悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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悪役令嬢、婚約者辞めるってよ

1.ミキ

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 ある日の朝。
 侯爵令嬢ファランは、目を覚ましてベッドで上半身を起こすと、きょろきょろと左右を確認した。
 夢の続きを見ているような心持ちでしばらくぼうっとしていたが、そっと自分の額に触れ、深々と溜息を吐く。
「まじかぁ…」
 令嬢らしからぬ呟きは、幸い本人以外の耳には届くことはなかった。
「そうかぁ、よりによって、そうかぁ…」
 というのも、我が儘放題に甘やかされて育てられたファランは、誰かに自分が起こされるのが我慢ならないため、本人が起きるまで、誰も彼女の寝室には近付かないのだ。
「まさか婚約破棄秒読みの悪役令嬢に転生してしまったかぁ」
 呆然と上を見上げれば、文句と注文をつけまくって描かせた、誰おまww状態の自画像が見えた。
「…とりあえず、どうしよっかなぁ」
 這うように大きなベッドの端に向かい、足を下ろす形で座る。元々階段を使って上がるようになっているベッドは、腰の高さほどなので、ぶらぶらと足は揺れた。
 その足の見慣れぬ白さと太さに、思わずホワイトハムという単語が頭を過る。
(あー…そういえば母さんが貰い物だけど食べきれないとか言って送って来たハム食べずじまいだったな)
 まずは、思わず現実逃避をしてしまっているファランの中に覚醒した前世の記憶、というより、自我の存在について話をしよう。
 彼女の名前はミキ。
 日本でストレートに大卒後就職を果たし、社会人四年目だった成人女性だ。
 特別な技能も個性も持ち合わせがなかった一般人な彼女だったが、入った会社は解り易くブラックだった。
 それでも、就職氷河期だった彼女にとって、百十三回お祈りを受けて心が挫けた彼女にとって、そこは正に救いの神だったのだ。
 だから、入社一年目は懸命に頑張った。
 しかしながら、その頑張りは、あまり彼女にとって良い方には作用しなかった。
 二年目に入って暫くした頃から転職を考えるようになる。だが、最低でも三年はいないと転職に不利、という会社本意な情報を信じていたため、三年間は頑張ろうとしていた。
 そして、三年目、転職ではなく転生を夢見るくらいに深夜の睡眠時間を削ってウェブ小説を読み漁る事に嵌った。
 寝ないと効率が落ちて自分が困ると解っているのに、自分の娯楽の時間くらい欲しいという欲求のままに睡眠時間を削り、効率が落ちた分残業が増え、仕事が終わらないストレスの発散に娯楽を求める、という悪循環が出来上がる。
 そして、四年目に突入した頃。
 三年経ったら転職するという考えは失っていなかったものの、
(三年っていつだろう? ていうか、今日って何日だろう? 私、昨日も今日と同じ事してた気がする? いや、そもそも今日って本当に今日なのかな?)
 という状態だった。
 まともとは中々言い辛いそんな状況だったので、ふと思い立ってカレンダーを確認し、四月の半ばな今が三年経過した頃だと気付いた時、彼女は喜びのままに思わず軽く駆け出した。本来なら赤信号で止まらねばならない横断歩道に向かって。
(あれ、これって、なんだっけ? ほら、あれ、転職フラグ。あぁ、じゃなくて、転生フラグだっけ? あれ、私、転生したいんだっけ? いや、転職したかったんだよね? あれ、そうだっけ? でも転生で良くね? いや、転職で良いのか? あれ…なんだっけ、なんか、あの、どっちだっけ…あぁ…でも……もうどっちでもいいかな………)
 目を射るような車のライトに照らされながら、彼女は、失われゆく意識の中で、最期まで混乱し続けた。
(うわぁ…)
 思わず、すっかり太ましくなった腕で自分の頭を抱える。
(そこから記憶がここになってるとは言え、今はちゃんと働く思考を持っているからかな…自分がまともじゃなかった事は理解できる。泣きたくなるくらい理解できる。そして泣きたい。望んでいたのは転生じゃなくて転職。そしてもし転生してしまったらと考える事はあったが、それはこういう事ではなかった)
 理解したくはないが理解する他ない現実を前にした彼女は、自分がミキの記憶の中にある、とあるウェブ小説の世界に転生してしまったのだと悟った。
 そして、その世界でファランは、いわゆる悪役令嬢だ。
 しかも、実はハイスペックあるいは重要人物で、散々暴走するヒロインを打ち負かす系の悪役令嬢、ではない。
 至極ストレートに、ヒロインにざまぁされるクズ令嬢だ。
(覚えている。覚えているぞぉ…。完全に私はミキという人格なのに、ファランとしての記憶はしっかりとある。何故なんだちくしょう。びっくりするぐらいストレートにいじめ抜いてやがるぜ。実は誤解ですとか、ツンデレですとか、相手のためになってたんですみたいな伏線はゼロかぁ!)
 ミキはそのウェブ小説をとても楽しく読んだ。
 ファランがヒロインをいじめればいじめるほど、ヒロインとヒーローは絆を深め、愛を育んでいく様が、ファランざまぁで楽しかったのだ。そう。彼女自身、この上なくファランにヘイトを溜め込んで読んでいたのだ。
 だから解っている。
 しっかりと記憶している。
 今、ファランがどういう状況か。
(今日卒業式行ったら参列しているお偉方の前で今までしてきた悪行全部ぶちまけられて婚約破棄されるじゃんかぁ)
 なんだか、踏んだり蹴ったり過ぎて、涙を流すのではなく笑ってしまった。
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