雨入りしてほしくないなぁ~)

 館内はエアコンが効いているので、梅雨時でも図書館は快適で楽しい場所になるだろう。夏場であっても6月9月の雨季がきても、朝香は「雨にならない限りは中庭で本を読みたい」と欲しているのである。

(ほわぁぁぁ~~~文字だけで伝わるセクシーさ! 私の語彙力が乏しくって感想を上手く伝えられないのが悔しいっ!!)

 物語は主人公とお相手の男性との距離が近付くシーンに入り、ページをめくる手が止められない。

(っ、ああぁぁぁぁぁぁ~~~!!!!)

 朝香のボルテージは最高潮に達し、声にならない声が自然と漏れてしまう。

「っ……はぁぁぁあああああぁぁぁ」

 読み終え表紙をパタンと閉じた朝香はもう、全身が熱くなっており胸のドキドキが抑えられない。

(今顔も耳も真っ赤だぁ絶対……中庭で読んでて良かったかも……)

 読後感にしばらく浸っていようと、リラックスチェアに身体を委ねたままギュッと目を閉じていると

「お待たせ、あーちゃん」

 耳慣れた声が頭上から降ってきたので

「ぷええぇええ?!」

 朝香はバッと目を開け、素っ頓狂な声を上げて跳ね起きた。

「向日葵さんっ!」

 声の主は朝香の予想通り、向日葵さんこと金髪ウェーブの高身長男性である。

「大丈夫? 全身真っ赤だけど。熱中症になってない?」

 向日葵さんは朝香が全身ピンク色な様子を気にしているようだ。

「ね、熱中症じゃなくてっ! これはその……えっと」

 「自分は元気だ」を主張しようとして首を左右にブンブンと振ってみた朝香だったが

(熱中症じゃなかったら赤くなってる理由をなんて言えば……!!)

 正直な理由を言えば向日葵さんにドン引きされる。かといって別の言い訳も思い付かず、ただワタワタするしかない状況に陥ってしまった。

「フフッ、可愛い」

 向日葵さんはクスクスと笑って、朝香が手にする文庫本をヒョイっと持ち上げると

「返しに行ってあげるね。エアコン効いたところでクールダウンしといて♪」

 そう言って中庭から出て行ってしまう。

(あーーーーー!!!!!! 向日葵さんにエッチな小説読んでるのバレたぁぁぁぁぁ~~~~)

 彼の言う通りひんやりとした空間の中で体を休めなければならないのを理解しているのに、恥ずかしさのあまり朝香はそのリラックスチェアから抜け出せずダンゴムシのように丸まってしまう。

(もー! 私の馬鹿っ!! 5限目終わるまでに本を戻しておけば良かったのに!! 読後感に浸ってる場合じゃなかったのにぃぃぃ!!)

 何のクールダウンも出来ないまま、再び戻ってきた向日葵さんに連れられて大学校門を出て電車に乗り込み、2人が暮らしているアパートへと戻る。


 

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