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16歳のリョウとチワワの僕と、白い花

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「あ、そうだそうだ! 太地くんに報告しておかなくちゃね」


 次の日の夜。
 樹くんと住宅街を静かに歩いていたら、急に思い出した顔をしながら僕に話をしてきた。

「何? 報告って」
「勿論、7月1日の予約客の事さ」

 人差し指を天に向けながら「当然」とでも言うような表情で話す内容に僕は相槌を打つ。
 『うとうと屋さん』の指名予約は7日前から可能だ。7月1日の僕の指名で予約したければ、最速で24日の0時に受付で予約しておけば良いという事になっている。

「……結局、樹くんが前に言ってたみたいな『祭り状態』になったの?」

 僕の問いに一気くんは口を歪め

「俺もみきから聞いたんであってその光景を見ていないから何とも言えないけど、深夜だっていうのに店の前でお客様方が集まっていたらしいよ」

 と、あまり嬉しくなさそうに返答した。

「集まったって、何人くらい?」
「幹が言うには20人以上? かな?
 でも、7月1日の予約が殺到したというよりは、数人の話し合いで済んだみたいだよ。大半は珍しいもの見たさで来たって感じでさ、幹も幹で変な金銭やり取りがないか心配だったみたい」
「金銭やり取りは……良くない……よね」
「店の入り口付近は、特にね」

 今の樹くんの口ぶりはまさに「大人」という感じがして、暗に「店じゃないところで何かしらあったんじゃないか」というドロドロした雰囲気も匂わせていて怖い。

「……で、結局予約はどうなったの?」

 樹くんは指を4回折りながら「5時からカスミさん」と言い始めた時点で「ああ」という声が自然と漏れ、2人目以降のお客様の名前が耳に残らない。

(一番最初のお客様になったのかカスミさんが。7月1日の予約を取りたがっていたもんね……)

 なんとなくそう予想はしていたけど、実際その名を耳にすると胸の内がザワザワする。

「太地くんの方は順調?」

 地下鉄の階段を降りるタイミングで、今度は樹くんの方から質問を受けたので

「勿論」

 と、周囲に聞かれてもさほど影響がない程度の短い言葉で返答した。

「それなら初日は予定通りになりそうなんだ?」
「そうだね。ちゃんと、僕の中では順調に進んでるよ」
「……なるほど」

 順調とは言っても今日はまだ研修2日目なんだから、7月1日までにどれがどの程度クリアしていけるかは分からない。けど、今日は昨日よりも出来たと自負している。


[土日も香織の手ほどきを受けるんだろう?何時から?]

[花ちゃんには「土日は2日間とも友達と食事する」って言ってるんだよ。一応20時から21時の間になりそうだね]

 以前からの約束通り電車内では言葉を一切発さずメッセージでのやり取りを続けた。

[友達と……って、それコウくんの事でしょ? 香織がリョウにかかりっきりになってるからって、コウくんったらリョウくんの話題NGにしてきたんだよ。コウくん、今すっごく機嫌悪くてね]

[コウくんはジェラシー感じやすいからね、そこは理解しているよ。僕がこの期間を通してご主人様との仲が親密になっていくんじゃないかという懸念があるみたい]

[コウくん可愛いね]

 樹くんからの返事に僕は口元を歪め

[歳下だけどそこには同意するよ。僕のジェラシーはコウくんよりもドロドロしてるからね]

 と返事を打ったら隣に立っている樹くんからクスクス笑う声が聞こえた。
 自覚している事とはいえ、こうも笑い声をあげられるとつい唇を尖らせてしまう。

[太地くんも充分可愛いよ。そうやって軽くいじけるところなんて俺には可愛くて堪らない♪]

 それが樹くんの何かしらのスイッチを押したようで、スマホ画面にその文字が表れたのと同時に樹くんの指が僕のお尻をサワサワしてきた。

[まぁ、僕も20歳になったしジェラシーは控えようと思ってるけどね]

 僕はどういう表情をしていいか分からず、それだけ文字を打つなりスマホを鞄の中へ乱暴に投げ入れた。





 いつものように樹くんの住むタワーマンション手前で彼と別れたけど、僕のお尻にはまだ彼のねっとりとした手つきの感触が残っている。


「おかえり太ちゃん……って、んんっ!」

 僕は玄関の扉を開けて目に飛び込んできた花ちゃんの部屋着姿をみるなり熱いハグとキスをした。

「んっ」

 ただいまも言えないくらい、血の熱さがマグマのようにぐつぐつと煮えたぎっていて

「太ちゃん……タイチになりたい、の?」

 熱烈な愛情表現が、彼女に気を遣わせてしまった。

「なりたいけど……でもまだ我慢だよね。来週の金曜日に約束だったもんね」

 僕は作り笑いをしながらハグを解き、今朝交わした約束を口にする。
 でもそれがまた彼女に心配をかけたようで、とても申し訳なさそうに眉を下げていた。

「1週間後の水曜日でも大丈夫だよ? 2日くらい早くしたって」
「ハグやキスはしちゃうかもしれないけどちゃんと待てるよ。だって僕……花ちゃんをめちゃくちゃに求めちゃうだろうから週末にしないとお互いヤバい事になりそうだもん」

 僕は彼女の提案を首を振って断り、彼女を見つめながら自分に言い聞かせるような言葉を口にするしかなかった。


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