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本編
田上の奥さん2
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「ありがとう朝香ちゃん。いつもなら健ちゃんがしてくれるんだけど美優が熱を出しちゃったから小児科連れてってるの」
朝香はす奥さんを店先のお客様用椅子に腰掛けさせ、バケツを運び値札を通り沿いに向けると、奥さんは申し訳無さそうな表情をしながらそのように言う。
「美優ちゃんお熱なら心配ですもんね」
美優とは、田上家の長女で2歳になったばかり。この年頃は発熱を起こしやすいと耳にした事のある朝香はすぐに「健人さんもやむを得ず妊婦の奥さんをこの時間1人にさせてる状況なのだ」と察する。
「運んでくれてありがとう助かったわ」
「いえいえ」
労いの言葉にも朝香は謙遜の意味で首を左右に振ってみせたのだが……
「そろそろ電車の時間? 大学早く行かないとね!」
奥さんのその言葉には表情を曇らせ……
「そう……ですね」
顔を背けてしまう。
「あれ? どうしたの? いつもなら元気にこの時間駅に向かうのに」
確かに、今日の朝香はいつもと違う。いつもなら意気揚々と出掛けて早めに配達を終わらせ大学図書館で時間を潰すのだ。向日葵さんと仲良く帰宅する為に。
「……」
アパートへ帰宅する際はこのアーケードを通らず細い裏通りを使うので、恐らく奥さんも知らないのだろう。朝香が早めに配達へ行くのは向日葵さんと楽しく過ごしたい望みがある事を……そして昨夜の一件の所為で、朝香は向日葵さんと鉢合わすのが気まずく感じている事も。
(カフェテリアの岩瀬さんに配達を渡すタイムリミットは18時……)
出来れば今日は向日葵さんとエンカウントせずに過ごしたい。
(でも……向日葵さんがまた食べなくなっちゃうのも嫌だし)
朝香がこれほどに食欲を失っているのだから向日葵さんも同様に食欲減退しているだろう。また、彼は外見に似合わず繊細な心を持つ人物なのだから栄養失調で倒れるほど思い詰めてしまう恐れもある。
(向日葵さんのモヤモヤ……)
「えっと……その」
返事をどのように返せばいいのか分からないでいる朝香だったが
「んー……なんか、訳アリ?」
奥さんはなんとなく察してくれたようで
「話なら聞くよ? 勿論健ちゃん夕紀ちゃんには内緒にしてあげる」
そう言って花屋の中へと朝香を招き入れてくれたのだ。
「へ?」
「朝香ちゃん、若いのに夕紀ちゃんに気を遣い過ぎな部分あるでしょう? プライベートな話を他人に相談するとかさ、そういう経験あんまりしてないんじゃない?」
奥さんはゆっくりと立ち上がると朝香の前にもう一脚椅子を差し出して座るよう促す。
「え……なんでそれを」
朝香は毎朝『雨上がり珈琲店』に来てくれる健人ほど、奥さんと会話を交わしていない……が
「人生経験ってヤツかなぁ。なぁんかね、この職業長年してるとさぁヒトの色々に気付いちゃうもんなのよ」
さすがこの道15年以上のベテランである。未熟な朝香の心を見抜くなど労力も要らないのであろう。
「どうしたの朝香ちゃん、話聞くよ」
花の香りに包まれながら優しい気持ちを向けられてまうと
「実は……」
ついつい甘えて、昨夜の出来事をそのまま話してしまったのだった。
「…………なぁる、ほど」
朝香の長い話を聞いた奥さんは一瞬目を丸くし驚いたような顔つきになった。
(私に両想いの相手がいるなんて夕紀さんにも健人さんにも話してないもんなぁ)
奥さんのその驚きは「彼氏がいる」事実だと予想していた朝香だったが
「なぁんか、今朝聞いたサンちゃんも似たような話してたような……」
と、ポソッと呟いたので
「サンちゃん??」
思わずこっちもキョトンとした表情になる。
「あー、いやいやこっちのハナシ」
奥さんは朝香の前で手を振りながら「何も気にしないでいいよ」と付け加え、それからすぐに
「まぁ、男っていうのはね。好きな人の前ではケモノになっちゃうらしいから。
うちの健ちゃんだって普段は肉も食わないヤギみたいな雰囲気してるけど、私と2人きりの時はオオカミになるもん」
そう言ってケラケラと夫婦生活を朝香にバラし始めた。
「えっ?! オオカミ?? 健人さんが??」
健人は身長160㎝の小柄で夕紀や奥さんよりも背が低い上にベビーフェイスの持ち主なので年齢が30オーバーであるとか既婚者であるとかこの『フラワーショップ田上』の3代目店長であるとかなどなど、見た目と中身が一致しにくい。また「草食男子とはまさに田上健人を指すのだろう」と商店街の面々が揶揄ってしまうほどに温和な性格をしているのだ。オオカミやケモノとは似ても似つかないと朝香自身思っている。
「うん……まぁ、おかげ様で私もこんなだし♪」
だが、奥さんが戯けながら大きなお腹を指差している様子を見ると
「たっ……しか、に」
納得せざるを得ない。奥さんが第二子妊娠中という事は健人にもそういう面がしっかりとあるという意味になるし
「おかげで毎晩大変よ~美優を起こさないようにしながらも情熱的に……ってね」
「じょうねつてき……」
恥ずかしげもなく夫婦の夜を安易にバラす奥さんの底力にも圧倒されてしまう。
(そっかぁそうだよね。健人さんは奥さんラブなパパさんなんだもん……)
朝香はす奥さんを店先のお客様用椅子に腰掛けさせ、バケツを運び値札を通り沿いに向けると、奥さんは申し訳無さそうな表情をしながらそのように言う。
「美優ちゃんお熱なら心配ですもんね」
美優とは、田上家の長女で2歳になったばかり。この年頃は発熱を起こしやすいと耳にした事のある朝香はすぐに「健人さんもやむを得ず妊婦の奥さんをこの時間1人にさせてる状況なのだ」と察する。
「運んでくれてありがとう助かったわ」
「いえいえ」
労いの言葉にも朝香は謙遜の意味で首を左右に振ってみせたのだが……
「そろそろ電車の時間? 大学早く行かないとね!」
奥さんのその言葉には表情を曇らせ……
「そう……ですね」
顔を背けてしまう。
「あれ? どうしたの? いつもなら元気にこの時間駅に向かうのに」
確かに、今日の朝香はいつもと違う。いつもなら意気揚々と出掛けて早めに配達を終わらせ大学図書館で時間を潰すのだ。向日葵さんと仲良く帰宅する為に。
「……」
アパートへ帰宅する際はこのアーケードを通らず細い裏通りを使うので、恐らく奥さんも知らないのだろう。朝香が早めに配達へ行くのは向日葵さんと楽しく過ごしたい望みがある事を……そして昨夜の一件の所為で、朝香は向日葵さんと鉢合わすのが気まずく感じている事も。
(カフェテリアの岩瀬さんに配達を渡すタイムリミットは18時……)
出来れば今日は向日葵さんとエンカウントせずに過ごしたい。
(でも……向日葵さんがまた食べなくなっちゃうのも嫌だし)
朝香がこれほどに食欲を失っているのだから向日葵さんも同様に食欲減退しているだろう。また、彼は外見に似合わず繊細な心を持つ人物なのだから栄養失調で倒れるほど思い詰めてしまう恐れもある。
(向日葵さんのモヤモヤ……)
「えっと……その」
返事をどのように返せばいいのか分からないでいる朝香だったが
「んー……なんか、訳アリ?」
奥さんはなんとなく察してくれたようで
「話なら聞くよ? 勿論健ちゃん夕紀ちゃんには内緒にしてあげる」
そう言って花屋の中へと朝香を招き入れてくれたのだ。
「へ?」
「朝香ちゃん、若いのに夕紀ちゃんに気を遣い過ぎな部分あるでしょう? プライベートな話を他人に相談するとかさ、そういう経験あんまりしてないんじゃない?」
奥さんはゆっくりと立ち上がると朝香の前にもう一脚椅子を差し出して座るよう促す。
「え……なんでそれを」
朝香は毎朝『雨上がり珈琲店』に来てくれる健人ほど、奥さんと会話を交わしていない……が
「人生経験ってヤツかなぁ。なぁんかね、この職業長年してるとさぁヒトの色々に気付いちゃうもんなのよ」
さすがこの道15年以上のベテランである。未熟な朝香の心を見抜くなど労力も要らないのであろう。
「どうしたの朝香ちゃん、話聞くよ」
花の香りに包まれながら優しい気持ちを向けられてまうと
「実は……」
ついつい甘えて、昨夜の出来事をそのまま話してしまったのだった。
「…………なぁる、ほど」
朝香の長い話を聞いた奥さんは一瞬目を丸くし驚いたような顔つきになった。
(私に両想いの相手がいるなんて夕紀さんにも健人さんにも話してないもんなぁ)
奥さんのその驚きは「彼氏がいる」事実だと予想していた朝香だったが
「なぁんか、今朝聞いたサンちゃんも似たような話してたような……」
と、ポソッと呟いたので
「サンちゃん??」
思わずこっちもキョトンとした表情になる。
「あー、いやいやこっちのハナシ」
奥さんは朝香の前で手を振りながら「何も気にしないでいいよ」と付け加え、それからすぐに
「まぁ、男っていうのはね。好きな人の前ではケモノになっちゃうらしいから。
うちの健ちゃんだって普段は肉も食わないヤギみたいな雰囲気してるけど、私と2人きりの時はオオカミになるもん」
そう言ってケラケラと夫婦生活を朝香にバラし始めた。
「えっ?! オオカミ?? 健人さんが??」
健人は身長160㎝の小柄で夕紀や奥さんよりも背が低い上にベビーフェイスの持ち主なので年齢が30オーバーであるとか既婚者であるとかこの『フラワーショップ田上』の3代目店長であるとかなどなど、見た目と中身が一致しにくい。また「草食男子とはまさに田上健人を指すのだろう」と商店街の面々が揶揄ってしまうほどに温和な性格をしているのだ。オオカミやケモノとは似ても似つかないと朝香自身思っている。
「うん……まぁ、おかげ様で私もこんなだし♪」
だが、奥さんが戯けながら大きなお腹を指差している様子を見ると
「たっ……しか、に」
納得せざるを得ない。奥さんが第二子妊娠中という事は健人にもそういう面がしっかりとあるという意味になるし
「おかげで毎晩大変よ~美優を起こさないようにしながらも情熱的に……ってね」
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