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2nd season 第一章

108 聖女アベル

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アベル様~
聖女様ぁぁ~
聖女様ぁぁぁぁ~

グラム王国歴335年1月1日。
即位50日目の今日、俺達は神殿のバルコニーから国民に手を振っている。
が、国民の歓声はもっぱらアベルに向けられたものだ。

「聞けっ!民よ!アベルを筆頭とした白の騎士6名、彼女たちが聖都の守護者としていかに相応しいか、それは余よりも皆の方がよく知っているだろう。そして諸君らの歓声に、余も応えようと思う。白の騎士6名には、新年を祝う今日この場で、その働きを讃え『カインズ』の姓を与えよう。Abel Cain'sよ!白の騎士たちよ!聖都の守護者たれっ!」

うぉぉぉぉぉぉ!
聖女様ぁぁぁぁぁ!
アベル様ぁぁぁぁ!

「アベルさん、凄い人気ね?」
「お節介に権力を持たせると聖女になるんだな」
「あ、主殿っ!」
「ははは、ごめんごめん。アベル、ほんと凄いと思うよ。この50日で、数えきれないくらいの人たちが、アベルに救われてるんだ。誇っていい」
「はっ!光栄です!」

物づくりチームが籠もり始めると、することの無くなってしまうアベルとミラン。
白の騎士という役職を与えて野に放ってみた所、あっという間に聖女になってしまった。

腹を空かせたものが居れば食堂のスープを鍋ごと徴収し、虚ろな目のホームレスを風呂に叩き込んでギルドまで引きずり、コツコツ貯めた給金で安酒を買うと、夜ごとスラムで宴会を開いた。

貧民街だけじゃない。
どうやって嗅ぎつけるのか、街で困っているとどこからとも無く現れて、余計に騒ぎを大きくする。
そして当事者がアタフタしている間に、大抵の問題は綺麗サッパリ消し飛んで、あとには神殿宛の修理請求書が残るのみだ。

これ、聖女って言うより大阪のオバちゃんだよな?

「さて、久しぶりの無料開放だ、アベルがどれだけ集めてきたか、楽しみだな?」

そう、今日は1日、聖都神殿スパも初の無料開放。
貧民街の規模もエルダーサとは桁が違う。

「そうだ、アベル。この神殿な?無駄に大きいだろ?余ってるとこ使って、救護院やりたいか?」
「よっ、良いのですかっ!?」
「ああ。エルダーサのとき、言ったろ?『それ以上考えるのは領主の仕事だって』、今の俺達は領主どころか国の主だ。俺達の仕事だ」
「うぐっ・・・うぐっ・・・主殿ぉぉぉぉぉ」
「うん。俺はホラ、そういうの向かないから、全面的にアベルに任せる。だから、今日の無料開放、帰りたくないって人が居たら、そのまま残していいぞ。とりあえず、寝るとこくらい用意しとくからな」
「うぐっ・・・うぐっ・・・おばがでぐだだい」
「うん。何言ってるかわかんないけど、任せるな?」


~~~~~


生意気なクソガキを温水プールに放り込み、ビキニの娘さん達に鼻の下を伸ばし、ヒネたおっさん達を煽りまくった。
きっとエルダーサでも、同じような事になってるだろう。

どれだけどん底に落ちても、プライドさえ捨てれば生きていられる場所。
スラムは必要だ。
でも、一度ひとたびそこに落ちれば、自力で這い上がることは難しい。
そもそも面接に着る服すら無いんだ。

勿論、出たくないならそれも有りだ。
でも、出たいんだったら、多少の手助けくらいあっていいと思う。
誰もがラティアに拾って貰えるわけじゃないから・・・。



などという、おセンチなことを考えてた時期が俺にもありました。

「ちょっ!どうすんのよ?これ?」
「あー、どうしような?」

正確な数は数えてないけど、残留希望者、ざっくり500人は居ると思うんですが・・・アベルさん?

「とりあえず、毛布とか買い漁ってくるから、リシェル、寝床・・・いや、屋根と壁があればいい、とにかくなんとか収容しといてっ!」

元旦の夜。
商店街を駆け巡り、酔いどれ店主を拝み倒して、毛布を買い漁る教皇サマ・・・うん、アベルにばっか人気あつまるわけだよ。


~~~~~


同日、王都、グラム王謁見の間。

「ふむ、つまり、400年ぶりにホルジスさまがご降臨され、信託の元、教皇が第代わりされたという事か?」

「はい、新教皇より、グラム王様に『変わらぬ友誼を』と、言伝お持ちしました」

「あいわかった。ロックハウス猊下にも、就任のお祝いをと・・・して、クルスタット卿が何故同行を?」

「クルスタット卿、直答を許す」

「はっ。そもそもロックハウス猊下が最初に神託を受け、神殿を建てたのがエルダーサでございまして、その縁で親しくさせて頂いております。そして猊下より、グラム王には特別に、ご挨拶の品を送りたいのだが、神官に持たせては他の国々との対応の差が出て少々マズイと相談受けまして・・・こちらが、その品でございます」

クルスタットが従者に合図を送る。
細長い大きな木箱が王の従者に手渡され、蓋を開けると・・・。

「こ、これはまさか!?」

「はい、幻と言われる名弓、カイナルド。それも陛下の為に、猊下自らの手でお作りになられた、世に二つと無い逸品との事」

「なっ、なんと!」

「はい、実はかのカイナルド、猊下の発明品でして、この度正式に聖教国の専売、禁輸品となりました」

「まことか?もはや手に入らぬのか?」

「はい。されど・・・最初の神殿があるよしみ、共同製作者のナルドなるドワーフが、エルダーサで少量販売する事のみ許可すると、お約束頂いております」

「でかしたっ!クルスタット卿」

「皆様、恐れながらこの特別なカイナルド、決して教皇就任の挨拶で神官が持ち込んだものでは無く、友誼のツテで手に入れた物を、私が陛下に献上させて頂くという事で、お間違えなきよう。これ程の品ですので、周辺国に誤解されれば二国同盟と勘ぐられます」

「ほっほっほっ、わかっておる。だか、卿の功績、報いねばなるまい?うむ、確か今は子爵だったな?領地は変わらぬが、たった今よりに取り立てる」

「はっ、ありがたき幸せ!」

「しかし・・・エルダーサ、最近何かで聞いた気がするな?なんだったか・・・おお、そうだ、なんでも大層美しい奴隷が居るとかで、使者が向かったが戻らぬそうだ、何か知らぬか?」

「はて・・・そうですな・・・美しいと言えば、猊下がいたく寵愛されている奴隷も絶世の美女でしたな。正妻と同格に扱われているようでしたが、なんでもがお好きで、あえて妻にしていないと・・・今は聖都におられますので・・・使者の方は、私のところには見えられていないかと」

「そ、そうか。うん、何かの手違いであろう、さもありなん」

この一手、カインが切り出した時にはロックハウス家の女達から驚きの声が上がった。
何しろユリアを差し出せと言ってきた相手に、少なく見積もって白金貨一枚2億円、特別品という事で何倍に値するかわからぬカイナルドを贈るというのだ。
だが、カインは譲らなかった。

感情に任せて挑発すれば、追っ手では無く刺客がやってくる可能性もある。
重要なのは大切な女達の安全、子供じみた意地の張り合いなど、カインにとって何の価値も無い。
更に、どさくさ紛れにエルダーサで、関税なしの輸出を認めさせられるかもしれず、実際、クルスタットはむしろ、恩に着せる形で言質をとってきた。

更に事の次第がリッチモンド子爵の耳に入れば、今度は向こうが震え上がる番だ。

「神官どの?お預かりしてきたアレを、陛下にお渡ししなくて良いのかな?」
「はっ!申し訳ございません。陛下の御威光に緊張し、すっかり失念いたしておりました。陛下、こちらが、ホルジス様より、陛下にお渡しするよう賜った品でございます。ホルジス様が猊下に命じ、こちらも陛下の為だけに作らせた特別な一冊。世界のことわりを伝える異界の神話にございます」

「なっ、なんと!ホルジス様からか!?」

グラム王に手渡されたのも内容にはなんら変わりない異界神話、装丁だけが趣味の悪いゴテゴテしたものに差し替えられている。

「はい、ホルジス様はこれを原典とし、世に広めることを望まれています」
「そうか、余に出来ることならばなんでも協力させて頂くと、ホルジス様にお伝えいただこう」
「はっ、ホルジス様もお喜びになられるかと存じます。庶民向けの廉価版、さっそく、王都神殿でも販売させて頂きます」

異界神話をにするかにするか、これはカインもかなり悩んだ。
単純な拡散効率で行けば、配布の方が断然早い。
だが、人はで手に入れたものは軽んじる。
そしてカインやホルジス神を身近に感じるエルダーサとはわけが違う。
最終的に、カインは銅貨一枚2千円での販売を選択したのだった。

「し、神官どの、先程の神話、我らも入手することは可能だろうか?」

謁見の間を退出すると、追いかけてきた王都貴族に呼び止められた。

「ええ、勿論です。陛下専用の特別版とは装丁が異なりますが、どうぞこちらをお持ち下さい」
「よ、良いのか?ありがたいっ!」

王が気に入った神話本。
目ざとい貴族ならすぐにも読んで、王の覚えをよくしたいと考えるのは当然。
しかも神話は子供でもわかるシンプルな内容。
神理の思想はまたたく間に王国に浸透してゆくこととなる。


~~~~~


その夜。

「どうでした?クルスタット卿」
「はっ!猊下の慧眼、感服いたしました。想定以上の大成果です・・・が、なんですか?その毛布の山は?」

部下と神官たちは遥か彼方、王都をまだ出立すらしていないが、カインの承認を得たクルスタットは、王都神殿から聖都神殿へとすぐさま転移で報告に戻った。

「あー、これは、まぁ、我が家の聖女様へのご褒美です」
「はぁ・・・?」
「今年は忙しくなりそうですね。覚悟して下さい、クルスタット卿」
「はっ!お任せ下さいっ!」

ロックハウス家の、いや、この世界の新たな一年が、慌ただしく始まっていった。







###### 作者コメント ######

皆様、あけましておめでとうございます。
今日は元旦なので、1時間後にもう一話投下です。(AM 1:00)
歳もあけましたので、少しずつ、というか極稀に、感想へのコメントも再開させてもらう気がしないでもないでもないです。

因みに作者は昨日も今日も明日もずーっと仕事であります(´Д⊂グスン
たぶん、雑煮とか見てないんだと思います。
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