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【番外編】スクリーンショットの御守り(side花)

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『みっともない……恥を知りなさい!』

『お金お金って、自分の事ばっかり……』

『もういい加減許してくれよ!俺が一体何したっていうんだよ!!!!』



 離婚届を提出するまでの6ヶ月、数えきれないくらい傷付けられた。

(「一体何した」って、それ、私のセリフだと思う……)

 苦しくて苦しくてたまらない日々だった私の唯一の癒しは、弟のたいちゃんから届いたメッセージだった。


 


「えっと……そろそろ太ちゃんに連絡しておかないとね」

 新幹線の車窓を眺めながら、私はスマホを取り出す。

たいちゃんに早く会いたいから、予定よりも早い新幹線に乗っちゃった。待ち合わせ時間まで駅で時間を潰しておくから太ちゃんまで急がなくていいからね]

 その言葉に他意はないんだけど、ついつい気持ちが先走って

(太ちゃんも早めに行動して待ち合わせ時間よりも早く到着してくれるといいな)

 ……と思いながらメッセージを送信してしまった。

(そんな想いを乗せたら太ちゃんに悪い……それは痛いほど分かってる)

 凌太りょうたさんとの別れの原因は彼の不倫や妊娠が決定的となったのだけれど、彼と過ごした5年の中で私に悪い点が一切なかったとも思えなかった。

(だって私も凌太さんを苦しめていたかもしれないんだもの。「察してよ」って、よく言ってしまっていたし)

[僕もちょうど車を出すところだったから、予定より早く着くんだ。花ちゃんは今どの辺?]

 今までの恋愛を反省をしていた私にほどなく弟から返信が届いた。

(嬉しい……)

 弟に対して「察してほしい」なんて思ってはならないのに、メッセージの文面が目に入った途端頬が弛んでしまう。

[これからトンネルに入るみたい。本州を抜けるのもそろそろかな]

 私は後ろの座席から聞こえてきた「トンネル」という会話を拾いながらメッセージを打ち込んで

(そっか……もう、生まれ育った土地から遠くへ行けるんだ。私は)

 直後に入った暗闇の景色を視界に入れながら人生初のワクワクやドキドキを実感する。

 
 弟が住む地域へ遊びに行くというだけなのに、ワクワクやドキドキが止まらない。
 ……離婚したばかりだというのに悪いことをしているような気分だ。

「太ちゃん……」

 でも、それがいい。
 何故なら私はこの6ヶ月間、弟から送られてきたメッセージに何度も何度も励まされたのだから。

 正直、血の繋がった弟に「離婚の話し合いをする」という旨を知らせるのは勇気が要った。
 お父さんお母さんのように貶されると思っていたから。

(太ちゃんって不思議……幼い頃は私に懐いていて可愛らしかったのに、次第にお父さんお母さんの考えに染まって私を邪険に扱うようになって……私とほとんど会話を交わさない期間だって長く続いたのに)

 それなのに、私の送ったメッセージに対して誰よりも速く誰よりも温かな言葉で返信してくれた。


[色々終わって離婚届を提出出来たら僕と会おうよ。久しぶりに遊ぼう]


 そんな返信がくるなんて予想してなかった。
 太ちゃんのメッセージに私は何度も指を触れ、嬉し涙を流したんだ。


(そうだ……恥ずかしいからスクショを消しておかなくちゃ)

 メッセージアプリ内のログをスクリーンショットして保存するなんて初めてだった。
 メッセージルームのログなんだから、読みたかったら検索をかけて読み直せば良いだけなんだけど、画像保存とお気に入りボタンを押していつでもすぐに見られるようにしておきたかった。

(この6ヶ月、私を励ましてくれてありがとう。御守り代わりになってくれてありがとう)

 私は心の中で画像に御礼を言い、ゴミ箱へと画像を移す。

(現実の太ちゃんに会えるまで、あともう少し……)

 目的の一つ前となる駅に新幹線が停車したところで、私は更にドキドキを高める。

(あともう少しで太ちゃんに会えるんだ……なんか、ドキドキするなぁ)

 相手は血の繋がっている弟だというのに、まるで遠距離恋愛してる彼に会いに行くようなテンションになってしまっているのが恥ずかしい。

(本当はこんな事思ってちゃいけないんだけど……口に出さなきゃ良いよね、「察してほしい」と願わなければ別に良いよね)

 変になっているテンションはきっと、苦しい6ヶ月を過ごしてきた反動だ。
 苦しい期間を弟のメッセージ一つで乗り切ったからこそ、昂っているだけだ。

 ……そう、思いたかったけど


 ……でも、やっぱり。


(太ちゃん、かっこよく成長しているんだろうな……)

(彼女とか、出来ちゃってるのかもしれないな……)

 頭の中で繰り広げてしまうのは、弟に対する男性的な期待や憂いばかり。


(彼女が居ても仕方ないよね。だけど今日だけは、太ちゃんからいっぱい「花ちゃん」って呼んでもらおう……)

 複雑な気持ちが混ざり合い、ドキドキは最高潮になる。

(もうすぐ……もうすぐ)


 私の頭の中はもう、太ちゃんの笑顔の妄想で満杯になっていた。







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