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#13.待ち伏せ
しおりを挟む「青樹……?」
目覚めると、傍らに青樹の姿はなかった。
早朝から仕事に出かけると聞いていた。タケルが嫌がっていたヌードモデルのアルバイトだ。制作の上で、晴れた日の暁光が必要だからとのことだった。カーテンの隙間から射し込む陽光は、まさにその条件にうってつけだった。
想いが通じ、以前にも増して信頼が深まった現在、あれほどまでに心を苦しめた嫉妬の念は、もうなかった。
幼い頃から、どんな願いも聞いてくれた青樹が、その身を以って最高の願いを叶えてくれた。
愛し合うほどに弥増す歓びに、心も身体も魂も、無上の幸せに満たされた。
何度でも見たい、あの婀娜めく表情を。何度でも聴きたい、あの狂おしく喘ぐ声を。そして、何度でも触れたい、あの滑らかな肌に。
「青樹」
再び、愛する人の名前を呟いてみた。
今ここに、その青樹がいないことが、タケルを切ない気持ちにさせた。
しばらくして、タケルは出かける用意を始めた。
通学路の途中にある古書店でのアルバイトだ。
数年前に夫を亡くした品の良い初老の婦人が一人で切り盛りしていたが、寄る年波には勝てず、年末には店を畳んで息子夫婦の世話になるという。
店仕舞いのため、町の図書館へ寄贈する書籍や廃棄処分にする本の仕分けなどがアルバイトの主な業務だ。決して広いとは言えない店内ながらも、天井近くまで堆く積まれた古書の冊数は万単位に上る。タケルの他にも人員は確保されているとはいえ、簡単に終わる仕事ではなさそうだった。
以前からタケルは、その古書店には下校時に友人たちと度々訪れては気に入った本を購入していた。そのうちに店主の婦人と顔馴染みになり、世間話の流れで今回の手伝いを頼まれたのだった。
友人の何人かは受験勉強を優先して辞退したが、本好きのタケルは喜んで引き受けた。理由は他にもあった。ロケットをくれた貴水千鶴へのお返しと、自分が働いて得たお金で青樹に何かプレゼントをすること。クリスマスには間に合わずとも、新年の御祝いとして贈り物をしようと考えていたのだ。
しかし、件のアクシデントにより、その思惑は潰えた。結局、タケルが入れたシフトはその一日だけになってしまった。しかも、その日がタイムリミットとなる閉店日だったのである。
仕事の終わりが何時になるか見当もつかないため、婦人はアルバイトの高校生たちに食事や風呂、さらには寝床の準備までして、何としても切り良く年度内に片付けを終わらせたい意向を示していた。
勿論、責任感の強いタケルは全ての業務が完了するまで帰らないつもりだった。
そして、その旨は既に青樹に伝えていた。
タケルが出かけようとしていたちょうどその時、青樹がモデルの仕事を終えて帰って来た。
「タケル! 今日、俺が」
その青樹が、少し怒っているような顔で何か言いかけた。
「どんな恥ずかしい思いを……」
「早かったんだね。ごめん! バイトに行く時間なんだ。帰ってゆっくり聞くから。愛してる、青樹」
時間に余裕がなかった。とっさに、タケルは言葉よりも欲しいものを最優先にした。
跳びかかるように青樹を捕まえ、電光石火の如きキスをして家を出た。
* * *
「降谷くん」
古書店へ急ぐ途中の道すがら、不意にタケルは呼び止められた。
振り向くと、黒いアルファロメオ・スパイダーが停まっていた。
「……?」
その車から降り立ったのは、まるでファッション雑誌から抜け出て来たかのような現実離れした美麗なオーラを放つ青年だった。
「会いたかった」
青年はそう言って、サングラスを外しながら歩み寄って来た。
「あなたは……!」
タケルは慄然とした。
呼び止めた男の顔と自分の身に起こった忌まわしい出来事が、瞬時に甦って重なった。
「俺を、憶えていたかい?」
「どうして、僕の名前を……」
否応もない緊張と恐怖がタケルの全身を駆け巡った。心臓の鼓動が耳に届くほど高鳴っていくのがわかる。
タケルは、一刻も早く彼から逃れるべきだと直感した。
警鐘が、それを知らせるように脳裏に鳴り響いた。
つづく
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