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雨のように降り注ぐ愛を、受け止める

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「……」
「真顔で黙らないでよ太地くん、ワザと笑ったんだけどなぁ俺は。ここは可愛く『笑わないでっ! 樹くんの事だからローズティーに睡眠薬でも入れたんでしょ!?』って、プリプリ怒ってくれなくちゃ」
「入れてない事くらい分かるから言えないし、樹くんの笑いは『仰る通り』としか言いようがないから」
「どうして俺が入れてないって分かったの?」

 ローズティーを飲んですぐに入眠してしまったのだから睡眠薬の類を使用した可能性も考えられる……けど、それは有り得ないという事を僕は確信していた。

「睡眠薬入れるなら予めカップに注いだ状態で僕のところに持ってくる筈だし」

 ……そう、僕が「有り得ない」と思った1番の理由がカップを持ってきてローズティーをサーブするまでにしていた樹くんの行動だった。

「カップの一つに仕込んでおくとかは考えないの?」
「指に引っ掛けてブラブラ振ってガチャガチャ言わせながら持ってきたんだもん不可能でしょ」

 僕の推理に樹くんは満面の笑みを浮かべる。

「思考力はバッチリだね! 太地くんの賢さに嫉妬してしまうし、より愛情をかけたくなってしまうなぁ」
「嫉妬……愛情……」

 樹くんに褒められたのに、その二語が僕の心をチクリと刺す。

「食事を続けよう太地くん、おしゃべりも楽しいけどまずは栄養を摂らなくちゃ」

 ふいに手を胸に当てた僕の頭上から、樹くんは優しくそう言ってくれた。



「美味しかった?お姉さんの弁当」

 食べ終わり「ごちそうさま」の手合わせを静かにした僕から空の容器を樹くんは取り上げ、問い掛ける。

「え?」

 どうして樹くんがわざわざ「愛情」を強調した言い方をしたのかが気になり、僕はその言葉の意味を確認しようとした。

「太地くんの周りにはたくさんの人が居て、太地くんは生きているだけで様々な種の愛情を受け止め、糧にしているんだよ」
「糧……?」
「愛情っていうのはね、キラキラ輝いて綺麗なものばかりではなく、そのかげにはドロドロとした醜いものも数多くあるんだ。
 太地くんはとても素直な良い子だから、それら全てを受け止める大きな器を持っているし健康でいられるんだ。そしてその健康な心と体は、周りのたくさんの人を癒し幸せにするんだよ」

 空の容器を丁寧に洗いながら樹くんはとても重要な話を僕にしてくれているのに、確認したかった「愛情」が抽象的過ぎて頭に入ってこない。

「…………ごめん、言ってる事がよく理解出来なかった」

 そんな情けない僕に樹くんは微笑んで

「俺は太地くんが大好きだから、健康でずっと生きていてほしいって思うし、守りたいって意味だよ」

 と答え、出掛ける支度を始めてしまった。

「ごめん樹くん! 僕がモタモタしてたから出掛ける時間までにちゃんと話出来なくて。僕も一緒に外出るから」
「太地くんはここから外に出ては駄目だ。カスミさんの動きがまだ分からないから、彼女が感情のまままたこっちに来て太地くんを襲うかもしれない。お姉さんも俺も仕事だから、そうなってしまっては誰も太地くんを助けられないんだよ」

 樹くんが玄関で靴を履いている最中、僕は急いで自分の鞄と弁当箱類を持って一緒にマンションから出ようとしたんだけど、樹くんから真面目なトーンで止められてしまった。

「っ……」

(確かに一番危険なのは僕だし、外へ出てアパートに帰る姿をカスミさんに見られてしまったら花ちゃんの生活も職場も危険に晒されてしまう)

「せっかく守られた太地くんの貞操だからね、この際お姉さんに捧げるまで俺も全力で協力するよ」
「樹くん……」

 それはつまり「二度とカスミさんに襲われないようにする」って意味なんだろうけど、改めて「貞操」とか「捧げる」とかいうワードを出されると照れ臭いし男としてそれもどうなんだって情けなくなるし複雑な気分に陥った。

「太地くんは大学の授業に出られないっていう大きなデメリットを抱えてしまうけど、アパートよりはここの方がセキュリティ面で優れているからね。申し訳ないけど何日間かここにこもってもらうよ。太地くんの安全が確認されるまで……具体的にいつまでかはまだ言えなくて本当にごめん」

 確かに彼の考えは的を射ていた。

「大学はまぁいいよ、少しくらいサボったって。寧ろ今まで真面目にやり過ぎてた節があるから」
「お姉さんには合鍵渡してるんだよ。仕事終わりに会いに来てくれるんじゃないかな」
「花ちゃんが?! 本当に?」

 朝会えなかった分、樹くんから希望の言葉を聞かされた僕の胸がときめく。

「そうだよ。お姉さんにもこの部屋のルールを簡単に伝えたから大丈夫だと思うけど、以外なら好きなように使っていいからね」

 樹くんは大きく頷いて僕に手をヒラヒラと振り、僕一人を残して扉を施錠した。
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