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雨のように降り注ぐ愛を、受け止める

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「行っちゃった……」

 僕は樹くんが居なくなった玄関にしばらくボーッと立ちながらポツリと呟き、この広い空間に1人きりになってしまった事実を噛み締めながらゆっくりキッチンへと向かった。

 樹くんの部屋に泊まるのは初めてだけど、一室だけ南京錠がかかっている扉がある事だけ聞かされていた。

(開かずの部屋ってヤツか……漫画や映画みたいだけど「プライベートルーム」と捉えればそこまで変には感じないんだよなぁ)

 向こうの部屋は鍵がかかって相変わらず立ち入り禁止になっているけど、この広いリビングやキッチン、シャワーやトイレなど最低限の生活スペースは自由に使って良いと樹くんから出掛け前に了承を得ている。
 
(そもそも樹くんは過去の話をしたがらないし、貯金もたんまりありそうだし……開かずの部屋は「金庫」と思うようにしよう。逆に他のものを自由に使って良いだなんて羽振り良すぎって考えなくちゃ)

 僕はそう頭の中で整理しながら、冷蔵庫を開けた。

「食材というものがまるで無い……樹くんらしいともいえるかなぁこれは」

 生活リズム的に食料品を買い溜めしておけないのは知っていたけど、冷蔵庫の中身がエナジードリンクの缶とサプリしか入って無くて自然と独り言が出る。
 幸い、朝にしっかり食べたから夕方まで空腹に苦しむ事はない筈だ。
 取り敢えず電気ポットで湯を沸かし紅茶のティーバッグで飲み物を作っておく事にした。

「あと、エアコン効き過ぎなんだよなぁこのリビング……」

 マグカップに紅茶を作った後でエアコンの温度調整をし、洗濯乾燥の終わったバスローブをシャワールームのハンガーに掛けてしまえば、もう他にやる事がなくなる。

「今日は一日晴れなのかな……」

 カウチソファに座って窓の景色を眺め、ただただこの午前中の時間が過ぎるのを熱い紅茶を口に含みながら過ごすしかなかった。






 ところが、午後の時間帯に時計の針が進んでからソワソワし始める。

「コウくん、……うん、ごめん。今電話平気?」

 花ちゃんの勤務が終わるのが13時で、そこから支度を済ませてアパートに戻ってくるのが13時半。

(花ちゃんが仕事終わりに来てくれると言っていたけど、実際ここに来てくれるのは早くても14時以降……いや、もっと遅くになるんじゃないかな?)

 12時を過ぎてからはテレビを付けてみたり、スマホを適当にいじったりしたけど上の空で、僕がコウくんのワンルームマンションへ遊びに行ってた時間帯を狙って電話をかけた。
 とにかく落ち着きたかったのかもしれない。

「うん……ごめんね……うん、大丈夫。どこも痛くないし今は樹くんのマンションでゆっくり過ごさせてもらってるよ」

 勿論コウくんも僕とカスミさんの一件をご主人様から聞いたらしく、突然電話を掛けた僕に驚く事無く「大変だったね」「怪我は無い?」と優しく言葉をコウくんは掛けてくれた。


「そっか……うん、ごめんね」

 そしてコウくんから、「僕の出勤停止が決まったらしい」という事が告げられ、予約の埋まっていた僕の担当はキャンセルしてもらうかコウくん達で回していくかのいずれかになるらしく、とても申し訳ない気分に陥る。

『そういうのは今までもよくやってたから構わないよ。ただ、新規客のオイルほぐしを誰に担当させるかをご主人様が悩んでいるみたい』
「えっ?」

 コウくんの話に僕は驚いた。

『今まで新規のお客様はリョウくん1人が担当してたでしょ? 来週に2人新規の予約が入ってるらしいよ』
「それもそうなんだけど……でも、僕がリョウをやる前はカナタくんとかが担当してたんだよ? ケースケくんが担当してた時期もあるのに」
『そうなんだ……リョウくんの前はナンバー1のケースケくんとナンバー2のカナタくんが回してたのか……』
「コウくんは僕より後に入ってきたから知らなかったのも無理ないよね」
『うん、ケースケくんもっていうは意外かな』
「ケースケくんもオイル上手な筈なんだよ。ご主人様の一番弟子みたいなものなんだから」

 僕の驚きの理由をコウくんに説明して取り敢えず納得してもらったんだけど、それでも「ご主人様が迷っている」という点が凄く気になった。
 ケースケくんは開店以来ずっとナンバー1に君臨してて、お客様の登録数も日々増えているのだから枠的にケースケくんが新規客担当をするのが難しいというのはギリギリ理解出来る。
 でも『うとうと屋さん』のセラピストは皆ご主人様のオイル研修を受けているのだから、ご主人様が担当者選別に悩むというのはおかしい気がした。

「たとえばカナタくんじゃダメなのかな……」
『ボクもご主人様からやれって言われたらやるけどさぁ……なんか、プレッシャーかかりそう』
「プレッシャー?」
『うちの店ってホームページも広告も出してなくて、ほぼ口コミでお客様が集まるようなもんじゃん? 先輩セラピストはなんて思うか分からないけど、少なくともボクにはプレッシャーでしかないよ。だって今の新規のお客様ってリョウくんレベルのオイルマッサージを求めてるって事に繋がるからね。
 要は、既にリョウくんはご新規さんにとって居なくなってはならないチワワになってるって意味』
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