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「リョウ」に、サヨナラの口付けを。

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「今から1時間程度、ほぼ『報告』という形になるのですがお話させていただきますね。私は無学故に言葉が不備になりがちです。その際は遠慮なくご質問して下さいね」

 3人がそれぞれ喉を潤し糖分が脳に行き渡ったところで樹くんが真面目な態度で口を開いた。

「「はい」」

 僕と花ちゃんは同時に頷き、了承の声を出す。

「イツキさんは毎朝9時の電車でご出勤されるんでしたよね、彼から聞いています」
「花さんの仰る通りで申し訳ないです。しかも休日を取る性分がなくて更に申し訳ない」
「いえ」

 樹くんは勿論、花ちゃんの話し方にも緊張が見られる。僕が口を挟める空気じゃ既に無くて……当事者だっていうのに黙っておく事しか出来ない。

「ですが、この話を終えたら太地くんを店に一旦連れて行く予定です。彼の今後について店の者から話をさせますので」
「!!」

 だからその意外ともいえる樹くんの急な発言にも目線を向ける事しか出来なくて

「はい……私もなんとなく、そうなんじゃないかなと思っていました」

 冷静にそう応えた花ちゃんがとても凛々しく感じられた。

「別に太地くんを強制的に働かせて花さんから遠ざけようという意味ではありません。昼過ぎにはこの駅まで帰らせますから。
 ……そういう事だから太地くん、急な事で申し訳ないんだけどこの話が終わったら店へ行こう」

 樹くんの真面目な顔が僕を追い、パチリと目が合う。

「……はい」

 空気感にただただ圧倒された僕は俯き情けなく返事する。

(20歳になったっていうのに幼いガキみたいで恥ずかしいな……)

「という事は、彼はもう外に出て大丈夫という事になるんでしょうか? 昼過ぎにこの駅に着いたら、その後は……」

 下を向いた僕の背中に花ちゃんの温かな手のひらが置かれ、スリスリと優しく撫でられる。
 その様子を樹くんは目を細めながら見つめ……

「3週間以上彼に不自由を強いてしまいましたが、つまりはそういう事です。例の女性はもうこの県を出ていますし、太地くんを襲う危険性は無くなりましたから」

 僕達にゆっくりと、そう告げたんだ。

「え……」
「カスミさん、どこかへ引っ越してしまったの?」

 花ちゃんと僕が各々声を出し、樹くんは頷く。

「今回太地くんを襲った『カスミ』と名乗るは、7ヶ月間太地くんを指名していたになります。私も店の従業員という立場からお客様の個人情報をこの場で述べる訳にはいきません。ですから私がお話させていただく内容は『友人から聞いた愚痴』とでも思って聞き流して下さい。偶然にもこれはが誘因となって起きた事柄ですから」

 樹くんの真っ直ぐで鋭い目が僕を射抜くように向けられる。

 カスミさんのお兄さんは樹くんにとってホスト時代から知る大事なお友達である……勿論これは僕だけでなく花ちゃんにも事前に説明がされていたようで

「承知しました」

 花ちゃんはすんなりと受け入れていた。

「今から太地くんと花さんにお話する内容は友人と友人の妹さんに了承を取っています。妹さんにとって太地くんに知られたくなかった恥ずかしい部分をこれから暴露する形となりますが、それも罰の一つだと理解してもらっています。長い話になりますのでお付き合い下さいね」

 樹くんはそこまで言うと、ゆっくり深呼吸をして……話をし始めた。

「私の友人は、長年歓楽街で収入を得ている人間です。かつては私と共に働き、女性に夢を与える職業に就いていました。
 友人は望んで業界にいる訳ですが、一番には慎ましい暮らしをしている家族を助ける為並びに歳の離れた妹に好きな分野を学ばせてあげたい……そういう信念があったようです。
 夜の仕事をするという事自体良く思う者は今の時代よりも少なかったでしょう。ですが友人の家族や親戚は彼の真の優しさを知っているからこそ応援し感謝していたそうです……ただ1人、歳の離れた妹さんを除いて」

「「ええっ?」」

 僕も花ちゃんも同時に同じような声を出し、互いの顔を見合わせた。

「……」
「…………」

 そしてアイコンタクトで「夜の仕事してるのはカスミさんの為でもあるんだよね?」という確認をし合う。

「妹さんにとっては『兄の仕送り』と『他人と同水準の生活レベルが送れる』はイコールで結ばれないんですよ。幼い子どもは家庭の生活費に対して敏感に感じないでしょう?
 自由に物を買えるのは誰のおかげなのか、金を得るにはどれほど苦労しなければならないのか……そういった事は通常思春期を経てようやく気付くものなのでしょうね」

 樹くんのその言葉はアイコンタクトをし合った僕達への解答ではあるのだけれど、悲痛な表情をしていた。きっとこの状況は樹くんにとって長年聞かされていた友人の悩みだったんだろう。

「しかし妹さんが10代半ばに差し掛かった頃、実兄の職業がキッカケとなり虐めに遭ったのだそうです。そうなるともう誰が擁護しようとも妹さんの兄に対する悪いイメージは覆らない。自分が生活出来てるのも進学出来てるのも兄の仕送りあってのものなのに、それを棚に上げて兄を忌み嫌うようになった訳です。やがて妹さんは大企業にお勤めの殿方と幸せな結婚をしたのですが、両家の顔合わせも挙式披露宴の参加も、友人は叶わなかったそうです。友人にとってはそれらが家族への仕送りの中でのささやかな希望の一つだったんですけどね。
 私は当然の事憤りましたが、友人は『仕方ない』と悲しそうに笑っていました」
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