もう一度ララバイを

九頭龍渚

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#24.二人の父親

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 三日後。


 貴水彰の葬儀はしめやかに執り行われた。
 貴水グループの権勢を示すかのように、政財界から錚々たるビッグネームが列席していた。
 若きプリンスのあまりにも早すぎる死は、各界に大きな衝撃をもたらした。

 その葬儀の席に、喪主である貴水章三の姿はなかった。彼は、愛息・彰の死に強いショックを受け、心臓発作を起こして貴水グループ傘下の救急病院へ緊急搬送されたのだった。

 参列者たちは、彼が如何に息子を愛していたかを知っていた。パーティの席などで『自慢の息子』と憚ることなく公言し、いつも傍らに寄り添わせ、息子に注ぐその眼差しには、この世にこれほど愛おしいものはないと言いたげな濃い愛情が込められていた。

 その鍾愛の息子、貴水彰の遺影は、散る運命さだめの花にも似て儚くも可憐だった。父に溺愛された美しきプリンスの突然の死は、多くの人々の涙を誘った。


 そんな中、人目を避けるように俯いて、ひっそりと花を手向ける男がいた。

「彰、安らかに」

 宇都宮崇。彰の実の父親。

 二十一年前、寂しい人妻がひとりの画学生を誘惑し、彼の子を宿した。
 スキャンダルを懼れた夫は不倫の子を実子として出産させた。

 人妻の名前は、貴水千秋ちあき。その夫こそ、貴水章三。そして、当時の画学生、宇都宮崇。彰とは切っても切れない血と宿命で繋がる三人だった。

 その後、宇都宮は貴水章三の援助を受けてフランスへ留学した。ていのいい国外追放だった。
 宇都宮には学費と生活資金が貴水家側から随時支払われることと引き換えに、幾つかの約束事が課せられた。二度と貴水千秋の前に現われないこと。どのような形であれ、息子に近づかないこと。自分が本当の父親だと名乗らないこと。また、それを公表しないこと。
 それらを、宇都宮は爾来ずっと守ってきた。

 しかし、初めて禁を破り、葬儀に参列した。
『どのような形であれ』という約束の文言に背くことになっても、息子に最期の別れを告げずにはいられなかったのだ。生前、決して相見あいまみえることのなかった息子との別れを。



「私の、彰……」

 病床で息子の名前を呼びながら、貴水章三は涙を流していた。

 仕事に躍起となり、妻を顧みることがなかった己が招いた結果だったと、当時彼は自らを責めた。事業拡大を内包した政略的な結婚だったとはいえ、愛はあった。

 そして、生まれて来た子に、自分の名の文字に似た名前を付けた。
『章三』を一つにした『彰』という名を。

「彰……」

 心から息子を愛していた。妻が裏切りの末に産んだ血の繋がらぬその子を。
 彰は自分にとって人間性を取り戻すために神が遣わした奇跡のような存在だった。

「彰、愛している」

 その彰と、互いに親子を超えた愛情を抱き合うことを知りながら、彼の将来を思い、敢えて距離を置いた。
 しかし、それが間違いだったのだろうか。章三は後悔していた。

「許してくれ、彰……!」



 * * *



 貴水グループの御曹司・貴水彰の死には、様々な憶測が流れた。単なる交通事故と看做すには不可解な点が多いとして。

 早朝のドライブ。同乗者は妹のクラスメイトの男子高校生。断崖のきわの明らかに間に合うはずのないブレーキ痕。
 無理心中か、とも囁かれた。一人の男をめぐって妹と骨肉の争いの果てに心中という道を選んだのではないかと。

 さらには、貴水グループ内での権力闘争に巻き込まれたとする陰謀説まで飛び出した。
 貴水グループの企業への就職を希望していた彰の友人の一人が、彼の死の前日、瀕死の重傷を負って無残な姿で事故現場近くの海岸で保護されたという事実と絡めて、如何にもそれらしい陰謀論が捏造された。

 これら一連の考察がマスコミやインターネット等でスキャンダラスに取り上げられようとした矢先、貴水グループが動いた。
 陰に陽に広汎な人脈と潤沢な資力、そしてグループの機関の一つであるサイバーコマンドの暗躍などにより、鉄壁の報道管制が敷かれ、貴水彰の死をめぐる憶測は瞬く間に鎮静化した。

 
 そして、今なお意識不明の重体が続く降谷タケルは、貴水グループの厚い保護下にあり、二重三重の防御網の奥で生死の境を彷徨っているのだった。




つづく
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