人間不信の召喚聖女は第二の人生を自由に生きる

荒巻鮭子

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 メイドに世話をされるのもすっかり慣れてしまい、堅苦しい正装からドレスに着替える。

   聖女として公務にあたるときは肌身離さず身に着けるように、言いつけられている。杖を丁寧に専用の棚に立てる。古ぼけたそれは歴代の聖女が使っていたもの、だそうだ。

   レオンがいうにはこの杖を扱うことができる人間がすなわち聖女らしい。実際、未来の手には驚くほど軽いそれは、大の男が二、三人がかりでもまともに持てない代物だ。しかし聖女に不満しかない未来にとっては、それは忌々しいものだった。

身に着けるドレスにも聖女と教会のシンボルである象徴化された船の紋章が入れられており、未来は頭が痛くなる。

 服装にこだわりがあったほうではないが、聖女の衣服はすべてにこの紋章が入っているのだ。しかしだからこそ、この服装を着ていないと顔を見知ったものでなければ未来の顔を見ても聖女とは結び付かない。
リートケが用意した衣装にはもちろんそんなものは入っていない。どうにか人目を盗んで抜け出す機会を狙っているのだが、衣服の着替えさえも使用人がする今の環境ではそれはなかなかに難しい。
 抜け目ないキュッテルが忌引きから帰ってくる前に、どうにか宮廷を散策して情報を集める必要が、未来にはあった。
 王子に逆らって不興を買うのは恐ろしいが、しらぬ間に権力争いに巻き込まれていて気づいたときには退路がない、などそちらのほうがよほど憂うべきことだ。監視付きとはいえ、衣食住に不自由することはなかった。ならば多少意にそわない行動をしても、すぐさまここを追い出されたることはないだろう。

 ――どうせ自分にはどこにも行く場所がない。ならばここで上手く立ち回るしかない。

 死すら救いをもたらしてくれなかったのだから、仕方がないじゃないか。そんな言い訳をしたが、ひどくむなしいことには変わりない。
 自分はいつだって誰かの顔色をうかがいながら生きている。

「やあ、ミラ。今日のキミも美しいね」
「殿下、ありがとうございます」

ミラ、というのは未来のことだ。こちらに馴染みがない名前だからといって、レオンは勝手にそう呼ぶようになった。別に許可した覚えもないのにいつの間にかそうなっていた。
未来はそれでも歯が浮くような、空虚なセリフをてらいなくいえるこの王子に、媚びるような笑みしか返せないのだ。

 料理人が腕を振るった料理を共に口にしながら談笑する。穏やかな会話でありながら、小さな違和感が隠せない。微笑みながら、こちらの腹を探っている。

「それで、ここ最近は何か変わったことはなかったかい?」
「私の世話をしてくれているキュッテルに不幸があったようですね。言ってくださればお見舞いができたのに、残念だわ」
「心配はいらないよミラ、こちらで手配しておいたからね」

 心配はいらない、がお前はなにもするなに聞こえるのは気のせいじゃない。

「あら、殿下は優しいのですね」

無垢な女の振りをする。今は王子の機嫌を取っているが、それは彼が誰もが振り返る美青年だから、という理由ではない。たとえどんな醜い男でも、未来はそうしたのだろう。王子にほんの少し逆らうことを決めた理由も王子以上の権力者がいれば、それにおもねるほうがいずれ自分のためになるからだ。

「やさしいのは君だよ、ミラ。キュッテルも喜ぶだろう」

 キュッテルが自分を慕っているならば、事前に休暇の相談なく故郷に帰るはずがない。それをわかっていながら白々しい。

「ミラ、君は聖女としてよくやってくれている。君の祈りが通じたのか、今年は豊作になるそうだよ」

 レオンは食事を終えると、必要なことは終わったとでもいいだげに玄関へと向かい外套を身に着ける。形式ばかりの礼をいって立ち去っていく背中が扉の向こうに消えた瞬間、未来は自室へと駆け上がった。

 寝台の下に隠していた服を取り出す。聖女のドレスを脱いで身に着けて鏡を見ると、そこには年相応の少女がいるような気がした。

「……どうせ、だれかいるんでしょう。少し娘らしい格好をしたくなっただけ、こんなささいな楽しみをまさか奪ったりしませんよね」

 思わず責め立てるような口調になってしまう。こちらに来てからはじめて怒りの感情をあらわにしたかもしれない。けれども召使たちはレオンに従っているだけ。すぐに謝ろうとしたら、顔から血の気を引かせた中年の恰幅のいい女性が床に這いつくばらんばかりの勢いで頭を下げる。

「せ、聖女様、お許しを。どうか許してください、またあのようなことをされれば村の皆は飢え死にです」

 飢え死に、などと物騒な言葉に未来はぎょっとする。確かに聖女は豊作を祈願したり、その魔力で植物の成長を促したりできると聞いたが、それとなにか関係でもあるのだろうか。

「エルマ、落ち着いてください。どうしたんですか、私は怒ったりしていませんから顔を上げて」

「ね、決してレオン様には言いませんから、どうしてそんなに怖がっているのか教えてくださいませんか」

「わ、私の村は先代の聖女様にブドウを奉納する任を仰せつかりました。けれど、ご不興を買い、その日から村の作物がすべて育たなくなったのでございます」
「そんな」

――そんなことがあるもんか、たまたまその年が不作だったのだろう。

そう口にしかけたが、エルマの顔はあまりにも真剣だ。

「はじめは村の者たちも天気が悪いからとしか考えていませんでした。しかし川の水が枯れ、地面は乾き、魔物も出るようになって。聖女様のご不興をかったばかりに、神のご加護を失ったのです。けれども先代の聖女様が亡くなってようやく、草木が芽吹くようになったのでございます。二度あのようなことが起これば、間違いなくみんな死んでしまいます」

「……よく、話してくれましたねエルマ。辛いことを思い出させて申し訳ありません。今日はもう休んでください。大丈夫です私は怒っていませんから。そうだ、今度あなたの村の豊作を神様にお祈りしましょう、ですから元気を出して、ね」

エルマは安心したのか、自室へと下がっていった。どちらにせよあの精神状態では、まともに仕事はできないだろう。

 監視がなくなった部屋で未来は体を横たえる。人の目がないのは久しぶりで喜ばしいことなのに、まったく心が落ち着かなかった。
 しかし、レオンがなぜ執拗に自分を監視下に置きたがるかは判明した。聖女、というのはあまりにも強大な力があるらしい。

 癒しの力、豊作の力、生命を操る力があるならばそれは死を招く力も聖女の手中にある、というわけだ。
 リートケをはじめ一般の人間はそれに気づいていないのだろう。
司祭に同行し孤児院を訪問した際も、施設の聖職者や子供たちは聖女の自分を慕っているようだった。だとしたら口止めされていて王家や教会の中枢と、エルマのような当事者しかしらないのだろう。

「先代の聖女が乱心したからといって私まで怖がられるなんて納得いかないわ……」

  しかし、先代の聖女がどうして凶行に及んだのか興味がある。その気になれば村を、国を亡ぼせるとして、未来にはそんなことをしようという気がまるで起きなかった。

「……先代は、失望されることが怖くなかったのかしら」

その呟きは部屋の静寂に吸い込まれていく。

「だとしたら、少しうらやましいかも」

不謹慎だとしても、未来はそう思うことをやめられなかった。
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