19 / 32
#19.捕囚
しおりを挟む「しかし、親父のアンサーはこのマンションだった。親父は俺に添い寝する役を自分以外の人間に託した。綺麗な執事を付けてくれたが、俺は受け入れられなかった。
実家を出る時、親父は俺に言った。『彰と私は血の絆に勝る宿命の親子なのだ』と。俺は笑った。なんだか格好つけただけの言葉にしか聞こえなかったから」
「それでも、お父さんが好きなんですね」
タケルは彰の心情を察した。どうすることもできない苦しい眷恋。それを胸に仕舞ったまま、彼はずっと一人で耐え忍び、生きてきたのだろうかと。
「嫌いになんてなれない。だから苦悩は増す。さらに切実な問題を伴って。……俺の肩に、貴水グループは重すぎる。かつて『彰はかけがえのない息子であり、自分の跡継ぎなのだ』と言ってくれた親父の言葉が、今は重圧となって俺を苦しめる。期待には応えられそうもない。俺はそれほど優秀でもない。大学だって、一浪してやっと今の所に入れたくらいだ。愚かな母親に似たんだろうな。親父の慈愛に後継者として力量で応えられない自分が情けない。なのに、親父は事ある毎に政財界の重鎮たちに俺を紹介し、決まってこう言う。『親バカだと笑って下さい。自慢の息子なんです』と。自慢? この自分のどこが? 言葉でプレッシャーをかけられている気持ちになって、その度に俺は自己嫌悪に陥る。過度に期待しないで欲しい。失望されるのが一番怖い。だから、後継者としての俺を求めないで欲しい。ただ恋人でいさせて欲しい。いつも傍にいて体温を感じていたい。
あなたが歩けなくなれば、自分が杖になり、車椅子を押す。それじゃだめですか? パパ、と……そう言いたい」
真に求めるものは得られず、背負わされるものの大きさに、抗いようもなく圧し潰されようとしている。だから彼は、誰かに縋り、救われたいのだ。タケルはそう悟った。
あの雪の夜、凍えて砕け散りそうだった自分の心と身体は、行きずりの彼の手で温められ、慰撫された。謂わば恩人であるその彰が、今度は自分に救いを求めているのなら、それに報いるべきなのではないか。せめてもの恩返しに。
「貴水さん、あなたの哀しみを、一時でも忘れさせることが、僕にできるのなら」
「優しいんだな。君の恋人は幸せだ。その人がうらやましいよ」
彰は瓶に残るワインをグラスに全て注いで飲み干そうとし、激しくむせた。
すぐにタケルは彰の隣に移って、その背中をさすった。
「飲み過ぎですよ」
「心配してくれるのか?」
「ええ、心配です」
「俺を酔い潰れさせて、さっさと帰ってしまうことだってできるのに」
「あなたをこのままにして帰れません」
彰をひとり残して帰れば、この世から彼が消えてしまうような危うさを感じた。その儚さに、憐憫が募る。
少しでも目を離そうものなら、いつの間にか散り落ちているかもしれない温室の花。それが、彼だ。その心もとない惹引力に逆らえず、タケルも甘んじて捕囚の身となり果てる。貴水章三のように。千鶴のように。抜き差しならぬほどに心を捕えて縛ってしまう彰の哀しい負の引力に落ちる。
「本当に、そう思ってくれるのか」
「本当に。貴水さん、もう、グラスは置きましょう」
タケルは彰の手からグラスを取り上げた。
その時、ふたりの視線が交差した。
「降谷くん……」
潤んで揺らめく彰の眼差しに、タケルは捕らえられた。
* * *
タケルの帰りを待つ間に、青樹は眠っていた。
また同じ夢を見ていた。
舞台は、見知らぬ異郷の地だった。長いプラチナブロンドに濃いブルーの瞳を持つ美しい女がひとり、水辺に佇む。身に纏う純白のドレスが、水面を渉る風にそよいでいた。
女は帰り来ぬわが子を待つ母親だった。名は、ローレライ。待ちわびて、たとえその身が亡ぶとも、地縛の幽鬼となりて、永き歳月、子守唄を歌い続けた。
やがて慟哭の伝説が生まれる。
心揺さぶる妙なる歌声に惹かれ、幾多の船人が操舵を誤り、命を落とした。
夢の途中で青樹は目覚めた。またしても泣いていた。
「不吉な」
前回、久々にこの夢を見た翌朝の凄惨な記憶が脳裏をよぎった。
「タケル……」
愛するタケルの身に何も起きないことを、ひたすら希う。
青樹は目に溜まる涙を拭いて、時計を見た。
時間は二十二時を過ぎていた。
「がんばってるな、タケル。飯食ったかな」
昼下がり、入れ替わりにタケルはアルバイトに行った。
出かける間際、愛撫の痕について苦情を言いかけて、はぐらかされた。
「先を続ける時間もないのに、あんなキスするかよ」
つづく
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる