泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第2章

あまのじゃく

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 図書館の前でシオンの背中から降りたアミナは泣きすぎてすっかり腫れてしまった目を彼に向けた。人間の姿に戻ったシオンは「毎度毎度よく泣くなあんた」と呆れたように笑った。
 アミナは恥ずかしそうに口をすぼめる。

「だって....。...ううん、シオン、ありがとう」

 アミナはシオンに言い返そうと思ったが、首を振り感謝の言葉に変えた。
 春とはいえ、夜は冷える。少し冷えた己の手をシオンの手に重ねアミナはもう一度礼を言った。

「ありがとう。....今日、姉様に会えなかったらずっともやもやを抱えたままだったと思う」

 アミナの柔らかな手に少し照れながらも、シオンは「あの姫さん」と口を開いた。

「なんやわけありか?失礼なことずけずけ言う奴やなって思っとったけど、最後に言うとったあれ、城は危ないから近づくなって聞こえたで」
「失礼なのはシオンも」
「あ?」
「べ、別に...」

 シオンの言葉につい口がすべったアミナは手を振ってごまかした。目を細めて見てくるシオンに取り繕うようにアミナは「そ、そうそう!」と手を叩く。

「私も思ったの。あのお城で何かが起こってるかもって。.......でも、どう確かめたら...」
「なんとも興味深い話をしとるのう?」

 ふいにかかった声にアミナとシオンは肩を思いきりびくっと動かした。リーフが図書館へと続く門の中から微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 お、怒ってる....。

 アミナとシオンは直感した。いつもの微笑みだが、リーフの眉間に小さく皺が寄っている。
 控えめな怒り表現に二人は震え上がった。
 リーフの淡々としたお説教はアイリスの雷のような説教よりもとても恐ろしいのだ。

「アミナ、狙われとるかもしれんから、気を付けろと話しとったばかりじゃろう。こんな遅くにどこに行っておったんじゃ」
「ご、ごめんなさい....。えと...あの...」
「こいつの姉ちゃんとこや」

 先ほど、この国の王に疑いを抱き、用心するように話していたばかりだったので、よりにもよってその王のいる城に自ら行ったとは言いにくく言えないでいるアミナの横でシオンは胸を張って言い切った。リーフが目を見開く。

「なんと...!お主ら、なんと危ないことを!」
「大丈夫やじじい!俺がこいつを守ったるって!」

 シオンが威勢よく自身を親指で指すのをリーフは首を振る。

「シオン、儂はお主の身も案じておるのじゃ。お主もまたいつ闇の者に狙われるか分からんじゃろう。よいな、次からは必ずルカやアイリスと共に行動するように」
「チッ。余計な心配やわ」

 リーフの言葉に視線を反らし悪態を吐くシオンにアミナはほっこりと微笑みを浮かべていた。それにイラッとしたシオンがアミナの頭をはたく。

「いたぁ!」
「ムカつく顔で見んなやボケ!」
「すぐ手が出るのよくないと思うっ」

 わーわーと言い合うアミナとシオンにリーフはこっそりと溜め息をついた。

「やれやれ....。本当に分かっておるのか...」




 そんな彼らの様子を空高くから見下ろしている影があった。大烏の背中で楽しそうにシオンとアミナを眺めている。量の多い赤い癖毛が特徴的な男は、けけっと笑う。

「竜族が平和に生きていけると思っとるんか?....なんや思い違いしとるみたいやなぁ」






 翌朝、すがすがしい風が騎士の黒髪を通り抜ける。白く厚い扉を叩き、いつものように身支度を整え終わっているであろう彼女に声をかけた。

「ビオラ様。クロノです」
「どうぞ」

 騎士は素早い動作で部屋に入る。窓を開けて朝の爽やかな光の中にいるビオラを眩しそうに見つめ、わずかに口角を上げた。

 ビオラ様は最近、とても疲れているようだった。顔色は白く、表には出さないようにしているが、時々ふらつく時もあった。そして何より、焦っているような、切迫した雰囲気を感じる時があった。

 だが、今は。

 頬には血色が戻り、瞳は穏やかで。
 以前の太陽のような輝きを取り戻している。

 騎士クロノは自分の考えに頷く。

 やはり、ビオラ様にはあの方が必要なのだ。

 アミナ様が。





「アイリスぅ…...本気?せっかくのお休みなのに...」
「おばはん正気か!?俺今日は」
「お黙りなさい」

 今日は水曜日で休館のはずなのに、シオンとアミナは資料室で高く積み上げられた本の前で呆然としている。アイリスは仁王立ちで二人を睨み付けた。

「あなた達には言っても分からないようだから、罰としてこの本のラベルの貼り替えをやってもらうわ。まったく、もうちょっと危機感を持ちなさい。城に行くなんて、今回は無事だったからよかったものの....。終わるまであなた達に休みはないわ!」

 アイリスの迫力ある様に二人は何も言い返せず、素直に従うほかなかった。かろうじてシオンが小さい声で「鬼ババ...」と呟いたがアイリスが聞き逃すはずもなく、髪をむしりと捕まれてたまねぎのようになってしまっているシオンにアミナはただ青ざめて「ひえぇ」と膝を震わせていた。
 資料室の扉を開きルカが顔を覗かせた。今日はいつものシャツとスラックスではなく、動きやすそうな半袖にジャージ、スニーカーを穿いていた。ブルーのティーシャツが爽やかなルカに良く似合っている。

「ははっ!館長の言った通りだ!シオン、今日はサッカーできないな。ちゃんと反省しろよ?」
「うるっさいわ!!わざわざ笑いに来たんか!」
「そんなわけあるか。お前はおまけだ。....アイリスさぁーん!今日は髪下ろしてるんですね!か、かかかか、可愛い、です!」

 勢いのままに手を握ろうとするルカをアイリスはさらりとかわす。

「それじゃ、よろしくね」
「あっアイリスさん!今日商店街の奴らとサッカーやるんです!見に来てください!」
「いやよ」

 あっけなく振られたルカのガクリと肩を落とす姿を最後に扉はパタリと閉まった。アミナはシオンの格好を見てそっか、と頷く。シオンもルカと同様に半袖にジャージという動きやすそうな格好をしていた。とはいっても、シオンの場合はジーパンがジャージに変わっただけだが。

「今日シオンもサッカー行く予定だったの?」
「そうや。魚屋のキーパーを今日こそ抜いてやるつもりやったのに!あのババー...!」
「最近、仲良いよね。商店街の人とも」
「仲良いわけあるかい!ちょっと時間あるから付きおうとるだけやし!」

 アミナは少し寂しさを感じていた。シオンに知り合いが増えるのは良いことなのに、それを素直に喜べない自分が少し嫌だった。アミナはラベルを貼り替える本を数冊抱えて席に座る。

「この量は大変だけど、一緒にいれて嬉しいよ」

 嬉しそうに笑うアミナにシオンは動きを止めると、ぶわあっと体温が上がり、顔を真っ赤に染めた。

「な、な、に、言うとるんや!だいたいいつも一緒やんか!」
「うん。だから、一緒にいられる時は嬉しいし楽しい」
「ほ、ほー...へー...」

 ぎくしゃくとぎこちなく本を抱えるシオンは「なんであんたって、そう唐突なん?」と頭を掻く。それにアミナはきょとんと目を丸くした。

「シオンがそれ言う?」
「あ?俺のどこが唐突やねん。いっつもベストなタイミングやろーが」
「ええ...?」
「なんやその顔!」

 扉の中から聞こえる楽しげな声にアイリスはふっと頬笑む。その横ではルカも仕方がないなぁ、と言うように笑っていた。

「まったく。本当に反省してるんですかね?あいつら」
「今回は無事帰ってこれたから良かったものの…。まったく、目が離せないわよ」

 眉間を寄せてぷりぷりと歩くアイリスの後ろをルカは付いていく。

「でも、城で何が起こってるのか…。俺、探ってきましょうか」
「あなたの素性が知られたら、どう出られるか分からないわ。過去を掘り起こして喜ぶ人もいるのよ。……そうね…。嫌だけど、関わりたくないけど、あいつに頼んでみるわ」

 アイリスは溜め息を吐き、額に手を当てた。


「むむ…」
「出ぇへんなぁ。言身」

 ラベルの貼り替えの休憩がてら、言望葉の練習をするアミナをシオンが頬杖をついて見守る。
 あの時は意識しなくても弓矢が勝手に出てきたのに…とアミナは首を捻る。

「何が違うのかな…」

 あの日以来、聖の言望葉の力を思うように出せたことはなく、もしかしてあれは都合の良い夢だったのでは…と最近は思うようになってきてしまった。ぺたりとテーブルに片頬をつけてアミナは「これじゃ、アストライアに入れない…。姉様のことも気になるし…でも今の私の身分じゃ、そう簡単に会えないし…」ぐちぐちと言い出す少女にシオンは「なーにぶちぶち言うとんねん」と腕を組んだ。

「アストライアってのは城とも関わりがあるそうやないか。この前の闇の言望葉の二人だって教会の奴が城に連れてったんやろ?」
「うん…」
「やったら、あんたがさっさと聖の言望葉操れるようになって、アストライアに入ればええんやろ」
「でも、アストライアには姉様が私を入れないように言ってるみたいだし…」

 すっかりマイナスゾーンに入ってしまったアミナにシオンは「やから」と言いつのる。

「そんな命令なんか無視しとうなるほど、あんたがアストライアに必要な奴やって認めさせればええんや。あそこ人手不足なんやろ?その為にもあんたは力を自由に使えるようにならなあかん。くさくさしとる場合やないやろ」

 シオンのシンプルな言葉がアミナの心の鬱憤を吹き飛ばす。曲がりくねっていた目の前の道がまっすぐな直線になったような気がした。アミナはシオンをまじまじと見る。

「シオンって……」
「あ?」
「単純で、いいね」
「あぁ!?」
「え!?なんで怒るの!?」

 アミナとしては褒めたつもりだったのだが、ぽろっと転がるように出た言葉はシオンの機嫌を大いに損ねさせた。




 赤い髪の男がポケットに手を突っ込みながら悠々とセゾニエールの街を歩いていく。

「っは...。どいつもこいつも、アホみたいに平和な顔しとる」

 淀んだ赤い瞳が街の人々を嘲る。男は込み上げる笑いを隠すことなく、空を仰いだ。すれ違う人の怪訝な視線など男にとってはどうでもいい。

 どうせゴミやん?

「けけけ。もうすぐやなぁ」

 男は踊るように軽いステップで街を歩く。そこで鼻をひくひくと動かし、眉間に皺を寄せた。

「あー...?くさい...くさいで...。大嫌いな匂いや」

 きょろきょろと首を巡らし、ぴたり。男が視線を止めて口角を上げた。牙がぎらりと飢えたように口から覗いた。

「あそこか......。ふーむ。今はまだ目立つ時やない。.......そうやなぁ」

 男は顎に手をやり、にやりと笑う。

「ちょっとだけならええやろ」

 ≪ヒペリカム修道院≫と書かれた看板が掲げられた門をするりと抜けて男は嬉々として中に踏み行っていった。

 闇の言望葉使いの攻撃で消耗する心力を回復する役目を担う癒し手を育成する修道院は教会が運営している。なので修道院を卒院した者は多くが教会に勤める。
 しかし、このヒペリカム修道院は癒し手の育成だけでなく、女の嗜みを身に付ける場所として娘を持つ親世代から支持されてきた。いわば花嫁修行ができる学校という認識である。この修道院は女子のみで構成されており、卒院した者で癒し手として働く者は少なく、ほとんどが院生のうちに相手を見つけて卒院と同時に結婚していく。
 そんなヒペリカム修道院にリナリアも在籍していた。

 あーあ……。やっぱり本借りれば良かったわ。

 リナリアは先日の図書館での出来事を思い出す。

 アミナ、っていったっけ。あの子。
 聖の言望葉使い...アストライアを目指している女の子。

 リナリアは大きなだて眼鏡を指で鬱陶しそうに元の位置に戻して溜め息を吐く。

「馬鹿みたい。夢みちゃって」

 リナリアは三つ編みにまとめた自身の髪を気だるげに窓から覗く太陽に掲げた。
 横目でクラスメイト達を眺める。
 癒し手の勉強を真面目にやっている子など、ここにはいない。

「........馬鹿みたい」

 太陽が眩しくて、リナリアは瞼を両手で守った。




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