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#21.冷たい肌
しおりを挟む彰の栗色の髪がシーツにこぼれた。陽光に照る花弁のようにシャイニーに。
その髪や肌からは、眩惑を誘う甘いフレグランスが香っていた。
「あなたは、いい匂いがする」
「そうか」
その肌に触れ、タケルは違和感を抱いた。
「貴水さん? 寒いですか」
空調は申し分なかった。裸身にも寒さを感じないでいられるほどに。
「君が、熱くしてくれ」
言われるままにタケルは彰を覆うように重なり、彼の肌をさすった。それでも、手を離す端から熱が去って行くようだった。そのことに、タケルは言いようのない哀しみを覚えた。何が、この人から熱を奪ったのか。
「あなたはもっと温かかったはずだ」
先刻のこと――
潤んで揺らめく彰の眼差しに、タケルは逆らう術を失くした。
彰と再会した直後に頭の中で鳴らされた警鐘。一刻も早く逃れるべきだとする直感は、このことを警告していたのだろうか。
抗しきれない強い衝動に駆られ、唇を重ねた。
彰の口腔に残るアルコールの余韻が、歯列を潜って結び合うタケルの舌に及ぶ。巧みなキスとワインの微かな刺激に惑溺し、身体が、求めてはならないものを欲した。
そして、『ベッドへ』と囁かれた。
彰のシャツのボタンに指を掛けた時、首元に光るプラチナのロケットを見つけた。
ここにあった……!
その一瞬、タケルに正気が甦った。青樹が待っている。なのに、自分はここで何をしている? これから何をしようとしている?
『どうした? 男相手は嫌か』
戻った正気は瞬く間に彰の声にかき消された。
『ロケットを……』
『君の忘れ物だ。これを身に着けていれば、また会えると思ったんだ』
『外しますよ。もう会えましたから』
――そして、今。
「君が恋人にするように、してくれたらいい」
「貴水さん……」
口づけは呼び水となって、ある感覚への渇望を漲らせた。
絡み合う四肢が熱を帯びて渾融する。肉襞に包まれる刺激に急かされ、夢中で律動を起こすと、気が遠退くほどの快感に痺れた。
やがて、揺らされる彰の唇から甘美な吐息と貪婪な声が漏れる。
「まだ……もっと……」
タケルの両肩を掴んで爪を立て、彰が身を仰け反らせた。そのノーブルな麗容が、痛みと悦楽に堪えていた。乱れながら、なお美しく儚げな嬌態に、タケルは魅せられ、どこまでも落ちた。
ふたりは、幾度も昇りつめ、幾度も果てた。
「彰……さん」
つかの間、彰は眠った。
短い夢を見た。幼い自分が父・章三の腕の中で目覚める夢を。おそらく、それは現実にはもう二度と起こり得ない幸せな朝。
「夢? だったか」
目覚めた時、彰は未だ夢の中にいる錯覚に陥った。
最初に目に映ったものは、戯れに下界に降りて来た白皙の天使の顔だった。しなやかな天使の羽根に抱かれて眠っていたのだと知った。
「天使……ああ、これは……この感覚は、何だ?」
彰はふと、郷愁的な不思議な既視感を覚えた。この懐かしさは何だ?
刹那のデジャヴ。それは琴線をかすめて、すぐに消えた。
「大丈夫ですか?」
いたわるように天使が訊いた。
「君は眠らなかったのか」
「少し眠ったかもしれません。うとうとしましたから」
「ずっと、俺をこうして抱いていてくれたのか」
「あなたが寒くないように」
「そんなに優しくされたら……それとも、俺はまだ夢の続きを見ているのか」
彰は再び目を閉じた。
瞼の裏に、残像が浮かび上がる。天使の双眸。その濃いブルーの瞳。吸い込まれそうなほどに深く澄んだ神秘の無窮。彰は夢想した。この瞳の奥を永遠に旅する者になれたら、と。
「夢を見たんですか、どんな?」
「幸せな朝……の夢」
「あなたが迎える朝が、いつも幸せであればいいと思います」
「今は……今だけでも幸せならそれでいい」
「貴水さん……あの……」
「もう、下の名前で呼んでくれないのか」
「彰さん……と、呼んでもいいんですか?」
「そう呼ばれて嬉しかったんだがな」
「彰さん……」
「どうした?」
「ごめんなさい」
「何を謝っている?」
「あなたに、こんなことをしてはいけなかった」
「どうして? 俺はよくなかったか?」
「いいえ。ただ、なんとなく……そう思うんです」
「ただ、なんとなく……?」
つづく
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