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細い身が絡まり合い、一本の紐となる
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しおりを挟む「えっ……」
「…………え?」
その箱が可愛らしくお洒落なデザインだから、僕の予想ではお菓子と勘違いした花ちゃんが嬉しそうに袋の中からその箱一つ取って色んな方向からデザインを眺めてみたり中身を確認しようとペリペリ開封する……筈だった。
なのに現実の花ちゃんは一目見ただけで袋ごと僕に突き返しすっぴんの顔を真っ赤にしている。
「太ちゃん、なんで……?」
赤面しながら僕に「なんで?」と訊く花ちゃんの態度に、逆にこっちが「なんで?」と聞き返したくなる。
心が騒つく。
「花ちゃん……まさか、これが何かを……知ってる、とか?」
そうとしか思えない態度を、花ちゃんが僕の目の前でしているから。
「…………うん」
キッチンの方から鍋の噴きこぼれる音が聞こえるのに、花ちゃんは立ち止まったまま恥ずかしそうにコクンと頷いていて
「…………」
(「うん」って…………花ちゃん、この商品を知ってたんだ……)
ガスコンロが溢れる湯によって鎮火し蒸気の上がるけたたましい音を耳にしながら……僕はゴクリと唾を呑み込んだ。
(知ってたっていう事は……花ちゃんはあの男と、コレを…………)
花ちゃんがブランチにと用意してくれたパスタを、僕も花ちゃんも無言で口に入れる。
15分程前に起こった出来事の所為で僕は花ちゃんに何を話せばいいのか分からないし、かといって口に入れるパスタの味の感想を気軽に言う事も出来ない。
それはきっと、同じく無言でいる花ちゃんも一緒なんだと思った。
「……ごちそうさま」
急いで食べ終え、まだ食べている花ちゃんを置いて僕だけ先に食器をシンクへ持って行く。
「紅茶のお代わり……要る?」
背後から花ちゃんの声が僕の動きを止めようとしたけど
「もうマグカップ、洗い始めてるし」
急いでスポンジに洗剤をつけて真っ先にマグカップを泡だらけにし、花ちゃんの誘いを断った。
「マグカップなら、他にもあるから」
それでも花ちゃんは引き下がらなくて、食器棚からわざわざ新しいマグカップを取り出す音が僕の耳に入る。
「別に物凄く紅茶飲みたいわけじゃないからいいよ、そんなの」
僕は泡の付いた手ですぐ横にやってきて食器棚の扉を開く花ちゃんの手首を掴んで制止したのに
「ちゃんと、話……しよ?」
いつも見た目より幼く可愛らしいと感じていた花ちゃんの表情が、この時ばかりは大人の女性らしく色味がついているようにも見えて
「話って、さっきのゴムの話?」
「……うん」
鍋の中の水が次第に湯になっていくように……抑え込もうとしていた欲情が、フツフツと沸いてくる。
花ちゃんによって食器洗いを中断され、再び椅子に座るよう言われた。
それから花ちゃんがパスタを食べ終えるのを待って、ダイニングテーブルの真ん中に置かれていたティーポットが花ちゃんの手によってまた活躍する様子さえも、僕は何もする事なくその場でじっと観察していた。
「あのね、私……あの箱、結構前から知ってたんだ。女性向けのそういうグッズ販売してるネットショップがあって」
紅茶入りのマグカップをコトンと置きながら話す花ちゃんに、僕の未熟な心がまた騒つく。
「……だろうね。その、『結構前から』っていうのも凌太と付き合ってる頃からって意味なんでしょ?」
「凌太って、呼び捨てにしなくても……」
「呼び捨てしてもいいでしょ。僕にとってはもう義理の兄でもなんでもないんだから」
「そうだけど……」
「ねぇ、使った?気持ち良かった?あれって、普通のより……そういうヤツなんだろ?」
「坊や」とも「ガキ」とも呼ばれる僕の未熟な心が、花ちゃんを追い詰める言葉をポンポン吐き出させていく。
「使った事は……ない」
ガタッと花ちゃんが椅子に座る音を立てて、ポツリと、僕に返事をしてきた。
「嘘つき」
「嘘じゃないよ。ゴムは私がドラッグストアで買っていつも用意してたから……間違いない」
「……」
(嘘だ、女の子の花ちゃんが毎回用意するなんて)
男だから、だとか
女の子だから、だとか
そういう決め付けのような考えには至りたくないけれど、いくらなんでも「花ちゃんばっかり避妊具を用意する」なんておかしいと思った。
「その商品はネットショップでしか扱ってないし、何度か凌太さんにも提案してみたんだけど『避妊出来れば見た目の可愛さとか関係ないし、そもそも女らしいデザイン使えない』って毎回断られてて……」
……でも、その現実味のある話を聞いてしまったら
(凌太のヤツ……)
花ちゃんの話に嘘はないんだという認識と、凌太の「パートナーを大事にしよう」という考えの足りなさへの怒りとでもう、頭の中の整理が追いつかない。
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