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#8.ロケットの持ち主
しおりを挟むそのロケットが、兄・彰の首に掛けられているのを見た瞬間、千鶴は心拍の波形が振り切れるほどの衝撃を受けた。
決して見間違うはずはない。それは世界に二つとないものだから。
ある人のために自分がデザインし、特別に作らせたプラチナのロケット。それを、何故、兄が身に着けているのか?
到底起こり得ないことが現実として起こった。千鶴の中で矯激な驚きと疑念の嵐が吹き荒れ、抑え難い興奮の波が渦を巻いていた。
それでも、千鶴は冷静になろうと努めた。落ち着くために一刻も早く兄のマンションに帰り、ロケットを手に入れた経緯を聞き出すことが先決だった。
兄はおそらく、それがロケットであることに気づいていないだろう。気づいていれば、きっと自分に尋ねるはずだから。
何故なら……。
「おまえの話から聞きたい。このペンダントのことで何か知っているなら教えてくれ。頼む、千鶴」
帰り着くなり、千鶴が切り出すより早く、彰が切羽詰まった面持ちでそう言った。
千鶴は、さらに『お願いだから』と懇願され、潤んで揺らめく眼差しで見つめられた。
「……いいわ。もうっ、お兄ちゃんにそんな目で見つめられて拒否できる人がいたら、マジで尊敬する」
千鶴は兄の要求を飲むことにした。
聞きたい気持ちと話したい気持ちは、同じレベルで最高潮に達している。しかし、兄がどうしても妹の話から先に聞きたいと願うなら、それに応じることはやぶさかではなかった。
何を置いても、その眼差しには逆らえない。彰の眼力には本物の催眠術師も敵わないだろうと千鶴はいつも感心する。
「驚かないでよ。それ、ペンダントに見えるけど、本当はロケットなの。わりと強めの力でスライドして開けるようになってるの。中を見たら、お兄ちゃん腰を抜かすわ、きっと」
そのロケットは繫ぎ目がほとんど目立たないように精巧に作られていた。彰がペンダントと勘違いしていたのも無理からぬことだった。スライドさせると、円形は二つになった。
ロケットの中に入っていたものを目にして、彰は愕然としていた。
「おまえの、写真……!?」
千鶴は自らの興奮を鎮めながら、静かに話し始めた。
「このロケットの持ち主は――――
* * *
持ち主の名前は、降谷タケル。千鶴のクラスメイトである。
彼は夏に他県の公立高校から転入して来た。性格は柔和で明朗。どちらかと言えばおとなしい方だ。しかし、本人の意思とは関係なく、その類稀な美貌は常に衆目の的となった。そして、誰もが、この美しい転校生に憧れた。
千鶴も例外ではなかった。
冬休みに入る少し前、クリスマスが近いことにかこつけて、告白と共に降谷タケルに渡すべく件のロケットを用意したのだった。
放課後、千鶴は人目のない体育館の裏にタケルを呼び、勇気を奮い立たせてプレゼントを差し出した。
『降谷くん、あの、これ、クリスマスプレゼント』
『僕に?』
『えーっと、ほら、一緒に文化祭の委員したでしょう。その御礼も込めて、というか……私、降谷くんのこと、す……』
好きだから、と言いたかった。しかし、千鶴の口から出た言葉は、本当の想いを伝えるものではなかった。
『……す、すごく、応援してるから』
『貴水さんが僕を応援してくれてるなんて光栄だな。――でも、何の応援? 僕はスポーツもやっていないし』
『違うの。あの、す……』
今度こそ、伝えたかった。
『すっ、素敵な、恋人ができるように、応援してる』
やはり千鶴は言えなかった。自分の写真を入れたロケットをプレゼントしようとするくらいの大胆さがありながら、肝心なところで怖気づいていた。
初めて人を好きになって、その想いを伝えることの難しさに直面した。
『ありがとう』
タケルは笑顔で快く受け取った。
千鶴は、もうそれだけで有頂天になった。
『気に入ってもらえるといいな。――ねっ、開けてみて』
『うん』
包みを開けるタケルの手元を千鶴は胸をときめかせて見守った。
『……これ、とても高価なものじゃない?』
中から出て来たプラチナのロケットにタケルは目を丸くしていた。
『それほどでもないのよ。あのね、これペンダントみたいだけど、実はロケットなの。中に私の写真が入ってるの。あっ、でも、嫌だったら外していいから』
『ぜんぜん嫌じゃないよ。どうやって開けるの?』
タケルは開け方を聞きながらロケットの蓋をスライドさせた。
『うわぁ、貴水さんだ! 写真も可愛いんだね。ありがとう。本当に貴水さんが応援してくれてるみたいで嬉しいよ。持っていたら御守りになって心強いかもね。でも、いいの? 僕なんかがもらっても』
『もちろん!』
想いは伝えられなかったが、千鶴はその言葉だけで本望だった。ただひたすら、謙虚で優しいタケルの反応が嬉しかった。
『僕も何かお返しをしなくちゃね。じゃあ、冬休みに入っても連絡が取れるように、電話番号交換しとく?』
『しとく! あ、お返しとかいいから。私……降谷くんの番号だけで充分』
千鶴に降谷タケルから電話があったのは、クリスマスから二日後のことだった。
つづく
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