縛り勇者の異世界無双 ~腕一本縛りからはじまる異世界攻略~

延野 正行

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第1章

第19話 王と王

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 赤い絨毯。
 荘厳な建築様式。
 煌びやかなシャンデリアが天井から俺を睨んでいる。

 俺は今、王宮にいた。
 オークの進撃を撃退した件で、呼び出されたのだ。

 来たくはなかった。
 家でゴロゴロしてる方が千倍マシだ。
 会いたいなら向こうからやってくるべきだろう。

 しかし、俺はやってきた。
 特別な褒賞金が出ると聞いたからである。
 そうでなければ、こんなところにはいないだろう。

 旅立つための旅費は、随分貯まってきた。
 褒賞金の額次第では、王都から抜け出せるかもしれない。

 すると、王が謁見の間に現れる。
 他の人間が傅く中、俺1人だけが立っていた。
 憮然とした顔で、玉座の方を見つめる。

 王は相変わらず厳しい表情だった。
 愛想笑いの1つでも浮かべ、玉座を降りて、許しを請うなら、俺の態度も幾分柔らかくなったかもしれない。

 だが、今の王の表情を見て、俺は徹底抗戦をすると決めた。

「久しいな、外れヽヽ勇者……」

 まだ、それを言うのか。
 そっちがその気なら……。

「挨拶はいい。俺は一刻も早く褒賞金をもらって、王宮を出たいんだ。これ以上、あんたと同じ空気を吸いたくないからな」

「お、王に向かってなんと無礼な!」
「王の御前だぞ」
「いつまで立ったままでいるのか」
「これだから外れ勇者は!」

 家臣たちが騒ぎ立てる。

 はあ……。
 やっぱり来るんじゃなかったぜ。

 騒々しい中で、王だけが表情を崩さず、やがて口を開いた。

「褒賞金がほしいのか?」

「ああ……。それを持って、この国を出る。お前たちも外れ勇者の俺に未練はないだろう」

「確かにな。良かろう。褒賞金を下賜する。だが、その前に外れ勇者よ。お主に尋ねたいことがある」

「なんだ?」

「オーク……、しかも名前付きネイムドのオークロードを倒したのは誠か」

「ああ、そうだよ――って言って、あんたたちは信じるのか?」

「…………」

「だよな……。信じないからこそ、俺に尋ねてるんだろ? だったら、ギルドか討伐に加わった冒険者に尋ねてみるといい」

 俺は投げやりに答える。

 すると、大臣らしき男が王に近寄った。
 こそこそと何やら囁く。
 数度頷いた後、王は再び口を開いた。

「質問を変えよう」

「まだ俺は褒賞金をもらえないのか?」

「…………」

 無視かよ。
 本当にいけ好かない連中だ。

「どうやって、オークを倒した?」

「知ってるだろ? 俺のスキルだ」

「あの忌まわしき名前のか」

「ああ……。【|縛りプレイ《ヽヽヽヽヽ】な」

 俺はわざと聞こえるように言う。
 王様の眉宇が、ぴくりと動いたのを、俺は見逃さなかった。

「そのスキル……。一体どういう能力だ」

「今さら俺のスキルのことを聞いてどうするんだよ?」

「答えよ!!」

 王は声を荒らげる。
 しぃん、と謁見の間は静まり返った。
 視線が集中する。

 俺は――。

「断る。答える義務はないはずだ」

「こやつ! 王の質問に答えぬとは……。所詮は、外れ勇者か」

 大臣は舌打ちする。
 手をあげると、両サイドの衛兵たちが槍を握った。
 たちまち俺は囲まれ、穂先を向けられる。

 初めて異世界に来た時の俺なら、たちまち縮み上がっていただろう。
 だが、今の俺は違う。
 刃物を見せられても、冷静でいられた。
 カッカすることなく、自分でも驚くほど頭が冷えている。

「そんなに、俺の力が見たければ、ここで暴れ回ってもいいんだぞ」

 すると、自然と笑みがこぼれた。
 きっと邪悪な顔だったであろう。
 自分で見られないのが非常に残念である。

 俺の異常な雰囲気を察したのだろう。
 衛兵たちの手が震えていた。
 腰を引き、1歩下がるものもいる。

 その中で、やはり王だけが表情を崩さない。
 さすがは国の権力者といったところだろうか。
 肝が据わっている。

「ふん。ならば、これならば、どうだ?」

 王は手をあげる。

 すると、悲鳴が聞こえた。

「リックお兄ちゃん!」
「ご主人様!!」

 横合いから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
 自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。
 視線を動かすと、そこにはルーナとティレルが立っていた。

 2人とも縄で縛られ、拘束されている。

「てめぇぇぇぇぇぇええ!!」

「これが王の力というものだ、外れ勇者よ」

「それが王がやることかよ! ルーナもティレルも、お前の国民なんだぞ!」

「何を動揺しておるのか、外れ勇者よ。お前も好きなのだろう。こうやって、奴隷どもヽヽヽヽを、夜な夜な縛って――」

「俺にそんな趣味はねぇ! 2人は俺の家族だ!!」

「ふん。どうでもよい、そんなこと。さあ、話せ。そなたのスキルを……。さもなくば、この2人がどうなっても知らぬぞ」

 王は紫色の瞳を光らせる。
 本気だ。
 俺が何かをすれば、本気で自国の民を傷つけるつもりなのだろう。

 ルーナとティレルとの距離は、さほど離れてはいない。
 今の俺なら助けられるだろう。
 だが、用意周到な王のことだ。
 もしかしたら、何か仕掛けてくるかもしれない。

 そう考えると、俺は1歩も動けなくなってしまった。

 すると、あの文字が浮かんだ。


 『縛り;スキルを話すまで1歩も動かない』を確認しました。
 『縛り』ますか?  Y/N


 さすがに、これは『NO』だ。
 縛ったところで事態が好転するとは思えない。

「仕方ねぇ……」

 忌々しいが、俺はスキルについて話した。
 とはいえ、このスキルについては、まだまだ謎が多い。
 自分が理解している部分だけを喋った。

「縛れば縛るほど強くなるステータスか」

 王は肘掛けに肘をのせて、頬杖をつく。
 他のものは呆気に取られた。
 そんなスキルがあるのか、と信じられない様子で戸惑っている。

 だが、俺は嘘をついていない。
 そして、これ以上喋ることはなかった。

「さあ……。喋ったぞ。2人を解放しろ」

「良かろう」

 王は部下に指示を出す。
 ルーナとティレルを下がらせた。

「リックお兄ちゃん」
「ご主人様!」

「2人とも大丈夫だ。俺もすぐに帰るよ」

「おいしいものを作ってお待ちしてます」

「それは楽しみだ」

「リックお兄ちゃん……」

 ルーナは今にも泣きそうな顔で、俺の方を見つめる。
 その表情を見て、俺も泣きそうだった。

「ルーナ、約束したろ。俺はルーナのパパとママを見つけるまで、決して見捨てない。だから、良い子にして家で待ってるんだ」

「う、うん……。早く帰ってきてね」

「ああ……。もちろんだ」

 すると、ルーナとティレルは退場していった。

 再び謁見の間に静寂が訪れる。
 大きな窓の向こうに、小鳥が3羽仲睦まじく飛んでいるのが見えた。

「さあ、褒賞金をもらおうか」

「余は決めたぞ」

 突然、王はすっくと立ち上がった。
 俺の方に手を掲げる。

 妙な気配を感じた。

「外れ勇者よ」

「なんだ?」

「そなたは危険だ……」


 はっ?


 その瞬間だった。
 俺の周囲が真っ暗になる。
 不意に浮遊感に襲われた。

「落とし穴!!」

 下を見る。
 魔獣の大口のような穴が、ぽっかりと空いていた。
 反応はしたが、為す術がない。
 穴の縁まで距離がありすぎた。
 いくら俺のステータスが高くても、そこまで手を伸ばすことは不可能である。

 結果、俺は――――落ちた。

 暗闇の中に沈んでいく。
 落下しながら、天井を見上げた。
 バタリと穴の蓋が閉じていく。

 俺は完全な暗闇に放り出された。

 バシャン!!

 盛大な水しぶきが上がった。
 俺が落ちてきたのは、浅い川だ。

「――いや、違うな。たぶん、ここは王宮の下水だな」

 悪臭がひどい。
 鼻を摘んでいても、鼻腔を刺激してくる。
 自分の身体がたちまち臭くなっていくのがわかった。

 強かに打った尻を触る。
 何故か「ル〇ン三世かよ」と謎の言葉を呟いていた。
 きっとこれも、俺がいた世界の知識なのだろう。
 ここからの脱出方法も教えてほしいものだが、どうやら難しいらしい。

「ほほ……。また大きな獲物が降ってきたわい」

 突然、声が聞こえる。
 間髪入れず、俺は振り返った。
 そこに立っていたのは、老人だ。

 しかも、よく知る……。
 いや、そもそも俺は、そいつに会っていた。

「王……!!」

 間違いない。
 あの玉座でふんぞり返っていた王――。

 メシェンド王国、デラータス・ギラム・メシェンドだった。
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