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#10.口づけ
しおりを挟む「気分はどうだ?」
目を開けると、心配そうに覗き込む青樹の顔があった。
身体は清浄に拭かれ、洗濯したてのパジャマが着せられていた。
青樹を侮辱して出て行った夜、男たちから暴行を受け、傷つき汚れた身体で帰り着いた。身体を洗おうとして浴室まで行ったが、途中で力尽きた。
その後は、不確かな記憶しかない。青樹に抱きしめられながら泣いたこと。その時、青樹の肩が震えていたこと。
兄を悲しませてしまった。自分の愚かさの所為で。
「……兄さん」
「丸一日眠ってた。あれから、もう二日目の夜だ。おまえ、ずっとうなされてたんだ。――まだ、身体つらいか?」
「うん……大丈夫」
四肢を引きちぎらんばかりの勢いで奪い合うように群がり、男たちは何度も劣情の汚穢をタケルの身体に吐き出した。
嬲られ八つ裂きにされるような激痛と屈辱に弄ばれた身は、今は、怠さと鈍い痛みの残滓に揺蕩う。
身体に受けた凌辱以上のダメージがあるとすれば、それは自身の心だった。
あれは罰だったのだろうか? 無辜な青樹を侮辱した罪による。
だったら、自分はもう許されるのか。それとも、まだこれだけでは償えないのか。ならば、後はどんな罰を受けなければならないのか?
自分に下る罰としてタケルが最も懼れていることは、唯ひとつ。兄からの拒絶。
「兄さん、ごめんなさい。僕、酷いことを言った」
「何言われたかなんて忘れた。それより、喉渇いてないか? 水飲むか?」
訊かれて初めてタケルは渇きを自覚した。
「欲しい」
「飲めるか?」
青樹がタケルの上体を起こして腕で支え、用意してあったミネラルウォーターを口元に近づけた。
「無理……」
タケルは首を横に振った。
物を嚥下することが躊躇われた。さらに、切れた唇と口腔の痛みはまだ癒えていない。
抵抗して殴られ、口を無理矢理こじ開けられた。そして、男たちの酒臭い吐息と汚穢をねじ込まれた。痛みと共に生々しく残る淫惨な記憶。わが身に起きた出来事のおぞましさに、タケルは竦み上がった。
そして、思わず青樹にしがみついた。
「助けて! 兄さんっ」
「嫌なことは全部忘れろ」
青樹はタケルを抱き留め、優しく背中を撫でた。
「うん」
青樹の胸に顔を埋め、深く息をつくと日向のような懐かしい薫りに満たされた。一番の安寧の場所こそ、兄の懐だった。
ここに、帰って来られたのだ。改めてタケルは、自分が青樹の元に帰り着くことができた歓びを実感した。
渇きを訴えたタケルに、青樹は口移しで水を飲ませた。彼が逡巡している様子はなかった。何とかして渇きを癒そうとしてくれる献身的な思いやりに、タケルは胸を打たれた。
青樹の口腔で冷たさが和らいだ水が、タケルの喉を穏やかに潤した。
生まれて初めて、ふたりは唇を触れ合わせた。悲しい事情ゆえの口づけだった。
しかし、その刺激はタケルを突き動かした。水を移し終えて唇を離そうとする青樹の首に腕を回し、痛みも忘れて自分の唇を押し当てた。
「んっ……!?」
青樹が困惑していると悟り、タケルはゆっくりと唇を離し、腕を下ろした。
「ごめんなさい」
「もっと、欲しいのか?」
困惑した表情で青樹が訊いた。
「……欲しい」
欲しいのは、その唇。
タケルが真に渇望しているものは、水以上に、青樹の唇だった。
つづく
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