瓦斯灯夜想曲

とうこ

文字の大きさ
8 / 28

第8話

しおりを挟む
 車の中で馨は、今日も頼政旦那様が家に来ると言うことは…とまた昨夜のことを思い浮かべ、少々緊張してしていた。
 そう言えば旦那様は、来ない日はいつもどこにいるのか。
 あそこが家であるなら毎日帰ってきても良さそうなのだが、来ないと言うことは年齢的に、もしかしたら普通に家庭を持っているのか?などと思いを巡らせるが、子供の頭では家庭があるとしてなぜそんなことをするのか、どうして雪を…とかまで頭が回らない。
 ただただ、昨夜の声が生々しく頭に残り、そう言ったことに目覚める年齢だと言うこともあって、それのみが興味の対象になってしまう。
 実際のところ頼政は、研究と大学の講義が非常に忙しく、普段は研究室で寝泊まりしなければならないほどに忙殺されているのだ。
 雪のいる家に来るのは大体週に3日程。日時を決めて帰るように努力をしてやって来ていた。

 
 家に戻り、まだ少々夕食の時間にも早いと言うことから、先に話をしてしまおうと言うことになり、頼政、笹倉、雪、馨の4人はリビングダイニングに置かれた応接セットへ座り込んだ。
 頼政も言っていたが笹倉を交えての話し合いは、馨のことだった。
 身内がいるのならそこに話をしないといけないし、誘拐ではないけれど黙って子供を家に置くと言うのも気になるから、何らかの手続きは必要なのかと相談をしたのだ。
 雪の時は両親が任せてくれたので、面倒臭い手続きはなかったから。
「正直昨日の今日では、調査も完全ではないが『芳崎』姓で調べたところ、まあ確かにお武家様にその名前はあったよ。『芳崎誠之助』ひいお爺さんはそんな名前だったかい?」
 雪の隣に座って、藤代が買ってきた焼き菓子を摘んでいる馨に笹倉は問いかけた。
「ひいじいさんの名前まではわかりませんけど…じいちゃんは、周一郎だったと思います」
 佐々倉は手元の薄い冊子へ目を落とし、
「なるほど、誠之助氏の嫡男は周一郎だ。そしてその嫡男がきみのお父さんの一朗氏だね」
 馨は頷いて、皿に焼き菓子を置いた。
 そんなことまで調べられてすごいな、と笹倉を見つめる。
「でも君の名前がないんだよ…もしかして役所に届けられてないかもしれないなぁ…そこは今度調べておくね。すまないね不安にさせちゃって。でも、お祖父様とお父様の名前を覚えているんだからきっと大丈夫だよ。ちなみにおばあさまは?」
「キヨ。母はさゆりです」
 笹倉は紙を見ながらうなづいて、
「うん合ってる。じゃあ後は役所ではっきりしてからこの家にいる手続きだね」
 この時代、寅親分のように掻っ攫かっさらって面倒見て泥棒させる、なんて言うのも黙ってやればまかり通ってしまうのだろうが、頼政の性格上きちんとしたかったのだろう。しかも頼政にはもっと深い考えもあったのだ。
 しかし、こんな1日2日いちにちふつか曾祖父ひいじいさんさんの名前まで調べ、自分の家族の名前を全て把握している笹倉に、馨は少々興味を持った。
 どうやったらここまでできるのか…笹倉の仕事に興味が湧き、弁護士が何をする人なのかなのも分かってはいないが、いつか詳しく話を聞いてみたいと思い始めていた。
「それじゃあ、そこがわからないと話しが進まないなら笹倉、一杯やろう」
 大テーブルの部屋の、壁際に置いてあった背の高いキャビネットからグリーンの綺麗な瓶を出して、頼政は嬉しそうに笑う。
「おおいいね、それも舶来品かい?ここに来るとなかなかにいい酒が飲めるから嬉しいよ」
 雪は立ちあがって台所へ向かうと、水を入れる透明なガラスの瓶と背の低いグラスを用意して、雪についてきた馨に、
「持って行ってくれる?」
 と手渡した。
 馨は受け取って部屋へ戻るとグラスを各々の前に置き、水の入った瓶だけお盆に乗せたまま2人の間に置いた。
 そのグラスに、琥珀色の液体が注がれるのを眺めながら、笹倉が
「今日はスペシャルな酒の肴はないのかな…」
 下がって行こうとする馨の背中を笑いながら見つめて、意地悪そうな声で言ってくる。
 頼政もその背中をチラッと見据え
「昨日私がいただいてしまってね、今日手に入れるのは無理なんだ、すまない」
 そう言う頼政の顔は、余計なこと言うなと笹倉を睨みつけていた。
 馨は最初の笹倉の言葉の時点で、すでに台所に戻っていて頼政の言葉はきいていなかっただろう。
「何だ、先に楽しんでしまったのか。残念」
 馨の姿が台所に消えたのを確認した頼政は
「笹倉お前な」
 嫌そうな顔でグラスを一口口にする。笹倉は少し声を立てて笑った。
「で、雪さんの症状はどうなんだ?」
 笹倉もグラスを傾ける。
「だいぶ良い方へ向かっているとは思うのだが…まだまだだなとも思う」
「結構根深いものなんだな」
「雪の心の中の事でもあるからな…白皮症の方は、症例が少な過ぎて中々難しい。あの病は短命だという記述もあったから、少々心配はしていたが雪ももう23だ。あの年齢まで元気にいるのだから、皮膚の癌さえ気をつけたらそこまで心配はしていないさ。毎日の血圧と検温はかかしてはいないしな」
 笹倉は頼政の大学の同期で、学部こそ違えどお互いの事を包み隠さず言える仲だった。
 雪は、特に母親に嫌われていた。
 父親は、自分の子としてきちんと教育も施し衣食住を供していたが、母親は雪に対し言葉の暴力や物理的な暴力を与え、雪の精神を徐々に蝕んでいった。
 しかし叩いた後にふと我に返り、抱き抱え謝る、と言うのを繰り返され、雪は殴られれば愛されると言う事を身体と頭で覚えこんでしまっているのだ。ある種の『トラウマ』だ。
 雪を引き取った最初の晩に、心許ないだろうからと布団を並べて眠ろうとした時に、13歳の雪は『たないのか』と聞いてきた。
 優しくされて申し訳なくなったのか、寝る間際にそう言われ白皮症のことで引き取ってはきたが、精神的にも病片を感じその時は何とか宥めて寝かせたことは今でも忘れない。
「最も君が、嗜虐趣味と男色趣味があったことも、雪さんの救いではあったね」
 酒の肴を持って再び馨がやってきたので、最後の方は少し小声になった。
「ありがとう馨くん。ところで君は何歳なの?」
 笹倉は興味津々で馨から皿を受け取り、問う。
「今は12歳です。3月に13歳になります」
「まだ幼気いたいけな年齢なんだねえ。身体が大きいからもう少し上かと思っていたよ。12歳。覚えておくよ、ありがとう」
 笹倉の笑みにほんの少し頭を下げて再び台所へ戻った馨を見送って
「それで君は、馨くんに何をさせようとしてる?」
 持ってきてくれた干し肉を一片摘み、その皿を頼政に差し出して首を傾げる。
 頼政は何やら思案顔で皿を受け取り、そして
「まあ…まだどうしたらいいのかは、まとまってはいないんだ」
 と答え、
「干し肉はウヰスキーには合わないな…」
 などといい、後ろの棚から板状のチョコレイトを取り出し、テーブルに置いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...