とあるお抱えの不測

nionea

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 気怠さに身を浸しながら、水の入ったグラスを受け取って、スイは微笑むカシオニアを見つめた。
(前は可愛かったのにな…)
 ただ唇を合わせるだけで、真っ赤になって言葉を失っていた三年前を思いながら、空いたグラスを渡しておかわりを要求する。恋人とはいえ使用人が主人を顎で使っているようなものだが、嬉しそうに水を持って来る姿に、大型犬のような可愛さは感じる。
「っ」
「零さないで」
 だが、スイの体に昨晩カシオニアが付けた痕を、躊躇いなく指で辿って、受け取ったグラスで手の塞がったスイが震えるのを見て悪戯を成功させた子供の様に微笑む可愛さはなどは望んでいなかった。
(どうしてこうなった。いや、これも可愛いとか思ってるのが駄目なんだとは解ってるけど)
 二杯目の水を飲み終えたスイに音を立てて口付け、うっとりとした顔でスイの下唇を食んで、離れていく。スイの唇を指の腹で撫で、乞うような上目遣いで尋ねてくる。
「まだ、良いか?」
 ここで頷くとどんな事態を引き起こすのか、スイはよく解っている。
「いけません」
 笑顔ではあるがきっぱりと、否定した。
「そろそろ朝食の時間ですから、いい加減身支度をなさいませんと」
 まるで垂れた耳が見えるような顔にぐらつきながらも、最近のカシオニアに甘い顔を見せてはいけないと感じているスイは負けない。追い立てるように寝台から引き離し、着替えを促す。
 元々が器用で、何でもこなしていたスイは、今となってはカシオニアの身の回りを世話する侍従の仕事も、行動を管理する側近の仕事も、執務を補佐する秘書の仕事も、手慣れたものである。はじめは、国王という立場に在りながら王妃を娶る事をしないと宣言したカシオニアにとって、お荷物にならないようにしようとの思いで努めていた。だが、気が付けば城内の誰もがカシオニアの事をスイに訊くまでになり、そこかしこから引き抜きの話さえ来るようになっている。
(だから、そういう顔をしない…)
 一年前に就任した国王という地位に相応しくなろうと、威厳ある態度を他人に見せるようになったカシオニアだが。スイを見る時にだけは蕩けるような笑顔を浮かべた。
 そうやって常は真面目に頑張っているのを見ていると、つい二人きりの時くらいはと甘やかしてしまった。その結果が、口づけ一つに許可を求めて、したらしたで真っ赤になっていた純情さは何処へやら、だ。
(どうにか、前みたいな反応をさせられないものか…)
 そもそもスイがカシオニアの純情をからかう様にリードし続けたのが変貌の最大の要因だが、その事は棚に上げて真面目な顔で仕事をこなしながら、閨事にばかり思いを馳せる。カシオニアが仕事をしている時は仕事しか考えられないのと違い、スイはどんな下らない事を考えながらでも真面目ぶった態度で仕事が出来る。二十二年もの間隠密として活動していた能力は伊達じゃない。
「スイ、この書類にある、資料は」
「こちらです」
 渡して、手を離す際につとカシオニアの手をなぞる。
「っ!」
 不意打ちのようなスイの行為に、カシオニアの頬に朱が走った。
「すみません」
 良いものが見れたぞという笑顔で、スイが謝罪を口にした。カシオニアは手を口元に当てながら、いや大丈夫だと応えた。
(なるほど、仕事中は想定外なのか…)
 発見に気を良くしたものの、流石にカシオニアの仕事を邪魔したい訳でもないスイは、時折、悪戯を仕掛ける心積りで似たような事を繰り返した。
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